母・娘・祖母が共存するために

著者 : 信田さよ子
  • 朝日新聞出版 (2017年12月7日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022515087

作品紹介

【文学/日本文学評論随筆その他】超高齢社会で存在感を増す祖母、「毒母」という言葉の点検、団塊男女のつくった家族、娘を身代わりにした教育虐待、息子は母が重くないのか……母娘問題の第一人者であるカウンセラーが豊富な事例とともに、3世代の共存の方向性を探る決定版。

母・娘・祖母が共存するためにの感想・レビュー・書評

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  • 引用
    ・自分より力のある人と比較する上方比較はあの人のようになりたいという努力の源になり、様々な向上心を支える比較である。より不幸で力のない人と比較することを下方比較といい、苦しいつらいという自分の感情を「もっとつらい人がいる」と我慢し否定することにつながる。
    ・親は世間や常識を主語の代わりに用いることで主語のない世界を構築し、抵抗を封じ、自らの責任も逃れる。おそらく親たちは、自ら選択して行為していることを表明すると、そこに責任が発生することを直感的に察知しているのだ。
    ・私たちが母親から分離できれば、母親は別の女に見えるようになる。私たちには関係のない女として、一人の人間として、母を見ることができる。いつまでも共生的に結び付いていると、私たちはまだ母親から完全な愛を得られるのではないか。という希望を捨てきれない。もう成人していて自分がそんなものを望んでいないのは分かっている。幻想を捨てて、別のところに目を移さなければならない。まるで酔いつから冷めたような感じ。成熟とはそういうこと、それこそ真実だ
    ・批判の刃を向けたものの、返す刀で自分を切ることになってしまう。
    ・母娘問題の背後にあって、決して当事者にならず、傍観者的位置どりを試みる父親の存在こそ問わなければならない。
    ・学生運動を経た団塊の世代の父親は批判対象であった資本主義の本丸である企業でなしくずし的に働きながら1989年からの社会主義国家の崩壊を目の当たりにして、連続性のなさがいっそう明らかになる。彼らは自分を語ることをどこかで禁じたのではないだろうか。その語らなさが終身雇用と年功序列に裏打ちされた企業家族主義の世界で、私生活を犠牲にしてまで仕事をするスタイルと合致したのだ。
    ・近代家族とは妻であり母である女性たちが家族の責任(マネジメントや情緒安定)をすべて背負うことでなりたってきたのだ。何かがあれば、母の愛情不足、愛情形成不全といわれ、すべてを母に背負わせる原因論がいまだに横行している。
    ・家族が平和りに暮らすためには、力のある存在が力のない存在をどのように尊重していくか、自らの力をどうやって制御するかが試される。
    ・核家族における子供にとっては、仕事で不在の父を除けば母しか存在しない。母がいなければ、生存できない非力さとは、母が全面的依存と愛着の対象であり、すべての情報源でもあること、つまり神にも等しい存在であることを意味する
    ・父から母を守らなければという使命感で押し潰されそうになりながらも、その苦痛こそがいい子である自分の存在証明になる。痛みこそが生きるための承認を与えるというマゾヒスティックな構造に気づくのは、ずっと後になってからである。
    ・まるでハイエナのように娘を虐げる母は、都合のいいときだか老いをちらつかせるものの、主導権と優位性を譲ろうとはしない。
    ・加害者は加害記憶を喪失する
    ・世界に冠たるロリコン的少女礼讃アニメの量産が、母になった女性たちの恐ろしさや支配性を正面切って見据えることのできない事と表裏一体であるとすれば、息子が母を批判できないことが日本の文化に与える影響の深さに驚かされる。
    ・父と同じ性である息子にとって、母親救済への義務感はロマンティックラブイデオロギーにおけるナイト(紳士)の役割にも通じるため、より一層強まるだろう。
    ・優先順位や因果関係などによって整合性をもたせることなど不可能だと認めた頃から、うつ状態は少しずつ軽快していった。
    ・愛情と信じていた(信じこまされていた)母の言動は、実は母の思い通りに娘を仕立てあげることだったという意味の転換が起きたときから、母は理解不能で不可解な存在と化すのである。
    ・拙著の多くが事例で埋め尽くされているのは、具体例を通してしか表現できない支配の巧妙さと微細な恐ろしさを日々カウンセリングで痛感しているからである。
    ・家族へ丁寧語を使い他人行儀になり、距離をとると、他者性を維持できる。
    ・母と距離をとるためには、母親という一人の女性をどのようにとらえるか、なぜあのような生き方しかできなかったのか、何が母にとって大きな挫折・転機・トラウマだったのかを研究すること。母という存在をはるか上空から俯瞰する位置どりを獲得することが最も大切な離脱だと思う。
    ・母娘問題のひとつの出口は母と父の関係が再び築けるかとうかにかかっている。また、娘が母から離れるためにも娘の夫が母との関係を理解してくれ、防御壁になってくれることで母との距離をとり安心して暮らせるようになるなど、男性の存在が大きな鍵になる。
    ・あなたから見て素晴らしい父親と思っても、弟や妹からはひどい父だったという評価は成立しますし、その逆もあります。そして、たとえ家族であっても多様なとらえ方があることを知るのは、これからの人生において大きな財産になるはずです。

  • 367.3

  • 母・娘・祖母が共存するために。信田さよこ先生の著書。以前、信田さよこ先生の「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」を読んだことがあって、思うところも多かった。母・娘・祖母という関係は時として不健全で異常な共依存関係になりがち。それが不幸をもたらすこともある。不健全で異常な共依存関係ではなく、健全で爽やかに共存するためのヒントが示されている良書だと思います。

  • 共存共栄じゃなく、強存強栄だからねぇ、、、

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    ベストセラー『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』から10年。母の愛に疑念をいだいた娘たちは「墓守娘」「母重」という自己確認の言葉を獲得した。その母は団塊世代に属し、また高齢の母を介護する立場は娘である。あまり言及されてこなかった団塊女性を1970〜80年代の時代背景を入れて考えると、何がみえてくるのか。また100歳超えの高齢者が6万人という現代に、母娘問題
    https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=19565

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