メメント・モリ

著者 :
  • 朝日新聞出版
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本棚登録 : 148
感想 : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022515711

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学評論随筆その他】「ちょっとそこのあんた、顔がないですよ」──本当の死が見えないと、本当の生も生きられない。1983年の刊行以来、30年以上にわたって多くの読者に読み継がれ、さまざまな人生に寄り添ってきたロングセラーが、奇跡の再登場。現代を生きる人々へ。

感想・レビュー・書評

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  • 10年以上前、大学生の頃に買って読んだときよりも言葉の味わいが増したような気がして(そもそも以前は味わうという感覚自体あったのかあやしいけど)言葉は字面以上に多くのことを語るものだと、写真に添えられた薄い銀色の文字で書かれた詩からそう印象を受け取った。きっと写真について、もっとたくさんの言葉を費やしたとしたらもっと誰にでも分かりやすく何事かを表現することもできるだろうが、あえて簡潔に、圧縮、省略した言葉を添えることで見える風景がある。それはもしすると生と死の中間にあるもので、誰もがけして知ることのできない死について、ほんの少しでも触れられそうな場所に、読んでいる間の僕はいたのかもしれない、というようなことを思った。 

  • 急にわたしも
    いつかポロポロの白い骨になって
    存在がなくなるのだと
    現実味を帯びてかんじた
    ぞくっとした
    いつか死ぬ
    当たり前だけど想像できてない
    いつか絶対死ぬ
    やるべきことはなんだろう
    わたしが死んだときに
    だれか見送ってくれる人がいたらいいな

  • 写真と短文で読みやすい。
    けれどメッセージは強い。
    まだ理解しきれないところもある。
    ふと読み返せるようにしておくといいかもしれない。

  • 斎藤工が生き方を変えた一冊と紹介していた本です。
    生きるとは死とは。
    人間として生を受けた使命は何なのか。
    感じろ、考えろ、思い出せ、と頭をガツンと殴られた気分になり、今の自分の情けなさに恥ずかしさと焦りが込み上げます。
    ほとんどが写真で、インパクトがある衝撃的な一冊です。
    残念ながら命には限りがあるのです。
    どう生きたいのか。どう死にたいのか。

  • 2018 

    「ちょっとそこのあんた、顔がないですよ」

    いのち、が見えない。
    生きていることの中心(コア)がなくなって、ふわふわと
    綿菓子のように軽く甘く、口で噛むとシュッと解けてなさけない
    死ぬことも見えない。
    いつでこでだれがなぜどのように死んだのか、そして、生や死の本来の姿はなにか。
    今のあべこべ社会は、生も死もそれが本物であればあるだけ、人々の目の前から連れ去られ、消える。
    街にも家にもテレビにも新聞にも机の上にもポケットの中にもニセモノの生死がいっぱいだ。

    本当の死がみえないと本当の生も生きられない。
    等身大の実物の生活をするためには、等身大の実物の生死を感じる意識Uこころ)をたかめなくてはならない。
    死は生の水準器のようなもの。
    死は生のアリバイである。
    MEMENTO-MORI
    この言葉は、ペストが蔓延り(はびこり)、生が刹那(せつな)、享楽的になった中世末期のヨーロッパで盛んに使われたラテン語の宗教用語である。その言葉の傘の下は、わたしのこれまでの生と死に関するささやかな経験と実感がある。


    「乳海(ちちのうみ)」
    死の瞬間が、命の標準時。



    死とは、死を賭して周りの者を導く、
    人生最期の授業。



    水はバイブルである。
    火はアナキズムである。
    太陽があれば国家は不要。


    「眠島(ねむるしま)」
    直物は偉大な催眠術師だと思う。



    「紅棘(あかいとげ)」



    ひとがつくったもにには、ひとがこもる。
    だから、ものはひとの心を伝えます。

    ひとがつくったもので、
    ひとがこもらないものは、寒い。

  • やはり、破壊力はあるなぁ~と。
    「人間は犬に食われるほど自由だ」「太陽があれば国家は不要」元ネタはこの本だったか。写真にも力がある。

  • また読みたい。次に読んだときは、感じ方がどう変わるのか興味深い。常に意識したい言葉。

  • 再読。この本の中にはありのままの、なまの生と死がある。写した光景は魂の原風景。現代の日本では見られない剥き出しの生と死の情景。「死は生のアリバイである」と著者は言う。本当は死は恐れるものではなく、生の成就ではないかと思う。死が訪れたその瞬間、綴ってきた生が完結する。死を想え。これは限りある生への祈りでもある。死は生を包括する。決して離れることが敵わない表と裏のように。

  • 写真集は久しぶり。これも"NO BOOK~"から。確かに死体は衝撃的だったけど、それ以上の部分には感性が追いつかん。作者自身があとがきで触れているように、ボロボロになるまで眺め返して、そこからこそ見えてくる世界もあるんだろうが。

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著者プロフィール

1944年福岡県生まれ。『印度放浪』『全東洋街道』『東京漂流』『メメント・モリ』『黄泉の犬』『日本浄土』『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』『死ぬな生きろ』『書行無常』『なみだふるはな』など。

「2020年 『なみだふるはな』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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