共依存 苦しいけれど、離れられない (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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本棚登録 : 122
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022617248

作品紹介・あらすじ

家族問題に関わってきたベテランカウンセラーが、「私が見捨てればあなたは生きていけない」という幻想の背後にある「共依存」の罠を、臨床例や映画などを題材に小気味よく分析。引きこもり、ギャンブル・アルコール依存症に悩む家族を解決へと導く。

感想・レビュー・書評

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  • 信田さよ子先生の本は2冊目のレビューです。

    「アダルトチルドレン」「共依存」という言葉が人口に膾炙していく中で、この言葉を世に広めた一人である先生自身が、臨床事例やメディア批評を通じて自己批判的に「共依存」について問い直すという内容になっております。

    私自身は共依存の問題を「家族」の問題、つまり親子関係、夫婦関係、きょうだいの関係といった人間関係の問題としてばかり考えてきたふしがありました。ただ、それだけでなく「ジェンダー」の問題、つまり男女の性別役割分業の問題、結婚制度の問題、性別にかかわる社会的立場のズレもまた共依存の問題を乗り越えがたくしていることを改めてこの本で考えさせられました。例えば、「妻は旦那をケアして当たり前」という価値観、アルコール依存症の夫をケアする妻に対するまなざしとアルコール依存症を持つ妻をケアする夫に対するまなざしの違い等。

    それにしても、共依存の恐ろしさはやはり世話をすることが「権力」であったり「暴力」であったりに変質してしまうことですね。「あの人が困っているから助ける」というところから「強い自分が弱いあの人を世話して〈あげる〉」という支配にだんだん変わっていくことですね。

    力をもたない側がケアさせられることを強制と感じないほどに馴致され、拒否したいと感じる自分がまちがっているとまでケアの正当性が内面化されたとき、時としてケアはひとを殺すこともある。(p.85)

    ここの恐ろしさを噛みしめるとき、「共依存は依存ではなく支配なのだ」(p.184)というこの本の結論がよく理解できるようになると思います。
    だからこそ、「支配から脱するために、支配しない・されない地平を希求するために」(p.185)共依存という言葉を手掛かりに、家族のあり方、男女のあり方について問い直していきたいと思います。

  • 油断すると自分も共依存に陥ってしまいそうで怖い。

  • 人間の不思議さに打たれる。人の成育歴が及ぼす影響の大きさに驚く。どうして人間はそんなにも他者に影響を与えたり自分の満足を得ることに一生懸命であるのか。男女の違いを排して共依存は語れないとする筆者の論調に頷いてしまった。いくら男女平等が進もうと、男と女はまったく異なる存在だ。そこに生まれてくるねじれがいろいろな局面で問題になるんだろう。人間の想像しうることは実現しえる。人間の暗い部分に目を向けることは楽しいことでもあると思わせてくれる一冊であった。そして、ねじれもゆがみもそうあることしかできないからこうしてあるのだという前向きな諦観を得た。

  •  具体的な例を多く交えながら、「私が見捨てればあなたは生きていけない」という幻想と=の共依存について分析した本。ベテランカウンセラーとして、共依存という言葉の黎明期から、患者と関わって来た体験からまとめられた例示と考察は初めて学ぶことが多かった。
     共依存とは依存ではなくて、内なる支配であるという一節に頷きつつも、具体的な例が痛々しくて思えて読み進めるのが少々辛かった。そもそも正常な愛情とはなんだったろうか、などと考えたりもして。
     印象深かったのは、序文のカウンセラーという仕事について、ストレスが溜まりそうな仕事だがストレス解消はどうしているのか、と問われた時の回答。「カウンセリングで疲れることはあっても、ストレスが溜まることはない」、「人生の暗部や家庭の裏側を聞く事にストレスを感じる人は、こんなハードな仕事につくべきではないだろう」という回答が酷く新鮮だった。カウンセラーとしての適性にあたるのかもしれない。

  • やっぱり、一人では生きて行けない、と。
    自分が意識する、しないにかかわらず、誰かを利用しないと生きていけない、らしい。

  • 引用
    ・共依存の特徴は、よりかかる他者が必ず自分より弱者であることだ。強者であれば単なる依存にすぎない。依存されることで弱者の主体はもっと薄弱になり、強者の

  • 「大人とは、適度に他者に依存できる人のこと」という恩師の定義がいかに慧眼であったか。1990年代の初めのこと。

  • 分かるようで分からなかった「共依存」という言葉。
    本書を読むと、そのもやもやが晴れました。
    共依存という言葉は、もともと草の根的に使われていたのですね。それ故、概念の拡散化が起こり、曖昧な使われ方をしていたようです。

    あとがきには『支配から脱するために、支配しない・されない地平を希求するために、役立てていただきたいと思う』と書いてあります。

    共依存=悪いこと ではなく、「共依存」とよばれる関係性の裏に、支配やジェンダーの構造がかくれていいる、ということだと思いました。

  • アルコール依存症やDVの夫を持つ妻達につけられる「共依存」という名称。色々な事例を通じて、その概念が理解できる。ウィットフィールドの論文の冒頭は「共依存は自己喪失の病である」。
    「自己とは何か」と言えば、自己の物語であるとナラティブセラピーではされている。

     自己の物語を形作る感情や認知は、摩擦や衝突を生み、その結果苦痛や傷つきをもたらす。主体的であること、自己らしくあることは、苦しくなるばかりなのだから、主体的でない生き方が必要となる。その方が生きやすく、ずっと楽な生き方だ。誰からも非難されず、ぶつかることも無い。そして、自己の喪失の代わりに他者の物語に乗り移る。夫の物語、子供の物語、常識の物語、世間の物語に乗り移る。
     
     これは誰かに似ていないだろうか。著者は日本の一般的で普通の女性が結婚し子供をもうけて生きていく姿になぞらえている。共依存とは、ごく当たり前の女性の生きる姿を、いささか増幅させたに過ぎないと。

  • 親切アピールなひとが何故に苦手に感じるのか、長年の謎が溶けたーッ!かけがえのなさ、家族愛、無意識下の善きことに潜む暴力の恐ろしさよ。かつてのイヤゴトがフラッシュバックしたりして、最後まで読み進めるのはしんどかったけれど、学ぶことも多し。

    いくつかのフィクションを挙げての事例紹介も大変面白かった。山田詠美はこーゆーの巧いよね。あと「冬のソナタ」のくだりとか、「ジョゼと虎と魚たち」の切り口は目から鱗!そうだったのかッ!

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著者プロフィール

臨床心理士、原宿カウンセリングセンター所長。1946年、岐阜県に生まれる。駒木野病院勤務、嗜癖問題臨床研究所付属原宿相談室室長を経て、1995年原宿カウンセリングセンターを設立。アルコール依存症、摂食障害、ひきこもり、ドメスティック・バイオレンス、児童虐待に悩む人たちやその家族のカウンセリングを行っている。

「2017年 『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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