ゆっくりおやすみ、樹の下で

著者 :
  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022515537

感想・レビュー・書評

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  • 小学五年生のミレイちゃんは小説家のおとうさんと、イラストレーターのおかあさんと、ミレイちゃんとだけは喋れるテディベアのビーちゃんと暮らしている。おとうさんとの結婚に反対されたおかあさんは、そのことで両親と喧嘩別れしたまま鎌倉の実家・通称『さるすべりの館』には戻っていなかったが、亡き父の七周忌を過ぎようやく母(ミレイちゃんの祖母)の許しが出て、夏休みのあいだミレイちゃんは『さるすべりの館』でバーバと過ごすことになる。

    絵を描くのが趣味の優しいバーバと、幼い頃の母が拾ってきた今は老犬のリングと、ミレイちゃんの過ごす新鮮な日常。館の中にはバーバが描いたすでに亡くなった人の肖像画を飾る「緑の部屋」と、窓からさるすべりの花が見え、そこで大バーバ(バーバのお母さんでミレイちゃんの曾祖母)が亡くなった「赤の部屋」があり、そして傾いたまま時間を止めた振り子時計がある。

    ミレイちゃんはリングと散歩の途中で、時折タイムスリップのようなことが起こり、老犬リングが若返り、過去の鎌倉の人と交流したりする。二階堂の家で出会った文学を語るおじさんたち、その肖像画が「緑の部屋」にあり、ミレイちゃんは彼らが過去の人たちだと知る。そんな不思議な出来事が起こる中、ある晩、止まっていたはずの振り子時計のチクタクする音を聞いたミレイちゃんは、赤の部屋で自分そっくりの少女=肖像画でみた11才の頃の大バーバに出逢い・・・。

    朝日小学生新聞で連載された高橋源一郎初の児童文学。今日マチ子の挿絵も可愛い。最初のほうはミライちゃんのパパが作者本人すぎて(ミライちゃんのママと結婚する前に何度も結婚していて、年をとっていて、小説家)家庭内事情が私小説すぎやしないかと心配になりましたが(苦笑)、中盤くらいから、さるすべりの館で不思議な事件が起こり始めてぐんぐん引き込まれました。

    夏休みに田舎の祖父母の古い家に行った子供が不思議な体験をする、タイムスリップ的なことが起こって親や祖父母の若き日に邂逅する、というのは児童文学の王道ですし、まあどこかで読んだような既視感(実際類似設定の作品は多数あるでしょう。私は『トムは真夜中の庭で』を真っ先に思い出しました)はあるのですが、そこも含めて安心感というか安定感というか、児童文学の「お約束」を楽しみました。

    個人的に気になったのはミレイちゃんが迷い込んだ鎌倉の二階堂の家に集う文学者の人々。ミレイちゃんに声をかけたヨシダさん、イギリス留学経験ありということで咄嗟に浮かんだのが吉田健一、そこから調べてどうやらこの集会は後の「鉢の木会」の原型では?と推測。メンバーの一人でチェーホフの三人姉妹の翻訳者、神西清は鎌倉に住んでいて、写真を見たら見事に「丸いメガネ」をかけていて病弱そう、二階堂の家の主はこのひとで決まりかな。参加者の「眉毛の濃い男の人」は三島由紀夫、「おでこが広くてやさしそうな顔つきの人」は中村光夫かしら?

  • 高橋源一郎がはじめて執筆した児童書。哲学的で抽象的で子供にはあまり向かないかもしれない。

  • 「あたしたちが生きている世界そのものが、一冊のとびきり大きい本で、しかも、どの頁をめくってもかまわないんだ」(本文より)

    一人の女の子の夏休みの物語で、大好きな『西の魔女が死んだ』に少し雰囲気が似ていてとても良かった。今日マチ子の絵も作品とピッタリ合ってた。将来子供が生まれたとき、特に女の子に読み聞かせてあげたい一冊。

  • いい言葉を使う。楽しい言葉を使う。
    厳しいこと、辛いことがあっても、
    明るい言葉を選びたい。
    でももっと必要なのは時間か。
    もっと時間をつくらないとな。

  •  一昨年(2017年)7月から9月にかけてちょうど三ヶ月、90回の連載として朝日小学生新聞に掲載された。その夏休み中のNHKラジオ第一「すっぴん」(著者の高橋源一郎がパーソナリティーをつとめるある月曜日の放送)で、毎日はなしの続きをとても楽しみにしている、という小学校四年生の女の子の投稿が読まれたのを聴いた。去年6月に単行本が出て、ぼくはその夏にゆっくりと読んだ。読んでいる間はずっと、連載の載っている朝日小学生新聞が配達されるのを心待ちにしていただろう小4女子の気持ちを考えていた。
     先行作品として、『トムは真夜中の庭で』(フィリパ・ピアス)があります。この『トムは真夜中の庭で』は大江が、小説を「再読」することの意味を語るときに幾度か引き合いに出しています。『「話して考える」と「書いて考える」』(集英社文庫)の章「子供の本を大人が読む、大人の本を子供と一緒に読む」から引用してみます。
    「しかし多くの本を読みかさね、人生を生きてきもして、ある一冊の本が持ついろんな要素、多様な側面の、相互の関係、それらが互いに力をおよぼしあって造る世界の眺めがよくわかってから、あらためてもう一度その本を読む、つまりリリーディングすることは、はじめてその本を読んだ時とは別の経験なのだ、と(ノースロップ・)フライはいうんです。(中略)そのような読書は、自分の人生の探求に実り多いものとなります。とくにそうした探求が切実に必要な人生の時になって、本当に役に立つ読書の指針・仕方です。つまり「もう時間がない……」としみじみ感じ取る大人にとっては、そうした読書が必要なんです。」
     ここの「もう時間がない……」というのは、『トム〜』の中にある「time no longer」という句の日本語訳です。大江はこの句にこだわります。「大時計の箱の中に『ヨハネの黙示録』の、この世の時の終りを告げる天使の絵と、かれの発する言葉の文字とを見出す……。(中略)そして自分はその言葉を英語で覚えて、それを自分の小説にそのまま引用したことさえあった」(〜『読む人間』ー「故郷から切り離されて」(集英社文庫)より)と。じゃあ『ゆっくり〜』にもこれに対応する言葉があるかな〜と、あった、ありました、最初の方と、最後の方に。でもこの言葉は際立たない。当然のことだし、ミレイちゃんだって言われなくてもわかってることだったから。
     さてもう一度、先の大江の『「話して考える」と〜』から引用します。
    「子供の読書は、それによって生き生きした新鮮な世界にーーつまり言葉の迷路のような未知の風景にーーとびこんでゆく経験です。しかし、それは、自分の将来の日々のために、そこで人生のしめくくりにどうしても必要な、方向性のある探求をするための、時間をかけての準備でもあるんです。大人には、一緒に本を読む子供にそのことを予言してやる必要があります。そして本の選択に助言をしてやる責任があります。(中略)まずはじめての本として良い本を読む、ということは大切です。それがなければ、やがてやるリリーディングにも意味はありません。フライのいうとおり、真面目な読者は、「読みなおすこと」をする読者のことです。さらに私はそれが、自分の人生の「時」のつみかさねの後で、やがてこの本をリリーディングするだろうとあらかじめ感じとりながら、はじめての本を読む読者のことでもあると思います。真面目な子供の予感を、大人は実現させてやらねばなりません。そして真面目な読者へと自分を仕上げねばなりません。」
     『ゆっくりおやすみ、〜』はたぶん、よく本を読み本を読むことを大切にするひとを育てる小説でもあるだろうし、著者はそうなるように充分に意識的に配慮したと思う。小説家人生を賭けるくらいに。そっと、子供が目につくところにさりげなく置いておきたい。装丁も挿し絵もすごく良いので是非、文庫になるまえに単行本で。

  • すっぴんで紹介されてからずっと読みたいと思っていた。
    これを連載で読めた子は幸せですね。
    やさしくて、哀しくて、しあわせな温かいおはなしでした。だいすき。
    ラジオでの源一郎さんの語り口がとても好きなのだけれど、この本の語り口もなんだか源一郎さんっぽい。
    夏休みの楽しい思い出ってのはたしかにおばあちゃんちのイメージ。こどものころのそーゆー体験ってのはとても大切。ちょっと大げさかもだけど、人生でのお守りみたいなもんだ。
    作家のお父さんはどうしても源一郎さんをイメージしてしまいますが、そのへんは計算されてるのかしら?
    遠い昔の人の言葉が今の私を救ってくれることがあるように、今の私があのつらい時代の人の心を救えることがあるといいのに。
    とはいえ、現代のツライ現実にさえ手を差し伸べられるかどうかも…
    どうして、信じられないほどに怖ろしいことが日々起こるのだろう。こんなにあたたかい物語が世の中には生まれてくるとゆーのに。
    ともにいてくれるぬいぐるみとゆーのは大切。私にもいたみたいなんだけど、自分では覚えてないんだよなあ。
    幼い私はその子とおはなしをしただろうか?

  • 今日マチ子さんの絵に惹かれて手に取りました。
    児童書だけど、大人へのメッセージもあったので大人が読んでも良いと思います。
    高橋源一郎さんの作品を読むのは初めてでしたが、読みやすかったので他も読んでみたいです。

  • ミレイちゃんという11才の女の子が、初めて出会った祖母の館で過ごす夏休みの不思議な出来事。夜中に時計が動き出すのがミサトちゃんに出会うきっかけになる。クマのぬいぐるみのビーちゃんをともにして時代を超えることが、なんとも自然な感じで書かれている。挿絵も章ごとにあってとても柔らかいタッチで素敵だ。

  • 子ども向けに書かれたもの。
    夏休みに子どもに読ませたい本として今後選ばれそう。
    大人になりきっているので、子どもに読んでもらって感想を聞きたい。

  • 高橋源一郎「初」の児童文学らしい。作風的に今まで当然書いてるものだとばかり思っていたので意外だった(『銀河鉄道の彼方に』とかそんな感じだったけど、厳密にはちょっと違うのかな)。
    ただ、こどもが読んで楽しい作品になっているかと言われると、うーん、微妙かなあ……。

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著者プロフィール

作家・元明治学院大学教授

「2020年 『弱さの研究ー弱さで読み解くコロナの時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

高橋源一郎の作品

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