歌舞伎座誕生 團十郎と菊五郎と稀代の大興行師たち (朝日文庫)

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  • 朝日新聞出版
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本棚登録 : 26
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022617552

作品紹介・あらすじ

2013年春に新開場する歌舞伎座。百二十余年前、この大劇場の誕生には役者、興行師、政治家などおびただしい人々が関わった。演劇改良の理想と伝統のはざまで苦闘する役者、興行権をめぐる権謀術数、飛び交う大金-文明開化期を舞台とした、芝居より面白い人間実録。

感想・レビュー・書評

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  • 面白かった、けど読むのに時間かかった・・・。なんででしょうね、中川右介さんの本は、内容にはすごく興味あるし、実際面白いんだけど、なかなか頭に入らなくて同じ行何度も読んだりしている。
    まあそれはともかくとして。以下、印象に残ったことメモ。

    *徳川時代には役者は「河原乞食」と蔑まれ、幕府の弾圧の対象であった歌舞伎が、明治維新を経て文明開化の名の元に、いろいろあって、日本の誇る高尚な伝統芸能という存在になったという、ダイナミズム。

    *徳川時代に、下賤な「芝居」なんか見たこともなく育った明治のエリートたちが、欧州視察にて、国賓として観劇でもてなされることに驚く。西洋では上流社会の社交の場として劇場が存在するようだが、それにひきかえ日本の芝居って、そうとうレベル低いんじゃないか、と。特に脚本が、荒唐無稽でちゃんちゃらおかしいぞ、と。ここから、トップダウンの「演劇改良運動」が始まる。演劇界からの内発的要素はなし(でも九代目團十郎は高尚趣味なので、個人的方針とは合致していた)。

    *守田勘彌の存在感。とにかく勘彌がいないと劇界はどうにもならない、というくらい。今でいう億単位の借金を個人で抱え込んで、奔走。明治政府要人に接近していたのも勘彌だし、この人のはたらきがなかったら、歌舞伎は存続していなかったかもしれないね!(こんな本読んだわりにあまりにざっくりなまとめで我ながらひどい。)

    *松竹兄弟の革新性。松竹が歌舞伎界を掌握するまで、はこの本の範疇ではなかったけど。歌舞伎興行にたかって利益をむさぼる、ヤクザ的な存在=前近代的な悪習を断ち切るという理念のもと、それらの既得権益?者たちからの嫌がらせや妨害を受けながら果敢に改革に取り組んだ、ということだった。

    *川上音二郎って、バイタリティあふれる面白い人だなあと思った。政界や團十郎や勘彌が理念倒れで終わってしまった「近代的でリアルな、日本の新しい演劇」の創出を、ゼロから(だからこそ)なしえてしまった。

    *「歌舞伎座」誕生のとき。この名称自体が画期的だった。それまでは「芝居」と読んでいたし、かぶきの表記もまちまちだった。あとがきでは、歌舞伎座という劇場名として「歌舞伎」という華やかな名称があったことも、歌舞伎がすたれなかったことのささやかな一因かも、というようなことが書かれていた。この歌舞伎座を設立した福地桜痴は、旧来の芝居(=歌舞伎)否定派だったのだから、おもしろい。

  •  1889年落成の「歌舞伎座」を軸に、幕末・明治期の歌舞伎の歴史をテーマとしているが、本書がユニークなのは、役者の演技論や作家の文学論には深入りせずに、もっぱら興行システムの変遷を、金主・座元・役者間の「カネ」と「コネ」の入り組んだ生々しい人間関係に重きを置いて明らかにしていることだろう。いわゆる「団菊左」時代だが、本書の最大のキーパーソンは団十郎でも菊五郎でもなく、江戸三座の1つ「守田座」(維新後は「新富座」)の座元で、後に歌舞伎座にも関係する12世守田勘彌である。江戸の芝居小屋から近代の劇場へ変化する過程を、この稀代の興行師の盛衰に焦点を合わせることで、その「近代化」の意義と近世人ならではの限界が見えるようになっている。江戸の興行体制と無縁の世界から現れる松竹の「最終制覇」という「結末」(本書ではエピローグで簡単に言及される)を知っている現代人からすると、まさに「過渡期」であったことが痛感させられた。

  • 明治維新と、それにともなって歌舞伎役者と歌舞伎そのもののステータスが上がっていく様子が、とても興味深く読めた。芝居の歴史を興行の面から描いた名著だと思う。

  • サブタイトルにある”稀代の興行師たち”とは幕府官許の江戸三座森田座の座元守田勘彌、歌舞伎座建設の中心人物となる福地櫻痴、金貸しで興行の金主となる千葉勝五郎、田村成義らを指すが、本書の主要人物と言えばもっぱら守田勘彌である。
    本来は福地櫻痴こそが本書の主人公となる筈だが、そのあまりに波瀾万丈な生涯を前にすると他の奇人たちが霞んで見えてしまう。
    書名から歌舞伎座誕生の経緯を描いたノンフィクションを想像するが、安政七年(1860)悲劇の立女形澤村田之助のデビューから明治36年九代目市川團十郎の死までの長いスパンを描く渾身のノンフィクション。
    金と欲、プライドの激突、義理と人情が渦巻く当時の劇界。
    そしてあまりに多い火事による劇場の焼失。
    歌舞伎座建設の立役者となる福地櫻痴について描くために前半部分は当時の政界の抗争がまた丁寧に描かれ、政治部分だけとっても読み物として十分手応えがある。

    本書タイトルが損をしているようにも思えるが、やはりこれしかないようにも思える。

  • 歌舞伎座の改装に合わせてだされたらしいが、大きな勘違いを二つした。歌舞伎座の話よりも明治維新の歴史の話が半分以上。それも政治家の争いを多くの資料から紐解いて書き連ねていくだけなので、楽しさも感動もない。また團十郎と菊五郎と興行師たちというサブタイトルでドラマチックな展開を期待したが、記録を並べていくだけでメリハリがない。この筆者の本は二度と読むまい。

  • ・第五期歌舞伎座開場である。中川右介「歌舞伎座誕生 團十郎と菊五郎と稀代の大興行師たち」(朝日文庫)はそれをあてこんで文庫化されたに違ひない。おもしろいといへばおもしろいのだが、内容が芸ではなく金中心であるのが意外であつた。副題は9代目と5代目である。これを見たら、普通は芸の話が中心になつてゐるのであらうと想像する。私ももちろんさうであつた。書名が歌舞伎座誕生であつても、歌舞伎が芸と無縁でゐられるはずがない。他に例の3代目田之助などといふ役者も出てくる。金の話だらうなどと考へられようはずがないではないか。ところが本書の中心は金の話である。「あとがき」にかうある。「一般の歌舞伎の本では名前は出てきても脇役としか扱われない興行師たちを前面に出した本になった。借金の話ばかりという印象を受けるかもしれないが、そういうものがあってこそ、華やかな舞台はあるのだ。」(407頁)確かにこの通り、借金の話が多い。それもとてつもない金額である。しかし、さうした興行師がゐなければ歌舞伎興行が成り立たない。立派な役者が何人ゐたところで、それを興行として成り立たせる興行師がゐなければ、そしてその興行を打つだけの金がなければ、役者に出番はない。自前の興行を打てる役者はさうゐるものではない。今も昔も、役者を支える興行師、あ るいはプロデューサーがゐてこそ、その役者も舞台も生きるのである。試みにWikiのプロデューサーの項を見たらかうあつた。「プロデューサーは制作費が 集まらないと仕事にならないため、全てのものを数字・金に換算して計算する癖をつけることが必要であり、また、伝えたいもの・それを作る信念を持つことも 必要で」ある。さう、実に然り。芝居もまたビジネスである。
    ・本書の中心は守田勘弥である。12代目、江戸の芝居小屋守田座の座元である。明治になつてもその力は衰へず、團菊を己が手兵として興行を続けた人であ る。現在の坂東玉三郎の父が14代目勘弥である。単純には言へないが、玉三郎からすれば概ね曽祖父に当たる人である。しかしこの勘弥、ほとんど役者ではな い。興行師として生き、興行師として死んだ人である。その間、莫大な借金を重ねながら、そして小屋を替へながら、興行してきた。本書のかなりはこの記録である。かういふ人がゐたのだ、かういふ人がゐないと芝居興行は成り立たないよなと思ふ。それだけの力を持つてゐたし功績もあつた。その意味では、この人ゐ ればこその團菊である。しかし本書は「歌舞伎座誕生」である。勘弥では終はらない。松竹である。「この当時は『しょうちく』ではなく、『まつたけ』とよんだ。」(383頁)といふ。白井松次郎と大谷竹次郎だからである。この双子は京都の芝居小屋の、今ならば売店といふところであらう、から商売を始めた。さうして遂に、晩年の勘弥も関係した歌舞伎座をも手に入れるのである。これが大正2年のことである(402頁)。この世代交代期は記述がかなり手薄である。 これはまた別の話といふことであらう。しかし、古い勘弥と新しい松竹の違ひは分かる。大雑把に言へば、勘弥に戦略なく、松竹に戦略ありといふことであらう。松竹は時間をかけても歌舞伎座を落とした。勘弥はビジネスマンでもなく役者でもない。興行師なのである。金は必要でも当たり外れが大きいから、結局、 高利貸しを頼る。それでも借りて芝居を打つ。この精神と信念、「あらざるべし人がいたからこそ、明治になって歌舞伎は存続した。」(360頁)いささかをかしな言ひ回しだが、これが勘弥を端的に評する一文であらう。ちなみに、第五期歌舞伎座の現在、勘弥はゐない。

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プロフィール

作家、編集者。1960年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。出版社勤務の後、アルファベータを設立し、代表取締役編集長として雑誌『クラシックジャーナル』、音楽家・文学者の評伝や写真集の編集・出版を手掛ける(2014年まで)。その一方で、作家としても活躍。クラシック音楽への造詣の深さはもとより、歌舞伎、映画、歌謡曲、漫画などにも精通。膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる執筆スタイルで人気を博している。

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