- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022516138
感想・レビュー・書評
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彼岸と此岸、生者と死者、現実と非現実、現在と過去など様々なものが複雑に巧妙に入り交じる作品集。
ホラーの類いになるのだが、一編を除いて怖くない。むしろ切なさと同時に温かさも感じる。
亡き妻に寄せる想いと隣の訳ありげな夫婦
母の介護のためと割り切って辞めた筈の仕事への想いと怪しい薬屋の娘との邂逅
仕事さえあれば良いと豆腐作りに没頭する女の前に現れた奇妙な老人
怪談嫌いな怪談影絵職人に託された奇妙な仕事
面倒な画家の描く姉様絵に惹かれた紙問屋の女奉公人
奇妙なものが見える男に依頼された怪現象の謎解き
誰が生者で誰か死者なのか、何が現実で何が幻なのか。ちょっと不思議でギョッとしても最後は温かい。
ホッとするような、ニンマリするような話もあって嬉しい。
ただ一つ、「幼馴染み」だけは終始ゾッとする話で怖かった。何故こんな話を真ん中に挟んだのか。人の心が一番恐ろしいということか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
たゆたいながらせつなさと儚さを味わえる七つの奇譚。
「よこまち余話」を思わせる、江戸の市井を描いた今作も良かった。
まるで蝋燭のように人の想いがゆらゆら、あちらとこちらの岸辺を行ったりきたり。
この彼岸と此岸の曖昧さ、たゆたう感覚、ひと匙の人情と…この絶妙なバランスが好き。
そして想いが消える瞬間と共に消えゆく蝋燭。
そこに残るのは儚さと一瞬の静寂と置き土産のような優しい想い。
この瞬間、心の一番柔らかな場所を撫でられた感覚に陥る。
本を閉じ余韻に浸る時間は読み手の心にも置き土産をしてもらった気分。
やっぱりいつまでもたゆたっていたい気にさせられる、これがたまらない。
「こおろぎばし」
「お柄杓」が一番せつなさと儚さを感じられてお気に入り。
「幼馴染」は別の意味で印象に残った。 -
江戸時代が舞台の、ちょっと不思議なお話の短編集。
もう一つの柱として、さまざまな職業の人が、己の稼業に精進する様子が描かれる。
時代小説まだまだ初心者の私にとっては、江戸のお仕事の勉強にもなった。
・煙管の部品を作ったり修理したりする「羅宇(らお)屋」
・棺桶を急いで作る「早桶屋」
・豆腐屋
・漆屋、薬屋
・油の問屋と小売屋
・影絵師、和菓子屋
・紙問屋に絵師
・指物師
生きびとと死にびとが、読んでいるうちに万華鏡のように入れ替わる。
真っ当に働いている人たちには救いがある、という描かれ方をしている。
婚約者を寝取られた娘にも、きっとこの先幸(さいわい)が待っているはず、と願ってやまない。
今生が幸せであったかどうか、分かるのはいつの時点なのだろう。
真摯に生きていたのに報われなかった人は、生まれ変わった来世をもう一度生き直して納得のいく人生をやり直せるのだろうか。
妖(あやかし)として登場するモノたちは、残してきた誰かを思うために心を残した優しい者が多い。
“見える人”乙次も感じているように、「生きている者より死んでいる者のほうが素直に思いを語る分、心安い」
たった一つのことしか願わないからだろう。
また、一作品だけ毛色の違う作品が入っている。
何人かの人がレビューに書かれているように、やはり、生きているものの方が怖い
・・・と思わざるを得ない。
『隣の小平次』
『蛼橋(こおろぎばし)』
『お柄杓(ひしゃく)』
『幼馴染み』
『化物蝋燭』
『むらさき』
『夜番』 -
タイトルとあらすじが気になり、
「どんな話だろう?」と思っていたら、
あの世とこの世とを絡めた短編集で、
ほろっとくるお話だった。
時代小説だからかわからないけど、
SFっぽくなく、
ごく自然なことのように、
でもやはり少し不思議なことのように
描かれていて、独特な筆致と物語で、
なんだかそんな世界に入り込んだような
感じがして、そこが良かった! -
江戸の市井を舞台に描く、7篇の奇譚集。
名手・木内さんだけあって、どの話も流石のクオリティです。
常世と現世をたゆたうような、不思議な余韻に包まれます。
そんな中、心底ゾッとしたのは「幼馴染み」。結局人の心が一番恐ろしいのかも・・。 -
文句なし星5つ満点の作品。読み終わって自分の心のなかの何かが静かに揺さぶられていた余韻に浸ることができる。大好きな木内さんの作品のなかでも『占』と双璧の好みの1冊。
江戸時代の市井ものの奇譚集。
ファンタジー系の作品は苦手なのだが、本作は本当に良かった。じわじわくる。
木内さんの研ぎ澄まされ、選ばれた日本語が本当に心地よい。普段の私の生活では知り得ない言葉も沢山出てくるのだが、辞書を引きながら含有、包摂する概念や意味合いを咀嚼し、とても豊かな気持ちになれる。豊富な語彙は日常に奥行きと幅をもたらすと再認識する。
私たちの今の日常は何事もとても便利であり、溢れかえる情報のなかから、一見「正解」のように思えるものへの耽溺により、万能感のようなものを手にしている。
しかし本当にそうなのか、年齢を重ねて感じる現実。ほとんどのことは思い通りになんかならないものだ。
読みながら、既読の木内さんのエッセイ『みちくさ道中』の一節を思い出す。本作の思い半ばで、或いは理不尽なまま成仏できずに現世を彷徨う亡者の哀しみ、無念さや悔しさが細やかに描かれる様にエッセイでの木内さんの思いを思い起こした。
以下エッセイ『みちくさ道中』より抜粋:
多分当時の人たちには、自分が大きな自然の中で生かされているという明確な意識があったのではないか。だから日々の感謝を絶やさない。同時に、人間の力が及ばざる者の存在を認めているからこそ、たとえどれほど努力しても用心していても、どうにもならないことが起こり得るのだと知ってもいる。それは特別ではない、当たり前のことなのだと、頭ではなく体で感じ取っていたように思う。決して諦めや他力本願ではない。
中略
蛇口をひねれば水が出て、冷蔵庫には常に冷えた飲み物があり、ガスや電気のおかげで24時間快適に過ごせる。そういう中にあっていつしか人はたいていのことは思い通りになるものだと勘違いをしてしまったのかもしれない。だからほんのささいな挫折でも、驚いて立ちつくしてしまう。どうして思った通りにいかなかかったのかと、理不尽ばかりが先に立ってしまうのだ。それは案外、不幸なことかもしれない。自分を取り巻く大きな世界の存在を知ることもなく、小さな箱庭の中にとどまってしまうからだ。
どんな仕事も、どんな人生もそもそもがそう思い通りにいくものではないのだ。絶対、という安心も世の中にはない。
それを知って物事に臨める人は、きっと強い。
以上抜粋。
各短編それぞれ趣が異なり、どれもしみじみと良かった。人間の強さも弱さも、強欲も脆さも混在する人物造形がいつもながらにあっぱれの1冊でした。涙を何度落としながら読んだことか…。
色々な人がいる。様々な出来事がある。
私自身の年末に起こった予期できないような出来事で侘しさに暮れる毎日。木内さんのこの作品との出逢いは僥倖でした。 -
久しぶりに読んだ木内昇さん。江戸の職人の言い回し、大店の旦那の言い分、使用人たちの心の裡。それぞれの言葉が語りかけ、たちまち江戸の市井に引き込まれます。
「よこまち余話」でも不思議な世界を垣間見せてくれましたが、ここではこの世とあの世の境目が繋がります。未練を残してこの世を去らなければならなかった人たちの悲哀が、願いが、今生きている人と交わる時、今に生きる人たちが、一歩前に踏み出します。
どのお話も染み渡る読後感でしたが、西の薬師、寡黙だが腕の確かな豆腐屋のお由、柄が大きいが心優しいお庸、自分の心許なさを威勢のいい言葉で隠してきたお冴。女たちの姿が印象的でした。
一つだけ、違和感のあるお話を紛れ込ませてくるのも、巧妙のうちでしょうか。 -
江戸の町を舞台に描かれた7つの奇譚。
生まれ変わりとか、この世ならぬものの気配とか、ちょっと「よこまち余話」を彷彿とさせる世界。
この世に愛するものを残して去らざるを得なかったものたちの思いは、決しておどろおどろしくはなく、優しさと思いやりに満ちて切ない。
そして、そんなもののけ?たちの思いを理解し受け入れようとする登場人物たちの自然なありようがまたいいのだ。
どれもがじんわりと胸に沁みる奇譚なんだけど、ひとつだけ本当に怖かったのは「幼馴染み」という作品。
「まことに恐ろしいのは人ではないものか、それとも人の心か」
帯の言葉のとおり、やっぱり恐いのは人の心の方だと深く納得。あ~怖かった。