- Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022516473
感想・レビュー・書評
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実に気持ちの良い物語だった。
女性商人の話ということで、朝ドラ『あさが来た』のような感じかと思ったが、もちろんドラマのあさとはキャラクターは違うし波乱万丈。
読み終えて調べてみたら「長崎三大女傑」の一人らしい。
確かに倒幕を企てたり新しい世の中の仕組みを考えている幕末当時としては危険な人々を経済的に支えていたり、女だてらに外国人と商売をしようと突っ走ったりと、番頭の弥右衛門がハラハラするのも分かるくらいの向こう見ずさは驚かされるが、この作品で描かれるお慶は豪傑という感じではない。
父と後妻一家が逃げ出した後、たった十六歳で大浦屋を立て直すために女主人となって、元は油商だったものを畑違いの茶葉商いに舵を切り、言葉もままならないのに外国人相手に堂々商売を挑む。
彼女はいつも必死で懸命で、でもとても楽しそうだった。新しいこと難しいことにチャレンジすることが楽しくて堪らないという姿勢が満ちていた。
祖父の『勘を磨け』という言葉を頼りに時代の大変換期を進んでいくお慶は気持ちが良い。
彼女の商売相手、ヲルト商会のヲルトや彼と繋ぐきっかけとなるテキストルもお慶と対等に向き合う人だった。日本を食い物にしようとする外国人とは違っていた。特にテキストルは長い付き合いとなるだけあって魅力的な人だった。
坂本龍馬を始めとする土佐藩士たち、大隈重信や岩崎弥太郎などとの交流もまるでお母さんが面倒を見るような感じで、この辺は確かに豪傑と言っても良いかも知れない。いくらお金があってもなかなかここまでは面倒見れない。
しかしそれが後にきちんと返ってくるのだからやはり因果は巡るということだろうか。
商売人としては決して成功者ではなかったかも知れない。お慶の商売は人との繋がりの中で糸口を掴みそれを広げていくやり方なのだが、『勘を磨け』なかったこともある。
いわゆる「遠山事件」ではその「人との繋がり」が仇となった。この当時の武家というものは本当にどうしようもない。しかしお慶も決して引かなかった。そして商売人として一度は信用が地に落ちたが、その信用を自ら取り戻した。
この時なぜ大隈や岩崎は手を差し伸べなかったのかと思ったが、なるほどそういう解釈かと納得出来た。手を差し伸べたところでお慶ならその手を振り払っていたかも知れない。
こんな「大しくじり」を犯したお慶でも見る人は見ている。時代の移り変わりでご法度と言われたことが先進的となった。無鉄砲もしくじりも商売や人生の一つの節目。
終盤にタイトルの意味が分かる。実にドラマティックで清々しい物語だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
大浦慶といえば、長崎の女傑であり“龍馬の背中を押した女のひとり”。。ではなかったか、というくらいの予備知識。予備知識というか、どこかの小説で出てきたんだろうし、それがなんだったかも思い出せないのだけれど。
いやはや、面白かった。龍馬との関わりはそこまで描かれていなかったけれども(実際ごく一時しか接触はなかったのだろうし)でも龍馬だけでなく、激動の幕末~明治の才たる人物たちが多数登場するし、歴史に黒文字で年表に書かれるような出来事の数々が、ひとりの女商人の半生を通して時代のうねりを見せてもらえているようで、その時の風を受けているかのように心におもい浮かべることができた。年表のなかにはいったようなかんじ。
いろんな見方があるだろうけれど、才能と勇気と向こう見ず、運をつかむ力、、、「才覚さえあれば」というキーワードにもなっているこの台詞が、ある意味この物語の全てでもあろうし、力強い生き様と穏やかな幕引きの光景に、なんとも後味の良い、深蒸した味わいのある読後感。商いはモノを売り買いすることではあるけれど、大商人たる傑物は、利を求めるだけでなく、かかわった人々の志に共鳴して、ひとのぶんまで思いを貯めて、浪漫を膨らませるような、溢れる思いの波に乗れる人なんだろうなあ。読後の茶一杯がおいしく感じる1冊。良き世の中になりますように。 -
初出2018〜19年朝日新聞
大浦慶のことは、旧臘出版された植松三十里の『梅と水仙』で知った。津田梅の父仙蔵が長崎に茶葉を輸出してもうけている女性がいると知り、西洋農場で作ってホテルに出荷していたアスパラを缶詰にして香港に輸出するようになるという話があった。
幕末長崎の油商大浦屋の主となった希以(のち慶)は、オランダ船の船員が茶葉を買ってアメリカに売るのを知って、産地から直接買い付けて私貿易を始め、敷地に茶葉工場を建てて生産し大きく商いを伸ばす。
外国の商人と付き合って外国語を覚え、坂本龍馬らの亀山社中にも支援するが、駿河産茶葉に押されて出荷が減るなか、維新後熊本藩士の詐欺にかかって大きな負債を負う。
しかし、借金を返しおわると乞われて横浜の汽罐工場の経営や、蒸気船の船主になる。まさにガールズ・ビー・アンビシャスの人生を送ったことに、コロナに閉じ込められている身としては羨ましく爽快な感慨をもつ。
それにしても朝井まかてはますます筆の力が上がったと思う。 -
江戸末期から明治維新、異人を相手に女主人が商いを繰り広げる物語。
何が良くて何が向くのか、自問しながら生きていく背筋をしゃんとする、そんな主人公に共感し愛おしさを感じる。
酷いことをされた恨んでいることでも、背を向けずしっかり向き合って尽くす姿は見習うべき。
レヴォリューション万歳 -
長崎の油商・大浦屋の女あるじ、お希以―のちの大浦慶・26歳。黒船来航騒ぎで世情が揺れる中、無鉄砲にも異国との茶葉交易に乗り出した。商いの信義を重んじるお希以は英吉利商人のヲルトやガラバアと互角に渡り合い、“外商から最も信頼される日本商人”と謳われるようになる。やがて幕末の動乱期、長崎の町には志を持つ者が続々と集まり、熱い坩堝のごとく沸き返る。坂本龍馬や近藤長次郎、大隈八太郎や岩崎弥太郎らとも心を通わせ、ついに日本は維新回天を迎えた。やがて明治という時代に漕ぎ出したお慶だが、思わぬ逆波が襲いかかる―。いくつもの出会いと別れを経た果てに、大浦慶が手に入れたもの、失ったもの、目指したものとは―。
20年ほど前、大浦慶さんを巻末の参考文献にも挙げられている本間恭子さんの『大浦慶女伝ノート』で知り、彼女の墓所を探索したのを思い出した。本書の後半部に書かれている品川事件の件は事件の真相を知れば知るほど腹立たしい。本間さんは古文書を調べていく内に、行政もかかわった女性差別判決だという思いに至ったと話していた。Wikipediaに遠山事件の詳細はこちら→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B5%A6%E6%85%B6。お慶さんが男だったらたぶん違っただろうと思わざる得ない。お慶さんは不当判決により、負債の3000両(現在の価値でいえば約3億円)と裁判費用及び賠償金1500両を払うことになった! これは現代のお金で4億5千万に相当する。お慶さんは家屋敷を手放し、自ら茶葉を炒って売り歩き返済しているのだ。その後もまた事業にもかかわっていくのだから、スケールの大きい女性商人だったことが伺える。
先に『大浦慶女伝ノート』を読んでいたため、インパクトが薄くなったがお慶さんを知らない人には是非読んで欲しい。 -
さすがの朝井さん。
描かれている時代や対象に、読者が最初に興味も知識もなくても、必ず、おもしろく、その世界にどっぷりはまらせてくださる。すごい。
百田尚樹さんや、和田竜さんの感じに似ている。朝井さんの本にハズレはない!
そして、お希以が実在していることが、日本人として嬉しく、誇らしい。 -
小浦慶一代記。幕末に異国との茶葉交易で成功をおさめた長崎の女商人、小浦慶。
彼女が経験した興隆と凋落。そして、幕末から明治という時代を経験した彼女が見据えた未来とは。
富国強兵へと舵を切り、他国の侵略へと突き進んでいった日本の姿を見たとしたら、彼女はどう思ったのか。幕末を駆け抜け、注ぎ込んだ情熱を燃やし尽くして明治の世をさっていったかのように見える人物の小説を読むと、ついそう思ってしまう。
少なからず来たる新しい社会に希望を抱き、時代の荒波にに抗い乗りこなして、過ごした人生。希望を託した国家、その行き着いた先が、という感覚です。
「グッドバイ」というタイトルに込められた小浦慶の思いは、新しい時代の到来を寿ぐもの。友助や宗次郎のような、夢半ばで散っていった人たちへの別れの意味も込めてのグッドバイであったと思います。
良い買い物という意味合いもあるのかなぁ、と思いながら読んでいましたが、ひねった感情を入れるでなく、素直に別れのグッドバイとして読みました。別れとまた会うことを約してのグッドバイ。会うことができなくなった人たちには、彼らが見たかったものを見届けることができたからの別れの挨拶。
題材が茶葉交易ということで、緑茶の甘みと渋さと爽やかさが云々という感じもしないではないですが、いかにも気取った風になってしまうのでやめときます。粋人ぶっても仕方がないので。緑茶は大好物なのですが、一杯の高級茶よりもたらふく飲みたいという種類の好物なので。 -
幕末の人物伝は数多くあれど、女性のものはなかなかない。
時代を考えると、奇跡の偉業でしかない。
その成功と挫折のなかで、古き日本に「グッドバイ」といえる粋な女性です。
著者プロフィール
朝井まかての作品






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