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Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784022515988
作品紹介・あらすじ
【文学/日本文学評論随筆その他】2018年7月に死刑執行された地下鉄サリン実行犯・広瀬健一。悔悟の念に駆られつつ、なぜ自身がオウムの教義に惹かれたのか、教団が何を目指したのか、理系の目で分析された精緻な手記を公開する。司法が迂回したオウムの宗教的側面を真正面から見据える記録である。
感想・レビュー・書評
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高村薫の合田雄一郎シリーズ新作が出版された。「冷血」文庫化で予想した通りだ。それに挑むためには、未読の「太陽を曳く馬」を読まなくてはならず、そのためには最近の新書「生死の覚悟」も紐解かなくてはならず、その準備として高村薫が序文を寄せている本書を手に取った。
何故ならば、「太陽」はおそらくオウム事件を契機に書かれたものだし、その根幹には仏教の死生観があり、オウムの真実に近づくためには、やはり犯行者本人の肉声に触れておいた方がいいからである。
「(オウム犯人の死刑は)裁いた側にも裁かれた側にも大きな不全感をのこした。なぜなら、私たち一般社会の側は事件の本質が宗教行為であった事実に蓋をするほかはなく、一方の信者たちは宗教の側からの弁明がほとんど社会に届けられないまま、一般の犯罪者として処断されたからである」(高村薫序文より)「宗教の側からの弁明」とは何か?
主な構成は4pの自筆の「被害者への謝罪文」、約55pに渡る女学院大学生に対する「カルトへの入会防止講義」への冊子原稿、100p以上に渡る武装化の経緯を書いた手記(未完)である。いくら時間があったからと言っても、私は先ず、内容よりも先に、論理的に真摯に文章を書いている広瀬の知性に瞠目した。それが何故、この狂気の所業に結びつくのか?
重要な事を箇条書きする。
(1)高校生時点で「真理は何処にも無い」と、早熟な知性は諦めていた。
(2)大学院の時に、麻原彰晃の本を読んだ後に「宗教的体験」をすることにより、真理はあると確信してしまう。
(3)「ヴァジラヤーナの救済の教え」(救済出来ない人を呪殺し、仏国土に導引する)を実行することが使命になってしまい、ポア(大量殺人)もそのための手段となってしまう。
ザクッと書けばそういう経緯で、一連のオウム事件が起きたのだと私は理解した。「手記」は、しかし武装化、サリン事件、逮捕、獄中生活、脱会の経緯については書かれていない。昨年に死刑執行されてしまったたからである。「手記」の多くは客観的な教義批判になっていて、私はスルーした。しかし、「弟子の暴走説」と「洗脳で思考停止になっていた説」をキチンと批判していたのは貴重である。
この優秀な知性でさえ、ボタンを掛け違えれば、ここまでの事を犯す。そこには「カルトだから」の一言では済ませてはいけない内容があると思う。
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よろしい、お前はクンダリニーの覚醒をした。ーが、それがどうしたというんだ?と何故トルストイの様に思わなかったのか
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事件当事者による著作物です。自身の活動を理性的に分析され、その問題について丁寧に記述されています。物理専攻である著者のその論旨は論理的に明確で、その反省と再発させない思いが記述中随所にあります。行為は叱責されるべきですが、その反省の思いは現代のカルトに興味のある若者に伝えるべきと感じました。自身の行為の反省から、再発させない思いが十分感じました。本書を読み終え著者は、優秀な人物であったことが想像できました。自業自得なのかもしれませんが、偶然の出会いで本結果になってしまった事は残念です。
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物理を専攻した人間なのに…というのは別に珍しくもないのかも知れない。手記によれば獄中で「間違っていた」と自覚したのは本当だし,後悔・猛省してもいる。それでもスピリチュアルなものから逃れられないという物悲しさ…。切ない。
“オウムの教義や麻原から心が離れた今、私は無信仰の状態にあります。しかし、宗教の価値は認めています。信仰によって人格を高められた方々が多数いらっしゃるからです。人間には超越的存在を感じる資質が備わっているのでしょう”
p.66
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