ベトナム戦記 (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.69
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本棚登録 : 514
レビュー : 67
  • Amazon.co.jp ・本 (300ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022606075

作品紹介・あらすじ

この本は1964年末から65年初頭にかけて、開高健がサイゴンから「週刊朝日」に毎週送稿したルポルタージュを、帰国した開高自身が大急ぎでまとめて緊急出版したものである。

感想・レビュー・書評

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  • 開高健はベトナム戦争がなぜ起きたか語らない。どちらが悪いのかも語らない。ただヘルメットをかぶって、ベトコンの狙撃兵に怯えながら、兵隊と一緒に地べたを這いずる。その低い視点で見た戦争こそ、戦争を戦っている兵隊たちの目に映る戦争なんだろうと思う。それは悲しく、アホらしく、悲惨を通り越して滑稽ですらある。

  • これは「ジャーナリストによるルポルタージュ」ではなく、「小説家によるルポルタージュ」だと思う。本書で伝えている事が私的な感想レベルに留まっているのだ。これは本書が書かれた時期(1965年)にもよるものもあるだろうし、半世紀近くたった2012年現在からみての読後感なので、出版当時の反響・評価とは異なるだろう。
    だけど、ベトナムへ行っているのに、ベトナム語は喋れない&通訳もつけないで、その国のことを取材しようだなんて、それで本当に何がわかるというのだろう?

  • ベトナム戦争の最中、著者自らが現地入りして部隊に合流し、時には地獄の最前線にその身を置いて何とか生き延びた上で作成されたリアルな戦場レポート。ちなみに本書は現地の状況を刻々と綴っているのみで、ベトナム戦争の原因、意義、主張等は一切記述されていない。

    いずれにせよ許容せざるを得ない戦争なんて絶対的に存在しないし、その例外もない!!!
    そして銃器ってゆうものは、戦争然り、最近の乱射事件然り、凶悪犯罪しかり、人間を破壊し、生み出すのは憎悪のみでホントろくなもんじゃないなって最近つくづく思う。

  • 釣り好きの好々爺。歳若い知人の、開高健に対する印象は
    これに尽きた。その好々爺も、はるか昔、戦場を目の当たり
    にした作家だった。

    「ベトナム人でもなくアメリカ人でもない私がこんなところで
    死ぬのはまったくばかげているという感想だけが赤裸で強烈で
    あった」

    ベトナム戦争である。ある世代には強烈な印象を植え付け、
    ある世代には「間に合わなかった」と思わせ、ある世代に
    は既に歴史の教科書に載るような戦争である。

    私は「間に合わなかった世代」である。だから、ベトナム戦争
    に惹かれるのかもしれない。事実、私の祖棚にはどの戦争より
    もベトナム戦争関連の作品が多く鎮座している。

    本書は高校から専門学校時代にかけて、何度も読み返し、その
    後も折に触れて再読して来た。あまりにも手に取り過ぎてボロ
    ボロになっているので、この際、処分しようかと思って読み
    始めた。

    やっぱり捨てられない。既に古典的名著と言ってもいいだろう。

    1964年末から1965年にかけての約100日、南ベトナムに滞在
    し、現地の人々と話し、路地裏を歩き、テロの現場を見、仏教徒
    による抗議の焼身自殺を目撃する。

    圧巻は南ベトナム政府軍の大隊がベトコン制圧を目的とした作戦
    に従軍した際の顛末だ。この作戦での体験が、著者に強烈な印象
    を受け付けただろうことが伝わって来る。

    そして、ベトナム戦争での体験が後の小説『輝ける闇』『夏の闇』
    に繋がって行く。

    デイヴィット・ハルバースタム『ベトナムの泥沼から』、ニール・
    シーハン『輝ける嘘』と並ぶ良書だと思う、ただ、このふたりは
    ジャーナリストだが、開高健は作家だけに事実そのままではなく
    脚色もあるのでは…と感じる部分もある。

    余談だが、私は普段「ヴェトナム」と表記するのだが、本書の表記
    に準じて「ベトナム」と書いて来た。でも、「ヴェトナム」の方が
    落ち着くんだわ。

  • 骨太で、語彙が簡潔で読み易く、レポートとしては
    文句なしに素晴らしい文章。

    オーパーもこの流れだったよなー。
    オーパーでも出ていた、ベトナム戦争で生き残ったときの
    話はこれだったのかと、とひっそり思い出す。

    しかししかししかし、いかんせんネタとしては古すぎた。
    50年前に読みたかった。

  • ウィキペディアによると従軍して最前線に出た時200名のうち生き残ったのは17名だったと言う。まさに命懸けの取材だ。

  • 1

  • 本書は開高健氏が1964年末から65年初頭にかけてサイゴンに滞在した体験を纏めたルポである。当時はベトナム戦争の泥沼化も始まる前であり、そもそもベトナムに関する情報も少なく、「週間朝日」に草稿した開高氏のレポートは大変貴重なものであったといえよう。

    表紙の写真から察して硬骨な社会派ルポかと思いきや冒頭の開高氏には余裕があり(良い意味で)悪ふざけも散見される。「自分に酔った」写真も多い。しかし旧南北ベトナムの政治や人々といった内情を知るにつれ、特に後半のジャングルへの潜入を持って激しい感情を著者自身に焼き付けたことがわかる。氏の体験が小説という形態を持ってその後の「輝ける闇」に描かれている。

    ベトナム戦争というとアメリカと旧ソ連との代理戦争のイメージが強いが、その背景には複雑で狡猾なベトナム人気質があったことが伺える。ベトナム戦争初期の滞在記であり認識の変遷を味わえる貴重なルポである。

  • 1964年、開高健は朝日新聞社臨時特派員として米軍が本格的に介入するベトナムへ飛んだ。どちらからどちらに頼んだのかはわからない。野次馬根性の強さを思えば開高から頼んだ可能性も高い。東京オリンピックよりはベトナムの方がお似合いだ。
    https://sessendo.blogspot.com/2018/11/blog-post_15.html

  • 当時34歳の人がこれを書いたのか。ベトナムに来て100日で。大したもんだなあ。
    私がベトナムに来た当初の100日なんか右往左往していただけだな。SNSやブログに文章は書いたけど、洞察も何もないものしか書けなかったし。
    比較するほうが悪いって言われればそこまでだけど。

    この本の舞台は1964年末から1965年ぐらい。
    読んでいて呆れるのは、その10年ほど前を舞台にした「おとなしいアメリカ人」と書いて有ることがほとんど同じだからだ。そしてこの10年後の1975年サイゴン陥落時のルポでもほとんど変わらない。

    曰く:
    ベトナム人は神秘的で貧乏でよく分からない。
    これはそのまま、ホー・チ・ミンの評価でもある。

    ちなみにホー・チ・ミンで言うと、彼が1945年9月2日に独立宣言を読み上げたあたりでOSS(CIAの前身)と接触しているが、そこにあるアメリカ人の彼の人物評も上のとおり。
    いや君ら、1945年から1975年まで何してたのよ。

    この本の中で開高健はベン・カットの戦いを参観してベトコンに襲撃されている。基地でも戦闘でも死ぬときでも、開高健の筆を持ってしても、ベトナム兵は撃たれて呻きもせずに死んでいく。
    開高健が中学生の時に勤労奉仕中にグラマンの機銃掃射で襲われたそうだが、そのとき撃たれていて、その様子をグラマンのパイロットが書いていたら、同じように書いたと思う。
    また、このベン・カット戦で彼が撃たれていたら、なんで自分はこんなところで死ぬんだろうって思いながら、呻きもせずにぽかんと死んでいっただろう。

    昨年末にTwitterで夏休み子ども科学電話相談のやり取りがバズった。
    「アリを踏むと黒い汁が出るのはなぜ」→「君もつぶれたら汁が出る」
    というもの。

    1965年のことは分からないが、もし今戻れるのならば、戻ってみてみたい。
    本当に当時のベトナム人は貧しかったのか?

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著者プロフィール

開高 健(かいこう たけし、かいこう けん)
1930年12月30日 - 1989年12月9日
大阪府、天王寺区生まれの小説家。大阪市立大学法文学部法学科在学中、同人誌活動を始める。洋書輸入商、壽屋(現・サントリー)宣伝部を経て、作家活動を開始。
1958年、『裸の王様』で芥川賞、1968年『輝ける闇』で毎日出版文化賞、1979年『玉、砕ける』で川端康成文学賞、1981年菊池寛賞、1987年『耳の物語』で日本文学大賞をそれぞれ受賞。ほか、主な著書に『日本三文オペラ』『夏の闇』『私の釣魚大全』『人とこの世界』などがある。

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