新聞記者 疋田桂一郎とその仕事 (朝日選書 833)

制作 : 柴田 鉄治  外岡 秀俊 
  • 朝日新聞社
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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (293ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022599339

作品紹介・あらすじ

「管理職にしては惜しいと考えられた大記者」疋田桂一郎。鋭い批評眼からの的確な洞察で知られる彼は、どのような記事を書き、どのようなコラムを残し、そして、新聞報道についてどのように考えたのか。洞爺丸台風(1954年)、伊勢湾台風(1959年)、三池争議(1960年)など、戦後史上の大事件についての報道記事。ソ連、韓国、ベトナム、アメリカなどを取材対象にしたルポ。さらには、当時の社会に大きな衝撃を与えた、東大生山岳遭難検証記事。疋田記者による、朝日新聞の、これらのさまざまな記事を収録し、当時の新聞報道の実際と息吹とを再現する。さらに、70年代に執筆を担当した「天声人語」からの選りすぐり44編を収めるとともに、新聞取材と報道の本質を徹底的に追究して、ジャーナリズムの世界に大きな影響を与えた「ある事件記事の間違い」を全文収録する。

感想・レビュー・書評

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  • 記者の仕事の参考のため、図書館で借りる。「朝日新聞の文体を作った人」と呼ばれた名物記者の記事と記者と発言が半々で掲載され、タイトル通り、その仕事の内外を示した本。何かを伝える記事を書くに当たっての教科書のような本。真水のような文章を目指して予断なく事実を集め、多面性を重視した上で、なお滲み出る熱情を抑えぬことで、質実剛健ながらも面白い記事が出来上がるのだと感動した。個性とはこのように示すものだなと憧れる。

  • メモ
    職業としての野次馬
    取材に行く前に仮説を立てる、仮説がひっくり返されればそれが発見になる
    記者とは、職業ではなく生き方を表す言葉なのかもしれない
    警察発表をまず疑う→裏付け取材

    矛盾だらけの事件報道が何人の被疑者を殺してきたのか?
    警察発表と距離を取った記事の書き方とは
    わからないと書くことは、その他の情報の正確さを担保、記事全体の信頼を高める

    記事評価における各新聞社間の取材競争の無意味さ


    人の心を打つような文章とかいうものは、必ず材料が素晴らしいものである結果そうなるのであって、その逆ではない。
    無味無臭、真水のような文章。
    それらしい言葉を持ち出しさえすれば、何か事柄を説明できたと思うのが甘い。何枚かの鏡に映し出す努力をする。

    一体何がニュースなのかということをもっと疑えば。

  • 逗子図書館で読む。期待が大きかっただけに、失望も大きかったです。文章はうまいですが、現在の水準で考えると、薄いという印象です。昔は良かったという話は大抵嘘です。

  • 朝日新聞社の「伝説の記者」疋田桂一郎への追悼の意を込めて、新聞記者時代の仕事を集めた本。
    もっとも印象に残ったのは「新聞文章の(まるかっこ)“ちょんちょんかっこ”考」という文章だ。新聞記事の中で使われる(まるかっこ)について疑問を投げかけたもので、たとえば「同氏は『レーガン政権が(カーター政権と比べて)核戦争回避への熱意に欠ける……』と述べ」というようなかっこの使い方をするべきではないと指摘している。この記事は1対1のインタビューで、かっこはインタビュー相手の発言を補うために使われている。話しことばの場合、前後の文脈が明らかに分かるために上記のように省略されることがよくあり、その部分だけを抜き出すと分かりづらくなる。そのような場合に、読者が読みやすいようにと、記者の判断でかっこの補足をつけたりする。疋田記者はこのような場合でも、読者は大体の文脈はわかるだろうから、なるべく勝手な補足はつけるべきではない。それよりも記者が勝手に補足して記事が本来の意図とは違うものになってしまうことの方を恐れるべきだと指摘しているのだろう。もしどうしてもかっこ内の文章を入れたいのならば、インタビューの際か、あとからでも聞き直せばよい。疋田記者の指摘を読んでなるほどたしかにその通りだと思った。しかし残念ながらこのかっこ用法は今も新聞紙上にあふれている。
    疋田記者は「ものごとに疑問を抱く」というジャーナリストの原点を地でいく人だったと言える。その疑問は当然、新聞そのものにも向けられた。マスコミ不信が強まる今、疋田記者の指摘は本質的な問題を提起している。ジャーナリズムの原点の書だ。

  • 2011 5/22読了。Amazonマーケットプレイスで購入。
    @ceekzさんが図書館情報学チャンネルの放送中(http://project-lie.org/?p=148)に推薦していた本。
    疋田桂一郎という朝日新聞の著名な記者による記事のうちいくつかを、編者らが選んで収録した本。
    「よい新聞記事とは」あるいは新聞報道のあり方について、新聞記者ら自身がどう考えているかを知る手がかりになるのでは・・・とのことだったので読んでみた。
    思いのほか主観的な記述が多かったり、一方で事件報道のあり方について問題点を指摘しながら対応について書いているなど、なかなか面白い。
    本としてまとめられた新聞記事を一気に読む、という経験自体初めてだが、無味無臭な文がいい・・・って言っている割には味があるよなあ。

  •  毎朝届けられる『朝日』が、日本国中を照らしていた時代がかつてあった。その頃、疋田桂一郎は朝日新聞のスター記者だった。先生たちから文章の手本だと言われて読まされた『天声人語』は、確かに輝いて見えた。新聞というメディアも朝日という新聞社も、今では想像できないほど巨大で、私たちの中にまで差し込んでくる光であった。かつては。

     文章の玄人にも素人にとっても、かつての新聞は「書き方」のお手本だ。とくに相手に意味が伝わる「達意の」文章の極めてよいお手本だと思う。
     今日は文章でも、一般のコミュニケーションでも「通じない」話を書いたり話したりする人が多すぎる。例えば学校の先生。教わる立場から見ると、聞く方が解らない話をどんどん先に進めてますます解らなくする先生、逆に解り切っていて全く興味の沸かない話を延々と繰り返す先生。10人中9人か、極端には20人中19人はこういう通じない授業をする。「KY」と書いて空気が読めないというが、通じないのは聞き手の空気を読めずに独りよがりの話をしているからだ。

     本書の中に、疋田桂一郎が部下の若い記者に伝授した記事の書き方のコツが随所に出てくる。ひとつだけ紹介する。
     「記事を書く場合に、読者にとって未知のことは2割でいい。8割のことが既知であれば、読者は楽々と道行きを楽しみ、自分の記憶を確かめながら文章を味わえる。2割の驚きがあれば、満足感が得られる。これが逆だと、読者はせっかくの発見も味わうこともなく、読むのをやめてしまう」
     読者の「空気」を見事に読みきっている。文章に限らずコミュケーションのあらゆる場面で通用する「極意」だと思う。30年以上前に、高校生だった私が毎朝味わった「眩しさ」はやはり本物だったことが今更ながら良くわかる。

     こんなに輝いている文章は、今新聞の中にはない。

  • 「朝日新聞の文体をつくった」と言われた方だそうです。

    2008年1月6日の朝日新聞・朝刊・書評欄。
    書評の著者は建築史家の橋爪紳也氏。

    引用の引用ですが。

    《「日本の社会は何かあると雪崩現象を起こし、一方向に流れやすい。新聞はこれに待ったをかけることが大事だ」と述べ、「ものごとをより多角的、多面的な鏡で乱反射させなければ、今日の読者は満足してくれない」とも主張した。》

    これはわが編集部の「こうありたい」というものでもありますね。

  • 自社夕刊紙面掲載の事件記事の検証は秀逸。新聞記事の在り方を問う姿勢は、現在の新聞記者にも持って欲しい。

  • 「ある事件記事の間違い」が印象的だった。また読み返したい。

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