溺れるものと救われるもの (朝日選書)

制作 : 竹山博英 
  • 朝日新聞出版
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本棚登録 : 58
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022630223

作品紹介・あらすじ

【社会科学/政治】生還から40年、著者の自死の前年に刊行された本書。善悪と単純に二分できない「灰色の領域」、生還した者が抱える「恥辱」、記憶の風化への恐れを論じた「ステレオタイプ」……。改めて問い直される、アウシュヴィッツとは何だったのか。

感想・レビュー・書評

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  • 我々が知らなかったラーゲルの真の恐ろしさが見えてくる。ナチスvs.ユダヤ人という完全対立構造を作らず、ユダヤ人の中にナチスへの協力者をつくることで連帯感を崩壊させる。協力者は同胞の殺戮に関わることで、非人間性を植え付けさせられる。連合軍に解放されても人間という責任ある存在に戻ったことでさらに苦しみにさいなまれる。非人間性と人間性の狭間でもがきながら、史実を伝えようとする著者の慟哭が聞こえてくる。

  • 辺見庸が引用。

  • アウシュビッツのこと、(その時点の)現在への憂い、そのような場にいる人の心理について。
    経験だけでも理論だけでもない、体験者の考察。
    著者の死の一年前、1986年に出されたもの。
    経験談ではなく、部外者の考察でもない。
    できる限り冷静に考えようとする姿勢に、体験の重さがかえってずっしりくる。

    犠牲者はあくまで犠牲者で、抑圧者はあくまで抑圧者。
    だけどきっちり引けるラインなどなくすべてがグレーゾーンに見える。
    それでいて、犠牲者と、加害者やその場にいなかった人のあいだには断絶がある。
    「私だったらもっとうまくやる」も「私ならとても耐えられない」も安易な想像にかわりはない。

    「知らなかった」こと自体が罪。
    故意の無知は免罪符にならない。
    ナチを支えたのは狂信ではなく、恐怖や怠惰や無関心や出世欲や従順さ。
    過去から学び危険を避けるための闘いには果てがなく勝ち目もないが、それでも挑みつづけなければならない。

    こんなに明晰な頭で生きて行くのは、苦しかっただろう。
    書くことは苦しいけれど、書かなくてもきっと苦しい。
    「その後」の人生を40年以上も耐えた偉大さと、それでも生き残れなかった重さが辛い。

    ここで語られるのはホロコーストだけど、そこにいる人たちの様子は時代も場所も越えて、わかる。知っている。
    ナチ側の弁明は、まるっきりルワンダ虐殺の加害者http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/478030685Xと同じだった。(そういえば「溺れるものと~」の引用がのってた)
    「良い仕事をする」という観念が身に付きすぎて、敵のための仕事さえついきっちり責任をもってやろうとしてしまうという部分はブラック企業を連想する。
    利害を考える現実主義者が理想主義者より助けになるケースは『密告者ステラ』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4562045493で見た。
    意志の疎通を諦めないことが民主主義を守る唯一の方策なのは『ヒーローを待っても世界は変わらない』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4022510129でも言っていた。
    そんな、いつだって起こる問題を諦めずに語り続けている。

  • 祝復刊

    朝日新聞出版のPR(旧版)
    http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=1463

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著者プロフィール

1919年、イタリア・トリーノ生まれ。トリーノ大学で化学を専攻。43年イタリアがドイツ軍に占領された際、レジスタンス活動に参加。同年12月に捕えられ、アウシュヴィッツ強制収容所に抑留。生還後、化学工場に勤めながら作家活動を行い、イタリア文学を代表する作家となる。その円熟の極みに達した87年、投身自殺を遂げた。

「2017年 『周期律 新装版 元素追想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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