源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

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  • 朝日新聞社
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レビュー : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022599209

作品紹介・あらすじ

『源氏物語』を生んだ一条朝は、紫式部、清少納言、安倍晴明など、おなじみのスターが活躍した時代。藤原道長が権勢をふるった時代とも記憶されているが、一条天皇は傀儡の帝だったわけではなく、「叡哲欽明」と評された賢王であった。皇位継承をめぐる政界の権謀術数やクーデター未遂事件、当時としてはめずらしい「純愛」ともいうべき愛情関係。ドラマチックな一条天皇の時代を、放埓だった前代・花山天皇の、謀略による衝撃的な退位から書き起こし、現存する歴史資料と文学作品、最新の研究成果にもとづいて、実証的かつ立体的な「ものがたり」に紡ぎあげる。『源氏物語』が一条朝に生まれたのは、決して偶然ではない。

感想・レビュー・書評

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  • シブ知、5・9

    『源氏物語の時代』という題だが、別に『源氏物語』の内容に大きく踏み込んでいるわけではない。定子(清少納言が仕えていた)と彰子(紫式部が仕えていた)、二人のキサキをもつ一条天皇の生き方や、定子・彰子との関係、当時の政治的状況などを、古典作品によってよみがえらせ、記述したもので、どちらかといえば、『源氏物語』(や『枕草子』『大鏡』など)を読む際に必須の背景知識だという位置づけである。

    実際に、筆者もまえがきで述べているが、たとえば、『枕草子』に描かれた、華々しい後宮のエピソードから、清少納言は自身の才能を鼻にかけた自信家、という人物像をイメージする人は多いだろうが、なぜ清少納言はその「華々しい後宮」を描いたのか、とか、紫式部が『源氏物語』によってどのように彰子を支えたか、など、学生時代にこれを知りたかった!と思うことが多く、読む価値のある一冊だった。

  • 読書の楽しみの一つは、それまで何の疑問も持たずにいた既知の事柄や常識を、その道の専門家の明快な語り口で、鮮やかにひっくり返されてしまうことだろう。

    枕草子、源氏物語を生んだ一条帝の御代。通常は、藤原道長や清少納言、紫式部を主人公として語られることが多いが、彼らの中心に位置する一条帝を主体として置いたことで、これまで見えてこなかった事実が明らかにされる。

    定子と一条帝の悲恋と復縁が、桐壷の巻のモチーフになっていることや、源氏物語が一条帝と彰子を結ぶ絆だったのではないかという見立てなど、ページをめくるごとに、きれいに打ち負かされる爽快感を味わう喜び。

    読書の楽しみを堪能させてくれる一冊である。

  • 山本淳子さんは以前、源氏物語についての対談集を読んだときに知り、すっかりファンになりました。

    この本は、源氏物語が生まれた時代背景を学べるよう当時の事件と、天皇と后達の生き方についてが解説されています。

    源氏物語が生まれた時代は一条天皇の時代。
    紫式部や清少納言、そして藤原道長が有名ですが、このお三方の陰に隠れてあまり脚光を浴びていないのが一条天皇とその妻、定子と彰子です。
    定子&清少納言 VS 彰子&紫式部 という構図は有名ですが、定子亡き後に彰子が入内ですから実は時代は被ってないんですよね。
    ってそのあたりまでは道長の本を読んで知っていたのだけど、彼女たちの性格や生活なんかはこの本で初めて知りました。

    定子は、受領層出身だけど教養の高い女性。彼女にとって漢文は窮屈な学問ではなく、堅苦しくも小難しくもない、日常を豊かにする華やかな娯楽だったのです。
    そして、そういう文化を持つ中関白家の気風は後宮に影響を与え、当時は清少納言のように積極的に自分の意見を言う女房がもてはやされました。一世を風靡した中関白家文化に影響を受けた女房たちは派手な風流、当意即妙、気の利いたおしゃれな会話・・・こういうものがよいものとされる時代だったのです。
    そんな定子が亡くなった後、中関白家に代わって台頭してきたのが藤原道長一族。
    道長の娘彰子は皇室の血を引いている自尊心と品格の人です。
    彼女には、ざれた振る舞いだけでもはしたないと感じられたことでしょう。これをトラウマとして、彰子は定子とは対極的なところに自分の性格を作り上げていきます。
    自己主張は抑える、出来るだけ目立たないように。結果として彼女の後宮は、上品だけど消極的、無難なだけで面白みに欠けるものになってしまったのです。
    このようなサロンの雰囲気がそのまま、清少納言と紫式部の性格の差にもなるんですね。

    もっというと、貴族たちの栄枯盛衰を目の当たりにしながら、一条と定子の純愛を、彰子の愛を、紫式部は三人の試練を通じて考えたのではないか、人の愛や執着とはどのようなものなのか、物語を通して繰り返し検証したのではないか、それが源氏物語につながったと結論付けています。

    山本さん、やっぱりわかりやすいし見解も素晴らしい!
    かなり勉強になりました☆

  • 平安時代の藤原家による摂関政治華やかなころ、藤原道隆がその娘定子を、道隆の弟道長は、その娘彰子を一条天皇のもとに入内させ、次代の天皇の外祖父となり政治の主導権を握ろうとする。それぞれの后が天皇の寵愛を得るため、後宮で有能な女房を配してサロンを設けた(実家の威信を示すためのものでもあるが、優秀な女房を持つことはその主人である后自身の格が高いということを意味し、その教養や趣味の良さなどにより天皇の関心を引くことも含まれていた)。その中で生まれたものが定子のサロンでは清少納言による「枕草子」、彰子のサロンでは紫式部による「源氏物語」である。

    このような基礎知識は日本史の教科書を読めば直ぐにでも得られる。
    しかし、上記の説明は通り一遍のものでまさに教科書レベルでしかなく、本書には驚きの事実が書かれていた。

    第一に、定子と彰子の后として後宮にいた時期はほとんど重なっていない。
    定子は990年に入内し、1000年12月に死亡しているのに対し、彰子は999年11月に入内している。約1年しか重なっていない。とはいえ、1000年2月には彰子が中宮となっているので、言わば「正室」が二人という異常事態は約10ヶ月は存在していたことになる。

    第二に、「枕草子」と「源氏物語」は同時期に競い合うようにして執筆されたわけではない。
    第一の点からも推測可能だが、「枕草子」は、定子の父藤原道隆が死亡した後、996年にその息子伊周と隆家が失脚したことに伴い、一時期定子が後宮から離れていた時期、清少納言も自宅に引きこもっていて、その頃に執筆を始めたと考えられている。その後、少なくとも書かれた内容等から1009年頃までは書き継ぎ作業を続けていたと考えられている。
    一方、「源氏物語」は紫式部が彰子のもとで働き始める1005〜1006年よりも前、1001年の夫の死亡後に寂しく空しい時間を埋めたのが趣味の物語とされ、この期間に誕生したのではないかと考えられている。もっとも、この数年間ですべてを書き上げたわけではなく、その後の出仕期間に得た様々な経験をも元にしながら大作を完成させたものと見られている。

    最後に、定子は一度自ら髪を切り、出家している。
    一番驚いた事実はこれだ。だからこそ、出家した以上天皇家の神道由来の祭事は行えないからいう理屈で彰子を中宮にしたらしい。
    996年の定子の兄弟伊周・隆家の失脚・配流にショックをうけた定子は、発作的に自ら髪を切り出家している。しかもその時、一条天皇の子供を妊娠していた。その後も一条天皇は定子を愛し続け、結局呼び戻し、更に2人の子供を生ませている(うち一人は男児)。しかし、さすがに内裏の中に住まわせることは憚られたのか、区画上は内裏の外、通りひとつ隔てた「職御曹司」といわれる場所に住まわせたようだ。つまり、一条天皇にとって定子はかけがえのない存在で、如何に他から非難を受けようとも傍におきたかったということだ。

    これらにとどまらず、この時代がどのようなものであったのかということをなぞっている。本書は、「資料と学説のみに立脚し、あくまで<伝えられてきた>一条朝の再現を目指し」たものとされているが、歴史小説のように読める。

    一条天皇と定子の関係は、当時ではほとんどその概念すらもなかったであろう「純愛」であり、「人のそしりもえ憚らせ給わず」というほどの思いは、「源氏物語」の桐壺帝の桐壺更衣に対する寵愛と符合する。外的な状況のみならず、天皇という立場ゆえに、妻の実家の政治力に応じて尊重しなければならないこと、男児をもうけなければならないことに対して、その道理を超えた感情を持つことの苦悩という精神的なものも符合すると、本書では指摘している。
    一条天皇の定子への「純愛」ぶりを示すのはその辞世の歌である。

     露の身の草の宿りに君を置きて 塵を出でぬることをこそ思へ

    これは、死の床で出家した一条天皇が詠んだもので、誰に宛てたのか定かではない。が、定子の辞世「煙とも雲ともならぬ身なりとも 草葉の露をそれと眺めよ」への11年を隔てて詠まれた返歌であると解釈することが可能だという。定子は「草葉に下りた露」を自分であるといい、一条天皇はその「君」を俗世において出家する悲しさを詠んでいるという。しかし、この歌を最も間近で聞いたのは彰子であった。彰子は、一条天皇の死後60年以上生き、当時としては珍しく87年の天寿を全うした。

    ところで本書とはあまり関係ないが、「源氏物語」の恐ろしさは、「藤壺」にあるだろう。桐壺帝の女御で桐壺更衣の面影を宿す藤壺と桐壺更衣の遺児光源氏との密通、その後藤壺女御は懐妊、男児を産み、その子が後に東宮、天皇となる。これは天皇家に対する不敬以外のなにものでもない(物語だから良いのかもしれないが・・・)。それを、彰子のみならず天皇にも読ませるとは、恐るべし紫式部。

  • 一条天皇と二人の中宮・定子と彰子。それぞれに仕えた清少納言と紫式部。よく知られた名前ではありながらあまり詳しく知らずにいたので、読むごとに具体的なイメージが立ち上がってきて興奮した。これは定子のファンにならざるを得ない。一条帝も素敵だ。清少納言も紫式部も彰子もそれぞれにいい。史料をもとにしながらもそこから妄想をめぐらせる熱っぽい語り口。思わず涙がにじむ箇所も。この後に源氏物語や枕草子を読むとまた全然違う読みになるなぁ。

  • 読み進めるたびにぐいぐい引きつけられました。
    面白いです。

    定子が一条天皇に大変愛されたことは,多くの小説で題材として取り上げられていますが,本書はその背景事情にも踏み込んでおり,なるほどなあと思いました。

    個人的には,一条天皇と定子の長男敦康親王が東宮になれなかった事情が気になっていましたが,本書はその点にも触れており,良かったです。

    文庫化されたら是非手元に置きたい本です。

  • 興味深く読んだ。

  • 学術書ではあるが “物語” 。
    【高校生が引き込まれる副読本】 であり、【物語によみふけるうちに、自然に基礎知識が身につくサブテキスト】 。
    http://blogs.yahoo.co.jp/rrqnn187/12748155.html

  • タイトルどおり。
    史実にこだわりすぎることなくこの時代のおもしろさを解説してくれている本。
    情感がつたわる。

  • 源氏物語がうまれた歴史の背景がよくわかる。
    やや定子よりではあるが、わかりやすくおもしろい。

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