むらさきのスカートの女

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.33
  • (221)
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  • (271)
  • (63)
本棚登録 : 7744
感想 : 881
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022516121

作品紹介・あらすじ

第161回芥川龍之介賞受賞作!

近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために〈わたし〉の職場で彼女が働きだすよう誘導する。『あひる』、『星の子』が芥川賞候補となった話題の著者による待望の新作中篇。

感想・レビュー・書評

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  • 皆様のレビューを見てずっと気になっていた作品。フォローさせていただいてる方々のむっつりストーカーな私こと「黒いシャツの女」はこれを追いすぎて読んだ気になっていたのだが、やっと手に取ることが出来た。

    はて、タイトルは「むらさきのスカートの女」である。皆様のレビューに必ず存在する「黄色いカーディガンの女」とは何者なのか常に不可解に思っていた。畏怖せざるを得ない存在であることは間違いなさそうなのだが...
    そんな未知に踏み込んだ私を、読み終えた皆様が優しい笑みを浮かべながら見守ってくれている妄想に浸りながら(※むっつりストーカー)世にも奇妙な物語の世界へトリップしていった。

    語り手は「黄色いカーディガンの女」。そして、どの町にも必ず存在するちょっと様子のおかしな名物おばさん枠が「むらさきスカートの女」となる。
    人々に嫌厭されるむらさきの女と、彼女とお友達になりたい黄色の女。その健気な気持ちが徐々に狂い暴走していく...と、いう訳ではなく、
    最初から最後まで違和感が付き纏っている。

    まず、むらさきの女の行動は作者が読者に伝える「語り」ではなく、終始黄色い女の目線なのが恐ろしい。「見守り」の域を余裕で超えている。
    そして、「執着」だ。危害を加える等の悪意は全く持っていないはずなのに常に景色が歪んで見える。悪意の無い呪い、怨念に近い感情がこの作品の色彩を奪っているかの様だった。(褒めています)

    同じような言葉を繰り返すが、兎に角
    読者の相棒となるはずの語り手が、あくまでこれか正常だと言わんばかりの異常者なのだ。

    いやしかし、そうなるとむらさきの女に危険が迫るのではとサスペンスの予感が膨らむが....
    ご安心を、むらさきの女も大概ヤバめだ。
    でもなんて言えば良いのだろう...うーん...彼女はまともなヤバさと言った所だろうか...(笑)つまり黄色の女とは毛色が違う。いや...これもなんか違うな...。そうだ!種族の位が違う。
    「原種」と「亜種」だ。
    ーーーーーーーーーーーーーーーー

    起伏はないが、ゆっくり確実に(一方的に)縮まってゆく二人の距離感にドキドキした。JAWSが人間たちの乗る船に徐々に近づく時に流れるあのメロディが流れてくるようだ。でーでん。でーでん。ででででででででで(以下略)

    著者の作品は初でしたが、とても面白かったです。他の作品も読んでみたいなぁ。
    紹介してくれた皆様に感謝です(*^^*)

    • NORAxxさん
      naoさん
      あらまぁ、本当ですね(*´﹃`*)女性は誰しもがストーカー要素を持っている(諸説あり)と聞きましたが、まさかこんな所で開化するだ...
      naoさん
      あらまぁ、本当ですね(*´﹃`*)女性は誰しもがストーカー要素を持っている(諸説あり)と聞きましたが、まさかこんな所で開化するだなんて!!笑

      音楽だと私もどう考えても作ったのは正常者ではないだろうって曲を好んで聞いちゃいます^ ^
      レビューはピックアップされた箇所が様々なのもとても面白く感じてます。
      「こちらあみ子」タイトルからして面白そうですね。ご紹介ありがとうございます。探してみますね♪

      こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いします!今度は私の方から遊びに行かせていただきます☆
      2022/06/07
    • マリモさん
      NORAxxさん
      こんばんは!ついにお読みになったのですね…レビュー読んでまたあのぞわっとくる感じを思い出しました。今村夏子さんと村田沙耶香...
      NORAxxさん
      こんばんは!ついにお読みになったのですね…レビュー読んでまたあのぞわっとくる感じを思い出しました。今村夏子さんと村田沙耶香さんの作品は、「気持ち悪い」「やばい」「変態」あたりは褒め言葉になると思います。笑
      そうそう、私は黄色いカーディガンの女のやばさにだいぶ目を奪われていたのですが、むらさきのスカートの女も大概なんですよね。別にいわゆる「普通」ではない。(てか最早誰が普通なのかがわからない)
      なるほど、原種と亜種。納得です!
      2022/06/08
    • NORAxxさん
      マリモさん、こんばんは(*^^*)
      読んでしまいました...ウキウキしました。村田沙耶香さん!!気持ち悪くてやばくて変態な作品の沼にハマって...
      マリモさん、こんばんは(*^^*)
      読んでしまいました...ウキウキしました。村田沙耶香さん!!気持ち悪くてやばくて変態な作品の沼にハマってしまったので早速チェックさせていただきます♪

      最早チクチク新人をいびっているチーフ陣達が「普通枠」に感じてしまい地に足が付かない浮遊感を感じました(笑)波は低いのにジェットコースターの様な中毒性ですね。

      素敵な作品を紹介して下さりありがとうございます。これからもよろしくお願いします♪
      2022/06/09
  • そうか、芥川賞作品だったか。

    ザクザクと読み進める系の読書の後は、こうした曖昧模糊としている(であろう)作品を読みたくなる。
    あと、スピッツの新曲「紫の夜を越えて」がすごく良かった、というのもこの作品を選んだ理由の一つかもしれない。

    ゾクゾクした。
    女性作家さんの中でも、変態性が強い作家さんって好きだ(褒めてる)。
    わたしの中にある背徳感を、バッチバチに刺激して、肯定してくれる。
    この作品が芥川賞を受賞した、ということを読了後に改めて考えてみた。
    人間の心の奥底に秘められている欲望を丁寧に掬いとり、文学として昇華した作品。そんな印象だ。

    人が人を監視する、あるいはストーカーする。
    これは道徳に反していて、しかも犯罪で、だからこそ終始一貫、主人公である「黄色いカーディガンの女」が「むらさきのスカートの女」を監視している、という設定は人間の欲望を刺激するし、背徳感を煽る。
    その結果、わたしは教育機関で働いているにも関わらず、先日インナーカラーを入れた。
    どうだ、この背徳感。日が経つにつれ、きっとどんどん明るい色がチラチラと顔を出すのだ。そして上司が来たら、耳にかけた髪をスっと戻すのだ。そうすれば「ただの黒髪の女」だ。わたしは今からその瞬間を、心待ちにしている。

    と、同時に、職場にいる嫌いな女を「SNSと全然ちがう女」と名付けて、観察を始めることにしたのだ。
    できれば「黄色いカーディガンの女」がしているくらい、監視をしたい。
    しかし。職場において、仕事をしながらの監視は無理がある。できるのはせいぜい、観察くらいだ。

    「SNSと全然ちがう女」は、毎日出勤しているわけではない。週に3日程度である。
    月曜日。「SNSと全然ちがう女」は休憩からなかなか戻ってこない。戻ってきたと思ったら、少し手持無沙汰になったのか、特別仕事がないなら帰りたいと言い出した。だから仕事を与えた。すると「やり方を忘れた」とその仕事を別の同僚に依頼した。そして「SNSと全然ちがう女」は「急に体調が悪くなった」と言って帰ってしまった。帰りたかっただけなんだろうか?
    火曜日。出勤時間になっても「SNSと全然ちがう女」は出勤しない。同僚たちがザワザワし始める。カイジ状態である。出勤時間を過ぎてから「歯が痛いので遅刻する」という連絡が入る。この日、歯医者で相当数の麻酔を打たれたという「SNSと全然ちがう女」は、出勤後流暢に電話対応をしていた。麻酔はもうきれたのだろうか?
    木曜日。「SNSと全然ちがう女」は体調不良とのことで仕事を休んだ。仕方がない。しかしこの日、「SNSと全然ちがう女」のツイッターの更新は止まらない。そのアイコンは、いつも一緒に働いている人とは思えない程、加工されまくって別人の顔をして微笑んでいる。これは一体、誰なんだろうか?

    と、いった感じだろうか。

    この作品のすごいところは、最初は「むらさきのスカートの女」がヤバい女だと見せてきておいて、実は「黄色いカーディガンの女」の方がヤバい女なのでは、と読者に迫ってくるところだ。ひたひたと。じりじりと。着実に。この迫ってくるポイントも、絶妙なのである。
    “ヤバい女というのは、自分のヤバさに気付かないものなんだろうか”
    そう思っていたものが、徐々に変化してくる。
    “ヤバい女の心中は、こんな陳腐なものなんだろうか”
    “もっと理解不能なものだと思っていたのに”
    一気に「むらさきのスカートの女」が「普通の、どこにでもいる女」になってゆく。
    そう、この作品の流れで言うと、先程の観察日記は「SNSと全然ちがう女」が「むらさきのスカートの女」であって、わたし、つまり「ただの黒髪の女」は「黄色いカーディガンの女」という構図なのである。
    まずいことになった。
    このままでは、「ただの黒髪の女」の方がヤバい女であると、誤ってフォロワーさんに伝わってしまう。
    確かに「ただの黒髪の女」は仕事のグループラインで柳沢慎吾のスタンプを濫用したり、くだらないダジャレを言っては誰かを困らせたり、音楽を聴きながら料理をして、時に包丁を振り回すほど踊ってしまったり、普通の人と変わっている側面を持っている。
    そう、側面なのだ。
    正面は、真面目なのである。だって、黒髪なのだから!
    これだけは信じてほしい。
    わたしは断じて、ヤバい女ではない。
    と、きっと「黄色いカーディガンの女」も思っている。

    • マリモさん
      おはようございます!
      SNSと全然違う女の観察に笑ってしまい(そりゃこの人と働くのはストレスだわ!と深々と首肯。でもいますよね、仕事を休む...
      おはようございます!
      SNSと全然違う女の観察に笑ってしまい(そりゃこの人と働くのはストレスだわ!と深々と首肯。でもいますよね、仕事を休むことしか考えてない人…)、そのあとのオチ?への展開にも笑ってしまいました(^o^)誰でも「それだけ取り出したらヤバい側面」はありますよね(笑)
      2021/04/28
    • naonaonao16gさん
      たけさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      前回皆さんから様々なアドバイスを頂き、いろいろと試してみることにしたの...
      たけさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      前回皆さんから様々なアドバイスを頂き、いろいろと試してみることにしたのです!
      「観察日記」はたけさんの助言に基づいたものです^^
      やってみると、少し楽しくなってきました(笑)

      「SNSと全然ちがう女」、一緒に働くの、本当に大変なんですよ~
      まあ、こうして皆さんに楽しんで頂けるなら幸いですね!(笑)

      そうです!側面はインナーカラー見えててちょっとヤバいかもしれませんが、正面はただの黒髪ですから!(笑)いたって真面目です!
      2021/04/28
    • naonaonao16gさん
      マリモさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      よかったです、楽しんで頂けて\(^o^)/これまでの闘いが無駄ではな...
      マリモさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      よかったです、楽しんで頂けて\(^o^)/これまでの闘いが無駄ではなかった気持ちになります(笑)
      たぶん、こういう人って本人はストレスためないけど、周りが大変なんですよね~

      最近職場で毎朝ファイブミニ飲んでるんですけど、それを「ZIMA飲んでる気持ちになれる」と言ったら、その発言もまたヤバい女認定されました(笑)
      でもあくまでそれも側面ですから!
      正面から見たら、ファイブミニを飲んで身体に気をつかってる女ですから!
      ただ、横から(側面から)見たらインナーカラー入っててファイブミニがZIMAに見えなくもないヤバい女かもしれない、ってだけですから!(笑)
      2021/04/28
  • “あなたの好きな色は何ですか?”と聞かれた時、あなたは何と答えるでしょうか。

    私は”緑”が好きです。読書で目が疲れたら、窓の外の緑をしばらくぼやっと眺めて癒されます…と私なら答えるでしょう。でも、当然のことながら、人の好みは千差万別です。”青”が好きな人がいれば、”黄”がいいと答える人もいるでしょう。でも、そんなその人の答えに、人は自分の持っているそれぞれの色が持つイメージを自然と重ね合わせてしまいがちです。“青”に開放感や広大さを、”黄”に明るさや幸福を、そして”緑”に若さや癒しを感じるように、色が持つイメージというものは、それを好きだという人の、そしてそれを身につける人の印象をも左右してしまうものです。では、『むらさき』はどうでしょうか。高貴さを感じる一方で下品さも感じさせる、神秘さを感じる一方で不安をも感じさせるという二面性を持った色、それが『むらさき』だと思います。そんな『むらさき』色のスカートをいつも穿いている女が登場する物語がここにあります。そして、それはそんな女をずっと観察し続ける『黄色い』カーディガンを着た女の物語でもありました。

    『うちの近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる』と書名がそのまま登場する冒頭。『いつもむらさき色のスカートを穿いているのでそう呼ばれているのだ』というその女を『若い女の子だと思っていた』が『決して若くはない』と気づく『わたし』。『うちの近所の公園には、「むらさきのスカートの女専用シート」と名付けられたベンチまである』というその女。そんな女がパン屋で買った『クリームパンを』食べるのを観察する『わたし』。ゆっくり食べる姿を見て『わたしの姉に似ている気がする』と感じます。姉は『むらさきのスカートの女みたいに最後のひと口に時間をかけるタイプだった』という共通点。そして『姉に似ている気がするということは、むらさきのスカートの女は、妹のわたしにも似ているということになるだろうか』と思い、『あちらが「むらさきのスカートの女」なら、こちらはさしずめ「黄色いカーディガンの女」といったところだ』と考えます。しかし、『「黄色いカーディガンの女」が商店街を歩いたところで、誰も気にも留めないが、これが「むらさきのスカートの女」となると、そうはいかない』と女を見る人々の反応が『一、知らんふりをする者。二、サッと道を空ける者。三、良いことあるかも、とガッツポーズする者。四、反対に嘆き悲しむ者』に分かれると分析します。さらに、そんな女が凄いのは『周りの人間がどんな反応を示そうと、決して自分の歩みのペースを変えないこと』とも指摘します。『週末のどんなに人通りの多い時間帯でも、決して物や人にぶつからない』で町を歩く『むらさきのスカートの女』。そんな女の一挙手一投足を細かく観察し続けている『わたし』は、『何が言いたいのかというと、わたしはもうずいぶん長いこと、むらさきのスカートの女と友達になりたいと思っている』とその胸の内を語ります。しかし『いきなり声をかけるのは変だ。ナンパじゃないんだから』と考える『わたし』は『まずはちゃんと自己紹介をしたい』、それは『不自然でない方法で』と考えをまとめます。そして、それは『同じ学校に通う者同士なら、あるいは同じ職場に勤める者同士なら、それが可能と思うのだ』という結論に到達します。そんな『わたし』は、自分の働く職場に彼女を就職させようとあの手この手を使って『むらさきのスカートの女』に働きかけていきます。そして…。

    「むらさきのスカートの女」という書名だけならまだしも、本の表紙のとても不思議な、もしくはとてもシュールなイラストにも妙に惹かれるこの作品。冒頭からひたすら繰り返される「むらさきのスカートの女」という表現の頻出ぶりが常軌を逸しているレベルです。これだけ繰り返されると流石に数えたくもなります。
    ・むらさきのスカートの女 418回登場!
    単行本180ページ程度の決して長くはないこの作品において、一回登場する度に11文字も費やし、この表現だけ抜き出すと4,598文字にもなるという圧倒的な物量です。これだけ繰り返して同じ表現が出てくると、これはもうイライラを通り越して、呆れてしまう、もしくはほとんど病的にしか感じられないレベルです。しかもこの頻出する表現で面白いと思うのは、例えば人を表現するのに”背の高い男”だったとしたら、それは恐らくどんな場面でも通用します。しかし、この女は確かに”むらさきのスカート”を穿くことが多かったとしても、それはいつもと言うわけでは当然ありません。なのにいつでも「むらさきのスカートの女」と呼ぶために、こんな面白い一文が出てきました。『昨夜のむらさきのスカートの女が何色の何を穿いていたのか、わたしはどうしても思い出すことができなかった』。ほとんど意味不明とも言える『わたし』の混乱ぶりが現れているこの一文。これをシュールと言わずしてなんと言えばいいのでしょう、という、この作品のある意味での面白さを表した表現だと思いました。

    そして、この「むらさきのスカートの女」という表現ですが、平仮名とカタカナと漢字を『の』で繋ぐという視覚的にもとても面白い表現だと思います。そんな表現が頻出するこの作品では、平仮名とカタカナが不思議に混じり合った擬音語、擬態語も多数登場します。
    ・髪はパサパサのボサボサ
    ・しゃこしゃこしゃこ、と歯を磨いているような音
    ・ガブリ、ガブリ、と立て続けに三口
    ・ペキペキという音を立てながら根元から折れ
    ・くおー、くおー、と規則的ないびきが聞こえてきた
    という感じで、特に歯を磨く表現や、いびきの表現でこのような擬音語、擬態語の表現は聞いたことがないですし、どうして、これが平仮名で、これがカタカナなのか?という視覚的にもとても不思議なインパクトを持っていると思います。そして、その違和感から読書のスピードも安定しません。妙な引っかかりを感じながらの読書は異物感満載ですが、次第にこの文章表現の面白さに気持ちが高揚してくるのを感じます。普段、見ないような表現、リズム感に彩られた文章は、日常使う脳とは違うどこかが刺激されるようにも感じました。そう、ある意味で、日本語の表現の可能性を感じるのがこの作品。それが、この作品の一番の魅力だと思いました。

    書名、そして文章表現について見てきましたが、この作品でなんといっても注目したいのは、『むらさきのスカートの女』と『わたし』の関係性です。当初、『むらさきのスカートの女』については『頰のあたりにシミがぽつぽつと浮き出ているし、肩まで伸びた黒髪はツヤがなくてパサパサしている』といった容姿や『ボロアパート』に住んでいたりといったマイナスの印象を与える表現ばかりが目につきます。その印象についつい引っ張られて『むらさきのスカートの女』のイメージを自分の中で作ってしまいがちですが、その印象は次第に変わっていきます。『いつも、パンを選ぶふりをしてむらさきのスカートの女の容姿を観察している』という『わたし』。女が働いているかどうかについて『どんな感じかこれまでのメモで振り返ってみると、去年の九月は働いている。十月は働いていない…』と何故かメモで語れる『わたし』。さらには、『勝手な憶測に過ぎないが、むらさきのスカートの女は男嫌いではないかと思うのだ』と女が男嫌いではないかと憶測とは言え、何故か知っている『わたし』。全くの赤の他人のことをこんなにも詳しく知っていて、『むらさきのスカートの女と友達になりたい』と望む『わたし』。これはもう完全にストーカーの世界です。そう分かった瞬間に『むらさきのスカートの女』と『わたし』の印象が逆転してしまいます。『わたし』が一気に怖いものに変わる瞬間が訪れます。しかし、作品はどこまでいっても、『わたし』視点で執拗に『むらさきのスカートの女』の行動を追っていく場面が続きます。ストーカーの行為、異常性を描いた作品というと、柚木麻子さんの「ナイルパーチの女子会」という作品を読みましたが、あちらは怖いです、ただただ怖くて、ストーカーの恐怖を感じさせてくれました。しかし、同じようにストーカーの行為、異常性が、ある意味で全編に渡って描かれているにも関わらずこの作品から受ける印象は、怖いというよりは”滑稽”です。おいおい!と声をかけてツッコミを入れたくなるような妙に間抜けな『わたし』のストーカー行為。そして、そんな『わたし』には、その結末に見事な、もしくはとてもシュールなどんでん返しが待ち受けていました。なるほど、そう結末させるんだ、と、とても納得感のあるまとめ方。これは上手い!そう感じました。

    『もぐもぐ、ぱりぱり。おいしい、おいしい』などの面白い文章表現が頻出し、また一方で『レジでは所長が支払った。モーニングBセットとミルクティーで合計八百八十円だった』とそんな細かいことをいちいち書くかなあ、というように細かい部分に妙な引っ掛かりを感じさせるこの作品。

    ”むらさき”、そして”黄”というそれぞれの色が持つイメージが読者にミスリードを与え「むらさきのスカートの女」という言葉が一定のリズムを刻み、一方で頻出する様々な文章表現が変拍子を刻んでいく、そんな凝った構成の作品は読者をとても不思議な読書の世界に誘ってくれます。そう、そんな不思議な気分に終始苛まれる読書の時間を与えてくれるのがこの物語、とても印象に残る、そんな作品でした。

    • さてさてさん
      カラスさん、コメントありがとうございました。
      なかなかに難しいところですが、私としては「わたし」は、次をまた期待きているのではないか?そんな...
      カラスさん、コメントありがとうございました。
      なかなかに難しいところですが、私としては「わたし」は、次をまた期待きているのではないか?そんな風に思いました。そう、今手を止めて少し考え直してみましたが、やはりそうだと思います。この「わたし」とはそういう「女」、そういう性格の「女」なのではないでしょうか。物語としてはその方が説得力を感じるような気もします。
      改めて振り返ってみて本当に色々な見方ができる興味深い作品だと思いました。
      振り返ると 機会をいただきありがとうございました!
      2021/04/04
  • 人に憧れる。とは、その人になりたい。
    ということなのだろう。
    その人のためにから、段々自分のために、と変わっていく。自分へと変わっていく。

    むらさきのスカートの女は結局どうなったのだろう。
    何もわからないまま物語が終わった。
    謎のまま、終わった。

     紫色というイメージ
     黄色というイメージ
    色によって表現される人物像。
    カーディガンの女の怖さが、
    「黄色」で和らげられている。

    表紙はなぜ水玉模様なのだろう。
    むらさきというより黒に近い色。 

    表紙の後ろにはりんごの中に宇宙が描かれている。 
    その宇宙には色が少ない。
    明るさも感じるし
    暗さも感じる



    私はみどりのハイソックスの女
    今日も公園の鉄棒の上でピザまんを食べてる。
    そして今日も鉄棒の下を子供達が通っていく。
    そして今日も影から、みずいろのズボンの女が
    私を見ている。

    • みどりのハイソックスの女さん
      マチダひかルさん、コメントありがとうございます。

      ごめんなさい。
      私、その映画見ていなくて
      わかりませんでしだが、
      調べてみたところ面白そ...
      マチダひかルさん、コメントありがとうございます。

      ごめんなさい。
      私、その映画見ていなくて
      わかりませんでしだが、
      調べてみたところ面白そうだったので、
      また観てみますね!
      2022/03/28
    • マチダひかルさん
      嬉しいです!ありがとうございます!
      とっても面白いしマチルダがかわいいのでぜひ~!!
      嬉しいです!ありがとうございます!
      とっても面白いしマチルダがかわいいのでぜひ~!!
      2022/04/01
    • ほん3さん
      黄色いカーディガンの女が怖かったですね。
      それと、クリームパンが食べたくなりました( ^ω^ )
      黄色いカーディガンの女が怖かったですね。
      それと、クリームパンが食べたくなりました( ^ω^ )
      2022/04/07
  • 芥川賞受賞作品を久しぶりに読んだ。奇抜な設定にすれば受賞出来るという訳ではないだろうが、この作品もなかなかクレイジーだ。

    『むらさきのスカートの女』と近所の人々に呼ばれる女と、何とかして友達になりたいと彼女を観察し続ける『黄色いカーディガンの女』。
    公園に『むらさきのスカートの女専用シート』まであり、小学生たちには『むらさきのスカートの女』を使った罰ゲームのようなものまで流行っている。

    見た目にもヤバい感じの『むらさきのスカートの女』の就活を応援しようとヤバいフォローをする『黄色いカーディガンの女』。『黄色いカーディガンの女』の生活も相当ヤバいことになっていて、『むらさきのスカートの女』を応援したり観察したりしている場合なのか?とハラハラする。
    ヤバい人間がヤバい人間を観察している図だ。

    しかしある時からその均衡が変わっていく。
    就職先で仕事を覚え先輩たちから受け入れられていく『むらさきのスカートの女』は健康的になり、小学生たちからは罰ゲームの対象から友達になり、さらには恋までしている。
    ヤバい人間から職場の人間とも近所の子供たちとも上手く付き合い恋もしている女性に昇格したのだ。いわば底辺から中流に上がったような感じ?

    なのに『黄色いカーディガンの女』の存在感の無さはどういうことだろう。間違いなく近所の人々には認識されているのに、『むらさきのスカートの女』の視界には入っていないかのようだ。こんなにそばにいるのに。そして『黄色いカーディガンの女』の生活は相変わらず危険水域にある。

    そもそも不気味なのは『黄色いカーディガンの女』が『むらさきのスカートの女』をどう見ているのかが描かれていないことだ。
    『黄色いカーディガンの女』は何故『むらさきのスカートの女』と友達になりたいのか。仲間意識で近付きたいのか、自分より下の者として庇護したいのか。
    『むらさきのスカートの女』が底辺にいた時は求人雑誌を専用シートに置いたり試供品のシャンプーを玄関ドアに提げておいたりとあれこれお世話していたのに、昇格していく『むらさきのスカートの女』についてはただ観察しているだけだ。
    昇格の様子を嬉しく思っているのか、自分との距離が離れて悔しく感じているのか。

    そして終盤になるとまた『むらさきのスカートの女』に変化が起こる。
    これで『むらさきのスカートの女』と『黄色いカーディガンの女』は対等になり、ついにお友達になるのか? こんな皮肉な形で?
    結末は書けないが、これをどう受けとめれば良いのだろう。

    『むらさきのスカートの女』の栄枯盛衰物語として読めば良いのか、終始非現実的なヤバい話として面白がれば良いのか、ホラーな話として怖がれば良いのか、『むらさきのスカートの女』を追い続ける切ない話とみれば良いのか、それとも『むらさきのスカートの女』と遂に同化したと喜んであげれば良いのか。
    いや、傍観者たる読者から見れば『黄色いカーディガンの女』は最初から『むらさきのスカートの女』と同じなのだが。
    やってることは明らかな狂気なのに、単なる狂気として切り捨てるのも難しい。ああだこうだと解釈を考えること自体ナンセンスなのだろうか。

    読み終えて表紙の絵を見ると何とも意味深。

  • 流石の芥川賞作品。極めてグロテスクだが惹きつけられた。「むらさきのスカートの女」VS.「黄色いカーディガンの女」。黄色いカーディガンの女」目線でみる「むらさきのスカートの女」は終始奇妙な存在だったが、ホテルの清掃員として働き、子どもとも仲良くなり、徐々に女性らしくなるが常に「黄色いカーディガンの女」目線なのである。この一方向性の目線を終始貫き、ここまで奇妙な2人の関係を作り上げた今村さんのアイディア勝利。ただ、本当に「黄色いカーディガンの女」は「むらさきのスカートの女」と友達になりたかったのかが不思議~

  • いやいや、怖いっ!読後の消化不良感が酷い…。

    途中から、あら?もしかして本当にヤバいのはむらさきのスカートの女じゃないのかな…??っていうザワザワした感じで読み進め、厚い本ではないけれど、私、1日で一冊読み切ったのは初めてでした。

    まぁ、むらさきのスカートの女もなかなかヤバいけれども。

    今村さんの本は「星の子」から二作目。表情が違うようで、読後のしばらく「…」っていう。…の意味合いは違うけれど、少し時間を置かないと次の本を読む気にならない感じ、ちょっとクセになりますね。
    また違う作品を読んでみたい!に繋がりますね。

  • こわい。整っているのに居心地悪い。どの線も綺麗なのに全体として歪んでいる字のような、気持ち悪くて目を逸らしたい感じ。
    そもそも、私は人の顔を覚えるのが苦手だしあまり人を見ないようにしてるので、人にも私のことも見ないでいて欲しいのだ。毎朝大体同じ電車に乗るけど、誰一人顔なんか覚えていない。

    ある日、買い物中、中年の男性に「あ、こんにちは!こんなところでお会いするとは」と声を掛けられた。誰これ気持ち悪いと思いながら曖昧に会釈した。
    あとで思い出した。行きつけのお店のマスターだ。

    別の日には、駅で可愛い女子から声をかけられた。「あれ、こんばんはー!今お帰りなんですね」
    誰だろう、こんな若い子とお知り合いになる機会あったかなぁ、職場かしら、と思いながらこれまた適当に挨拶した。
    あとで思い出した。3年前に息子の担任をしてくれた保育士さんだ。(言い訳すると、スカートはいて髪をおろしてマスクしてたのもある。でもさすがにアカンやろ自分)

    また別の日には、自転車に乗った母子連れに声をかけられた。
    「久しぶりですねー!」
    …未だに思い出せない。うちのどの子の、何の関係の知り合いだったのだろう。

    知り合いすらわからなくなる私に、この黄色いカーディガンの女は恐怖でしかない。あなたは知らない人なのに、なんでそんなに見てくるのか。声をかけるでもなく、じっとりと。ねっとりと。

    この本のあらすじはある意味単純だ。
    黄色いカーディガンの女は、執拗にむらさきのスカートの女を観察し続ける。時々横槍を入れながら、ずっと行動を見ている。生態を知りたがっている。なんでそんなに見ているのかはわからない。
    むらさきのスカートの女の容貌、住まい。
    むらさきのスカートの女がどこでどれだけの期間働いてきたのか。
    むらさきのスカートの女のいつも座る公園のベンチ。いつも食べるクリームパン。求人の面接の電話。
    黄色いカーディガンの女は、ついにむらさきのスカートの女と同じ職場になることに成功する。
    むらさきのスカートの女を間近で見つめ、声を聞ける。黄色いカーディガンの女の胸の高鳴りが聞こえてきそうだ。
    とてもこわい。

    普段、読書に生きる意味とか教養とか求めているわけではなくて、読んでいる間、楽しい時間を過ごせたらそれでいいと思っている。
    しかし今回、今村さんはこの本をどういう意味で書いたのだろう、私はこの本で何を得たのだろうと考えてしまった。よく見たら表紙もなんか気持ち悪い。
    最後は一体どうなったのだろう。
    でもその行き先を知るよりも、もうこれ以上見ないでほしいと、もう一度思う。

    • マリモさん
      NORAxxさん

      お国柄とか地域差とか個人差とかいう説明ができないような距離感の人って確かにいますよね。
      この本は、その距離感のメジャーが...
      NORAxxさん

      お国柄とか地域差とか個人差とかいう説明ができないような距離感の人って確かにいますよね。
      この本は、その距離感のメジャーが壊れた人の視点で書かれているところにある種のおかしみがあるのかもしれません。自分のそばにいたらこわいですが。

      おばあちゃまからの声かけは平和でいいですねー。ちょっと嬉しい気持ちになれますよね。私もそういう気持ちの良い声かけをできるようになりたいものです笑
      2022/05/22
    • マリモさん
      naonaonao16gさん

      あぁー、なるほど、「通常は理解できないけれど、その人の中では整合がとれている」精神状態や言動というのはあるの...
      naonaonao16gさん

      あぁー、なるほど、「通常は理解できないけれど、その人の中では整合がとれている」精神状態や言動というのはあるのでしょうね。今村さんの本の読み方がちょっとわかった気がします。ありがとうございます。
      だいぶ前に今村さんの『星の子』も読んだことがあり、正直、その時は意味がわからないなと思ったのですが、そういう視点でもう一度チャレンジしてみようかなー笑
      2022/05/22
    • naonaonao16gさん
      マリモさん

      そうなんです、今村さん「その人の中では普通でしょ」みたいなスタンスでくるんですよ。しかもそれが主人公なわけだから混乱するんです...
      マリモさん

      そうなんです、今村さん「その人の中では普通でしょ」みたいなスタンスでくるんですよ。しかもそれが主人公なわけだから混乱するんです。でもそれを狙ってるんですよ。モブキャラが一番まともだったりする笑

      『星の子』最初に読んだ時は衝撃でした。あの作品はお姉さんがネックかもしれませんね。
      でも、『むらさきのスカートの女』を読了されたのなら、おそらく『星の子』は物足りないと思う可能性も…と、マリモさん再読しようと思っているのによくないよくない…
      2022/05/23
  • むらさきのスカートの女。
    彼女をずっと見守る、いや、執拗に見続ける黄色いカーディガンのわたし。
    そしてその二人をただずっと見続けさせられる読者。
    なんとも奇妙な感覚に陥る、でも目が離せない、惹きつけられるそれはそれは不思議な時間だった。

    たしかに最初は むらさきのスカートの女に対して、大丈夫かしら、この人…と思ってしまう。が…次第にその対象が変化して行かざるを得なくなる。

    なんかこの変化が妙に面白かった。
    終わってみれば、結局、大丈夫かしら、この人…だらけなんだけど。

    こんな読後感というか作品は新鮮な気分。しかもスピンが綺麗なむらさき色だし。チラチラ目に入るし。
    これは忘れられない作品になりそう。

    • kazzu008さん
      くるたんさん。
      なるほど、「渦」は非常に良い話だと聞いていましたが、「むらさき…」はみなさんのレビューを見ると不思議な感じがする本らしいで...
      くるたんさん。
      なるほど、「渦」は非常に良い話だと聞いていましたが、「むらさき…」はみなさんのレビューを見ると不思議な感じがする本らしいですね。読む人によっていろいろ変わるというのは楽しみです。
      ぜひ、読ませていただきます!
      2019/08/09
    • けいたんさん
      わわっ(^-^)/

      芥川賞も読んだんだ!
      どっちが読みやすい?
      この作品の方が直木賞作品より有名だよね?
      今村さんはいつか読み...
      わわっ(^-^)/

      芥川賞も読んだんだ!
      どっちが読みやすい?
      この作品の方が直木賞作品より有名だよね?
      今村さんはいつか読みたいと思いつつ、暗い感じかなぁと思うとなかなか手が出せないまま。
      大丈夫かしら、この人…だらけというのに興味津々(*≧艸≦)
      2019/08/14
    • くるたんさん
      けいたん♪
      おはよ♡

      そう!タイミング良く芥川、直木賞を読めたよ♪
      芥川賞にしてはとても読みやすい!
      今村作品初だったけど、みんなこんなザ...
      けいたん♪
      おはよ♡

      そう!タイミング良く芥川、直木賞を読めたよ♪
      芥川賞にしてはとても読みやすい!
      今村作品初だったけど、みんなこんなザワつく感じなのかな⁇
      これ、奥深い作品かも。皆さまのレビューを読むと自分のが恥ずかしいわ〜。
      けいたん♪も読む予定かな⁇読んだら感想聞かせてね(*≧∀≦*)
      2019/08/14
  • 友だちになれなくて残念。
    ずる賢い普通の人間と(職場の所長とかチーフとか)ピュアで頭の良くない人間が描かれている風に捉えた。ピュアではないか?
    ここに誠実で賢い人間がいれば、むらさきのスカートの女は変化できたかも?黄色いカーディガンの女は難しい。かな?(完全に私のものさしです)
    変わってるなぁこの人と俯瞰している人の脳内がこうなっていると妄想するとおもしろい。こわいけど。

    インパクトのある書影で本屋さんでもとても目を惹く。むらさきのスカートの女なのに、白地に黒のドット柄やん。って、脳内で一度突っ込みます。印象には強く残りそうです。

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著者プロフィール

1980年生まれ。2010年「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞し、デビュー。受賞作を改題した『こちらあみ子』で第24回三島由紀夫賞を受賞した。2016年には文学ムック「たべるのがおそい」に発表した「あひる」が第155回芥川賞候補となる。2017年、『あひる』で第5回河合隼雄物語賞、『星の子』で第39回野間文芸新人賞を受賞したほか、2018年本屋大賞第7位となる。2019年、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川龍之介賞を受賞。2019年度咲くやこの花賞受賞。

「2022年 『父と私の桜尾通り商店街』 で使われていた紹介文から引用しています。」

今村夏子の作品

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