その朝は、あっさりと

  • 朝日新聞出版 (2024年8月7日発売)
3.63
  • (14)
  • (23)
  • (23)
  • (5)
  • (2)
本棚登録 : 287
感想 : 37
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (196ページ) / ISBN・EAN: 9784022519962

作品紹介・あらすじ

長寿社会という「最先端」の時代を生きる私たちに、道しるべとなる「老衰介護看取り小説」の誕生!老い、病、死にちかづくこと。じつはたっぷりした意味がある!中島京子さん推薦!老いとの闘い。死支度。「死下手」の一茶の俳句が、認知症のお父さんを支える。家族のじたばた、いらだち、せつなさも、どこか飄々とした俳諧のようだ。*元中学教師の恭輔は80代後半には認知症になり、骨折をきっかけに4年前からは在宅介護を受ける身の上だ。通称「かんたき」看護小規模多機能型居宅介護の看護師、介護士が自宅でのサポートをしているが、妻にとっては老老介護、かかわる子どもたちも還暦前後でらくではない。オムツとトイレの大惨事、認知症の薬などを試みるが、次第に出来なくなってくることが増えていく。万一の場合には救急車をどうする?96歳で息をひきとるまでの20日間、家族や介護者はどのように備えるのか。誰にとってもひとしく迎える最期はどのようなものなのか。死ぬときはどうなるのか。そしてその日は信じられないほど「あっさりと」やってきたのだ。*老いや死も庶民の視線で、見捨てない温かさに満ちた、一茶の句が老境の恭輔を、そして周囲の人々を励まし続ける。自分ごととして必ず来る老い、病、死をやわらかく問いかける、先を照らす小説。目次から 一 三度目の危篤 二 トイレ地獄 三 先生と呼ばれて 四 みんな先に死んでいく 五 何もできない 六 ついのすみか 七 思い出の中の人  八 この世とのつながり 九 死ぬのにもってこいの日 一〇 その朝は、あっさりと

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 「老衰外語看取り小説」である。

    昨今、亡くなるのは病院か施設のどちらかが多いのではないだろうかと思うのだが、この小説は自宅で96歳の父を看取るまでの家族の思いや苦労が書いてある。

    長年教育関係の職につき、75歳で大学を定年になった後も、勉学が困難な家庭の子どもを集めた私塾に通い、自治会の相談役でもあった父。
    ちょっと認知症の気配を感じたときは、86歳でありそれから母が娘たちが、苛立ちながら、じたばたしながら、ため息をつきながら、時には、はよくたばれと思いながら亡くなるその日まで看るのである。

    父の回想や小林一茶の詩が、上手い具合に馴染んでいるというか…なんとも言えない気にさせる。
    最後には、おつかれさまと言いたくなった。


  • 在宅介護を選び、自宅で96歳の父を看取った家族の話

    実際はとんでもなく壮絶な日々であろうに、妻と娘2人が協力し合う毎日が時にユーモラスにしたためられている

    各章は寝たきりの父の頭の中の妄想から始まる
    寝たきりの人の頭の中はこんな風なのかな
    ほんとにそんな感じがする
    過去と今と、あの世とこの世が混ぜ合わさった死を受け入れる準備のような不思議な妄想
    好きだった小林一茶の俳句が時折妄想の中で彼の心を保たせてくれる

    一方家族は排泄のお世話に振り回される日々
    世話焼きの妻、志麻
    同居している独身の姉、洋子
    義父の介護経験者の妹、素子
    文句を言いながらも、時折こちらも父が好きだった一茶の俳句を思い出しては笑い合う
    弟の誠はたまに送金してくるが、介護にはやって来ない

    「パパ、年賀状つくったから年越すまではだめよ!」
    「三が日もみんなの迷惑になるからあかん」
    「松の内も避けて」
    「七日も鬼払いでお寺さん忙しいしやめといて」
    という妻の願いをきちんと受けて、父は自宅で息を引き取る

    自宅で看取ること
    どこまでが延命治療なのか
    家族の死
    もとい、死について
    かなりリアルな描写でつづられており考えさせられた
    自分にしても両親の看取りはきっとそれほど遠くはなく、家族の死が近づいたらまた再読したいかも…と思った本


  • 96才、元教師の認知症男性の老衰死迄の数日間を現在と過去に行きつ戻りつ描いた、家族による介護の小説。10章から成るが、各冒頭の数行が俯瞰的で彼岸との境目の様で面白い。介護に翻弄される娘達と母親の会話もリアルで身につまされた。ディケアの佐山君が最後に挨拶に来た場面では泣いた。全編に一茶の俳句が恭輔の生き方、理想の死に方を表していて格調を上げていた。

  • タイトルから想像していた内容ではあったけど、不思議な世界観でした。

    教育者だった父、良い主婦の母、二人の娘と一人の弟。

    父を介護する母と娘たちの日々の描写はリアルで過酷なのに、さらっと淡々と描かれていて。介護される者の本当はわからないけれど、そうだったら良いな、と思えるような父親のこの世とあの世のうつつの境。

    自分はもう準備はできている、お前たちは準備ができているか?と、もし、父が問うてくれていたとしたら…
    自宅で看取ることができたら…
    家族の時間を奪っても?それでも…

    いろいろと考えることはあるのに、読んでいるうちに逝く者と送る者の双方のこころにすっと入り込むだけになってしまった。

    良い本だなあと思ったし、この作者の他の本も読んでみようと思わされた1冊。

  • 理想的な看取りだった。
    自分事のように心に響く。
    この時が来たら、心持だけでもこの本を手本にしたい。
    娘2人はやっぱり頼りになると羨ましく、自分を重ねる。

    一茶の俳句が章ごとに重みを増す。
    こんなに俳句の意味が伝わってきたのは初めて。
    一茶、侮れない。句集を読んでみたい。

  • 父が在宅看護になり、もうよくなることはないと言われ、参考になるかなと図書館で。
    お母さん(奥さん)の言動が母と重なり、でもわたしは次女ほど手助けできなかった。
    よくできた娘さんで、比べてしまって落ち込んだ。
    淡々と語る次女の言葉は覚えておきたいと思うことがいくつかあったけれど、メモする時間と余裕がなかった。いつかその箇所を確認してみたい(読み物として読み返したい、というほどでは残念ながらない)けれど、いつになるかな。
    4/9に読み終えて、その2週間後に父が亡くなり、「父の日」という言葉も今はさみしいので。

    お医者さんに、心臓はもうよくならないのでと言われたのに、「がんばって」「がんばらないと動けなくなる」「がんばればまた歩けるようになる」と言う母がこのお母さんと同じだ、と思ったことが一番つよく残ってしまった。
    読みはじめて読み終えた頃は、まだ在宅看護がつづくと思っていたし、訪問のお医者さんやケアマネさんとその対応をしていたので、たしかに父のその朝(昼)はあっさりと、、いや、急だったな。
    どんなに心がまえをしていても、心がまえっていったいなんなの?と思うくらいそのときは急にやってきて、こちらにとっては「まさか」だった。

    やっぱり読み返すのはうんと先になりそうだ。

  • 96歳の父を看取るまでの20日間を描いた物語。

    誤解を恐れずに言うと、読後真っ先に感じたのは羨ましさ。

    認知症患者を支える大変さも、気が休まらない在宅介護も、それはそれは大変そう。
    けれど85歳の母をサポートする姉妹、金銭面で協力する長男。
    家族のみならず優秀な看護師と介護士までが手厚くサポートしてくれる。

    老老介護が社会問題となっている今、これだけの助け手がある事がまず幸運だと思う。

    深刻な状況下だが女性陣の能天気な会話が笑いを誘う。

    家族全員に見守られながら逝った父親も看取った家族も幸せな時間だっただろうと思えた。

  • 最後は死ぬのに、途中経過の話は可笑しい。
    妻の志摩も娘の洋子も素子も誠も、なんか可笑しい。
    結局人間は可笑しい生き物、でもそれをどうとらえるかで全然違う。
    同じ状況を、別の視点で書いたら悲惨な介護地獄にしかならないはず。
    小林一茶の句と重なりながら、天寿をマ全うした恭輔は幸せである。
    でも残った妻や娘や息子たちは、こんなふうに見送られることはなさそうな気がする。

  • ついに寝たきりになった認知症の沢田恭輔(96歳)の頭の中で、死への旅がゆっくりと進んでいる。
    その人の中で何が起こっているのか、周りで介護に汲々とする女たちには知る由もない。
    かつての教え子たちを引率したり、他人の葬式に出ていたと思ったら、周りはみな骸骨に変わっていたり。死んだはずの妹を自転車の後ろに乗せて走るのは子供の頃の記憶。村で死んだじいさんの墓穴を掘っていたらいつの間にか自分が穴の底に横たわっていた。
    時間の流れが行ったり来たりして、人生の中で出会った人々も別れた人も、自由自在に泡沫のように浮かんでは消える。
    記憶の引き出しが全部ひっくり返ったようである。
    俳句好きの恭輔は小林一茶を愛している。
    『死支度致せ致せと桜哉』一茶。死に支度とは何をすれば良いのだろう?

    沢田家では、リビングの真ん中に介護ベッドがでんと置かれた日から、全てが恭輔を中心に回るようになった。
    妻の志麻は老々介護。独身で実家住まい、大学で教鞭を取る長女の洋子は何かあるたびに車を出してのアッシー要員。
    二人の手に負えなくなると、千葉に住んでいる次女の素子が神戸の沢田家に呼ばれる。
    今回も、三度目の危篤で呼ばれたが、恭輔は点滴だけで細々と生きている。

    素子は父の枕元にある『一茶句集』に気づいた。奥付を見ると、恭輔が認知症を発症してから発行されている。
    ところどころ恭輔がマルをつけている句があって、そこには小林一茶の死生観が現れており、恭輔がどういう心境で印をつけたのか気になった。

    恭輔は、大正15年あるいは昭和元年生まれ。お決まりの関白亭主で、自分中心の父親だった。
    外では、校長先生を務め、教育委員長を経て、町内会の相談役。人々から頼られる存在だった。
    大勢の人の葬式をうまく仕切ったのが自慢だったが、恭輔の葬式を仕切るはずの知人たちは皆死んでしまってもういない。
    さぞかし、昔ながらの立派な葬式を出して貰いたいのだろう。
    「家族葬」なんて言ったら化けて出るかも。

    最後に、長男だが末っ子の誠が登場。
    男は何もしない、と作品の中で繰り返し書かれているが、東京在住の誠も送金のみ。
    「厄介な介護対象としての恭輔」が目の前に突きつけられている女たちの視点とは違った観点で父親を見る。
    戦前の師範学校のみで大学も出ていない、それでここまでひとかどの人物と認められるようになったのは、相当の才と努力と気概があったのだろう。社会に出てみて父親の偉大さが分かった。
    初めて弁護人登場の感あり。
    しかし、10年間、介護に人生を奪われてきた志麻と洋子、対しては、離れて暮らしていた素子と誠、そこに恭輔に対して抱く思いの差が生じてしまうのは仕方のないことかもしれない。

    介護する人たちだけでなく、される側の、認知症の人の頭の中ではどんなことが起きていて、現実の世界とはどんなふうにリンクしているのか、視点が切り替わるのが面白かった。
    どう死ぬか、どこで死ぬか。
    小林一茶の句に見る死生観と合わせて。

  • タイトルから察しがつく通り、介護から臨終までを描いた小説である。
    父恭輔96歳。師範学校を出て教師となり、教頭、校長、教育委員長まで務め上げ、大学教授の時期もあり、叙勲も受けている。父は介護施設でも先生と呼ばれ、人に慕われる人格者でもある。その父が、10年前から認知症を発症した。自宅で介護するのは、元教え子だった妻志麻85歳。老々介護をサポートするのは、未婚で同居の長女洋子と、義父を介護して見送った経験のある次女の素子。長男で末っ子の誠は、金銭面でのサポートはするものの、介護の役にはたたない。

    物語は恭輔が好きな小林一茶の俳句と共に進む。各章は夢うつつの恭輔の独白?からはじまり、現実生活での家族の介護と看取りの準備までの心境を明るく率直な愛ある筆致で書かれていく。
    なかなかユニークで、参考にもなるし、介護とお別れを前向きな気持ちで考えられる良本だと思う。

  • たしか、テレビで見てチェック✅していた一冊。
    なんか、こう、最近、仕事柄。介護とか死とか気になっていたが、この本読んで、スッキリした、というか、死ぬって当たり前だよなぁと気持ちが楽になった。
    幸せな死に方ってなんだろう??

  • 老衰で、家で介護され亡くなることは幸せなのだろうか?女たちの時間を犠牲にして。この親の介護は妻や娘がする問題はモヤるなあ…私だったら、家族を犠牲にしてまで家で死にたいだろうか…??死んでいく本人の思いは分からない。介護は何が正解か分からない。それでもあっさりとその日が来て、世界は変わらない。小林一茶の俳句集、ちょっと読んでみたくなりました。

  • 認知症の母の頭の中を垣間見れた気がしました。

  • 介護、看取りについて知りたいと思って読みました。いろいろ知らないことがわかって良かったです。
    人ひとり死ぬということは、こういうことなのだなあと思ったりしました。

  • 老衰かぁ。
    いい妻と子どもたちでいいなぁ。

  • ふむ

  • 認知症で90も半ばを超えた恭輔を介護する家族の苦労、気持ちを描いた本。認知症目線であろう恭輔の独白もあり。う~ん、単調な小説という印象。

  • 913

  • ボケていく側もリアル。こんなふうにわからなくなっていくのだなあ。

  • 介護する人達のそれぞれの想いがうまく書かれていて小説の良さが際立っていた。
    ノンフィクションだとこうはいかない。

全32件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

1960年、神戸市生まれ。2012年『おしかくさま』で第49回文藝賞を受賞。他の著書に、小説『断貧サロン』『四月は少しつめたくて』、エッセイ『競馬の国のアリス』『お洋服はうれしい』などがある。

「2016年 『世界一ありふれた答え』 で使われていた紹介文から引用しています。」

谷川直子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×