プリーモ・レーヴィへの旅

著者 : 徐京植
制作 : 徐 京植 
  • 朝日新聞社 (1999年7月発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (241ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022574107

作品紹介

生き残ったことの「罪」、人間であることの「恥」、それでもきっと「希望」はある-アウシュヴィッツから生還し故郷トリノで再生したユダヤ人作家レーヴィ。あなたはなぜ死を選んだのか。

プリーモ・レーヴィへの旅の感想・レビュー・書評

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  • 徐京植『プリーモ・レーヴィへの旅』読了。プリーモ・レーヴィの丁寧で(というかむしろ「執念深い」というべきだろう)堂々たる読解を基礎に執筆された本書は、レーヴィの人生の歩みと、レーヴィの精神に対する徐の限りない愛に満ちており、文のそこかしこや行間の隙間すきまにもレーヴィの憑依を強く感じさせる内容である。そのような徐による磐石な読み込みゆえに、作品の持つリアリティ(つまり徐自身の経験、彼の家族が受けた迫害)や説得力、責任感は、プリーモ・レーヴィ自身の作品に決して引けを取らない。本書のおかげでpersecutionの理解、レヴィナスを読み解く際のヒント、それに個人的なテーマにもなっているnarrativeとその欲望に関わる手掛かりを与えてもらった。感謝の気持ちと共に、賛辞を送るべき労作だと思う。
    なのに何故、本書の日本での評価や受容は、ひいては在日朝鮮人問題は、レーヴィその人の著作に比べてはるかに劣っていて、社会をゆさぶるような反響というには程遠いのだろう?
    それは、プリーモ・レーヴィを絶望にまみれた自死へと追いやったものと同じもの、つまり、社会全体によって今も行われているforeclosure(予めの排除)、が一因なのだと思う。予め排除されているものは、主体の無意識に統合されない。それは思い出すこともされず、憶えておかれもせず、意識の中にも導き入れられない。そして、予めの排除(foreclosure)を支えるのは、「うんざりするほど当たり前な」(P.187)常識的な訓辞に安易に満足し、現実をそれ以上問う事をしない私たちが日々生きる社会の怠惰であり、自己満足に他ならない。それを(個人として、また集団として)いかに打破するかの答えは誰も持っていないわけだけど、自覚を通した再生を志向することでしか、希望をつなげることなどできやしない。

  • 徐京植さんの『秤にかけてはならない』で、このプリーモ・レーヴィを訪ねた旅のことを書いたという本を読みたくなって、図書館で借りてきた。

    プリーモ・レーヴィは、イタリア系のユダヤ人。アウシュヴィッツを生きのびた人である。

    ▼ピエモンテに、トリノに、プリーモ・レーヴィの「根」があった。住み慣れた家、身についた仕事、幼なじみや隣近所の人々、耳慣れた言葉、思い出の染み着いた街路、市内を流れる川や市を遠くとりまく山々、そこに吹く風、反射する光…。「根」とはそれらすべてのことだ。人間らしい生にとってかけがえのないもののことである。考えてもみよ。普通の人々にとって、その「根」を自らの手で抜き去ることがどんなに困難なことか。だが、災厄はそこにつけ込んでくる。(p.38)

    ここを読んでいて、『無名戦没者たちの声』に出てきた「二つの地図」のことを思った。特攻で命を散らした渡辺静さんがノートに丁寧に描きのこした、ふるさとの地図。中国系マレーシア人の簫嬌さんが描いた、日本軍によって一夜にして廃墟となった今はなきふるさとの村の地図。自らの手で抜き去ることの難しいその「根」を、プリーモ・レーヴィも、渡辺静さんも、簫嬌さんも、根こぎにされたのだ、と思った。

    (この本のことは、次の『We』169号の「乱読大魔王日記」でも書いた。)

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