精神科医がみた老いの不安・抑うつと成熟 (朝日選書)

  • 朝日新聞出版 (2019年12月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784022630926

みんなの感想まとめ

老年精神医学の視点から、心の健康と老いに関する深い洞察を提供する一冊です。著者は、患者とのエピソードや自身の経験を通じて、精神科医としての実践的な知識を分かりやすく伝えています。特に、認知症に関する考...

感想・レビュー・書評

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  • 生の収束に向かって、命を収斂させていく。
    (この本の執筆後、出版前に著者は病死したという。)

    老いるとは喪失を通して新たな自分を築いていく創造性をもっている。つねに死につつある生とは、同時につねに生まれつつあるものでもある。日々新たになっていく原動力でもある。老いが新たな世界をもたらす。悲哀、孤独を体験したゆえである。老いは豊かさとでもいうか。「年をとってはじめてわかったことがある」という言葉がそれを物語っているが、そこに標準化された尺度はない。老いをどう生きているかは、それまでをどう生きてきたかを映し出す。人格の発達にゴールはない。社会がもてあますと貼る「人格障害」というレッテルは、自分らしく老いを生き抜こうとしていたひとたちの勲章なのだ。

    ユングは、ひとの前半生は外的適応が主たる課題であると言った。社会的環境、人間関係などへの協調を図る外的適応である。そして後半生は内的存在に価値を置き、「真に個性化=自分らしさ」をもたらしていく時期である。主観的世界での充足感や感情的安定などが内的適応である。この課題がうまくいかないと抑うつが生じる。

    サルトルは老いを「実感されえないもの」とみなしている。彼は人種、身分、顔の美醜などは、他者の眼差しや言葉により意識されるという。それについて十全な内的体験をもつことができない。

    ラカンは、ひとは生後半年から1歳半のあいだに鏡に映る姿を自己だと認識するようになるという。
    しかし鏡像とは想像上の自画像である。主体と自我の食い違いはこの時期から始まる。自画像の歴史をたどると鏡の技術革新と軌を一にしていることがわかる。14世紀にガラスの裏に錫を貼り付けた鏡が開発された。

    連続的、斬新的に醜悪な老化を遂げていく身体をもつ、その者の意識は間歇的で不規則だ。根底には、本人が気づいている、いないにかかわらず抑うつ不安がある。
    認知の障害とは、考え方の障害のことを言う。ほんの少しの身体的変化から敏感に死の兆候を感じ取り、ひとり打ちひしがれる。潜在する恐怖が老いの多様性に拍車をかけている。死は第一人称としての近い将来の現実の出来事なのだ。

    免疫系の老化を研究した多田富雄は老いの多様性について「さまざまなレベルでの異常(多重構造)を認められるが、入れ子のようにばはらばらに非連続的に組み込まれているだけで、老化の過程には法則性をみいだせない。私たちはこの不連続な現象のどこかを目撃するに過ぎない。」と言った。
    ではどうすればよいのか。規則性や連続性という直線的な変化ではなく、多様性に含まれているさまざまな相を結ぶ複数の曲線的な連関をとらえるしかない。

    死の告知から死にいたるまでの時間が長くあるのなら、身近な人はそれまでの関係性を捨て去り、新たに再構築することができる。
    最愛の母の急死を嘆くボーヴォワールは、「自然死は存在しない。人間の身におこるいかなることも自然ではない。その死は事故である。不当な暴力である」と言った。
    ボーヴォワールとサルトルは1929年に契約結婚し、約50年その関係を続けた。脳循環代疾患に侵され死に急ぐサルトルに、ボーヴォワールは死を宣告しなかったという。一切の弱音を吐くこと許さないという生き方を二人は貫いたという。



    明治5年(1872年)当時の東京市。ロシア皇族の来日が予定されていた。そのために設立された養育院は、救貧者を収容した施設である。浮浪者、障害者、病人、その中には当然老人も含まれていた。1972年まで施設内医療に徹していたものの高齢化する社会からの要請もあり、地域社会へ開放された。

    関東大震災から2年後の1925年。被災した老人のための医療部門を備えた総合的老人施設「涼風会」が生まれた。定員500人に常勤医師3名。医療の対象は施設入所者で地域には開かれていなかった。日本における老年医学発祥の地と言われる。1977年には経営難に陥り国会で取り上げられマスコミを騒がせたが、社会福祉法人となり被災者以外の高齢者向け入所施設となっていた。

    精神病理学では長年、老年期の心理を病気とは区別し、精神病質異常人格などといい、脳の損傷を研究対象から外していた。しかし医学用語における「痴呆」は、「ディメンティア(脳疾患による知的障害)」と呼ばれるようになった。私は1979年にディメンティア老人の心理に対する理解を深めるため涼風会病院へ向かった。そして高齢者の精神的問題がそれまでの知識と別のものであることを思い知らされる。
    しかし医療はともかく地域の一般病院のレベルから大きく遅れ、看護部門はおざなりにされていた。院内改革の必要を感じ、いつの間にか副院長として運営の責任を担う立場になっていた。老人医療に特化している涼風会の存在意義は、現代にもあるのか問われている。
    施設症とは、長く入院していると、病院の閉鎖的な環境に適応しようとして社会性を失っていくことを言うがそれは職員にもみられる。私は外来と入院を地域に開き、体制の社会化をもってした。一般病院でも入院患者の60%以上は高齢者が占めている。需要は十分にあった。

    ディメンティアの「徘徊」は迷子とは違う特徴を有している。その特異性は、道に迷っているという自覚がなくひたすら歩き続けるところにある。それは自他の関係、状況の意味などを認識できないことを示している。生活行動や能力を保持しているにもかかわらず、その機能を必要に応じて適切に用いることなく、心理的な不安や緊張で揺れ動くことを破局反応という。ディメンティアとは、保持している機能を統合する高次機能の障害である。本人に病識がない。

    せん妄とは、脳の機能が統制を失った一時的な意識障害を指す。原因が明確にあり、発症も回復も突然である。

    ディメンティアは内臓疾患と違い、診断後の余命が長いものの回復することのない障害である。簡単なサポートによる安心感から保持している習慣化された行為を再び発揮することもできる。
    進行すると、状況や相手により態度を使い分け自分の意思を主張することがなく、コミュニケーションが形骸化する。滅裂思考やでまかせに応答することが多くなる。

    精神医学の分野で老年精神医学が確立されたのは1970年代高齢社会と化したヨーロッパにおいてである。我が国はヨーロッパ諸国から遅れること約20年1994年になって高齢社会へ到達している。それに先立ち1982年には新たに法律を制定し、高齢者の医療と福祉は施策の柱となっていた。
    しかし医療行政に臨床的理解は乏しい。精神科病院では、国際的非難の的となった長期入院患者の退院を促進し、代わりにディメンティア患者が収容されるという。私にはディメンティア患者が医療現場の管理下におかれる必要を感じられない。

    「認知症」という単一疾患は存在していない。厚生労働省が2004年に使い始めた。今では一般社会において望ましくないとされた高齢者の精神的問題の総称が「認知症」だ。認知障害など妄想による言動がそれにあたるだろう。老年期だけの異常ではなく、幼少期の子どもでも同じように不安や怒りを行動で表現しなければならない時はある。介護者との緊張した関係、生活状況の変化などを本人の立場で考えると理解できることが多い。

    言語の崩壊は思考の崩壊である。一般社会とかけ離れてしまっている言葉は他にもある。看護では医療的かかわりをキュア、心身両面のかかわりをケアと呼ぶ。そして介護保険を機に生まれた「介護」という言葉は高齢者の生活障害へのかかわりに焦点をあてている。本書では、家族によるかかわりを介護、ケアスタッフなど専門職としてのかかわりをケアと呼ぶことにする。

    介護保険制度の前身には福祉公社という、高齢者の生活支援を目的とした自治体の設立による住民参加型(有償ボランティア)の非営利団体があった。

    ケアスタッフには、日常生活のサポートを目的として契約による「責任」が生じる。ケアの専門職が老いの当事者(高齢者)と結ぶ関係性は「非日常的」である。
    スタッフはひとりひとり個性があり年齢、性だけでなく性格や趣味、思想信条などはまちまちである。しかし感情や信条の違い、性差などを超越することでしか「責任」を果たすことができない。
    自分のかかわりが当事者にどう受け止められたのか、それが適切かどうかを「検証」する必要がある。そのため自分のかかわりを同僚らにオープンにしなければならない。

    コタール症候群とは、精神病性の妄想である。重症うつや統合失調症でみられる。自分そのものが存在していないという不安と苦悶を抱き、自殺願望を口にする。身体器官がない、機能していないと訴え、していることすべてを否定していく。体感幻覚症をともなっていれば、ありえない身体感覚を訴える。器質的異常はない。知覚異常があれば、痛みや痒みをともなう。生存への希求が強くあり、その反動によると思われる。

    ※補足
    反動形成(はんどうけいせい)とは、精神分析の防衛機制の一つです。この防衛機制は、自分の気持ちを表現することへの「恥ずかしさ」や「恐怖」、受け入れがたい衝動や恥・不安を隠すために、あえて反対の行動をとり、心の安定を保とうとします。 本来は不潔なものを好む欲求を隠し、過剰に綺麗好きになる潔癖症は、強迫性障害(OCD)の症状の一つである。これらの逃避は、その表現方法が問題だとしても、危険を避けるために、ある程度適応的なことである。しかし強大な獣から逃げてもいいが、別の獲物を狩らなければ、飢えてしまうわけである。そのため、マインドフルネスなどで、不安や恐怖をアクセプトすることを訓練することなどが考えられる。https://it-counselor.net

    実際には存在しないことをあったこととして回想するものを偽記憶といい、作話や妄想などがこれにあたる。
    感情や人格の反応による妄想とは違い、重複記憶錯誤は脳気質(器質)疾患であり、家や人物に関する体験が二重に現れる。現実の対象と回想された記憶とが同一視されることなく連続性もない。追想の障害で過去の体験を誤って、あるいは変形、歪曲して追想される。意識障害であり、誤記憶にあたる。

    精神医学では、嬉しい、怒り、不安などの「情動」がある時間持続することを「気分」や「感情」という。
    「基底気分」とは消えたり現れたりと一定のサイクルをもつ気分のことだ。
    「悲哀」とは、身近な人の死や土地との別れなど、大切な精神的資産の喪失体験を原因とし、その時の感情を繰り返し反復しながら、再起するまでのことをいう。(病ではないが傷のようなものだ。)

    「身体因性・器質性うつ」「症候性うつ」は、パーキンソン病やウイルス感染時に混乱が見られる様子のことである。
    対して「背景抑うつ」「反応性うつ」とは、発症者に原因となる出来事が明確に自覚できる軽度の心因性抑うつ状態のことである。こちらはいわゆる治るうつのことで、難治性の場合 「内因性うつ」「生気的抑うつ」と呼ばれ、分けられる。

    (自分を語りたがらない性格をもつひとなど、発症原因が明確にならない。心を閉ざしているともいえる。時とともにこれまでそこにあった資源に依存した生き方を続けられなくなっていく。)

    MRIのない時代、アルツハイマー病の臨床診断は難しかった。遺体の剖検から誤診が発覚することは稀ではなく、誤診率は80%に上っていたという。碩学の川喜田愛郎は医療は科学ではないと言った。医療は薬害、誤診を修正しながら組み立てていく実学であるらしい。

  • 読み終わったあとに著者が逝去されている事を知りました。御冥福をお祈り致します。
    面白いほんでした。先生の生活から、出会った患者さんのエピソードはもちろんのこと、鑑別などその日から使えるものも多いです。

  • 老年精神医学の先達で、「老いの心と臨床」など高齢者の心の襞に触れるような文章を紡いでこられた著者の最新版として早速読了したが、昨年9月に逝去されており、くしくも最終書であることを知ることになった。古き良き伝統的精神医学の手法で、症状の背後の心理を読み解く重要性をさり気なく語られる。認知症に関しても、「認知症が増加し多様化するなかで老年精神科医に求められているのは、誰でも診断できるマニュアルではなく、精神科臨床の原点に立ち返り生活の中で認知症がどのように現れるかをもっと知ることである」という言葉は現代の認知症臨床にはけだし重要な言説である。

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著者プロフィール

1941年生れ。精神科医。主な著書に『高齢者の孤独と豊かさ』『老いの心と臨床』など。

「2011年 『老いの心の十二章』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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