アウシュヴィッツは終わらない―あるイタリア人生存者の考察 (朝日選書)

制作 : 竹山 博英 
  • 朝日新聞社出版局 (1980年1月1日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022592514

アウシュヴィッツは終わらない―あるイタリア人生存者の考察 (朝日選書)の感想・レビュー・書評

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  • アウシュビッツには行ったことがあります。「最終的解決」されていった人々の義足や眼鏡の山は痛ましいものではありましたが、思ったほど心に迫らなかったことも告白します。著者のレーヴィが戦後アウシュビッツを訪れた時に「だがそれは博物館だった」と述べているのを読んで、得心がいったところもありますが、本書を読んで、それ以前にアウシュビッツの事実に関する知識があまりにもないことにも由来していたのだと思います。人間が尊厳を奪われる、と文字で書くことは容易いですが、実際にそれはどのように行われ、どのような結果を生むのかを、本書は読者に知らしめてくれます。家畜と同じように焼印を入れられ、番号で管理され、すべての所持品を奪われ、人間関係を奪われた状態では、それまで常識と信じていたものは何も役に立たないという事実を。

  • 私たちは寒さと渇きに苦しめられた。停車するたびに大声で、水をくれと叫んだり、せめて雪を一握りだけでも、と頼んだが、ほとんど聞き入れてもらえなかった。おまけに護送隊の兵士は列車に近寄ろうとする者を追っ払っていた。乳飲み子を抱えていた2人の若い母親は、昼も夜も水を求めて呻いていた。ところが飢えや疲れや寝不足は、さほど苦にならなかった。神経が高ぶっていたので、辛さが減っていたのだ。だがよるには絶え間なく、悪夢に責め立てられた。立派な態度で死を迎えられる人はわずかだ。それもしばしば予想もつかなかった人がそうだったりする。同じように沈黙を守り、他人の沈黙が尊重できる人もわずかだ。だから、私たちの寝苦しい眠りは、つまらないことで起きた騒々しい喧嘩や、罵り声にしばしば破られることになった。また互いに体が触れてしまうのが不愉快なので、突き放そうとやみくもに拳をふるったり、足で蹴ったりして、皿鉢になることもあった。

  • 強制収容所を生き延びた著者が強制収容所生活を回想して書いた本だ。

    突然強制収容所に連れてこられて、名前もなく人間としては扱われる事はなく、体力気力が失われながら過酷な労働をさせられる。そんな悲惨な日々が書かれていた。

    夜と霧 V・E・フランクル(著)でも収容所での生活や人物について知る事ができたけれど、この本のほうがその状況や状態が想像できるくらいに書かれていた。空腹と寒さが強く伝わってきた。

    ドイツが収容所を放棄し、動けない者だけが残されてからの話は、人間世界の話とは思えない色のない灰色の世界のように感じた。解放されたときの様子も、いきなり色が蘇ることはなく私にはやはり灰色のままだった。

    こんな体験は忘れてしまいたいと思う人が多い中、伝えてくれた人達がいる。悲惨であればあるほど目を背けてはいけないと思う。

  • 自分自身の運命を知ることは不可能だ。だからもし理性的に考えるなら私たちは諦めてこうした自明の事実に身を委ねるべきだろう。だが自分自身の運命が危険にさらされているとき冷静になれる人はとても少ない。必ずや両極端の立場を取りたがる。悲観論じゃと楽観論者というこの二つの種族はさほどはっきりしているわけではない。大多数が物事を簡単に忘れ、話の相手や状況に応じて二つの極端な立場の間を揺れ動くからだ。

    確実に死に近づいている中で一つだけ能力は残されている。同意を拒否する能力。

    外国で、他人の手で作り上げられた思想体系を全て鵜呑みにすることほど無駄なことはない。

    全く絶望的な状態にあっても殻を分泌し、周囲に薄い防御枠を巡らして巣を作り上げる人間の能力は目を見張るものがある。

    人生を真剣に考えようってときに彼らユダヤ人の記述はいつも響く。

  • 著者のプリーモ=レーヴィは1919年生まれで奇しくもイタリアにファシズムが誕生した年でもある。つまり、著者は青春時代をファシズムと同時に過ごしたことになる。

    この本の性格を「新たに告発条項を並べるために書かれたのではない。むしろ人間の魂がいかに変化するか、冷静に研究する際の基礎資料をなすのではないかと思う」と掲げている。例えば「外国人はすべて殺さねばならないという結論が導き出されるとラーゲル(収容所)が姿を現わす。つまりこのラーゲルとは、ある世界観の論理的発展の帰結なのだ」。「帰結としてのラーゲルは、私たちをおびやかし続ける。であるから、抹殺収容所の歴史は、危険を知らせる不吉な警鐘として理解されるべきなのだ」と序文で示している。

    続く「若者たちに」では「ナチス・ドイツと全被占領国が(イタリアも含めて)、一つのおぞましい奴隷収容所網をつくっていたことは知られていなかった」とし、「大工場と奴隷収容所の共存が好都合だった」、つまり「(合成ゴム・合成石油プラント)ブナの巨大な施設がアウシュヴィッツ地区に拠を定めたのは決して偶然ではなかった」。「奴隷経済への逆行であると同時に、計画的かつ賢明な経済政策でもあったのだ」と分析されている。

    著者が捕らえられたのは1943年の12月13日。「ユダヤ系のイタリア市民」と明かしたため、イタリアのフォッソリに送られ、到着したのは1944年1月末だったという。アウシュヴィッツに送られたのは同じく1944年で、労働者不足のためにナチス=ドイツが囚人の殺戮を一時的に中止して生活環境の改善、囚人の平均寿命の延長を決定したあとのことだった。強制収容所で行なわれた蛮行については広く知られているところであるのでここで詳しく述べることはしない。

    そのような異常な状態を記録しておくことに何か意味があるのか、正しいことなのかと問われた時、それは肯定されると著者は言う。「人間の体験はどんなものであっても、意味のない、分析に値しないものはない、そしていま語っているこの特殊な世界からも、前向きではないにしろ、根本的な意味を引き出せる、と私たちは信じている。ラーゲルが巨大な生物学的社会的体験でもあったことを、それも顕著な例であったことを、みなに考えてもらいたいのだ」と披瀝する。

    そして「訳者あとがき」において「アウシュヴィッツは終わらない」の核心に迫っていく。「アウシュヴィッツの記録は、なぜか人の興味をひきつける」「おそらくアウシュヴィッツという現象に、人間の心の奥に潜む悪が顕在化していることを、みな無意識のうちに感じとっているのだ」「アウシュヴィッツという現象は、もう過去のものになった、ある邪悪な体制が生み出した暴虐というだけにとどまらない、もっと一般的な、人間の心の奥にひそむ悪をも表している」、との記述を見た時に「はっ」とさせられた記憶がある。誰にでも持ちうる本能のようなものなのか、だから「アウシュヴィッツは終わらない」のであろうか。日本の近現代史を考える時、日本もナチスの暴虐と通じるところがあり、別の蛮行での主体であることを考えると、「本書は喉もとにつきつけられた剣のようなものとして読まれるべきだろう」との言葉で締めくくられている。

  • 怒涛のレーヴィ第二弾。
    おととい読み終わった。が、本当の意味でこの物語を読み終わることはないのだろう。

  • アウシュビッツ強制収容所から生還したイタリア人が、自身の収容所での生活と解放されるまでをつづったもの。その記すところは、怒りに任せてナチスを断罪したり、単純に戦争を批判したり、自身や民族の不幸をことさらに主張したり、といったことなく、自身が経験し、観察したところを記述している。そういった記述により強制収容所で内側から見て何が起きていたのか、またその特異な状況で人がどのように行動するのかについて多くを語っている。

    著者が収容所に着いた当初は、焼却所の可能性についても考えを停止しているのか、どこか認めようとしないところもあった。それでも直に先にいた古参の収容者と同じように感じるようになる。刺青された囚人番号で、どのような囚人であるのかがわかるが、大きな番号であれば、新入りになるし、古い番号であればその番号で出身地までわかったという。

    閉塞的なシステムの中にいて、まわりでは多くの人が次々と死んでいく中で、ここから出られるという希望もなくなると、その日以降のことを考えることができなくなると語る。徹底的な絶望の中では、判断が非常に短期的になり、またちょっとしたことに期待や破滅の兆候を見ることになるという。たとえばシャツの配給が遅れることが戦線が迫ってきているためで解放が近いのではないか、などと想像することになったという。

    強制収容所の中では、良い人と悪い人などの区別は明確でなくなるが、少なくとも溺れるものと助かるものが明確だという。その過酷な環境においては、適者生存の原則がよりあてはまるのだ。小さな囚人番号を持つもので生き残ったものは、たいてい普通の仕事をしていたものはないという。医師などの特別な仕事に就いたものか、囚人長やカポ(労働監視員、収容所監視員)となるか、よほど狡猾に立ち回ったもののみだと。だからといって、収容所の中でのそのような行動を非難することはできないだろう。十分なほど残忍にならなかったら、別のものがその立場につくことになるだけだった。「それに加えて、抑圧者のもとでは捌け口のなかった彼自身の憎悪が、不条理にも、被抑圧者に向けられることになる。そして上から受けた侮辱を下のものに吐き出す時、快感をおぼえるのだ」という。そうした中で生き残ったものは、そのこと自体について罪悪を感じることになるのではないだろうか。実際、楽団に選任されたことで生き残ったユダヤ人がそのことに罪を感じて生きてきたということを描いたテレビのドキュメンタリーを見たことがある。

    著者が生き残ることができたのも、化学の知識を買われて化学工場の研究所に選抜されたからだ。著者は、最後の冬をそのおかげで乗り切ることができた。さらに、最後にソ連軍の進行を受けて収容所の撤収をしたときに、たまたま伝染病にかかっていたことで病棟に残されたことが結果として助かる原因となった(撤収のための列車に乗ったものたちの多くはその移送中に亡くなったという)。その経験は著者にどのような影響を与えたのだろうか。

    「わたしたちの存在の一部はまわりにいる人間の心の中にある。だから自分が物とみなされる経験をしたものは、自分の人間性が破壊されるのだ」

    原爆を描いた名作『夕凪の街 桜の国』の次の一節を思い出した。

    「わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ。
    思われたのに生き延びているということ。
    そしていちばん怖いのはあれ以来本当にそう思われても仕方がない人間に自分がなってしまったことに自分で時々気づいてしまうことだ。」

    信じられないことが、つい70年前に起こっていた。多くの人がそれに関わっていた。それは実際に起きたことで、何が実際に起きたかを知らずに、そのことを軽々しく批判することはできない。それは、一人の特異な犯罪者がなしたことではなく、人間が作ったシステムの中で起きたことなのだから。原題の直訳は『これが人間か』だという。邦題の方が営業面では優れていると思うが、原題に込められた思いは汲まれるべきであろう。フランクルの『夜と霧』とともに、今でも読まれるべき本だと思う。

  • 御嶽山の記事から、「サバイバーズ・ギルト」→「プリーモ・レーヴィ」とwikiを辿って知った本。
    原題の直訳は『これが人間か』。
    アウシュヴィッツの生存者の本。いずれは読むつもり。

  • イタリア人科学者の記録。解放されてすぐに綴ったためか、細部まで描かれている。収容所内の力関係や経済状況が興味深い。

  • 27歳の青年が著した手記である。彼はアウシュヴィッツを生き延びた。そして67歳で自殺した(事故説もあり)。遺著となった『溺れるものと救われるもの』を私は二度読もうとしたが挫折した。行間に立ちこめる死の匂いに耐えられないためだ。
    http://sessendo.blogspot.jp/2014/05/blog-post_5124.html

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