幕僚たちの真珠湾 (朝日選書)

著者 : 波多野澄雄
  • 朝日新聞社 (1991年11月発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022595379

作品紹介

昭和10年代、国策決定に深く関与した陸軍のエリート幕僚たち。彼らの多くが、日米戦争までは予想していなかった。真珠湾から半世紀、新資料が物語る悲劇の真因は-。

幕僚たちの真珠湾 (朝日選書)の感想・レビュー・書評

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  • 極めてまっとうな論考で、他の比較的名の知れた他の著作に書かれた日米開戦前夜までの軌跡よりも(部分的ではあるが)深く掘りこまれており、正直低い期待値で落手した本であるにもかかわらず、満足度の高い一冊だった。

    このあたりの歴史書は結構読んできたつもりだったが、まだまだ知らないことが多いことを思い知らされた。

  • 1940年秋から真珠湾開戦(1941年12月7日)までの陸軍幕僚を中心とした外交戦略を、著者曰く「微視的分析」でもって追いかけたもの。ここ数ヶ月間、単純な読み物としてなら本書が一番おもしろかった。以前から持っていて定説が覆された意外性と、関連書籍を読む中で生じたいくつかの疑問にも答えてくれたことがその原因かな。絶版になっているのがもったいない。<br>

    定説なり世評としては、ファナティックな陸軍が暴走した、あるいは一部の人物が統帥権や外交大権を乱用した、といったものがある。本書ではこういった考え方とは別に、陸軍の中央は官僚組織として動いていたことを解き明かそうとする試みが行われている。この時期は、2・26事件を経て統制派の中堅幕僚達が陸軍の中心に台頭していたこともあり、軍中央はより官僚的になっている。<br>

    著者は、第二次大戦期の国家戦略における不備の理由の一つに整備されすぎた組織をあげている。日清・日露戦争、第一次大戦においては、組織として不備であるが故に、大本営等の臨時機関が組織の潤滑油として機能したのに対して、第二次大戦中は肥大化した官僚組織が、陸軍の各部門、あるいは陸海軍間、軍と政府間に齟齬をきたし、意思統一を欠いてしまった、と指摘している。<br>

    多くのエピソードが細かく語られていてどれも非常に興味深い。<br>

    連絡会議を重ねる過程で作文と呼ばれる、陸軍内の各部署間や、陸軍と政府間に存在する意見の不一致がそのまま行動方針である『国策要綱』に両論併記されていき、自縄自縛になっていく過程。その自縛を解くものとしてハル・ノートを「天佑」であり「慶賀すべきこと」と幕僚達はとらえる。<br>

    「蒋介石相手にせず」と声明を出し汪兆銘政府を支援する政府の方針に反して、陸軍は独自に蒋介石と交渉を行おうとするくだり。<br>

    悪名高い関特演にしても、中期に渡って細かい経緯を追いかけることで、なぜあんな愚挙を行ったかの詳説が行われている。会議を重ねる中で、海軍の提案を基に「戦争決意とは別に戦争準備を行え」との方針が支配的になっていく。海軍にとって「決意」と「準備」は別個ものであり、「準備」とは軍艦の編成や整備に手をつけるだけなのに対して、陸軍にとって師団を編成し補給を整えるといった「準備」は即「決意」を意味したため、この当面の方針に対して陸軍幕僚達にストレスが溜まっていく。例えば、強硬派の軍務課長であった田中新一には、海軍は「戦争準備」を口実に予算と資材の獲得を狙っているようにしか見えなかった。そして、関特演でここぞとばかりに暴走をすることになってしまう。<br>


    それにしても、時として「官僚」であった陸軍幕僚達の国際情勢の分析が非常に正確であることに驚かされる。開始された独ソ戦に対して、軍務局では以下のように分析する。<br>
    「独軍はソ連の東方深く進入するであろうが、領土の広大さ、物資の豊かさ、さらには一党独裁の政治組織が強靭なことから、屈服することはなく、支那事変のような戦争形態となるだろう 」P.P.81<br>
    当時の参謀本部や陸軍省を占めていた、エリート将校達の多くは海外赴任経験を持ち、精神主義より合理主義を尊んでいた。そんな彼らが無謀な対英米開戦へと突き進んだ理由の一つとして、本書は陸軍の教育課程での対ソ戦を想定した戦術教育の重視と、英語教育の軽視を指摘している。結果、幕僚達は、局面の政局分析には高いものを見せつつも多くは大局論を持ち得なかった。そして、アメリカに対する無知は、民主主義を意思統一を欠いた政体と見なし、アメリカの軍事、国力等を軽視するといった思考に繋がっていく。<br>

    本書末尾を飾る、対英米開戦を経た幕僚達の反応が非常に特徴的で本書のテーマを体言するものになるので長くなるが引用しておく。<br>
    「真珠湾攻撃を含め、開戦当初の成果は予想を上回るものであった。しかし作戦幕僚たちは、決して英米との戦争が短期間で終了するものとは考えなかった。アメリカは軍備において対日優位を確立するまで決戦を避けるだろうし、また日本海軍が短期決戦を挑んだとしてもアメリカを屈服させることは不可能であり、従って『長期総力戦』は避けられない、という判断は開戦の三ヶ月前からのものであった。アメリカの屈服が不可能とすれば、この戦争をいかに終結に導くのか。その鍵はイギリスと重慶政権(蒋介石政権)の打倒にあった。(中略)しかし、まず重慶政権の打倒については確かな屈服手段は見当たらなかった。残るイギリスの屈服は、もっぱらドイツの力に依存しなければならなかった。」P.P.203<br>

    正鵠を得た戦局の分析にほとんど先行きの見通しのが無い、という異常な状態で日本は対英米戦争に踏み出したのである。

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