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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784022513595
作品紹介・あらすじ
【文学/日本文学評論随筆その他】いいかげんに生きると、ちょうど良い加減、好い加減がわかる──。適当、わがまま、常識はずれ、で生きてみる。超人気カウンセラー・心屋仁之助が説く「いいかげん」のすすめ。写真満載で見ているだけでも心がラクになる、満たされる一冊。
みんなの感想まとめ
心の疲れを癒し、リラックスを促す内容が特徴の一冊で、適当さやいいかげんさを通じて、人生のバランスを見直すきっかけを提供します。心理カウンセラーの視点から、自分自身が抱える「こうあるべき」という固定観念...
感想・レビュー・書評
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心理カウンセラーらしい切り口の表現もありますが、大部分はリラクゼーションを目的とした娯楽本という位置づけでしょう。
ちょっと心が疲弊したときに読むとほっこりするような内容になっていて、写真多めで文字少なめの非常に読みやすい作りになっています。
ふとしたときに帰りたくなる実家のような、そんな安心感のある本です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「こうあるべき」「〜でないとダメ」に自分がものすごく捉われて生きていることに気づいた。
その考え方で、自分の子どもにも接してしまっている…反省です。
本当に大切なこととは?を考えさせられる本でした。 -
やさしすぎるがゆえにつらくなって、だから、「自分」を大事にして、「自分」を優先して、「いいかげん」「適当」に生きてみている人。でも、それがゆえに自分の中のもともとにある「やさしさ」を否定して、無理に押し込んでしまわないでほしい
刺さりました -
頑張りすぎて、疲れている人たちに贈る本。
もっとチカラを抜いて、楽しく過ごそう! -
イライラの対象=自分の我慢していることに気づくチャンス
「俺は時間を守るために、家のやりたいことも我慢してきた。なんでお前は遅れるんだ」
→「私がこんなに我慢しているんだからアナタも我慢しなさい」というアピール。 -
とても綺麗な写真に言葉たち
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今の自分にすごく響いた。
生真面目で、手を抜けなくて、我慢ばかりして…そんな自分に「もっといい加減に生きていいんだよ」と言ってあげてもいいんだと思える本。
もっといい加減に、もっとテキトーに、気楽に、そう考えて生きていけたら今よりもっと楽に生きれるんだろうなぁ。
たまに読み返して心に刻みたい。 -
2023.11.20再読
右口唇ヘルペスができた。言いたいことを言えずに我慢している、と言う身体からのサインかも…?またこちらの本に手を伸ばしていました。
⚫︎失敗してもいい、嫌われてもいい
⚫︎「まぁ、よい」と言ってみる
⚫︎できないことを隠さないで失敗しちゃった自分、恥ずかしい自分を自分が楽しく笑ってあげる
今回はこの3つに目が行きました。やっぱり“嫌われたくない”思いがなかなか消えません。少しずつ実践していくしかないですね。。
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最近、人生がつまらないと感じるようになった。
それは、他人の目を気にして自分のやりたいことを我慢して生きているから。
文字にするとそんな事かと思えるが、ずっと自分の感情を殺して他人を優先して生きてきた人種からすれば灯台元暮らし、目から鱗である。
楽しく生きたいならばとことん自分の正直な気持ちに向き合わなければならない。そして、人からどう思われようと嫌われようとその意思を貫かなければならない。
人生を謳歌してる人は、他人のことを全く意識していない。ただ純粋に自分の欲求に素直である。これは人によってとても勇気のいる事だ。
だが、本当に自分の人生を生きたいと決心したらやるしかない。それがいいかげんに生きるということ。 -
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<感想>
人気カウンセラーによる良い加減に生きるための自己啓発本。考え方は世にある自己啓発本と重なる部分も多く、目新しい内容は少ない。一方で、著者は例えが上手く、所々でハッとするような表現に出会える。リフレーミング効果のある一冊。
<アンダーライン>
・他人の決めた目標のままに動かない
・「まずい」「怒られる」「嫌われる」「ダメだと思われる」という、何かを怖がってるときにくっついてくる感情は、何だと思いますか?答えは「罪悪感」です。
★★★「罪悪感」っていうのは、結局「罪悪、感」なんですよね。「罪悪」ではない。「罪悪、感」なんです。つまり「悪いような感じがする」ということ。
・時間に平気で遅れてくる人がいる。でも、その人は何も困っていない。「ちゃんとしている人」から見たら「いいかげん」です。でも、人生でまったく困っていない。
・「働かざるもの食うべからず」っていうけど、働いていないお金持ちっていっぱいいるから。
★罪悪感をもっている人は、「人を裁く」という特徴があるんです。あとは、「人を見張る」という特徴です。裁判官や警察官のような人間になりたがるんですよね。
★罪悪感をもっている人は、一生懸命人の期待に応えたり、人を喜ばせたり、人に迷惑をかけないっていうルールを守ろうと頑張っているんです。なのにどうどうとルールを破るやつ、つまり「罪」を犯すやつがいたりするんです。
★★★あなたがイライラする人は、あなたの罪悪感に気づかせてくれる人
★たとえば、「遅刻する人」が「許せない人」の場合、「罪悪感をもっている人」は「遅刻するなんてひど」と思うわけです。それをもっと深く掘り下げていくと、「私は待たせてもいい程度の存在」となるんです。
★お母さんに対する愛情が、期待に応えられなかったとき、自分の理想に届かなかったときに、「罪」に変わっちゃっただけで。「罪悪感」になって残っちゃっただけで。
・この盆栽のように、もう小さくぴっとまとまってる人っていっぱいいます。他人軸で生きていると、「他人の目標」や「世間」っていうルールで、自分を丁寧にいじめていじめて「他人の思い通り」の形になるように剪定されているから。
★★「悩み」を「大変」という前提で見るから、大変なことになるんです。
・身近な人からもらった価値観・考え方、ものの捉え方によって、ある意味、洗脳されて育つんです。 -
自分に厳しくすることが美学とされているが、たまには甘やかしてやるのも良いかなと思わせてくれる一冊だった
心がしんどくなった時にまた読み返したい -
フォトメッセージ本
言葉と写真に癒される
自分のこころの声に耳をすませて
自分を優先してもいいんじゃないかな
ちょっと肩の力を抜いて
誰かの声ばかり気にせずに
いい加減に生きてみよう
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心に響く言葉が
1つ、2つ…
さらっと読めます。 -
口に出して涙かでてしまうこと
ホントに心の底で感じてることなんだなと。
先日この経験をしたので、
スーッと、入ってきた。
穴が空いてるのに、蓋しちゃって
鍵までかけて、上からコケで覆われて。
そのうちそこに穴が空いてたことすら忘れてて。
自分はそれでいいや、と心で折り合いつけてきたつもり。
んでも、口に出した瞬間
穴がぱかっとあいて
どばぁーーーっと、ダムみたいに水が
噴き出してくる。
いやぁ、そうなんだぁ、
あたし、こんなこと想ってたんだ、ずっと。
その感情に気づいてから、涙腺はすっかり
破壊されてしまったけど
あ、ネガティブな感情やホントに感じたこと
言ってもいいんだ。いや、言わないといけなかったんだ、
と思った。
なんとなく、軽くなった、かな。
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先日読んだ「嫌われる勇気」と同じ方向性の内容を、より簡単にふんわりトーンで伝える感じの本でした
頭で理解というよりは、心で納得させる感じの
いろいろ考えた末、原点回帰しようかなぁとおもいました -
はじめに
この本は、次のような人たちのために書いてみました。
「今日も言い訳せずにがんばった」って、帰り道に自分で自分をほめたり、「やればできる」って、自分に言い聞かせながら、一生懸命仕事したり。で、ついつい自分の心や体を傷めてしまうような頑張り屋さん。
目の前の困っている人をほっとけなくて、思わず助けてしまったり、時には、自分を差し置いてでも、他人を優先してしまったりして。気づいたら自分がヘトヘト、な、ちょっぴり優しすぎる人、お人好し。
どんなときでも「不平不満はダメ」「いつも笑顔で」とばかりに耐えたり、他人に心配をかけまいとして、「大丈夫」と答えちゃったりして。でも、時々「なんか私ばっかり、損?」と感じてしまうしっかり者。
ズルいこと、汚いこと、間違っていることが許せなかったり、弱い立場の人をなんとかしたい、と行動するからこそ、人とぶつかったりする。だから傷つく場面も増えてしまう。そんな正義感が強い人。
「もっとできる」「もっと上手くなる」って努力し続けて、で、結局できちゃって。たくさん仕事が舞い込んできちゃうような、振り返れば背中に荷物たっぷり、という向上心の強いできる人。
世の中には、こんなふうにがんばりやさんで、やさしくっえ、しっかりしていて、正義感にあふれていて、向上心の強いできる人って、たくさんいます。
でも、なかにはなんとなく疲れてしまって、「つらいな」「しんどいな」「何もかもどうでもいい」なんて思ってしまう人もけっこういます。
でね、僕は、そんな人たちに、言いたいのです。
「いいかげんに生きてみませんか」って。
僕は心理カウンセラーになる前、20年ほどサラリーマンをやっていました。ちゃんとした人、できる人で、時間を守ろう、納期を守ろう、売上を達成しよう、上司の言ったことはきっちりクリアしよう、部下はちゃんと指導して育てよう、って感じで生きてきたんです。
世間のいろんや「すべき」や「しなきゃ」を背負って、がんばり続けてきたんですよね。
そして、それを部下や家族、周りの人にも押し付けていたところがあるんです。そんな僕自身もどこか苦しかったんです。
ついがんばってしまう人は、「がんばる」のをやめて、あえて手を抜く、いいかげん、適当、なまけるくらいが、人生うまくいく、って。というのも、「すべき」「しなきゃ」でがんじがらめになってる人は、他人に重心を置きすぎているんです。
「すべき」「しなきゃ」を捨てて、「がんばる」をやめて、自分の「心地いい」や「好き」「やりたいこと」をやっていく。つまり「自分」を優先してもいいんじゃないかな、って。
他人から自分に軸を持ってくるんです。
他人から自分に人生の軸を持ってくるときに、大事なことが「いい加減になる」ことだったりするんです。
いいかげんって、言い方を変えると、目標を決めない、迷惑をかける、生きたあたりばったり、です。
他人の決めた目標のままに動かない。
他人の迷惑をかけないようにって自分の気持ちを殺さない。他人のことはかまわず、自分の好きなようにやってみる。ってことです。
いいかげんにいきるとは、自分のやりたいように、自分の気の向くままに、わがままに行動するってことです。他人優先の人生から、まず自分のわがままな人生に変えることです。
とてもこわいことですよね。ありえない、って思いますよね。でも、そうすると分かるんです。自分はどうしたら心地いいのか、自分は何が好きなのか、自分は何がしたいのか、がね。
悪い方のいいかげんに生きると、良い加減がわかる。悪い方のいいかげんに生きると、好い加減がわかる。
いいかげんに生きるとは、たとえ失敗しても、たとえ嫌われても、自分のやりたいようにやること。そこから自分の心地よい場所を探していくこと。自分を取り戻すこと。
迷惑かけない範囲で、いいかげん、なんてダメですよ。思いっきり行こう。
第1章 気づく
学校に行くとか行かないとか、いい学校に行くとか、いい会社に入るとか
過去の自分が持っていた、これらのような価値観があまり意味をなさないなぁ、と、それに縛られて苦しんでいる人が今もいっぱいいるなが、と、そう思うのです。
今の僕はこう思うんです。
いわゆる、ちゃんとで生きないって、素晴らしい!
もちろん、ちゃんと生きるのも素敵です。でも、それだけじゃなくていいということを思うんです。
・「ちゃんと」や「すみません」が口グセになっていませんか?
「待たせたら悪いから、5分前にはちゃんと着いていないと」
「せっかくプレゼントもらったんだから、喜んであげなきゃ」
「上司に見せる書類だから、ちゃんと誤字脱字をチェックしないと」
「せっかく丁寧に説明してくれてるんだから、ちゃんと聞かなきゃ」
というように「ちゃんと」や「しなきゃ」というセリフがぐるぐるまわっていたりします。
あるいは、生活の中で
焦っているときについ「すみません」と謝ってしまう
1万円札を出すときに「1万円ですみません」と言ってしまう
料理を残したら「残しちゃってごめんなさい」と言ってしまう
などと気がつけば「すみません」「ごめんなさい」ばかり言っていたりします。
これを繰り返しているうちに、息苦しくなったり、いつも何かに追われている気になるのであれば、あるいはすこしでもできていないと「人間失格」みたいな気分になるのであれば、
それは、そうしないと「怒られる」とか「嫌われる」とか「ダメな人間に思われる」と思っていないか、ってことです。
しかも「誰から?」ってことです。
つまり、「ちゃんと」や「すみません」などが口グセになっている人は、他人を意識しすぎて、いつも身構えているんです。
「自分の思い」よりも「他人の評価」「他人の目線」を気にして、怒られないように嫌われないようにそうしているってことなんです。
「待たせたら相手に悪い」ではなく、「待たせるなんて、時間管理ができないダメな人って思われる」ってことです。
だから、息苦しいし、疲れるし、イライラするし、イヤな気分になる。
?あなたがつい、「ちゃんと」「すみません」って言ってしまう行動は?
・時間を守っているのに苦しい、時間に遅れても幸せ
世間では、一般的に次のような行為は「悪いこと」だと思われています。
時間に遅れるのは悪いこと
お金にルーズなのは悪いこと
書類のミスは悪いこと
つまらない映画でも途中で席を立つのは悪いこと
結婚式で一万円の古いのを出すのは悪いこと
葬式でわざとシワを入れないで出すのは悪いこと
こういったマナー系、礼儀系、常識系の行為を、しっかりした人、ちゃんとした人ほど守ったりします。
そうしとかないと、「まずい」「怒られる」「嫌われる」「ダメだと思われる」という、何かを怖がっているときにくっついてくる感情は、なんだと思いますか?
答えは「罪悪感」です。
それをしてしまうと「罪」「悪い」と感じているから、必死にマナーを、礼儀を、常識を守ろうとするんです。で、「罪悪感」というのは、結局「罪悪、感」なんですね。
「罪悪」ではない。「罪悪、感」なんです。
つまり、悪いような感じがするということ。
だから、次のようなことが起きたりするわけです。
「時間に遅れるのは悪いこと」と思って約束時間の5分前に待ち合わせ場所にいったら、平気で遅れてくる人がいる。でも、その人は何も困ってない。
「お金にルーズなのは悪いこと」と思って自分はきっちりお金を払っているのに、「お財布忘れちゃった。おごって♡」なんて言ってくる人がいる。でも、人生で何も困っていない。
「ちゃんとしている人」から見たら「いいかげん」です。「ふざけるな」です。
でも、人生で何も困っていない。
だから、いいかげんなことって、悪いことではなかったりするんです。あなたが勝手に「悪いような感じがすると思っていること」だったりするんです。
?罪悪感は、あくまで「罪悪、感」。勘違いだったりする。
・小さい頃の親の発言を思い出してみる
では、「罪悪、感」の勘違いは、どこから生まれてしまったのでしょう?
罪悪感を別の言葉にすると、「しなきゃ」という言葉だったりします。「片付けしなきゃ」とか「料理しなきゃ」とかね。
でも、生活に
・「努力は報われる」なんて嘘。報われないこともある。
・本来の輝きや能力を閉じ込めて生きないで
・仮面ライダーよりショッカーになろう
・あの人にイライラするのは、あなたが我慢していることをやっているから
・「私は大事にされない人間」という勘違い
・お母さんを幸せにしたかったのに、できなかった罪
・ただ、「ダメ」よりも「していいよ」が欲しかった
・一言 -
がんばらなくてもうまくいくってのがいいな。「まぁ、よい」 言ってみると、結構いい感じかも。
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