坂の途中の家

著者 :
  • 朝日新聞出版
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感想 : 315
  • Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022513458

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学小説】最愛の娘を殺した母親は、私かもしれない。虐待事件の補充裁判員になった里沙子は、子どもを殺した母親をめぐる証言にふれるうち、いつしか彼女の境遇に自らを重ねていく。社会を震撼させた虐待事件と〈家族〉であることの光と闇に迫る心理サスペンス。

感想・レビュー・書評

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  • 『水穂という見知らぬ女性がそのとき両手で抱いていた赤ん坊の重さ、なまあたたかさ、やわらかさが、里沙子の両手に記憶したもののように広がる。まるで自分が泣き止まない赤ん坊を抱いてそこに立っていたかのように。そうして赤ん坊の重みが、両手からふっと消える。視界には、開いた十本の指』… 浴槽に落ちていく幼児。殺人の現場を生々しく実感する主人公・里沙子。

    我が国で裁判員制度が導入されて10年を超える年月が経ち、裁判員として参加した人の数は約10万人にも達したという現在。このレビューを読んでくださっている方の中にはすでに経験済みという方もいらっしゃるかもしれません。『個人的には、始まると聞いた時から、できればやりたくないと思っていた』という角田さん。『裁判員が経験を話しにくい雰囲気がある。何とかならないかと思う』という角田さんが描いたこの作品。『過度に感情移入することによって、周りにいる人間の言葉も全部意味が変わると思った』という角田さんの言葉通り、裁判員として選ばれた専業主婦が、被告人に深く感情移入し、そこに自らを投影していく、自らを重ね合わせていく、そして自ら深く入り込んでいく姿に迫っていくこの作品。主人公・里沙子の狂おしく身悶えるような内面の葛藤が全編に渡って描かれていきます。

    『図書コーナーにいる文香を見る。このところよく会う萌ちゃんと絵本を開いてくすくす笑っている』という光景を萌ちゃんのお母さんと見る主人公の山咲里沙子。『二時半を過ぎて男の子を連れて二人の母親が帰り』、里沙子も文香を連れて自宅へと帰ります。『結婚したのは、四年前、二十九歳のとき』という里沙子は『二歳年上の山咲陽一郎』と交際一年で結婚しました。『妊娠したら産休をとって、その後また働くのだろうと漠然と思っていた』里沙子ですが『新潟に住む両親と折り合いが悪かった』ということもあり退職を選びます。『寝返りの瞬間。はいはいから立っちができたとき』という初めての事ごとを目にして『やっぱりそばにいてよかった』と喜ぶ里沙子。そんなある日、『ポストに自分の名宛ての手紙を見つけた』里沙子。『裁判所からの郵便物だった』というその手紙には『六週間後に行われる刑事裁判の裁判員候補者に選ばれたので裁判所にくるように』と書かれていました。『裁判がどんなものかも知らない。それに事件になんてかかわりたくない』と思う里沙子。『八月二日から十日間』、その間、『文香はどうするのだ。断ろう。断れないはずがない』と考える里沙子。帰宅した夫・陽一郎に『断ろうと思って電話してみたんだけど』と相談します。『辞退をしたいと伝えたのだが、それは不可能』、『あくまでも今の段階では五十人から百人くらいの「候補者」』にすぎない』といわれたことを話します。『候補がそんなにいるなら、まずだいじょうぶだろう』という陽一郎。そして、八月二日、公判を前に裁判所で説明を聞く里沙子は、『戦慄に近い驚きを覚え』ます。『乳幼児の虐待死事件だった』というその裁判。『私は被告の女性と立場が似ている』、『きっと公正な判断なんてできない』、『この事件に私は選ばれない』、そう考える中、『里沙子は名を呼ばれ、立ち上が』ります。そして、補充裁判員に選ばれた里沙子が十日間の裁判に立ち会っていく中での様々な葛藤が描かれていきます。

    2009年に導入された裁判員裁判の舞台を描いていくこの作品では、『法律なんて何も知らない。裁判がどんなものかも知らない。それに事件になんてかかわりたくない』という里沙子が補充裁判員に選出され、十日間の裁判に関わっていく姿が描かれていきます。この作品が週刊誌で連載されていた2011年頃には、まだこの新しい制度が導入されたばかりであり、人々の関心も今よりもかなり高かった一方で、まだまだ選出された人も少ない時代です。そんな中で『法律に詳しい人も、社会でばりばり働いている人も、知識経験の豊富な人も大勢いる』、自分が選ばれるはずがないと考えていた里沙子。専業主婦として家に閉じこもりがちなこともあってその不安は日に日に増していきました。そんな不安を和らげるように『専門知識ではないんです、社会経験で判断できることなので、心配しないでください』という説明を最初に受ける里沙子。実際に作品で描かれる『評議』の場面でも、専門用語はほとんど登場せず、様々な年齢、様々な立ち位置の人々が、自らの経験を踏まえて自由に意見を述べ合う場面が描かれていきます。そんな中で、性別、年代の共通点、そして育児中でもある里沙子は『私は被告の女性と立場が似ている』ということを強く意識します。『八カ月と二歳十カ月』とどちらも育児の真っ只中で専業主婦であるという共通点を持つ二人。考えれば考えるほどに『きっと公正な判断なんてできないだろう』と思い悩む里沙子。そんな里沙子の不安は現実のものとなっていきます。

    『あの人がまさか、と、何かの事件が起きたとき知り合いはみんな言う』。何か事件が起きると『あんなやさしい人がまさか』というインタビュー映像が必ずといっていいほど流れるものです。この作品の被告である安藤水穂もそれは同じこと。そして、被告人席に座るそんな水穂の心中に隠された育児の苦悩を証言により知っていく里沙子。『うまく寝かしつけられない、あやせない、体重が増えない等、子育ての自信のなさ』というようなものは、子育てにはつきものとも言えるある意味で一般的な悩みです。それもあって、『そんなの、少し待てばすぐ終わったのに。赤ちゃんのころなんて一瞬なのに。あなたのなかにはおかあさんのもとが入っていなかったの?』と一歩引いた立ち位置で捉えていた里沙子。しかし、被告、被告の夫、そして被告の母親などの証言を聞いていく中で里沙子の内面に変化が生まれていきます。それは『どうして忘れていたんだろう?どうして忘れられたんだろう?』という里沙子自身も同じように苦しんだ過去の記憶でした。『数珠つなぎ的に思い出された』というそれらの苦い記憶。『考えまいとするのに、気がつけば、里沙子は文香が八カ月だったころを思い出している』と、水穂にどんどん自らを投影し、重ね合わせて、そしてその思いに入り込んでいく里沙子。そんな里沙子は『忘れていたのではない、忘れていたのではなくて封印したのだ』と過去に自らが犯した過ちを思い出していきます。それによってどんどん自らを追い込み、自らを追い詰めていく里沙子。ついには『そもそも、私は、文香を愛しているのだろうか』と思い詰める里沙子。そんな里沙子は、『私はあの女性を裁いていたのではない、この数日、ずっと自分自身を裁こうとしていたのだ』とその苦しみの理由に思い至ります。

    この作品では、最初から最後まで、里沙子の視点から物語が描かれていきます。そのために読者はもがき苦しむ里沙子の内面をずっと見続け、共有することになります。もっと気楽にやろうよ、もっと肩の力を抜こうよ、そんな風に声をかけてあげたくなる思いに苛まれる読者。でもそれは叶わないことであり、最後まで、そんな里沙子の心の叫びを、耐えられないほどの閉塞感の中で共有し続けることを求められます。そんな角田さんの圧倒的な心理描写を単行本420ページ(文庫500ページ)に渡って体感するこの作品。読者にはそれを受け止めるだけの覚悟が求められる、それがこの作品の一番の魅力であり、逆にある種の近寄り難さだと思いました。

    『乳幼児の虐待死事件』を裁く裁判員の姿を描いたこの作品では、そのそれぞれが抱える問題を、被告に自身を投影してしまう主人公・里沙子の内面を通して見事に描き出していました。それは、育児中の母親の孤独であり、圧倒的な閉塞感であり、そして周囲からの目に見えない圧力でもありました。様々なものに一人で向き合い、一人で耐える日々を送る育児中の母親の孤独を描いたこの作品。『乳幼児の虐待』という問題の微妙さ、そして裁判員制度の重さ含め、様々な問題提起を感じさせてくれた、とても重く、とても印象深い作品でした。

  • 2019年15冊目。
    妻に読ませたくない本、だそうです。ぼくはどちらかというと読んでもらった方がいいんじゃないかと思ったくらい。それは夫として父親としての自分に自信があるってことじゃなくて、様々な角度からの見方に気付かせてくれるすごい本だから。
    人間関係とはどうも複雑なようで、一対一の関係だけじゃないから、相手の心理状況・身体状態によって同じ言葉を伝えても捉え方は変わってしまう。逆もまた然り。そんなつもりじゃなかったってのは言い訳にもならないし、責任転嫁したって自分さえも守れない。だけど、だからこそ口酸っぱく伝える必要があるし、伝え方を工夫する必要があるし、伝わり方だって考えなきゃいけない。
    相手に同じことを期待するのは野暮だけど、せめて愛してもらえるように愛せよってことに帰結する。少なからず自分からは傷つけることが少なくなるようにしたいな。それも相手の捉え方次第だけど。

  • 我が子を虐待死させた母親・水穂。
    その裁判の補充裁判員に指名された主人公・里沙子。
    水穂と自分自身をシンクロさせてしまい悩みぬく…。

    あまりの息苦しさに、何度も途中でやめようかと…。
    もちろん子供の問題だけではなく、
    夫婦関係、親子関係のあり方もとてもリアルで…。
    私自身も、母となれていたら、こうなってしまった可能性もあるわけで…。

    ただ、産める喜びと痛み、育てる喜びと苦しみが、表裏一体なんだとしたら、
    母親だけが感じることのできる、至福の瞬間もあるのでは…と思うのです。

    まぁ、それを感じられる余裕すら、失っていたってことなんでしょうけれど…。


    でも、貶め傷つけることで、自分の腕の中から出て行かないようにする。
    それも愛情の一種だなんて、思いたくはないです。

    • 杜のうさこさん
      azu-azumyさん、こんばんは~♪

      優しいメッセージをありがとう~~~。
      とても嬉しいです。

      そうなんです。
      この類のテ...
      azu-azumyさん、こんばんは~♪

      優しいメッセージをありがとう~~~。
      とても嬉しいです。

      そうなんです。
      この類のテーマは、いろんな意味でつらいです…。
      自分もそうなっていたかも…と常に思いながら読んだんですが、
      経験がないから、その苦しみに寄り添ってあげたくても、そうしきれない自分と、
      せっかく母となることができたのに…と、
      心のどこかで責めている不遜な自分もいたりして…。

      角田さんに完全にやられちゃいましたね。
      逃げ出したくても、そうさせない筆力を感じました。
      2016/03/13
    • けいたんさん
      こんばんは(^-^)/

      重いテーマが続くね。
      私は多分読まないテーマだと思うけど、こうやって杜のうさこさんの感想を読んで一緒に考え...
      こんばんは(^-^)/

      重いテーマが続くね。
      私は多分読まないテーマだと思うけど、こうやって杜のうさこさんの感想を読んで一緒に考えさせてもらって助かっています。
      いつもありがとう(*^^*)♪
      2016/03/14
    • 杜のうさこさん
      けいたんさん、こんばんは~♪

      わぁ、温かいコメント、ありがとう~~。
      嬉しくて、しっぽふりふりしちゃうよ!
      あ、うさちゃんはふれな...
      けいたんさん、こんばんは~♪

      わぁ、温かいコメント、ありがとう~~。
      嬉しくて、しっぽふりふりしちゃうよ!
      あ、うさちゃんはふれないのか(笑)

      東野さんの作品はね、テーマは重かったけど、読後感は良かったの。
      でも、角田さんの方は…。
      修行だったね…。

      でもそう言ってもらえると、読んだかいもあります。
      こちらこそ、いつもありがとう(*^-^*)
      2016/03/15
  • この話も感情移入し過ぎてしまった。
    角田光代さんの話はどれも、「ああ、私の気持ちを代弁してくれてる」と感じてしまう。

  • 書評の通りで「主人公は私の気持ちの代弁者か」と思わせるような、主人公の心理描写。フィクションなので誇張はあるものの、女性読者には、多くの共感を得られると思う。
    一方の支配的な言動に、他方のネガティブな被害的認知。家族関係の輪廻。心理的虐待についても、考えさせられた本。

  • 本作では、育児をめぐっての夫との関係、夫の実家との関係が、わかりすぎるほどわかる。
    口に出せば、大したことではなくなってしまう程度の不満。
    わかっているから口には出さないけれど、だからこそそれは孤独に心の奥にしんしんとたまってゆく。
    私にとっては、もう何年も前のことだ。
    今は子どもも大きくなり、また違った悩みがあるが、本書を読んでいる間、私の心は当時に完全にワープして苦しかった。

    『八日目の蝉』以降、角田光代の書くお話は、どうしてこうも心にグサグサと刺さるのだろう。
    自分の体験と重ねあわせ、既視感とともに読み進めるのは、時につらすぎて、何度も手を止めて深呼吸しなくては先に進めない。
    でも、そういうお話を読んで共感している人が山ほどいるとしたら…悩んで、それを乗り越えようともがいているのは、私一人ではないといつも勇気づけられるのだ。
    だからまた、読みながら苦しくなるのがわかっていても、角田光代を読んでしまうのだろうと思う。

  • 読んでいて段々犯人の事を書いてるのか、主人公の事を書いてるのかわからなくなる。主人公の追い詰められて行く感情が読んでいて苦しいし、フラストレーションを感じた。子育てはここまで母親を追い込んでしまうのかと改めて勉強になった。

  • 苦しくて息がつまりそうでした。子どもを産み育てた経験があれば誰もがそうなるでしょう。
    産まれた瞬間のあの世界中から祝福されているような絶対的な幸福感が、自宅に帰った瞬間から日常の中で薄れていく。理由のわからない泣き声にとまどい、二時間ごとに起こされる夜中の授乳にうんざりし、自分では泣き止まないのに祖母に抱かれるとすぐに泣きやむことに敗北感を感じ、保育雑誌との成長の違いに落ち込む。過ぎてしまえばどれもこれも笑い話にできるのに、あのときのあの絶望の深さたるや。その絶望の淵から抜け出せるかどうかは、そばにいる誰かとの関係による。夫や、実母や、義母。その中のだれかとしっかりと手を取り合って助け合っていられるなら、絶望はいつかまた幸福感へと戻っていくのに。ここにいる不幸な2人の母親。なぜ我が子に手を上げるのか、なぜ虐待は無くならないのか。私はそんなこと絶対しない、なんて絶対言えない。
    夜中に泣きやまない子どもを抱いたまま、マンションの窓から飛び降りそうになったことくらいあるよね、スーパーでだだをこねる子どもの頭を叩きたくなったことあるよね、言う事をきかない子どもに腹を立てて無視したことあるよね、そう、誰もが彼女たちと紙一重なんですよね。
    と書いて来て、ふと思い出しました。この夫たちの許せなさたるや。けど、この夫たちを作ったのはまぎれもない「母親」なんですよね。結局、ぐるぐるとこの連鎖は続いていくということなのでしょうか。

  • 幼児虐待のニュースが頻繁に新聞をにぎわす現代に、タイムリーな題材で、作家角田光代の凄さを如何なく発揮した傑作。
    裁判員になった主人公が、被告人とシンクロしてしまう裁判員裁判が舞台。
    ある書評に、「読むのがつらい小説である。つまらないからではない。むしろ面白い。しばしば逃れたいと思うものの結末が気になる。」と、記されているように、読み手を捉えて離さない、凄まじいまでの磁力がある。
    それは、主人公と同じような立場の女性ばかりでなく、立場を異にする男性にとっても・・・

  • 刑事裁判の補充裁判員になった里沙子は、裁判の証言にふれるうちに、
    いつしか彼女の境遇に、自らを重ねでいくのだったー。

    4年前に2歳年上の陽一郎と結婚し、イヤイヤ期のもうすぐ3歳になる文香と
    幸せに暮らしている33歳で専業主婦の里沙子。
    ある日突然刑事裁判の裁判員候補者に選ばれたという裁判所からの手紙が届く。
    補充裁判員に選ばれてしまった里沙子。
    事件は、三十代の女性が水の溜まった浴槽に八ヵ月になる長女を落とした。
    乳幼児の虐待死事件だった…。

    物語全てが里沙子の視点・主観で進んでいく。
    里沙子の日常生活と裁判の様子が並行して進んでいく。
    被告人の夫・夫の母親・被告人の母親・被告人の親友の女性・被告人本人。
    それぞれの証言が、その人の主観だから皆言ってる事が全く違う…。
    そして、里沙子はその裁判の証言を聞くうちに、被告人の水穂のその境遇に
    自分自身の境遇を重ね、被告人の水穂に感情移入をしていく。

    里沙子の日常を描いてるその様子もとても、とても息苦しい。
    夫にどうして、そんなに思った事を口に出せないの?
    どうして、どう見られるか、思われるか気にするの?
    夫の陽一郎もどうしてそんな言葉を発するのだろう?
    どうして、里沙子の説明を聞く耳を持たずに決めつけるんだろう…?
    どうして、直接里沙子に話さず告げ口をするかの様に、実家の父母に隠れて伝えるんだろう?
    どうして?どうしてが、頭の中で渦巻いた状態で、
    里沙子の終始重苦しい感情表現が続き、息苦しくて息苦しくて読むのが本当に辛かった(´⌒`。)
    蓋をしていたはずの自分のこれまでの出来事を次々と思い出すさまも苦しかった。

    裁判の証言を聞いて、自身の境遇と重ねる内に、
    今迄違和感をただ面倒なだけだと片付けて決める事も考える事も放棄していた事に気付く。
    夫や実母の愛し方をこうだって気付く
    『憎しみではない。愛だ。相手を貶め、傷付け、そうすることで自分の腕から
    出て行かない様にする。愛しているから。』
    表面的には笑顔で穏やかなやり取りの中に皮肉やひそやかな攻撃が込められていたり、
    それが本人以外にはわからないもの…。
    夫婦間以外にも人間関係でそういうのってある!経験した事あるって思った。
    そして、こういう種類の男性って少なからずいるって感じさせられた。
    そう、感じられる現実感がとても怖かった。

    終始重苦しい感情表現が続き、本当に読んでいて辛かった。
    裁判員裁判のお話でもなく、幼児虐待のお話でもなく、
    他からは決してわからない、家庭という密室での支配する者のと支配される者のお話だったのかな。
    この微妙な感情のやり取りや支配をこれ程迄に描く筆力は凄いって感じました。
    夫婦間の対等ってどういう事なのだろう…。
    裁判も一体何が真実で何が嘘なのか、事実を知る事の難しさを凄く感じました。
    非常に重いテーマでしたが、色々と考えさせられる作品でした。

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著者プロフィール

1967年生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著書に『対岸の彼女』(直木賞)、『八日目の蝉』(中央公論文芸賞)など。『源氏物語』の現代語訳で読売文学賞受賞。

「2022年 『にごりえ 現代語訳・樋口一葉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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