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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784022620170
みんなの感想まとめ
社会の生き方や人との付き合い方を考察したエッセイで、著者の特異な体験を通じて、現代社会における孤独や個人主義の問題を浮き彫りにしています。類人猿との比較を通じて、人間関係の大切さや時間の使い方について...
感想・レビュー・書評
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◯山極先生の特異な体験を踏まえて、社会の生き方や人との付き合い方などを記したエッセイ。山極先生のことを知るにあたっても、気軽にさくっと読める一冊。
◯類人猿と比較して人間を分析するしては変わらず面白いが、この本で一番のポイントは、時間の使い方である。人と一緒に食事を取ること、付き合うこと、人のために時間を費やすことである。
◯これは、アフリカ人との付き合いの中で実感したとあるが、日本でも昔は同様であった。個人主義の行き着くところは、これまでは経済的発展であっても、それも行き詰まった感もある。個人主義という孤独は人をむしばみ、隣に住んでいる人が何をしているかも分からないような現代社会を作り出した。
ミヒャエル・エンデのモモを彷彿とさせる考えである。自然の中で生きている人々、もしくは自然そのものを相手にしてきた人の語ることだと、また説得力がある。
◯ただ、ここまで社会がきて、今さらかつての生き方に戻るというのも何か違う。それこそ、人類は多様な社会を構築することができるのであれば、孤独を埋める社会だって作れるのではないだろうか。それこそ長い時間をかけてでも。
◯ちなみにこの本もあまりゴリラ感はない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
単行本でも読み終わったものを
今一度読んでみたい、
と思っていたものが文庫本になるのは
嬉しいことの一つです
読みながら
ああ この部分はしっかり残っているぞ
おっ こんなことも書かれてあったんだ
そのいずれもが 楽しい
むろん 著者の山極寿一さんの懐の深さが
そうさせてくれるのですが
日本の知性の代表的なお一人
再読、再々読を楽しくさせてくださる
山極寿一さんです -
ゴリラの生態系を調べる自身のフィールドワークに基づく、人間関係論、異文化交流論でとても参考になった。食べ物を分けあってるのは、類人猿しかなく、人間は争いのもとになる料理をテーブルの真ん中に置いて、一人で食べれば数分で済む食事を、何人もで食べるということをして、他者と時間と食べ物を共有している。相手におもろいと思ってもらうこと、問題があっても、必ず解決策はあることなども訴えている。
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学術会議前会長は、ゴリラの研究者だった。人付け・ゴリラと同じ行動をして、仲間と認めてもらい観察する。現地の人と仲良くなり、森を案内してもらう。同じゴリラの研究者のダイアン・フォッシーさんとの出会い、食事を共にする意義、ニホンザルとゴリラの違い、など興味深かった。
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動物のルール、地域のルール、学校のルール。
違いは色々あるけど、善悪を評価せず
他者を知ろうと努力すること。
人ならではの特性を活かす。
リアルな体験。
人ならではの苦しさもあるけど、
人だからできる楽しさもある。
四の五の言わずに、飛び込んでみよ。 -
友人に誘ってもらい始めた読書会の第一回選書。
話す中で見えてくることがあって、この感じは中学生ぶりくらいで新鮮だったなあ。アウトプットとして、2本のコラムを書きました。(以下概要)
「関西人の対話術」
ボケはツッコミを要求し良いツッコミはボケを生かす。ということで関西人(デカめの主語)は会話を対話に昇華する、対話のうまみを誰よりも知っているのではないか。
「ごはんに夢中な君に夢中な僕に夢中な君」
類人猿と人を分けたのは対面行為と食事。どちらもシェアだけれど、誰とでも至近距離で対面するゴリラと異なり、人間は家族か恋人など限られた間柄でのみ。そこで、食事(や広い意味ではその他会話のネタも)を介して対面の状況を作り出す。食事はカジュアルからフォーマルまで汎用性の高いコミュニケーションツールだけど、話に夢中で食事がままならないより、同じ食事に夢中になった方がもしかしてビジネスもデートもうまくいく、かもしれない。おいしく食べる君が好き、だ。
次回はメンバーも増えるのでたのしみ! -
誰かに動いてもらったり、周囲に理解者を増やしていくことがいかに大事か
相手の立場やメンツを大事にしながらも、迎合するわけではなく適切な距離感も保つ
味方を作ることは、敵を作ることにもなる
ある程度は騙されても仕方ない…度胸も大事
未開の地で成果を出そうとする人には参考になる
ゴリラの情報多め
持 -
高校のとき、生物の教師が「日本のサル学は世界でも最先端です。それは個体識別が出来たからです。」と云ってた。「高崎山のサル」は夏休みの課題で読んでいる。
立花隆の「サル学の現在」も若い頃に読了。
そんな事前知識のもと本書を選択。
若い学生を読者に選定しているんだろう。ゴリラの話だけでなく、フィールドワークに入るアフリカや屋久島どの人との交わりの話も多い。信頼の意味とか、味方を作ることは敵を作ることだとかの一文がジンと感じる。アフリカの著者の家にただ座っている人々。彼らは何でもいいから著者を手伝いたいと思っている、と云う。少し前の日本でもこうだったとのこと。
ゴリラはコミュニケーションをとるときに目をまっすぐ見てくる、という話は面白かった。サルやチンパンジーだったら威嚇のサインなのだが、ゴリラは至近距離で見つめ合う。ここから人間の対面、共食についての考察は興味深い。
さて、コロナ渦で在宅勤務が増え、コミュニケーションも希薄になっていくし、引きこもりやネットの中で過激な意見が乱れ飛ぶ現状。どうすりゃいいんだろう。
山極さんや恩師の伊谷純一郎さんの著作を探してみようかな。 -
とにかくしなやかな柔らかさの持ち主の方だなぁと、安心して読むことができた。「人間は『共に生きる』という感覚なしには、幸福感が得られない動物」という一言に尽きるのだろうか。
このコロナ禍で、オンライン化がすすめられている。もちろん、全てを否定するつもりはないけれど、何はオンラインでもよくて(むしろオンラインのほうがよくて)、何はオンラインにしないほうがいいのかをよくよく考えながら、この現実を「おもしろく」向きあっていきたい。
討論、ディベートのように対決するのではなく、対話を通して、自分の意見ももちろん主張するけれど、相手の言うこともじっくり聞けるようになること、そして、どちらともに何かを創りあげていくための共同作業をやっているのだという意識を持っておくことが、実りある時間となる。
サルとゴリラの違いも面白いと思ったし、フィールドワークや現地の人と関わりの中から紡がれるエピソードがまた面白い。こういうことを大切にできる人、社会でありたい。 -
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タイトルからはゴリラの研究から得た知見を人の生き方に敷衍して紹介する内容に取れますが、内容の多くはゴリラの研究をする過程での人々との関わりを通して得られた人生訓や処世術です。
現代の日本では個人主義や効率が重視されるようになって久しいですが、著者は共食、飲み会、共同体のゴシップなど同調することを必要とする旧来のコミュニケーションの重要性を指摘します。
同時に人にとって真に重要な点は、ただひたすら自分のやりたいことを続けること、そのためにも前述のように周囲との関係を上手に築くことを学ばなければいけない。対決ではなく相手の立場に立って考えること、対話力を養う必要を説いており、本書には著者自ら経験して得られた多くの格言が散りばめられています。
「味方をつくるより敵をつくらない」
「相手のメンツを傷つけずに対立をどこまで崩せるか」
「小さな組織の場合はあえて中間職をつくらない」
「加害者になるより被害者になれ」
「壁に当たったらいろいろな角度からの視点を自分に与える」
「他人の時間を楽しむ、楽しむために同調して乗る」
「信頼はかけた時間によって担保される」
「多様なものを認めつつ自分を失わない」
「ステータスではなくやりたいことを選べ」
「There is no problem. There is a solution.」
特に自分の意志を持ちながら組織で生きることで人間関係に悩む人々は、自ら考えて我が道を行くことを後押ししつつ社会と協調するために必要な多くの助言を与えてくれる本書から、多くの糧を得られることでしょう。 -
ゴリラから学ぶというより、研究をする環境を整えるために周りの人とどう関わっていくのか、という話。
受け身では何事も動かず、自分で考え相手のことも考え、密な付き合いかたと線の引き方を経験で学んでいくしかないのだろう。
いろいろなものに興味を持ち、人の話を聞き、議論もいいけれど対話をする。
いつでも自分は変われるんだと思うこと、「より高みに」ではなくても、ぴょんと横跳びくらいでも「飛べる」意識を持つことが余裕につながる、などは心に留めておきたいと思う。
時折出てくるゴリラの研究の様子が面白かったので、今度はそちらの本も読んでみたい。 -
ゴリラの話題がたっぷりですが、どちらかというと「類人猿との付き合い方」みたいな本だった。
ゴリラとニホンザルとではコミュニケーションの取り方が違うことも面白かったけど、ヒトの中でのコミュニケーションの話題も面白い。
「他人の時間を生きてみる」ことって、当たり前のようで、なかなか難しい。私の余裕が必要だな、と思う。私の余裕がないと、相手に時間を差し出すことが難しい。仕事の場面でも、家庭でも。
あとは明確には書かれていないけれど、観察することの大切さも感じられた。 -
シュヴァイツァーの『水と原生林のはざまで』や、バウムガルテルの『マウンテン・ゴリラの森で』と似たエリアでの滞在記で、共通点を感じ楽しかった。こういう本を読めば読むほどアフリカ人のキャラが面白く魅力的に感じ、何かのつてでアフリカに行ってみて誰かと仲良くなりたいと思った。
ダイアン・フォッシーの最期や研究スタイルは考えさせられる話だった。女性であることと、白人である事がもしかして関係しているのかもしれない。彼女をある意味反面教師にした著者の柔軟なスタイルは、何か自分にもエッセンスとして日常生活に適用できそうだと思った。
日本人という有色人種(アフリカでは白人扱いされていると聞いたこともあるが)でありながら西洋世界的社会システムで生きている存在は、アフリカ人にとって良い距離感なのかもしれないと思った。直接的な負の歴史も無いし。ちょっとまぶしい仲間の様な?
お酒を介した人間関係構築は現代では中々難しいところもありそうだが、飲まなくてもその場にいる選択も出来そうだと思い直せた。
現地語を巧みに会話に取り入れて話すという事も当たり前の様だが、その流れで日本の方言にも触れられていて、今回初めて日本人同士でも私は東京人でありながら、各地方の言葉を学び出身の知人や友人に話したら楽しい時間になるかもしれないと思いついた。
ゴリラの話を土台に、人間界について暖かい目線で考える本書はユニークで面白かった。自分の父親にも通じる団塊の世代特有の?楽天的であけっぴろげな泥臭さを感じた。
こんなオモロい人が京大の総長なんて、良い大学だなと思った。
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さらっと。別の著作も読んでるから新鮮味は少なく。
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本書を読んで考えたことは大きく2つ。
「研究(フィールドワーク)というものの人間臭さ半端ない」と「今だからこそ大事な体温が伝わる人との付き合い方」。
本書の著者が京大での学びやゴリラの研究のために行ったフィールドワークで気づいた対人力・対話力について、京大(京都)の性質や自身のフィールドワークの経験を引き合いに説明をしてくれます。ロジカルや効率、などの考え方が当たり前のように語られる今だからこそ、このような一見非効率な力は価値があるのだと、自信を持たせてくれます。商社経験者は絶対共感できることが満載です。今後AIの躍進により、論理的な能力は人間に求められなくなると思いますが、人間の営みは結局人間によって行われ、非合理・非効率な人間をうまく調整していく力や努力は今後さらに貴重なものになっていくと信じます。 -
過去は美化することも、灰色にすることもできない。誤魔化しのきかない自分というものに誇りを持って相手に接しないと、対等な話はできない。
個の活動が増えた現代において、他者と生きてゆくための視点の持ち方に気付かされた。 -
サルとゴリラと人間の共通性と違いみたいな。ゴリラの生態調査のためアフリカでフィールドワークを行った著者の泥臭い人心掌握術。やっぱりご飯を一緒に食べるというのは関係をつくる上でとても大事なことなんだな。食べ物を分け合うのはゴリラなどの類人猿と人間だけみたいな話がとても面白い。調査のために協力してもらうアフリカ現地の人との関係の築き方、様々なエピソードも興味深い。
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