ヒロシマはどう記録されたか 上 昭和二十年八月六日 (朝日文庫)

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  • 朝日新聞出版
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レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022618009

作品紹介・あらすじ

【歴史地理/日本歴史】1945年8月6日のヒロシマをとらえたわずか5枚の歴史的な写真は、いかにして撮られたか。原爆の一閃により、全てがとまった広島で、爆心地をめざした者たちがいた。核と人間の姿に迫る唯一無二のドキュメント。文庫化にあたり大幅加筆修正。解説・竹西寛子

感想・レビュー・書評

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  • 1945年8月6日。一発の原子爆弾が広島の町を焼き尽くした。この日の
    ことは多くの作品が書かれている。本書は広島に何が起きたのかを
    確かめ、記録し、伝えようとしたジャーナリストたちの記録だ。

    中心になるのはNHK広島放送局(ラジオ)と地域紙・中国新聞社である。
    上巻は原爆投下当日の模様を、記者やカメラマンらの証言や手記に
    基づいて再現している。

    5枚の写真がある。原爆投下直後の広島市内で撮影された写真だ。
    撮影者は中国新聞社の松重美人(よしと)カメラマンだ。

    原爆の閃光や爆風を浴びた人たちの惨状は、プロのカメラマンさえ
    正面から撮影するのをためらったほどだ。爆心地から約2kmの距離に
    ある御幸橋西詰で撮影された写真は、被曝しながらも避難して来た
    人々の背後から撮られている。

    しかし、この写真があったことで消息不明だった息子の姿を発見した
    家族がいたのだ。

    広島に何が起きたのか。電話も電波も途絶したなかでどうにか状況
    を伝えようとした通信社の記者がいた。彼が必死の思いで伝えた情報
    は、東京の大本営に伝わった途端に握りつぶされた。

    戦後、ひとりのお年寄りがNHK広島放送局にやって来た。自身で描いた
    絵を持参して。それが、「あの日」、お年寄りが見た広島の光景だった。
    この絵が、後々番組を作るきっかけとなる。

    下手でもいい。あの日の体験を絵にして送って欲しい。そんな呼びかけに
    多くの人が応えた。それまで被爆体験を胸のうちに深く閉じ込めた人たち
    が、絵という手段で自身の体験を語り、画集としても出版された。

    あの日を体験したメディア関係者だけではなく、戦後世代のメディア関係者
    も広島を、長崎を、後世に伝えようとしているんだよね。

    上巻で特に印象に残ったのはやはり松重カメラマンの残した5枚の写真
    だった。そして、戦後にそこに写った人たちを探し出す力がメディアには
    あるんだよね。

  • 中国新聞とNHK広島局(ラジオ)の記者・職員の原爆投下直後の行動を追った記録。昨年夏から読み始めたが、読み進めるのが辛くなるリアリティが多く、時間がかかったがやっと上巻を読了。投下直後の市内で撮られた写真は数少ないが、それらの写真をとったカメラマンや同僚達かどのように行動し、何を見たのかを、彼らへのインタビューや日記・手帳を通じて明らかにしている。

    戦争の悲惨さ、というより、戦争に負けることの悲惨さ、防衛力を失った国が他国に蹂躙されることの悲惨さ、を実感する。

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