街道をゆく 8 熊野・古座街道・種子島みちほか (朝日文庫)

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  • 朝日新聞出版
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (337ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022644473

作品紹介・あらすじ

西南戦争の揺籃となった私学校は南方の習俗としての「若衆組」と同義ではなかったか、という仮説を検証すべく歩いた「熊野・古座街道」「大和丹生川(西吉野)街道」と、薩摩の士族文化の残像を求めて飛んだ「種子島みち」。いずれも大作『翔ぶが如く』の執筆と並行する旅だった。ほかに「天領」日田の豊かさや由布院の新しいまちづくりを実感する「豊後・日田街道」を収載。

感想・レビュー・書評

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  •  本巻は、①南紀・熊野古道、古座。②豊後・日田街道。③大和、下市。④種子島など。

     ①と④、しかもその関連性がより一層興味深い。
     本書に拠れば、熊野をはじめ紀州と種子島との相互関連や往来が、古代期から続いてきたことが伺える。
     例えば、種子島における熊野(よさの)等の地名などにその残滓が見て取れる。

     一方で、意外にも種子島は多・良な砂鉄産地。
     具体的には、種子島での、弥生時代・2世紀の遺跡にある鉄製釣鈎に依拠している。
     一般に、国内のたたら製鉄開始は5世紀以降だが、この種子島の遺跡は国内では稀有というのが注目すべきか。 また欧州伝来の鉄砲の大量生産。これを最初に実現したのは種子島だが、これもまた既存の製鉄技術が後押ししたと解釈できそうだ。

     一方で、紀州根来も鉄砲隊で著名だが、著者の言うとおり、古代から連綿と続いてきた、種子島と熊野ほか紀州との結びつきがあったればこそ、との解釈も不可能ではなかろう。

     意識すべきは、ⅰ)古代より続く熊野神社の各地域への影響力。ⅱ)海の道、南海道の役割と歴史的意義。南西諸島⇔種子島⇔薩摩⇔土佐⇔紀州の一帯性。ⅲ)古代から続く製鉄センター・種子島の意義。ⅳ)敬語の少ない南海道の地域的特性の意味といったところだろう。

    1979年刊行(週刊朝日初出75~76年)。

  • 九州は行ったことがないけど、船上から見たことはあります。桜島も見ました。この本を読んで、単に好きであった「焼き物」も歴史をたどると、明と暗の部分があることがわかりました。

  • 熊野・古座はもっと古代のことを書いて欲しかった。江戸期までの夜這いや若衆はあまり興味がわかなかった。

    種子島は中々おもしろかった。南方の小さな島に、住吉神社や熊野神社があるのは紀州など中央と交流があったからというのは面白い。海流のせいなのか。根来衆も種子島に寄っていたのか。
    薩摩と対等に近い関係だった。

  • 【古座街道】
    はあまり何にも引っかることなく読み終えてしまった。
    南方熊楠のこととか触れてたらもっと読み込んだかな。

    【種子島】
    島主さんがとても気持ちのいいおじい様で南国の朗らかさを伝えてくれてます。
    種子島って宇宙開発センターといい、今も昔も時代の最先端を行く場所ですね。

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著者プロフィール

司馬遼太郎は、1923年、大阪市生まれの日本の歴史小説家・エッセイストである。故人。
本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名の由来は「司馬遷に遼(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。
特に歴史小説の大家として知られ、代表作は「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「翔ぶが如く」「燃えよ剣」「新撰組血風録」「菜の花の沖」「花神」「世に棲む日日」「梟の城」「関が原」「功名が辻」「国盗り物語」「街道をゆく」「十一番目の志士」「城をとる話」「風神の門」「二十一世紀に生きる君たちへ」他多数。その多くが大河ドラマ化、テレビドラマ化、映画化、コミック化などの形でマルチメディア展開されている。

司馬遼太郎は産経新聞社記者として在職中の1960年に、『梟の城』で直木賞を受賞。
1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。
戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。
1996年2月に72歳で逝去。
2001年には、東大阪市の自宅隣に司馬遼太郎記念館が開館。

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