ハプスブルク帝国、最後の皇太子 激動の20世紀欧州を生き抜いたオットー大公の生涯 (朝日選書)

制作 : 北村 佳子 
  • 朝日新聞出版 (2016年4月8日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022630445

ハプスブルク帝国、最後の皇太子 激動の20世紀欧州を生き抜いたオットー大公の生涯 (朝日選書)の感想・レビュー・書評

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  • 王室に生まれたのは望んだことではないとしても、その責を懸命に果たそうと奮闘したオットー・フォン・ハプスブルグ=ロートリンゲンの生涯を追う。

    ナチスドイツに占領され、一度は地図から消えたオーストリアの復興を願いつつ、亡命に次ぐ亡命を繰り返し、アメリカのルーズベルトやイギリスのチャーチルといった面々と粘り強く交渉を進め、ソ連や国内の反対勢力とも戦いつつ戦後にドイツの傀儡でなく、自立した国家としてオーストリアを取り戻した。
    のみならずベルリンの壁崩壊に繋がるパン・ヨーロッパ・ピクニックを画策するなど、戦後もヨーロッパの精神的な統合に尽力した。
    わずか4歳で皇太子となったが、ただ翻弄されるだけのボンボンではない、その責を十分に理解し全うした生き様は、それ自体が欧州現代史でもある。

    続きが気になって慌しく読み通してしまったが、改めてしっかりと順を追って読んでいきたい。

  • [奔走の一生涯]ハプスブルク帝国にとって最後の皇太子となったオットー大公の劇的な生涯を綴った作品。祖国を追われながらもオーストリアの独立のために奔走し,戦後は欧州連合のためにも貢献した数奇な生涯が描かれています。著者は,ウィーン市民として金の栄誉賞を授けられているエーリッヒ・ファイグル。訳者は,20年以上にわたってドイツでの勤務を経験してきた北村佳子。


    まさに生涯が大河ドラマ。オットー大公の理想主義的かつ現実主義的な政治哲学にも共感するところが多かったです。また,第一次世界大戦から冷戦終結までの欧州情勢を,オーストリアという(あまり多くの日本人が普段は意識しない)視点から覗けることも魅力的。

    〜あえて一言で言えば,私には最終的な拒否は存在しません。というのも,私が長い政治家としての人生から何かを学んだとしたら,それは政治の世界には二つの言葉,「決して(し)ない」という言葉と,「恒久的な(永遠に)」という言葉は見当たらないとうことです。「恒久的な」のは神であり,歴史を少しでも知る人であればおわかりでしょうが,その根本法則は変化です。〜

    とある書評で見かけましたが☆5つ

  • 第1次大戦後の皇帝廃位後も、オットーと弟たちは表舞台で活躍し、第2次大戦後のオーストリアの独立、復興に尽くした。1918年に6歳で故国を終われ、ポルトガルのマデイラでの家族再会。1922年には父カール1世の平安な死。長期の亡命生活、ヒトラーとの闘い、スペイン通過ビザ取得で数百人に及ぶ多くの社会主義者、ユダヤ人を救い、戦後は「自由なオーストリア」の復活のために弟ローベルト大公たちと奔走。そしてなんと1989年のベルリンの壁崩壊を導いたハンガリーのパン・ヨーロッパ・ピクニックを主宰し、東西欧州の統一に貢献!過去の人物として不遇をかこったのではなく、ルーズベルト、チャーチル、ドゴールらとも親交を築いたというのは驚くべき人生!最後の皇帝カール1世の信仰的な死、そして復位を求めないオットー兄弟。爽やかな本だった。ヒトラーを遠くから見た印象、フランコ総統の寛容さなども興味深い描写。現代史をここまでリアルに表現できるのはこの人物にしてできたことだろう。1912年生れ、2011年死去の激動の現代史の生き証人だ。
    オットーが「カトリック擁護者は普段、無神論者であり、イスラムに対抗する場合に、《キリスト教徒》のふりをする。逆に一神教のもとでの自明の仲間意識が存在する」!と語る。イスラム教徒への視線は優しい。今の時代への貴重な助言である。ローベルトとチトー元帥の偶然の出会いの場面の逸話「大公殿下、参上いたしました」(P279)が実に愉快!!

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