溺れるものと救われるもの

制作 : Primo Levi  竹山 博英 
  • 朝日新聞社
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本棚登録 : 100
レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022574916

作品紹介・あらすじ

アウシュヴィッツの灰色の領域で-記憶を風化させる年月の流れ。犠牲者だけが過去に苦しみ、罪ある者は忘却に逃れる。生存者レーヴィの40年後の自死。

感想・レビュー・書評

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  • プリーモ・レヴィは自身が体験したようなジェノサイドがふたたび起きることを危惧している。なぜならジェノサイドは見るからに悪人然とした者が実行するのではないからだ。普通の人間が手を染める可能性が常にあるからだ。プリーモ・レヴィはグレーゾーンにいた収容者の存在を強調する。また、生き延びた者の不純さの可能性を強調する。そのような者が実行者として予感の中に見え隠れするようだ。
    本書からは人一般に対する希望を感じとることが難しい。人は環境や教育により行動や思考を大きく左右されるという事実を受け入れているからだと思うし、善人が先頭を切って亡くなる世界を見すぎたためだとも思う。にもかかわらず、彼が人に加害責任に向き合う強さや、被害者特有の罪悪感に向き合う強さを求めるとき、彼は他者への絶望と求める強さとの狭間で潰れてしまうのではないか。そんな心配をしてしまう。その自死に納得のある何かを添えてしまう。

  • 教養のない人間は、自分の言葉を理解できないものと物事を全く理解できないものとの区別がはっきりつかない。ヒトラー配下のドイツ人たちは、特にSSは恐ろしいほど教養がなかった。彼らは教育をうけなかったか、悪い教育を受けていた。

    意思疎通の欠如、あるいは少なさに、すべてのものが同じように苦しんでいたわけではなかった。それに苦しまないこと、言葉の衰弱を受け入れることは不吉な兆候であった。完全な無関心に陥ることを示していた。

  • 壮絶な体験をものすごく冷静に分析している。突き放した感じさえする。

  • 全部読まなきゃ(実は「これは命令である」)なんだけど、とくに第二章「灰色の領域(グレー・ゾーン)」は論じられることも多く、必読。第三章「恥辱」における「真の証人」(P.93- )に関する分析も、証言についての多くの言説(たとえばスピヴァク、宮地尚子さん『環状島=トラウマの地政学』)に通じていて、ぜったい押さえておきたい。

    この作品を書いた後、作者レーヴィは私たちに謎を問いかけて、転落死を遂げる。彼のこのパフォーマティヴな死によって、彼の生と死が、その後の世界を生きる者たちに特権的に生き続けている。

  • 作者の死の1年前に刊行された自分が体験した強制収容所(ラーゲル)の記憶が風化・変化することの怖れにあふれた本。
    ナチのユダヤ人大虐殺に対する体験していない者の反応だけではなく、自分自身の記憶の変化。「レーヴィは握りしめた拳からすり抜けていくような記憶の断片化を恐れていたのである。」(訳者あとがき)
    自殺したジャン・アメリーの章では、「生きる上でのさまざまな目標は、死に対する最良の防御手段である。それはラーゲルだけに当てはまることではない。」とあるが、本人も自殺(と思われる)を選んでしまう。
    ホロコーストに加担・見て見ぬふりをしたのは悪人やサディストではなく、普通の人間であることを強調しているが、現代の普通の人間から「なぜ逃げなかったのか」と問われるようになった状況への怒りと困惑。
    7章の一文「今日この場で支配的な尺度で、遠い時代や場所を判断することから生まれる誤りに注意する必要がある。」というのは忘れないようにしなければならないと思った。

  • アウシュビッツから生還したプリーモ・レーヴィの最後の作品。

    「休戦」「アウシュビッツは終わらない」を読んだ後に
    これを読むと、アウシュビッツの生還者と
    アウシュビッツを「人類最悪の愚行」という
    「過去・歴史」として学んだ私たちの間には
    埋められない決定的な溝があることを感じる。

    プリーモ・レーヴィは
    「ナチスがやらかしたむごたらしい過去」ではなく
    「人に悪意がある限り、注意をせねば再び起きる悲劇」
    について警鐘を鳴らし続けていたのではないだろうか。

  • 人は虐待され続けることで、人間への信頼感を破壊され、もう決して取り戻すことができなくなる。
    自分という人格さえも確認できないまま、ただ生きているだけで、事実は湾曲され、そうしているうちに記憶は風化されてゆく。
    暗く悲しい思いが蔓延するアウシュヴィッツでの光景には目を覆いたくなるが、記憶に留めておかなければならないこともあるのだ。

  • 著者はイタリア系ユダヤ人でアウシュビッツ生還者。その体験を記した『これが人間か』(邦題は「アウシュヴィッツは終わらない」)が1947年に出版される。本著は1986年に出版。その翌年、自宅アパートの階段から転落して亡くなりました。

  • 感想を書こうと、何度も思ったのだけどやっぱり言葉になりません。
    ものすごく衝撃で、あと諦観。ただうつろでかなしい気分になった。レーヴィが段々溺れてくような気がして。「本当に善い人たちは帰って来なかった」って?
    かなしい、かなしいよ。

  • アウシュヴィッツの灰色の領域で、
    記憶を風化させる年月の流れ。
    犠牲者だけが過去に苦しみ、
    罪ある者は忘却に逃れる。
    アウシュヴィッツとは何だったのか、
    40年の歳月を経た時点であらためて問う。

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著者プロフィール

1919年、イタリア・トリーノ生まれ。トリーノ大学で化学を専攻。43年イタリアがドイツ軍に占領された際、レジスタンス活動に参加。同年12月に捕えられ、アウシュヴィッツ強制収容所に抑留。生還後、化学工場に勤めながら作家活動を行い、イタリア文学を代表する作家となる。その円熟の極みに達した87年、投身自殺を遂げた。

「2017年 『周期律 新装版 元素追想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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