期待と回想 語りおろし伝 (朝日文庫 つ 12-1)

著者 :
  • 朝日新聞社
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (654ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022615596

作品紹介・あらすじ

私は不良少年だった-。15歳で留学したアメリカで新しい哲学運動と出会い、逮捕され交換船で帰国。バタビアで戦争を体験する。戦後の「思想の科学」「べ平連」での活動、読書の魅力、同時代の知識人など、豊富な話題を自在に語る。日本を代表する哲学者の対話による思索的な自伝。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルとなった「期待と回想」とは、当時の見方とそれを振り返る現在の見方を混ぜこぜにしないで、一つを「歴史の期待の次元」もう一つを「歴史の回想の次元」として区別すること、それぞれの時代のどこに戻っても「期待の次元」と「回想の次元」で成立する法則を捉え直すこと。「期待の次元」における復元がまず最初にあるべきだ,という、話者が影響を受けた考え方からきている。所々に出てくる母への屈折した思いが印象的。
    相当な分量だが、語りおろしなので読みやすく、またこの語りおろしというスタイルがこの人物のすごさを引き立てている。岐路にあるいまの日本にいてほしかった。

    [more][more]<blockquote>P38 私は禁固相当になったけど大学の評価はそれに左右されない。日本ではこういうことは考えられない。国家より前から存在している大学としての誇りじゃないでしょうか。

    P43 人が生きているのは全部あいまいだ。だから私は総括とか除名を好まない。

    P78 人間は生きている以上,ニセ問題を出す。ニセ問題を繰り返し問う。そういう存在だと私は思います。

    P85 私がしゃべったり書いたりしていることは,全部,母親に対して言ってることだ。生涯、母親を相手にして生きるってのがあるんじゃないですか。

    P103 いま「苔のある日記」を読むと鬱病のあがきがあるね。意味を閉め出したい。意味の判断はもう結構だ。線を引く練習だけで勘弁してくれ。【中略】朝8時に起きようということ以外に考えない。意味を遮断するんだ。意味の洪水に堪えられないんです。

    P153 言葉のお守り的使用法とは,人がその住んでいる社会の権力者によって正当と認められている価値体系を代表する言葉を,特に自分の社会的/政治的立場を守るために,自分の上にかぶせたり自分のする仕事の上にかぶせたりすることを言う。

    P194 小学校のとき感心していた人は,みんな,だいたいダメになっている。私自身もずり落ちているんだ。ずり落ちてる人間がずり落ちてる人間にぴたっとはりついて,刀を後ろに回してまず自分を貫いて,余った切っ先が相手に届くようにすれば、自分を貫いて向こうに届くような形になる。それですね、方法は。

    P219 思想の表面だけを見れば姉には一貫性がない。だけど彼女が親父の面倒を見ていたから私はデモとか座り込みとか自由にやることができた。【中略】著作の上での一貫性とは違う問題がある。転向だけを問題として他人を押しまくることはできやしない。それが現在の立場ですね。転向よりも重大なものがあるということなんです。

    P221 転向というのは,人間はある程度の自由を持って生きている,人間の自由の約束を認めれば転向責任が付いて回る,という問題なんです。

    P225 私は耄碌は一つの創造だと思っている。【中略】断片。それを入れたような哲学の作品を作れないものかというのが私の現在の課題なんです。「頼りないもののおもしろさ」について。

    P324 海老坂武は、(「こういうことはやめろ」と言って殺されるのではなくて,とにかく自分はしない)そういう行動をとらない人たちを「弱い個人」という。この「弱い個人」が大切だと思うんですよ。

    P341 私は恵まれたところに生まれているので,誤解に基づいて中傷された場合にも,甘んじて罰を受けることにしたいと思っています。

    P351 問題は私がおふくろを愛していたことで,愛してなければ傷は深くはならないんだ。【中略】いくら遠くまで逃げようとしても,おふくろから逃れることはできない。おふくろはどこにいても私にとって宇宙そのものなんだ。

    P359 当時の見方とそれを振り返る現在の見方を混ぜこぜにしないで,一つを歴史の期待の次元,もう一つを歴史の回想の次元として区別する。

    P382 親父が私に残してくれたことで助かっているのは実際的なことなんですよ。例えば,人に断りをいう時には決して思想だとか原理によってはいけない。体の調子が悪いとだけ言いなさい。これは役に立つ。【中略】しかしおふくろが私に与えたものは一種のレインオブテラー、恐怖政治なんですよ。

    P405 私には後ろ暗いところがあって、その後ろ暗いところからおずおずと手が出て,それがペンを取らせるんだ。

    P458 「いろはがるた」はある程度のもののような気がしますね。【中略】アメリカ、ヨーロッパに対する一つのオルターナティブであり,意外に南海諸島の文化とは親しい関係,マージナルな関係になるかもしれませんね。断片的なことを恐れないでしょ。

    P510 安保の時に大衆の無関心を知識人が叱ったでしょう。あれには同調できませんね。無関心には無関心のいいところがある。食い物と男女のことだけを主に考えるというのは一つの重大な立場だと思います。

    P532 雑誌が終わり,今は死体でしょう。「思想の科学社」というのは死体置き場みたいなものだから,そこから何かが新しく芽生えてくるとしたら,それはそれで自由です。

    P534 それぞれの時代のどこに戻っても,「期待の次元」と「回想の次元」で成立する法則を捉え直すこと。「期待の次元」における復元がまず最初にあるべきだ,とレッドフィールドはいっているんです。

    P547 人間にはリカルシトランスがある。つまり「どうしようもなさ」ということですね。竹のように,ある程度まではしなるけれど,それ以上になると折れてしまう。これが人間性にもある。それが原罪というものとつながる。

    P586 「殺された、かれを見よ」こうしたかたちは,結局,キリスト教が作ったと思う。権威を持った宗教はそうしたすり替えをやるので,私は嫌いなんです。そうした考え方には漫画的に対抗したいんだ。【中略】アジアの国々から叩かれ続けていなければいけない。拳闘のリングの上に立ったのだから,殴られて殴られて殴られ続けることが重大だと思う。すごくいいことじゃないかな。</blockquote>

  • 著者の自伝的回想だが、学問的な回想で、プラグマティズムの話から広がる哲学の話。戦後の思想史が垣間見えて興味深かった。

  • 鶴見俊輔の思想は、母親との関係に始まり、それに終わる。すべての著作は、どれも母親に対する返答だとさえ言っている。むしろそれでしかない。にもかかわらず、著者にとってはごく私的な一連の著作が普遍性を勝ち得ているのはなぜか、と思いながら読んだが、読み進むにつれてそれが次第に明らかになってくる。

    それは鶴見俊輔が何より「たった一回しか経験できない生」に重きを置いているからだろう。伝記を多く書いているのもうなずける。
    哲学というと、個人を超越し、抽象し、最後に人類普遍のエッセンスに辿り着く、みたいなイメージだけれど、鶴見俊輔は逆だ。
    ひたすら個人的事情にこだわり根を下ろし、その上で世の中の現象を、歴史を、眺めてゆく。抽象を語る際にも具体物を必要とする。それこそが氏にとっての「哲学」だ(一般的な語法からすれば、「思想」といった方が近いかもしれない)。
    一個人の人生=思想。
    そして、鶴見氏の評価する思想はみな、深いレベルで、どれだけ時代が激変しようが一貫性がある(たとえ、一見して行動に矛盾があるとしても)。
    「深いレベルで」というのは無意識においてということで、氏自身が鬱病を3回経験して、それはいわゆる哲学的理性でどうこうできる話ではなく、無意識の怖さを人一倍知っているがゆえに、彼にとっては「転向」も一概に定義できない。

    本作で著者は、哲学とユーモアは相容れないと語っていた。それでいくと著者は哲学者ではないのかもしれない。と同時に、著者自身、どこかドンキ・ホーテ的な滑稽さがあり、大江健三郎に似た匂いがした。

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著者プロフィール

1922年東京生まれ。哲学者。15歳で渡米、ハーヴァード大学でプラグマティズムを学ぶ。アナキスト容疑で逮捕されたが、留置場で論文を書きあげ卒業。交換船で帰国、海外バタビア在勤部官府に軍属として勤務。戦後、渡辺慧、都留重人、丸山眞男、武谷三男、武田清子、鶴見和子と『思想の科学』を創刊。アメリカ哲学の紹介や大衆文化研究などのサークル活動を行う。京都大学、東京工業大学、同志社大学で教鞭をとる。60年安保改定に反対、市民グループ「声なき声の会」をつくる。六五年、ベ平連に参加。アメリカの脱走兵を支援する運動に加わる。70年、警官隊導入に反対して同志社大学教授を辞任。著書に『鶴見俊輔集』(全17巻、筑摩書房)『鶴見俊輔座談』(全10巻、晶文社)『鶴見俊輔書評集成』(全3巻、みすず書房)『戦後日本の大衆文化史』『戦後日本の精神史』(岩波書店)『アメノウズメ伝』(平凡社)ほか。

「2015年 『昭和を語る 鶴見俊輔座談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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