むらさきのスカートの女

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.35
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本棚登録 : 5165
レビュー : 595
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022516121

作品紹介・あらすじ

第161回芥川龍之介賞受賞作!

近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために〈わたし〉の職場で彼女が働きだすよう誘導する。『あひる』、『星の子』が芥川賞候補となった話題の著者による待望の新作中篇。

感想・レビュー・書評

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  • そうか、芥川賞作品だったか。

    ザクザクと読み進める系の読書の後は、こうした曖昧模糊としている(であろう)作品を読みたくなる。
    あと、スピッツの新曲「紫の夜を越えて」がすごく良かった、というのもこの作品を選んだ理由の一つかもしれない。

    ゾクゾクした。
    女性作家さんの中でも、変態性が強い作家さんって好きだ(褒めてる)。
    わたしの中にある背徳感を、バッチバチに刺激して、肯定してくれる。
    この作品が芥川賞を受賞した、ということを読了後に改めて考えてみた。
    人間の心の奥底に秘められている欲望を丁寧に掬いとり、文学として昇華した作品。そんな印象だ。

    人が人を監視する、あるいはストーカーする。
    これは道徳に反していて、しかも犯罪で、だからこそ終始一貫、主人公である「黄色いカーディガンの女」が「むらさきのスカートの女」を監視している、という設定は人間の欲望を刺激するし、背徳感を煽る。
    その結果、わたしは教育機関で働いているにも関わらず、先日インナーカラーを入れた。
    どうだ、この背徳感。日が経つにつれ、きっとどんどん明るい色がチラチラと顔を出すのだ。そして上司が来たら、耳にかけた髪をスっと戻すのだ。そうすれば「ただの黒髪の女」だ。わたしは今からその瞬間を、心待ちにしている。

    と、同時に、職場にいる嫌いな女を「SNSと全然ちがう女」と名付けて、観察を始めることにしたのだ。
    できれば「黄色いカーディガンの女」がしているくらい、監視をしたい。
    しかし。職場において、仕事をしながらの監視は無理がある。できるのはせいぜい、観察くらいだ。

    「SNSと全然ちがう女」は、毎日出勤しているわけではない。週に3日程度である。
    月曜日。「SNSと全然ちがう女」は休憩からなかなか戻ってこない。戻ってきたと思ったら、少し手持無沙汰になったのか、特別仕事がないなら帰りたいと言い出した。だから仕事を与えた。すると「やり方を忘れた」とその仕事を別の同僚に依頼した。そして「SNSと全然ちがう女」は「急に体調が悪くなった」と言って帰ってしまった。帰りたかっただけなんだろうか?
    火曜日。出勤時間になっても「SNSと全然ちがう女」は出勤しない。同僚たちがザワザワし始める。カイジ状態である。出勤時間を過ぎてから「歯が痛いので遅刻する」という連絡が入る。この日、歯医者で相当数の麻酔を打たれたという「SNSと全然ちがう女」は、出勤後流暢に電話対応をしていた。麻酔はもうきれたのだろうか?
    木曜日。「SNSと全然ちがう女」は体調不良とのことで仕事を休んだ。仕方がない。しかしこの日、「SNSと全然ちがう女」のツイッターの更新は止まらない。そのアイコンは、いつも一緒に働いている人とは思えない程、加工されまくって別人の顔をして微笑んでいる。これは一体、誰なんだろうか?

    と、いった感じだろうか。

    この作品のすごいところは、最初は「むらさきのスカートの女」がヤバい女だと見せてきておいて、実は「黄色いカーディガンの女」の方がヤバい女なのでは、と読者に迫ってくるところだ。ひたひたと。じりじりと。着実に。この迫ってくるポイントも、絶妙なのである。
    “ヤバい女というのは、自分のヤバさに気付かないものなんだろうか”
    そう思っていたものが、徐々に変化してくる。
    “ヤバい女の心中は、こんな陳腐なものなんだろうか”
    “もっと理解不能なものだと思っていたのに”
    一気に「むらさきのスカートの女」が「普通の、どこにでもいる女」になってゆく。
    そう、この作品の流れで言うと、先程の観察日記は「SNSと全然ちがう女」が「むらさきのスカートの女」であって、わたし、つまり「ただの黒髪の女」は「黄色いカーディガンの女」という構図なのである。
    まずいことになった。
    このままでは、「ただの黒髪の女」の方がヤバい女であると、誤ってフォロワーさんに伝わってしまう。
    確かに「ただの黒髪の女」は仕事のグループラインで柳沢慎吾のスタンプを濫用したり、くだらないダジャレを言っては誰かを困らせたり、音楽を聴きながら料理をして、時に包丁を振り回すほど踊ってしまったり、普通の人と変わっている側面を持っている。
    そう、側面なのだ。
    正面は、真面目なのである。だって、黒髪なのだから!
    これだけは信じてほしい。
    わたしは断じて、ヤバい女ではない。
    と、きっと「黄色いカーディガンの女」も思っている。

    • マリモさん
      おはようございます!
      SNSと全然違う女の観察に笑ってしまい(そりゃこの人と働くのはストレスだわ!と深々と首肯。でもいますよね、仕事を休む...
      おはようございます!
      SNSと全然違う女の観察に笑ってしまい(そりゃこの人と働くのはストレスだわ!と深々と首肯。でもいますよね、仕事を休むことしか考えてない人…)、そのあとのオチ?への展開にも笑ってしまいました(^o^)誰でも「それだけ取り出したらヤバい側面」はありますよね(笑)
      2021/04/28
    • naonaonao16gさん
      たけさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      前回皆さんから様々なアドバイスを頂き、いろいろと試してみることにしたの...
      たけさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      前回皆さんから様々なアドバイスを頂き、いろいろと試してみることにしたのです!
      「観察日記」はたけさんの助言に基づいたものです^^
      やってみると、少し楽しくなってきました(笑)

      「SNSと全然ちがう女」、一緒に働くの、本当に大変なんですよ~
      まあ、こうして皆さんに楽しんで頂けるなら幸いですね!(笑)

      そうです!側面はインナーカラー見えててちょっとヤバいかもしれませんが、正面はただの黒髪ですから!(笑)いたって真面目です!
      2021/04/28
    • naonaonao16gさん
      マリモさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      よかったです、楽しんで頂けて\(^o^)/これまでの闘いが無駄ではな...
      マリモさん

      おはようございます!
      コメントありがとうございます^^

      よかったです、楽しんで頂けて\(^o^)/これまでの闘いが無駄ではなかった気持ちになります(笑)
      たぶん、こういう人って本人はストレスためないけど、周りが大変なんですよね~

      最近職場で毎朝ファイブミニ飲んでるんですけど、それを「ZIMA飲んでる気持ちになれる」と言ったら、その発言もまたヤバい女認定されました(笑)
      でもあくまでそれも側面ですから!
      正面から見たら、ファイブミニを飲んで身体に気をつかってる女ですから!
      ただ、横から(側面から)見たらインナーカラー入っててファイブミニがZIMAに見えなくもないヤバい女かもしれない、ってだけですから!(笑)
      2021/04/28
  • “あなたの好きな色は何ですか?”と聞かれた時、あなたは何と答えるでしょうか。

    私は”緑”が好きです。読書で目が疲れたら、窓の外の緑をしばらくぼやっと眺めて癒されます…と私なら答えるでしょう。でも、当然のことながら、人の好みは千差万別です。”青”が好きな人がいれば、”黄”がいいと答える人もいるでしょう。でも、そんなその人の答えに、人は自分の持っているそれぞれの色が持つイメージを自然と重ね合わせてしまいがちです。“青”に開放感や広大さを、”黄”に明るさや幸福を、そして”緑”に若さや癒しを感じるように、色が持つイメージというものは、それを好きだという人の、そしてそれを身につける人の印象をも左右してしまうものです。では、『むらさき』はどうでしょうか。高貴さを感じる一方で下品さも感じさせる、神秘さを感じる一方で不安をも感じさせるという二面性を持った色、それが『むらさき』だと思います。そんな『むらさき』色のスカートをいつも穿いている女が登場する物語がここにあります。そして、それはそんな女をずっと観察し続ける『黄色い』カーディガンを着た女の物語でもありました。

    『うちの近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる』と書名がそのまま登場する冒頭。『いつもむらさき色のスカートを穿いているのでそう呼ばれているのだ』というその女を『若い女の子だと思っていた』が『決して若くはない』と気づく『わたし』。『うちの近所の公園には、「むらさきのスカートの女専用シート」と名付けられたベンチまである』というその女。そんな女がパン屋で買った『クリームパンを』食べるのを観察する『わたし』。ゆっくり食べる姿を見て『わたしの姉に似ている気がする』と感じます。姉は『むらさきのスカートの女みたいに最後のひと口に時間をかけるタイプだった』という共通点。そして『姉に似ている気がするということは、むらさきのスカートの女は、妹のわたしにも似ているということになるだろうか』と思い、『あちらが「むらさきのスカートの女」なら、こちらはさしずめ「黄色いカーディガンの女」といったところだ』と考えます。しかし、『「黄色いカーディガンの女」が商店街を歩いたところで、誰も気にも留めないが、これが「むらさきのスカートの女」となると、そうはいかない』と女を見る人々の反応が『一、知らんふりをする者。二、サッと道を空ける者。三、良いことあるかも、とガッツポーズする者。四、反対に嘆き悲しむ者』に分かれると分析します。さらに、そんな女が凄いのは『周りの人間がどんな反応を示そうと、決して自分の歩みのペースを変えないこと』とも指摘します。『週末のどんなに人通りの多い時間帯でも、決して物や人にぶつからない』で町を歩く『むらさきのスカートの女』。そんな女の一挙手一投足を細かく観察し続けている『わたし』は、『何が言いたいのかというと、わたしはもうずいぶん長いこと、むらさきのスカートの女と友達になりたいと思っている』とその胸の内を語ります。しかし『いきなり声をかけるのは変だ。ナンパじゃないんだから』と考える『わたし』は『まずはちゃんと自己紹介をしたい』、それは『不自然でない方法で』と考えをまとめます。そして、それは『同じ学校に通う者同士なら、あるいは同じ職場に勤める者同士なら、それが可能と思うのだ』という結論に到達します。そんな『わたし』は、自分の働く職場に彼女を就職させようとあの手この手を使って『むらさきのスカートの女』に働きかけていきます。そして…。

    「むらさきのスカートの女」という書名だけならまだしも、本の表紙のとても不思議な、もしくはとてもシュールなイラストにも妙に惹かれるこの作品。冒頭からひたすら繰り返される「むらさきのスカートの女」という表現の頻出ぶりが常軌を逸しているレベルです。これだけ繰り返されると流石に数えたくもなります。
    ・むらさきのスカートの女 418回登場!
    単行本180ページ程度の決して長くはないこの作品において、一回登場する度に11文字も費やし、この表現だけ抜き出すと4,598文字にもなるという圧倒的な物量です。これだけ繰り返して同じ表現が出てくると、これはもうイライラを通り越して、呆れてしまう、もしくはほとんど病的にしか感じられないレベルです。しかもこの頻出する表現で面白いと思うのは、例えば人を表現するのに”背の高い男”だったとしたら、それは恐らくどんな場面でも通用します。しかし、この女は確かに”むらさきのスカート”を穿くことが多かったとしても、それはいつもと言うわけでは当然ありません。なのにいつでも「むらさきのスカートの女」と呼ぶために、こんな面白い一文が出てきました。『昨夜のむらさきのスカートの女が何色の何を穿いていたのか、わたしはどうしても思い出すことができなかった』。ほとんど意味不明とも言える『わたし』の混乱ぶりが現れているこの一文。これをシュールと言わずしてなんと言えばいいのでしょう、という、この作品のある意味での面白さを表した表現だと思いました。

    そして、この「むらさきのスカートの女」という表現ですが、平仮名とカタカナと漢字を『の』で繋ぐという視覚的にもとても面白い表現だと思います。そんな表現が頻出するこの作品では、平仮名とカタカナが不思議に混じり合った擬音語、擬態語も多数登場します。
    ・髪はパサパサのボサボサ
    ・しゃこしゃこしゃこ、と歯を磨いているような音
    ・ガブリ、ガブリ、と立て続けに三口
    ・ペキペキという音を立てながら根元から折れ
    ・くおー、くおー、と規則的ないびきが聞こえてきた
    という感じで、特に歯を磨く表現や、いびきの表現でこのような擬音語、擬態語の表現は聞いたことがないですし、どうして、これが平仮名で、これがカタカナなのか?という視覚的にもとても不思議なインパクトを持っていると思います。そして、その違和感から読書のスピードも安定しません。妙な引っかかりを感じながらの読書は異物感満載ですが、次第にこの文章表現の面白さに気持ちが高揚してくるのを感じます。普段、見ないような表現、リズム感に彩られた文章は、日常使う脳とは違うどこかが刺激されるようにも感じました。そう、ある意味で、日本語の表現の可能性を感じるのがこの作品。それが、この作品の一番の魅力だと思いました。

    書名、そして文章表現について見てきましたが、この作品でなんといっても注目したいのは、『むらさきのスカートの女』と『わたし』の関係性です。当初、『むらさきのスカートの女』については『頰のあたりにシミがぽつぽつと浮き出ているし、肩まで伸びた黒髪はツヤがなくてパサパサしている』といった容姿や『ボロアパート』に住んでいたりといったマイナスの印象を与える表現ばかりが目につきます。その印象についつい引っ張られて『むらさきのスカートの女』のイメージを自分の中で作ってしまいがちですが、その印象は次第に変わっていきます。『いつも、パンを選ぶふりをしてむらさきのスカートの女の容姿を観察している』という『わたし』。女が働いているかどうかについて『どんな感じかこれまでのメモで振り返ってみると、去年の九月は働いている。十月は働いていない…』と何故かメモで語れる『わたし』。さらには、『勝手な憶測に過ぎないが、むらさきのスカートの女は男嫌いではないかと思うのだ』と女が男嫌いではないかと憶測とは言え、何故か知っている『わたし』。全くの赤の他人のことをこんなにも詳しく知っていて、『むらさきのスカートの女と友達になりたい』と望む『わたし』。これはもう完全にストーカーの世界です。そう分かった瞬間に『むらさきのスカートの女』と『わたし』の印象が逆転してしまいます。『わたし』が一気に怖いものに変わる瞬間が訪れます。しかし、作品はどこまでいっても、『わたし』視点で執拗に『むらさきのスカートの女』の行動を追っていく場面が続きます。ストーカーの行為、異常性を描いた作品というと、柚木麻子さんの「ナイルパーチの女子会」という作品を読みましたが、あちらは怖いです、ただただ怖くて、ストーカーの恐怖を感じさせてくれました。しかし、同じようにストーカーの行為、異常性が、ある意味で全編に渡って描かれているにも関わらずこの作品から受ける印象は、怖いというよりは”滑稽”です。おいおい!と声をかけてツッコミを入れたくなるような妙に間抜けな『わたし』のストーカー行為。そして、そんな『わたし』には、その結末に見事な、もしくはとてもシュールなどんでん返しが待ち受けていました。なるほど、そう結末させるんだ、と、とても納得感のあるまとめ方。これは上手い!そう感じました。

    『もぐもぐ、ぱりぱり。おいしい、おいしい』などの面白い文章表現が頻出し、また一方で『レジでは所長が支払った。モーニングBセットとミルクティーで合計八百八十円だった』とそんな細かいことをいちいち書くかなあ、というように細かい部分に妙な引っ掛かりを感じさせるこの作品。

    ”むらさき”、そして”黄”というそれぞれの色が持つイメージが読者にミスリードを与え「むらさきのスカートの女」という言葉が一定のリズムを刻み、一方で頻出する様々な文章表現が変拍子を刻んでいく、そんな凝った構成の作品は読者をとても不思議な読書の世界に誘ってくれます。そう、そんな不思議な気分に終始苛まれる読書の時間を与えてくれるのがこの物語、とても印象に残る、そんな作品でした。

    • カラスさん
      ネタバレ、その後の話として聞いてください。
      「わたし」としては、「むらさきのスカートの女」になれたことで、優越感に浸れたと思うのですが、また...
      ネタバレ、その後の話として聞いてください。
      「わたし」としては、「むらさきのスカートの女」になれたことで、優越感に浸れたと思うのですが、また新たに新しい「わたし」が登場するのを待ち侘びていたりするのでしょうか?それとも、ただその場に浸りたいだけなのでしょうか。
      2021/04/04
    • さてさてさん
      カラスさん、コメントありがとうございました。
      なかなかに難しいところですが、私としては「わたし」は、次をまた期待きているのではないか?そんな...
      カラスさん、コメントありがとうございました。
      なかなかに難しいところですが、私としては「わたし」は、次をまた期待きているのではないか?そんな風に思いました。そう、今手を止めて少し考え直してみましたが、やはりそうだと思います。この「わたし」とはそういう「女」、そういう性格の「女」なのではないでしょうか。物語としてはその方が説得力を感じるような気もします。
      改めて振り返ってみて本当に色々な見方ができる興味深い作品だと思いました。
      振り返ると 機会をいただきありがとうございました!
      2021/04/04
  • 芥川賞受賞作品を久しぶりに読んだ。奇抜な設定にすれば受賞出来るという訳ではないだろうが、この作品もなかなかクレイジーだ。

    『むらさきのスカートの女』と近所の人々に呼ばれる女と、何とかして友達になりたいと彼女を観察し続ける『黄色いカーディガンの女』。
    公園に『むらさきのスカートの女専用シート』まであり、小学生たちには『むらさきのスカートの女』を使った罰ゲームのようなものまで流行っている。

    見た目にもヤバい感じの『むらさきのスカートの女』の就活を応援しようとヤバいフォローをする『黄色いカーディガンの女』。『黄色いカーディガンの女』の生活も相当ヤバいことになっていて、『むらさきのスカートの女』を応援したり観察したりしている場合なのか?とハラハラする。
    ヤバい人間がヤバい人間を観察している図だ。

    しかしある時からその均衡が変わっていく。
    就職先で仕事を覚え先輩たちから受け入れられていく『むらさきのスカートの女』は健康的になり、小学生たちからは罰ゲームの対象から友達になり、さらには恋までしている。
    ヤバい人間から職場の人間とも近所の子供たちとも上手く付き合い恋もしている女性に昇格したのだ。いわば底辺から中流に上がったような感じ?

    なのに『黄色いカーディガンの女』の存在感の無さはどういうことだろう。間違いなく近所の人々には認識されているのに、『むらさきのスカートの女』の視界には入っていないかのようだ。こんなにそばにいるのに。そして『黄色いカーディガンの女』の生活は相変わらず危険水域にある。

    そもそも不気味なのは『黄色いカーディガンの女』が『むらさきのスカートの女』をどう見ているのかが描かれていないことだ。
    『黄色いカーディガンの女』は何故『むらさきのスカートの女』と友達になりたいのか。仲間意識で近付きたいのか、自分より下の者として庇護したいのか。
    『むらさきのスカートの女』が底辺にいた時は求人雑誌を専用シートに置いたり試供品のシャンプーを玄関ドアに提げておいたりとあれこれお世話していたのに、昇格していく『むらさきのスカートの女』についてはただ観察しているだけだ。
    昇格の様子を嬉しく思っているのか、自分との距離が離れて悔しく感じているのか。

    そして終盤になるとまた『むらさきのスカートの女』に変化が起こる。
    これで『むらさきのスカートの女』と『黄色いカーディガンの女』は対等になり、ついにお友達になるのか? こんな皮肉な形で?
    結末は書けないが、これをどう受けとめれば良いのだろう。

    『むらさきのスカートの女』の栄枯盛衰物語として読めば良いのか、終始非現実的なヤバい話として面白がれば良いのか、ホラーな話として怖がれば良いのか、『むらさきのスカートの女』を追い続ける切ない話とみれば良いのか、それとも『むらさきのスカートの女』と遂に同化したと喜んであげれば良いのか。
    いや、傍観者たる読者から見れば『黄色いカーディガンの女』は最初から『むらさきのスカートの女』と同じなのだが。
    やってることは明らかな狂気なのに、単なる狂気として切り捨てるのも難しい。ああだこうだと解釈を考えること自体ナンセンスなのだろうか。

    読み終えて表紙の絵を見ると何とも意味深。

  • むらさきのスカートの女。
    彼女をずっと見守る、いや、執拗に見続ける黄色いカーディガンのわたし。
    そしてその二人をただずっと見続けさせられる読者。
    なんとも奇妙な感覚に陥る、でも目が離せない、惹きつけられるそれはそれは不思議な時間だった。

    たしかに最初は むらさきのスカートの女に対して、大丈夫かしら、この人…と思ってしまう。が…次第にその対象が変化して行かざるを得なくなる。

    なんかこの変化が妙に面白かった。
    終わってみれば、結局、大丈夫かしら、この人…だらけなんだけど。

    こんな読後感というか作品は新鮮な気分。しかもスピンが綺麗なむらさき色だし。チラチラ目に入るし。
    これは忘れられない作品になりそう。

    • kazzu008さん
      くるたんさん。
      なるほど、「渦」は非常に良い話だと聞いていましたが、「むらさき…」はみなさんのレビューを見ると不思議な感じがする本らしいで...
      くるたんさん。
      なるほど、「渦」は非常に良い話だと聞いていましたが、「むらさき…」はみなさんのレビューを見ると不思議な感じがする本らしいですね。読む人によっていろいろ変わるというのは楽しみです。
      ぜひ、読ませていただきます!
      2019/08/09
    • けいたんさん
      わわっ(^-^)/

      芥川賞も読んだんだ!
      どっちが読みやすい?
      この作品の方が直木賞作品より有名だよね?
      今村さんはいつか読み...
      わわっ(^-^)/

      芥川賞も読んだんだ!
      どっちが読みやすい?
      この作品の方が直木賞作品より有名だよね?
      今村さんはいつか読みたいと思いつつ、暗い感じかなぁと思うとなかなか手が出せないまま。
      大丈夫かしら、この人…だらけというのに興味津々(*≧艸≦)
      2019/08/14
    • くるたんさん
      けいたん♪
      おはよ♡

      そう!タイミング良く芥川、直木賞を読めたよ♪
      芥川賞にしてはとても読みやすい!
      今村作品初だったけど、みんなこんなザ...
      けいたん♪
      おはよ♡

      そう!タイミング良く芥川、直木賞を読めたよ♪
      芥川賞にしてはとても読みやすい!
      今村作品初だったけど、みんなこんなザワつく感じなのかな⁇
      これ、奥深い作品かも。皆さまのレビューを読むと自分のが恥ずかしいわ〜。
      けいたん♪も読む予定かな⁇読んだら感想聞かせてね(*≧∀≦*)
      2019/08/14
  • 流石の芥川賞作品。極めてグロテスクだが惹きつけられた。「むらさきのスカートの女」VS.「黄色いカーディガンの女」。黄色いカーディガンの女」目線でみる「むらさきのスカートの女」は終始奇妙な存在だったが、ホテルの清掃員として働き、子どもとも仲良くなり、徐々に女性らしくなるが常に「黄色いカーディガンの女」目線なのである。この一方向性の目線を終始貫き、ここまで奇妙な2人の関係を作り上げた今村さんのアイディア勝利。ただ、本当に「黄色いカーディガンの女」は「むらさきのスカートの女」と友達になりたかったのかが不思議~

  • いやいや、怖いっ!読後の消化不良感が酷い…。

    途中から、あら?もしかして本当にヤバいのはむらさきのスカートの女じゃないのかな…??っていうザワザワした感じで読み進め、厚い本ではないけれど、私、1日で一冊読み切ったのは初めてでした。

    まぁ、むらさきのスカートの女もなかなかヤバいけれども。

    今村さんの本は「星の子」から二作目。表情が違うようで、読後のしばらく「…」っていう。…の意味合いは違うけれど、少し時間を置かないと次の本を読む気にならない感じ、ちょっとクセになりますね。
    また違う作品を読んでみたい!に繋がりますね。

  • 表紙を見て、なぜむらさきのスカートではないのだろう?と思っていたが、そもそもスカートでもないし、子供のような足が二人分見えている。
    そんな事を考えながらページをめくり、一時間程で読み終えてしまった。

    最初はむらさきのスカート女を、高齢の女性で身寄りもなく無職で身なりもかまわないタイプなんだと誤解していたが、そんな事はなかった。
    きっかけさえあれば、きちんと人付き合いも出来て、社会人として仕事も真面目にし、それなりに恋愛もする(・・・まぁ、不倫だけど)
    公園にからかいにやってくる子供達とも、打ち解けて行く人柄の良さにむらさきのスカート女こと日野さんには好感すらもてた。
    途中から、むらさきのスカート女に異常な程の執着を持ち、ストーカー並みに探る、黄色いカーディガンの女の方がアブナイ人に思えて不気味だった。

    自分が高校生の頃にも、地元に◯◯◯◯男と呼ばれていた謎の人物いたことを思い出した。
    いつも同じ服装で、真冬でも裸足に雪駄、ベージュの腹巻きをして商店街を何十往復もしていた。
    名前も年齢も職業も住みかも誰も知らない、学生の間では目が合ったら呪われる噂もあり、すれ違う際は視線を反らしていた(笑)今は何してるのだろう・・?

    所長を含め、職場の人間関係が噂話で持ちきり、手のひら返し等、あるある過ぎてリアルだと思った。
    むらさきのスカート女こと日野さんは、どこへ行ってしまったのか、彼女の指定席であったベンチに座りクリームパンを貪る黄色いカーディガンの女を想像すると狂気しか感じられない・・・

  • 続きが気になり、スラスラ進めた。
    読み終わったあとは、スッキリ感はないなぁ

    むらさきのスカートの女
    ホラーサスペンスかと思ってた
    ある意味ホラーなのかな??

    むらさきのスカートの女を観察し続けるきいろいカーディガンの女
    むらさきの女への執着心がすごい
    自分が働いてる職場で働くように誘導したり、行動を観察したり。
    怖いもの見たさに気になるのは分かるが、ここまで執着はしないだろ…
    一体、何がしたかったのだろーか??
    そして、彼女はどこへ消えたのか??
    で、備品を盗んだのは誰なのか??

  • 第161回芥川賞受賞作。
    むらさき色のスカートの不思議な女性。主人公の女性がこの女性に注目。気になって接触したくて、ついには同じ職場で働けるよう誘導する。むらさきスカートの女は仕事をするにつれ、普通の女性見えるようになるが、職場で問題を起こしてしまう。主人公の女性はむらさきスカートの女性を逃亡させる。彼女がいつも座っていた公園のベンチに今度は主人公の女性が座るようになる。
    誰が不思議なのかわからない感じね。なぜそこまでむらさき女性に惹かれるのかも謎。でも気になったらそんなものなのかな。同じ職場へ仕向けるというのは異常の域だと思いますがね。人の歪な形の一つを描いたものなのかなあ。
    表紙の絵も意味ありげですが。むらさき色と黄色、色彩的にも印象に残る一冊。

  • 今村夏子の持ち味が最高度に発揮された力作と言えましょう。
    彼女の作品は全て読んできた私が言うのですから、間違いありません(全てって言っても5冊ですが)。
    では、彼女の持ち味とは何か。
    私は「書かないことで多くを書く」ことこそ彼女の持ち味だと思います。
    彼女の作品は、濃淡はありますが、大事なことがしばしば書かれていません(特に「あひる」がそう)。
    大事なことが書かれていないから、そこは読者が想像で埋めるしかない。
    そして、その想像には、狂気や恐怖が常に尾を引いているのです。
    しかし、ここで言う狂気や恐怖は、非日常のおぞましいものでは決してありません。
    彼女が読者に呼び起こす狂気や恐怖は、本当に身近にある(だからこそ怖い)類の狂気や恐怖なのです。
    と、ここまで丁寧に噛んで含めるように書いても、「え、でも、大事なことを書かなきゃいいんでしょ?」なんて、タピオカドリンクを飲みながら冷めた口調で言っているあなた。
    あなたはてっぺんから間違っています。
    だって、書きたいのが作家なんですから(特に、凡百の作家は書いてしまうのです)。
    それに、何を書いて、何を書かないかは、極めて難しい問題です。
    もっとも、謎解きメーンのミステリーなら、作者は緻密にプロットを作り、ここで何を書いて何を書かないかを注意深くハンドリングしているはず。
    ただ、それはあくまで物語の展開上の話です(それだって凄いことですが)。
    今村夏子が「大事なことを書かない」ことでしようとしているのは、感情とか感覚とか捉えどころのないものに働き掛けるということです。
    それをほぼ完璧に成してしまうのですから脱帽するほかありません。
    本作の主人公「わたし」は近所に住む、ちょっと変わり者の「むらさきのスカートの女」と友達になりたいと念願します。
    それで一計を案じて、まんまと自分の働くホテルにむらさきのスカートの女を働かせることに成功します。
    作中、一貫して、この「わたし」の単視点でむらさきのスカートの女を眺めているのですが、読者は途中から「異常だ」と思うはずです。
    「わたし」はホテルで働いているはずなのに、スカートの女のほぼ一挙手一投足を眺めているからです。
    少なくとも傍目にはそう映る。
    そして、そのストーカーとも言える執着度は物語が進行するにしたがって増してくる。
    この「わたし」って、そもそも何者なのか?
    読み進むにつれて、気になって気になって仕方がなくなってしまいます。
    これがぐいぐいと読者を引っ張る牽引力になっています。
    ラストも素晴らしい。
    やや無難な気はしますが、何度考えても、この終わり方しかない気がします。
    で、本作の何がすごいって、本を閉じた後。
    読了して2日経った今も、不意に「わたし」について考える瞬間が何度も来るのです。
    それだけ、この「わたし」は謎めいています。
    何かのメタファー? とか。
    いや、やっぱり、今村夏子はすごい。
    ☆4つは、単に「こちらあみ子」と「あひる」の方が好きだから。
    それに、「こちらあみ子」で芥川賞を取らせるべきだったと、今でも根に持っているのも理由。
    デビュー作だから見送ったんでしょうけど、あの作品の文学的な価値を理解してもらわないと、ホントやってらんない。

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著者プロフィール

今村夏子(いまむら なつこ)
1980年広島県生まれ。2010年「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞。「こちらあみ子」と改題、同作と新作中短編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』で2011年に第24回三島由紀夫賞受賞。2016年、文芸誌『たべるのがおそい』で2年ぶりの作品「あひる」を発表、同作が第155回芥川龍之介賞候補にノミネート。同作を収録した短篇集『あひる』で、第5回河合隼雄物語賞受賞。2017年、「星の子」で第157回芥川龍之介賞候補ノミネート、第39回野間文芸新人賞受賞。 2019年、「むらさきのスカートの女」が第161回芥川龍之介賞を受賞した。

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