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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784022601766
みんなの感想まとめ
沖縄の歴史や文化を深く掘り下げる旅の魅力が詰まった作品で、司馬遼太郎の独自の視点が光ります。沖縄の神々や古い日本語に触れながら、海が持つ神聖さについて考察が展開され、南波照間島の存在意義にも思いを馳せ...
感想・レビュー・書評
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司馬遼太郎の世界というか、
その史観は、おもしろいものをもっている。
沖縄の神々は、砂漠の民の神が天からくるのとは、
違い、海から来る。
古い日本語でも、宗教的な空のことを
アマ(アメ)と言い、同時に海をアマというように、
海というのは神聖者が渡来してくる道なのである。
神聖者が渡来するには、出発する島がいる。
南波照間島は、そういう理由で
現出してきたものであるかもしれない。
沖縄を知るには、困難さが一つある。
沖縄のほかに、「沖縄問題」という
もう一つの世界がある。
論じられている沖縄という実体があるかの
ようなないかのような厄介者を
避けて通るわけにもいかず、
かといってそれらの論旨にいちいち
ひかかってゆくのは、私の旅の趣旨ではない、
さらにやっかいなことに、
私の中にも沖縄問題があることである。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
竹富島には当時司馬遼太郎が泊まった宿がまだあります!
戦前の首里がかなり良い町だったということを初めて知りました。戦争がなければ京都と並んで美しい街並みだったとか、、残念、、 -
評判が良かった本だったので手に取ったが、やはり、司馬さんは小説がいい
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那覇から石垣島、宮古島の旅のお供に。
なぜか須賀画伯の糞尿話と花酒の話が心に残ってしまった… -
沖縄といえば華やかな観光地か、戦争中からそれ以降続く特別な状況のどちらかしか印象がなかったのですが、本書はずっと過去に遡って全く知らなかった歴史を楽しく分かりやすく紹介してくれました。
本土よりも古代日本の伝統や文化が部分的に残っていたり、一方で現代人には想像もつかない台湾や大陸との関係があったり、歴史的な時間軸見ると驚くほど最近まで金属を使わない原始的な生活をしていたことなど、こんな本を読んでしまったおかげでリゾート以外の目的で先島諸島へ行きたくなりました。 -
沖縄って日本というか、国という制度そのものを考えさせてくれます。
この仕組みがなければもっと平和なんだろうか?でもこの仕組みの希求が人間社会そのものでもありそうだし、ここからくる悲喜全てを受け入れるしかないのか。
司馬遼の口調も朝鮮紀行に続き、若干の苦渋を感じさせてくれます。 -
沖縄に行く。
はっ!沖縄行くのに沖縄の事ほぼ知らない。
気づいて慌てて探すも普通に書店に行って見つけられたのが本書だった。
結局、飛行機の中で読んだ。
残念ながら、先島諸島を訪れる余裕がなかった為確認する事はできなかったのだけれど、司馬さんが訪れたほぼ40年前とは変わってしまっているんだろうか。
機会があれば、是非そちらの方にも足をのばしてみたい。 -
司馬遼太郎先生の「街道をゆく」シリーズ。紀行エッセイの最たるもので有りながら実はあんまり読んでない。ちゃんと読んだのは「台湾紀行」ぐらいでそれも大分前。司馬遼太郎もちょっと偏った見方をすることがあるので、何となく読んでなかった。でも読まない理由も無いので何となく手に取った。相変わらずの司馬節で、おいおいそれはちょっと違うんじゃないかと突っ込みたくなるところも複数有れど、鋭い視点も多く改めて読む価値有り。この琉球編は74年の旅、復帰直後なので今の沖縄とは大分異なるが、薩摩藩>琉球王朝>先島の搾取の構図を的確に指摘している。このマインドセットは、今の安倍政権と同じ?面白く読めたのでしばらくこのシリーズも追ってみます。ちなみに43作目、東海地方を廻った「濃尾参州記」がご本人の絶筆。そこまで辿り着けるかな…?
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近々石垣島旅行に行くので、それに先だって、歴史の勉強も兼ねてってことで。これが書かれたのが1970年前後みたいなので、そう考えると当然な気もするけど、石垣島(描写があるのは川平辺りのみ)、竹富島、西表島の、それぞれの未開具合にびっくり。自分が前回行ったときと比べても、隔世の感あり。前回は竹富島には渡って西表には行かなかったけど、今回は西表も行く予定。でも、毒グモが出ると聞かされると、ちょっと二の足踏んでしまってたかも。田舎で生まれ育ったし自然は好きなんだけど、都会暮らしが長くなっているせいか、野生度が落ちてます(苦笑)。まあ、こんな時代もあったんだなぁということで、自分としては、現状の先島を存分に楽しみたいと思います。
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2015/02/05【古】108円
また沖縄を好きになった
P24
島津の琉球侵略後、また明治の琉球処分(廃藩置県)後、日本とくっついてろくなことがなかった
伊波普猷(イバフユウ) 1876.3.15~1947.8.13
沖縄出身の民族学者、言語学者、沖縄学の父と称されて
琉球藩那覇西村(現:那覇市)出身
比嘉春潮(ヒガシュンチョウ) 1883.1.9~1977.11.1
沖縄市の研究者、社会運動家、エスペランティスト(※職業者、主義者)
中頭郡西原間切翁長(現:西原町)出身
沖縄返還の実現のため活動に務めた
日本の国家というのは、明治4年の廃藩置県で誕生した。それまでに歴史的日本というのが存在したが、それが近代という意味でいう国家ではないことは言うまでもない。
それまでの日本は二百数十個の藩にわかれていて、それぞれの独立性はさほど弱いものではなかった
琉球処分とよばれる廃藩置県は明治12年
「沖縄諸島に日本民族が姿を表したのは、縄文式文化の昔であった。この頃北九州を中心に東と南に向かって大きな民族移動が起こった。
この移動は長い年月の間に幾度と無く繰り返された
そしてここに言語、習俗を日本本土のそれと共通する日本民族の一支族(沖縄民族)が誕生する」比嘉春潮
沖縄人の由来について、これほど完結に述べられた文章はまれといっていい。
琉球には250年にわたって薩摩藩から受けた痛烈な被搾取の歴史がある
廃藩置県の効用として一種の奴隷解放であったと伊波普猷はとらえている
太平洋戦争では地上戦で15万人の県民と9万人の兵隊が死んだ。
「鉄の暴風」(沖縄タイムス刊)
洗浄における事実郡の収録を読んだ時一晩眠れなかった
ー司馬遼太郎ー
沖縄人の大人的な感受性の優しさというのは、明の文章にも李朝(朝鮮)の文章にもあるほどで、アジアでは定評のあるものなのです。
昭和3年3月1日発行「史学雑誌」戴編第3号にに秋山謙蔵が「Goresは琉球人である」という第で発表している。
※秋山謙蔵 1903~1978日本史学者
ゴーレスとは・・・文献上で謎の民族
マラッカ(マレーシアの港町)にやってくる謎の民族
生糸、ニシキ、小麦、陶磁器、銅、ミョウバン、砂金、金貨
ブラシウスが書いた父の文献のなかに
「ゴーレスト呼ばれる人々は、本国の事情を秘し、しかも信義を重んずる念が強く、一面豪胆でアラッカにおいておそれられていた」
沖縄の万葉集「おもろさうし」
「終戦後糸満では人身売買がありました」
労働力が足りなくて16歳ぐらいの男の子を買ってきて、船に乗せた。買われた男の子たちも差別を受けたわけでもなく、立派に家庭をもって糸満のよき中堅になっている。
石垣
宮良殿内 殿内とは氏族の家敷
沖縄の古い名園
那覇の「識名園」は戦争で壊滅
現在の識名園は復元である(2000年12月世界遺産)
フクギ(福木)の木
沖縄一帯で防風林につかわれたり、建築材料、または樹の皮を剥いで、びん型の鮮やかな黄色の染料がとれる
原産地はインド
沖縄の鉄製における鉄器の普及は14世紀、それまで石器、土器時代だった
琉球王朝ができたのは15世紀(室町時代)
星の砂=ヒトデの残骸
琉球は中国船の技術を取り入れ飛躍する
幕末の薩摩藩が遠洋用の大船をつくっているが、船体の構造は琉球船から学んだ
幕末において琉球船のほうが進んでいた
沖縄の神道は本土の原始神道と同じ
日本の原始神道の斎主が女であったように、神の前では女がより神に近く、男はより遠い
祭具である勾玉は王府から下賜され、白衣を着、白馬に乗り、勾玉を持つ祝女(ノロ)は卑弥呼を連想させる
泡盛
タイからきた
尚円王か尚真王の時代(1470~1519年)と推測されている
東恩納寛惇の説ではシャム(タイ)のラオ・ロンというお酒とその製造法が伝わったという
薩摩の焼酎は泡盛麹でつくるのが特徴だから、琉球から伝来したのだろう
※東恩納寛惇(ヒガシオンナカンジュン)1882.10.14~1963.1.24 日本の歴史学者 那覇出身
なんか薩摩キライになったわ -
沖縄の人の優しさに比べ、本土人(日本人)の性悪さがめだつ。空港便所の大便の一件から、今も昔も変わらぬ本土人の悪評に憂いを覚えた。
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14/7/1読了 20/3/17再読
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沖縄をゆく。
日本と関わっていいことがなかった。というのは大阪人も、ほかの地方の人も一緒だろう
というのは確かにそうかもしれない。
沖縄人と知り合って、ものすごく日本だなぁと思った印象があり、それに比べると私のほうがよっぽど日本人ではないような気がした。 -
2013.08.06 読了
沖縄旅行を前に読了。
メインは先島であったため、本島旅行の僕にとってはもう一つだったが、日本人のルーツ考察は興味深いものだった。 -
私が社会人になった昭和49年に週刊誌に連載された作品です。沖縄が米軍統治の時代に、沖縄は本来、日本領なのかという、今、聞かれるとドキッとする様な議論がアメリカや沖縄の中であったことに、興味深く感じました。平成25年の沖縄で、この本に対する思いを聞いてみたいものです。冗談ですが、中国語訳にはしない方が良い本です。
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沖縄戦が重い。
鉄器の伝来ともに生産力が上がり、人口が増えた反面、琉球や薩摩の収奪の対象にされ、その古代が終わったらしい。プロコンあるのだろうが、物悲しくある。 -
映画やドラマのロケで地方に行くときに、その地方の「街道をゆく」を持って行くと言っていたのは堺雅人氏だったはず。それに倣ったわけではないだろうけど、数年前家人が旅行の際買い求めていた本。
ちなみに私は司馬遼太郎が読めない。最後まで読めない。坂の上の雲然り、菜の花の沖然り、なんと、あの上下巻の燃えよ剣でさえ…。
しかし、これは本当に面白かった。旅行に行く前に読んでいたら、旅の印象も変わっていただろう。
旅の同行人の須田氏がいい。波照間の女の子もいい。最後へ来て同行編集者のH氏もいい。司馬氏の目は、公平で、優しい。こういう目を持った人が書いた作品だ、と思えば最後まで読み切れるかもしれない。
これは、友人にまた聞きした話。世には、もう新作の出ない司馬氏の本を読んでしまうのは、どうにももったいなくて、少しずつ惜しみながら読んでいるという人もいるらしい。
・・・その域には、私ははるか及ばない・・・。 -
沖縄や八重山諸島のお話。。
出雲編でもでてたけど(というか古代史には必ず関わる)
鉄と文明の関連性の話と沖縄が戦争や廃藩置県により展開する
沖縄の独立論への冷静な分析はおもしろかった。。
明治の廃藩置県で沖縄だけにかぎらず初めての中央集権国家である明治政府により地方はどこも独自の言語や地域性を
奪われていると。。 -
司馬遼太郎ってこんなユーモアのある文章を書くんだということを発見した。それから70年代というのは、今から思えば大変な時代だったんだと思う。それは、かつての日本が、あちこちで見られたということと、69年をすぎてもまだまだ政治の季節だったんだということだ。そういうことで、司馬の保守性も目立っている。今沖縄に行ったら、司馬の旅した時代からどう変わっているのだろうか、楽しみである。
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