作家的時評集2000-2007 (朝日文庫 た 51-1)

著者 : 高村薫
  • 朝日新聞社 (2007年10月10日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (440ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022644145

作家的時評集2000-2007 (朝日文庫 た 51-1)の感想・レビュー・書評

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  • 知人に紹介いただいて読んだ。
    この時期は小泉首相の時代でまだ自民党が大敗する前、東日本大震災では無く神戸の地震などが時評として出てくるが、正に歴史は繰り返すという感じがする。

    その時に感じたことを自分の言葉で表現することは、非常に大事な事なのだと改めて感じさせられた。

  • 「ミレニアム」に始まり「安倍晋三辞任」に終わる本書が取り上げるこの7年あまりの年月について、個人的には「矢の如く」過ぎていった印象があり、出来事の前後関係を付属の年表で確認しながら「もうそんなに経つのか」等と意外な思いに駆られることが多かった。2000年以降の自らを世の中の出来事と重ね合わせて振り返ることが出来たのは収穫だった。しかし私は、(そしておそらく著者である高村薫も)この期間に起こった数々の目まぐるしい、そして個々の脈絡の無い出来事の数々をこうして改めて前にして、ただただ、混乱するばかりである。
    「作家的」と銘打たれた本書は、世の評論家やジャーナリストが物する「時評集」とは異なり、出来事から何かの法則を導き出し、分析し、時に複雑な背景事情を描き出すようなものでは全く無い。「作家的」であるということは本書の中に様々見出せる矛盾や葛藤が、おそらく後から手を入れることも無くむき出しに晒されていることからも明らかなように、「評論家的」な批判には脆弱である面も持つだろう。ただ、彼女の言葉は常に自らを安全地帯に置くことをしない。それは同時に言葉に対する誠実さが、事態の切迫を、そして政治家や社会等というあいまいな誰かにとどまらず、「我々」のありようを問い詰めてやまないということでもある。

  • 高村薫は右翼かと勝手におもっていたのだが、驚くほどに思想信条の似た右目のリベラルでした。小泉政権に対する違和感と消極的支持、安部政権の幼稚さへの忌避感、政権交代への期待と民主党への不信感。全てが混ぜこぜになった中でそれでも思考をやめない、諦めない。言葉を捨てない作家の矜恃を見ました。

  • 非常に興味深く読ませていただいた。大好きな作家である高村先生の頭の中が垣間見えられた。くりかえす小泉批判。国民よ、選挙に行け!民主主義である以上選挙でなければ何も変わらないし、投票率が50%を切るということは国民の半分が国や町をよくすることを放棄しているというこの現実、いたって不健康。政治家のせいだけなく、国民の責任であることは間違いない。なので、選挙に行け。非常に納得。
    しかし、同じ話題(小泉批判、選挙行け)が繰り返されるのは正直しんどい...
    政治に関心を持たなくてはいけないことを身につまされた。自分(国民)の考えを変えなければ、国は変わらない。おそまきながら文藝春秋とか読んでみようかな。

  • 世界や社会の問題を自分の皮膚感覚でとらえることにこだわり、その言葉にし難い感覚を、慎重に言葉を選び、多量になることに臆することなく積み重ねて解き明かそうというスタイルは、著者の小説作風と変わらない。複雑な事柄は単純な言葉で説明することはできないのだ、という著者の主張は、「わかりやすい政治」や「簡易なコミュニケーションツール」は、それ自体「思考の単純化」でしかないという批評につながっていく。

  • 元来、彼女の本職であるサスペンスが好きだったのですが
    AERAで彼女のコラムに出会って、
    視点もさることながら、描写の深さに感銘を受けました。

    各年の年表もあり、昔を思いながら、また
    其の頃の自分の考えと照らし合わせながら
    楽しむことが出来ました。

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