一握の砂 (朝日文庫 い 72-1)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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  • / ISBN・EAN: 9784022644527

感想・レビュー・書評

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  • 母が亡くなった後に、愛用のタンスの中にずいぶん昔の手帳があるのを見つけた。其処には啄木の歌が何首か書き抜かれていた。恋の歌が多かったと思う。その内容から10代の頃の手帳だと思った。

    意外だった。母の10代は、兄2人が戦死し、父親も後を追うように亡くなり、なんとか帰郷した兄と妹と母親とで、やり繰りしながら暮らしていた頃だ。現代の十代のように青春を謳歌する暇はなかった、と聞いていた。

    けれども、よく考えると、毎年のクリスマスに私へのプレゼントとして本が置かれるわけだが、小学高学年か中学生のある年は石川啄木詩集が置かれていた。母親のチョイスに、なんの疑問も持たずにざっと読んで、私は直ぐに歴史大河小説などを読んでいた。彼女としては、思い入れのある本で、渡す数日前には彼女が愛読していたのだろう。

    今回改めて読み直してみると、「蟹とたはむる」なよなよしさは、一切感じず、明治後年の貧困をもたらす社会と、与謝野晶子よりも遥かに直接的な反戦歌があることに驚いた。貧困と反戦、それは戦後の母にとっては、あまりにも当たり前のことであり、だからこそ彼女は啄木に惹かれたのかもしれない。

    以下、気になった歌をコピペする。

    こころよく
    我にはたらく仕事あれ
    それを仕遂げて死なむと思ふ

    何処(どこ)やらに沢山の人があらそひて
    鬮(くじ)引くごとし
    われも引きたし

    気の変る人に仕(つか)へて
    つくづくと
    わが世がいやになりにける

    友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
    花を買ひ来て
    妻としたしむ

    夜明けまであそびてくらす場所が欲し
    家(いへ)をおもへば
    こころ冷たし

    人みなが家(いへ)を持つてふかなしみよ
    墓に入るごとく
    かへりて眠る

    何かひとつ不思議を示し
    人みなのおどろくひまに
    消えむと思ふ

    己(おの)が名をほのかに呼びて
    涙せし
    十四(じふし)の春にかへる術(すべ)なし

    そのむかし秀才(しうさい)の名の高かりし
    友牢にあり
    秋のかぜ吹く

    田も畑(はた)も売りて酒のみ
    ほろびゆくふるさと人(びと)に
    心寄する日

    わが抱く思想はすべて
    金(かね)なきに因するごとし
    秋の風吹く

    むやむやと
    口の中(うち)にてたふとげの事を呟く
    乞食(こじき)もありき

    意地悪の大工の子などもかなしかり
    戦(いくさ)に出(い)でしが
    生きてかへらず

    むらさきの袖垂れて
    空を見上げゐる支那人ありき
    公園の午後

    忘られぬ顔なりしかな
    今日街に
    捕吏(ほり)にひかれて笑(ゑ)める男は

    真白(ましろ)なる大根の根の肥(こ)ゆる頃
    うまれて
    やがて死にし児(こ)のあり

    おそ秋の空気を
    三尺四方(さんじやくしはう)ばかり
    吸ひてわが児の死にゆきしかな

    2019年3月読了

    • ☆ベルガモット☆さん
      kuma0504さん、お返事ありがとうございます!
      本に関するプレゼントとしては、小学校低学年の時に毎月父が『日本や世界のむかしばなしシリ...
      kuma0504さん、お返事ありがとうございます!
      本に関するプレゼントとしては、小学校低学年の時に毎月父が『日本や世界のむかしばなしシリーズ(小学館)』を手土産に渡してくれるのがいつも楽しみでした。母や弟とよく近所の図書館に行って、その帰りにおやつを買ってもらうのが楽しみでした。
      江戸川乱歩や赤川次郎とか読んでいたような気がしますが、武者小路実篤『友情』ヘッセ『車輪の下』で打ちのめされて数日暗い気持ちで過ごしたり、あとは超能力を養う本を読んだりしてました。

      小学4年から本プレゼントが始まったのですね!!
      すでに中学生で賢治作品は8割読破、更に詩集をリクエストして愛でるだなんて、本に対する姿勢が素敵です。歴史への造詣の深さもこの時期からのようですね。
      伝記シリーズは通る道でしょうが、『田中角栄の伝記』は時代を感じますね。新美南吉は読んでいないので、読みたいリストに銜えようと思います。
      2023/08/20
    • kuma0504さん
      ベルガモットさん、こんにちは。

      もう両親の思い出は上書きされることはないと思っていたのですが、「伝記」のことを書いている途中で「もしかした...
      ベルガモットさん、こんにちは。

      もう両親の思い出は上書きされることはないと思っていたのですが、「伝記」のことを書いている途中で「もしかしたら‥‥」という気付きがありました。
      「宮沢賢治」の本をプレゼントしたら、思いの外賢治の童話をたくさん読み始めた!この子は、伝記でいろいろ学びのキッカケを作っていくのかしら?だったらもっと賢くなるように有名な科学者の伝記を読ませようかしら。あらあら、理科の点数はあまり変わらないわね。じゃあ、「少年よ大志を抱け」じゃないけど、中学生になったらともかく勉強するように角栄さんの伝記を読ませよう!

      ‥‥というような「考え」があった可能性が、十二分にあるような気がしてきました。

      改めて、プレゼントとは、人の思いをのせてゆくものなんだと思います。何十年も経ってもいろいろ想像できるから。

      >小学校低学年の時に毎月父が『日本や世界のむかしばなしシリーズ(小学館)』を手土産に渡してくれるのがいつも楽しみでした。

      とっても素敵なお父さんですね。
      小学生で「車輪の下」や「友情」を読んでいるなんて、あまりにも大人過ぎる!
      (私は「友情」は中2旺文社文庫で、「車輪の下」だけでなく外国文学は苦手で、未だ読んでいません)

      大切な気付きを与えてくださり、ありがとうございました。
      2023/08/20
    • ☆ベルガモット☆さん
      kuma0504さん、こんにちは。

      ご両親の期待度、思惑に関する心のつぶやき、ありそうですなっ!
      kuma0504さんの少年時代のご...
      kuma0504さん、こんにちは。

      ご両親の期待度、思惑に関する心のつぶやき、ありそうですなっ!
      kuma0504さんの少年時代のご家族との素敵なエピソードで元気をいただきました。
      >改めて、プレゼントとは、人の思いをのせてゆくものなんだと思います。何十年も経ってもいろいろ想像できるから。
      じーんときました。気づかなかった親の想い、ふとよぎることがあり、もっと優しくしておけばよかったと思います。あ、父はまだ元気です。
      言葉足らずでした、「車輪の下」や「友情」は中学の時です。それで、一時期純文学が苦手になりました。外国文学は、翻訳の方の癖があるし、私もあんまり読んでません。
      こちらこそ、交流くださるご縁に感謝しております。またお邪魔します。
      2023/08/20
  • 啄木のプライドが高いながらも脆い繊細な精神状態。
    日々を彩る歌。
    特に妻を思いながら書いた歌が
    日常の中でとても慈しむようで好き。
    あと、亡き息子への想いが最後綴られていて
    とても切なくなりました。

    きれいな日本語で日常を描く啄木はとても素敵。
    音でも美しさを感じられるので、
    ぜひ声に出して言葉にして読んでほしい作品です。


    以下、心に残った詩です。
    (メモ代わりなのでとても多いです。)


    しつとりと/なみだを吸へる砂の玉/なみだは重きものにしあるかな
    やはらかに積れる雪に/熱てる頬を埋むるごとき/恋してみたし
    それもよしこれもよしとてある人の/その気がるさを/欲しくなりたり
    何がなしに/息きれるまで駆け出してみたくなりたり/草原などを
    とかくして家を出づれば/日光のあたたかさあり/息ふかく吸ふ
    ある日のこと/室の障子をはりかへぬ/その日はそれにて心なごみき
    人といふ人のこころに/一人づつ囚人がゐて/うめくかなしさ
    叱られて/わつと泣き出す子供心/その心にもなりてみたきかな
    顔あかめ怒りしことが/あくる日は/さほどにもなきをさびしがるかな
    学校の図書庫の裏の秋の草/黄なる花咲きし/今も名知らず
    さらさらと雨落ち来り/庭の面の濡れゆくを見て/涙わすれぬ
    愁ひ来て/丘にのぼれば/名も知らぬ鳥啄めり赤き茨の実
    西風に/内丸大路の桜の葉/かさこそ散るを踏みてあそびき
    飴売のチヤルメラ聴けば/うしなひし/をさなき心ひろへるごとし
    あはれ我がノスタルジヤは/金のごと/心に照れり清くしみらに
    ほのかなる朽木の香り/そがなかのたけの香りに/秋やや深し
    わかれ来てふと瞬けば/ゆくりなく/つめたきものの頬をつたへり
    さらさらと氷の屑が/波に鳴る/磯の月夜のゆきかへりかな
    さりげなく言ひし言葉は/さりげなく君も聴きつらむ/それだけのこと
    世の中の明るさのみを吸ふごとき/黒き瞳の/今も目にあり
    かの時に言ひそびれたる/大切の言葉は今も/胸にのこれど
    山の子の/山を思ふがごとくにも/かなしき時は君を思へり
    忘れをれば/ひよつとした事が思ひ出の種にまたなる/忘れかねつも
    君に似し姿を街に見る時の/こころ踊りを/あはれと思へ
    かの声を最一後聴かば/すつきりと/胸やはれむと今朝も思へる
    時として/君を思へば/安かりし心にはかに騒ぐかなしさ
    わかれ来て年を重ねて/年ごとに恋しくなれる/君にしあるかな
    こころよく/春のねむりをむさぼれる/目にやはらかき庭の草かな
    用もなき文など長く書きさして/ふと人こひし/街に出てゆく
    するどくも/夏の来るを感じつつ/雨後の小庭の土の香を嗅ぐ
    すずしげに飾り立てたる/硝子屋の前にながめし/夏の夜の月
    君来るといふに夙く起き/白シヤツの/袖のよごれを気にする日かな
    ゆゑもなく海が見たくて/海に来ぬ/こころ傷みてたへがたき日に
    葡萄色の/長椅子の上に眠りたる猫ほの白き/秋のゆふぐれ
    水のごと/身体をひたすかなしみに/葱の香などのまじれる夕

  • 有名な歌集ですが、こうして本を購入して読んだのは初めてです。
    「三行書き」に込められた啄木の思いが時空を超えて甦ってくるようです。
    特にふるさとに関する歌が心に響きました。また時を経て何度も読み返したい一冊です。

  • #novel
    そうでした、こういうのでした…中学生時代に読んで、なーんて暗い歌ばかりなのだろう…と思ったものです。が、オサーンになってから再読すると、また違う感慨が。啄木24歳とは言え、明治の天才に常である老成した視点に共感。そして胸を打つ。穿つ。

    忘れていたのが序文。この時点でもう辛かったのでした。


    「函館なる郁雨宮崎大四郎君
     同国の友文学士花明金田一京助君

     この集を両君に捧ぐ。予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。
     また一本をとりて亡児真一に手向く。この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。この集の稿料は汝の薬餌となりたり。而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。」


    後段の三月で早逝した愛児への文章はもう…


    内容も、ネガティブ系が8割、その内半分がダウナー系、そのまた半分がスーサイドネタ。有名な一握の砂の歌も停車場の歌、ぢっと手を見るの歌も、むしろ明るい方です。あ、せっかくですから転載しましょう。


      頬につたふ
      なみだのごはず
      一握の砂を示しし人を忘れず


      はたらけど
      はたらけど猶わが生活楽にならざり
      ぢっと手を見る


      ふるさとの訛なつかし
      停車場の人ごみの中に
      そを聴きにゆく


    うん間違いなく素晴らしい。
    ダウナーネタではこんな感じ。


      誰そ我に
      ピストルにても撃てよかし
      伊藤のごとく死にて見せなむ


      我に似し友の二人よ
      一人は死に
      一人は牢を出でて今病む


    特に辛いのが、後半にある亡児への八首。
    悲しみと言うよりも、心に穿たれた巨大な空漠を感じます。
    そのラストがこれで…


      かなしくも
      夜明くるまでは残りゐぬ
      息きれし児の肌のぬくもり


    ………



    ポジティブ系は、主に友人への歌でした。


    私が知る短歌というものは、もっと「相聞」つまり恋愛の歌が多いものだと思ってました。ここまで暗いとは…しかし、暗くとも551首全てが素晴らしい。美しい。若く、そして卓抜した才能の煌き。明治の文豪の特有の、研ぎ澄まされたダダイズム。
    艱難辛苦が玉を成す。逆境と狂気こそが芸術の原動力。戦争こそが科学を進歩させる、のと同じベクトルで、あまり認めたくないのですが。しかしそれもまた一面の真理ではありますか。
    もちろん、彼ら偉大な才能が、平和な時代にあれば、また違った芸術を生み出したはずです。元禄文化とか現在のラノベ隆盛とか……やっぱり明治のダダイズムのほうが百倍美しい、と思ってしまいます。

    最後に、個人的に一番心に残った一首を。


      何がなしに
      頭のなかに崖ありて
      日毎に土のくづるるごとし



    ・石川啄木「一握の砂」読了。

  • NHKのテレビ番組のJブンガクを見ています。
    2010年の8月に一握の砂を紹介していたので読み直しました。

    石をもて追はるるごとく
    ふるさとを出でしかなしみ
    消えゆる時なし

    という詩を

    the grief of leaving hometown as if chased by men with stones never goes away

    と訳していました。

    へー,そう訳すんだと
    一握の砂 の中身と英語の勉強になりました。

    英語にしてみると一握の砂 の良さと日本語の良さを再認識できることが分かりました

  • 日本史の先生に勧められて。
    歴史に絡んだ歌や一転してロマンチックな歌を詠んだりしている点から
    啄木の「生」への執着心や、繊細な心、優しい目線を感じることができます。
    ずっと覚えておいていつか自分の子や孫に伝えたくなるものがたくさん。

  • 日常のひとコマを歌に変換する能力においても天才には違いないが、特に心が惹かれるのは、ときに憂いを含んだストイックな歌を多く残しているからだと思う。

    はたらけど・・は有名だけど、友がみな・・とか非常に感情移入しやすいのは僕が屈折しているからか。


    二十六で逝きし偉人の歌読みて 残る人生の長さを思う

  • この歳になって初めて読みました。
    じんわり……来るでよ……!!
    歌集も良いものですね!
    他の人のも見てみたくなりました。

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