権力にゆがむ専門知 専門家はどう統制されてきたのか (朝日選書 1026)
- 朝日新聞出版 (2021年12月10日発売)
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感想 : 8件
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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784022631169
作品紹介・あらすじ
コロナ禍により、感染症対策をめぐる政治と専門家の関係がかつてないほど注目された。専門家(専門知)はいかなる思考と根拠のもとで政治に助言するのか。本書は、日本現代史を射程に、行政学の第一人者が考察する。1980年代の中曽根政権時代に「私的諮問機関」が濫設(らんせつ)された。法令に根拠をもたず要綱などで臨機応変に設置でき、政治権力にとっては使い勝手がよい。いまやそれは「有識者会議」「審議会」という言葉にかわり、第二次安倍政権以降、次々と設けられた。集団的自衛権を行使容認とする法体制を審議した安保法制懇談会をはじめ、教育再生実行会議、働き方改革実現会議、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議はその代表例である。政治・行政は、なぜ有識者(専門知)を取り込もうとするのか。期待するのは科学的助言か、政策を正当化するための世論動員か。政治と専門知のあり方について、占領期に遡り、GHQによる専門家の外部調達、吉田茂内閣で発足した経済安定本部、官庁エコノミストの活躍、旧財閥企業による原子力利用の調査研究をはじめとする原子力政策、池田勇人政権の国民所得倍増計画、財政学者・大内兵衛らによる社会保障制度審議会、「増税なき財政再建」を掲げた第二臨調での国鉄解体・分割民営化など「専門知の政治化」がパラレルに進行した1980年代から、介護保険、司法制度改革、学術会議会員任命拒否問題、新型コロナウイルス感染症対策といった最近の動向まで、特徴的なジャンルで考える。
みんなの感想まとめ
政治と専門知の関係を深く掘り下げた本書は、特に近年の日本における専門家の役割とその政治的影響を鋭く分析しています。特に、学術会議の任命拒否問題や新型コロナウイルス対策における専門知の扱いを通じて、権力...
感想・レビュー・書評
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2020年9月の菅政権による学術会議に絡む任命拒否事件を発端として、学問・研究の自由、言論の自由への介入を窺っている政権のあり方を検証している著作だが、新型コロナウイルスに対する第二次安倍政権の杜撰なやり方、さらには有識者会議と称する 一見まともな施策が実は政権への忖度に終始してた実情を多くの事例であからさまにしている.専門知をないがしろにしていることをここまで明確にしている姿勢は素晴らしいと感じた.安倍政権が新自由主義の御旗のもとに現代社会を破壊してきたことを見ると、暗殺事件がある意味で救いの手を差し伸べてくれたのではないかとも考えている.
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2023/7/7
かなり抑制的ではあるけれど専門家としての使命を放棄した御用学者や忖度官僚の問題について。
現実には専門家・技術者・官僚だけではなく、政治家自身、それを取り巻くメディア(というに値しない者たちも多いが)の問題でもあるのだが、この数年間、ずっと不思議に思い、不快に感じたのはいったい彼らは何がしたいのだろうかという疑問だった。
それが本書で解けたわけではないがその仕掛けは少し判ったような気がする。
有識者会議や司法の不透明性などの問題は、先日読んだ「黒い海」の調査側の意図に通じるものを改めて感じた。
『…「国家」を強調する政治家…にとっては「国家」あっての市民であり、市民の権利や自由のもとに「国家」…があることなど、思考の埒外にある…』
そうだよなと思う反面、国家の事だって本当に考えているのかなとも感じてしまう。
少なくともその取り巻きや太鼓持ち連中は金目当てや、サル山のボスの周りにいるという優越感?に浸りたいだけのような印象しか感じない。
もしそれが組織の中でやむを得ないことであっても、その(自身が組織側にいる)状態が未来永劫続くことなどないのに、なぜ自身の尊厳を犠牲にしてしまうのだろうか…自身がプリゴジンにさせられてしまわない保証などどこにもないのに。
赤木さんが特別に見える世界は異常でしかないと思うのだが。 -
論点は面白いが、筆者が右寄りで、偏った意見が目立つ
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言いたいことは分かるが、著者も少し偏向している様に思います。
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