街道をゆく 9 信州佐久平みち、潟のみちほか (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022644541

作品紹介・あらすじ

死にもの狂いの努力で湛水地を美田に変えてきた地が、政治絡みの投機対象になっている皮肉を目撃することになった「潟のみち」。そして「信州佐久平みち」では旅のさなか、日本を土建国家に染め上げた前首相逮捕さるの報に接する。ほかに、古さびた湊に平家の昔の殷賑をしのぶ「播州揖保川・室津みち」、山上の一大宗教都市を訪ねる「高野山みち」を収める。

感想・レビュー・書評

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  • 高野山、上田などを訪れるご縁があったので、購読。
    1971年から1996年まで長期連載された、司馬遼太郎さんの紀行エッセイ。その第9巻。

    司馬さんだから、歴史のオハナシが当然多いです。
    そうなんですが、今回読んでみて、思ったことは、2重の意味で歴史のオハナシである、ということ。
    というのは、例えばこの巻で言うと、発表が1976年1月なんですね。
    執筆は1975年でしょう。
    2015年から考えると、40年前のことです。

    だから、歴史の話題が多い紀行エッセイなんだけど、同時に、「1970年代の日本の地方についての、貴重な見聞録」でもある訳です。

    内容は、
    ①新潟県に、水田稲作の姿を見て、農業中心の共同体を訪問。
    ②兵庫県の揖保川沿い。龍野など。
    ③高野山を訪問。
    ④長野県佐久平、上田など
    という旅です。
    当然、エッセイですから、基本は「とりとめもないオハナシ」なんですが、当然、司馬さんの感じ方が好きなヒトなら、それなりに面白いです。
    ある種の文明批評であり、思想であるところ。


    備忘録に何点かだけ記します。

    ①新潟の農村の、60年代を経た風景から、「日本の、土地の価格への執着、土地の利益使用への公的な制限の無さというのは、世界的に見て非常に珍しいこと」という話。
     それが1975年時点での観察であるところも面白い。
     対比的に、中国のことなどがちょっと出てきます。
     すごいなあ、と思うのは。
     1975年であれば、ある種の非自民党的な知識人の中では「共産党中国はスバラシイ」というのが、ある種常識、モードだったはずなんですね。
     紐解けば、「2015年現在で考えると、非常に恥ずかしいというかミットモナイ」と思われるような、共産党中国礼賛の文章を、「え!この人が?!」という人が書いていたりします。
     (まあ、情報が今に比べるとあまりに少なかったということと、公害やベトナムをはじめ、60年代のアメリカ資本主義的なぶん回しの横暴さが、21世紀の常識を超えていた、ということを踏まえて考える必要がありますが)
     ところが、中国に造詣が深いはずの司馬さんの文章は、そこンとこ、やっぱり理性的だなあ、と思いました。

    ②日本の風景が変わったのは、応仁の乱前後(農業技術の改革)と、高度成長期だ、という話を思い出しました。

    ③ところが後年になると、変化を嘆いていた70年代は、まだまだ高度成長以前の風景が地方に行くと潤沢に残っていた。実は暮らし方考え方含めて、大変化が起こったのは80年代だ、という話もありますね。

    ④歴史話で、徳川家康が若い頃に三河の一向一揆で大いに苦労した、と言う話は実はあまり知らなかった。へーっと、思いました。やっぱり苦労してるんだなあ、家康さん。

    ⑤平安時代までの律令制度を「地方の農作物を京都の貴族が搾取するシステム」と。なるほど。バッサリ。

    ⑥兵庫県、播州龍野。童謡「赤とんぼ」。詩人、三木露風。なんだか童謡の風景が浮かぶような素敵な文章でした。男はつらいよシリーズでも、恐らく筆頭の名作「男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け」も、播州龍野が舞台だったなあ、と。2015年現在、どういう風景なんだろうなあ、と思いました。

    ⑦浄土宗と浄土真宗、法然のオハナシ。

    ⑧九度山は高野山の避寒地だった。

    ⑨高野聖という、スピンオフ的な庶民向けの宗教家。念仏聖へと変化。そもそも真言宗自体が仏教なのか?というオハナシ。

    ⑩性交を崇める、「立川流」という流派。後醍醐天皇などが熱中。一時大流行。

    ⑪長野で真田家話。「みんな源氏か平氏に系図を書き換え」という話が面白かった。渡来系がいなくなる。

    ⑫商業主義は良いのだけど、モラルが必要、と。マーロウみたいな司馬さん(笑)。

  • 全43巻からなる『街道をゆく』シリーズのなかでも、この9巻収録の「潟のみち」こそが、(35巻の「オランダ紀行」と並んで)個人的には一番好きな章。
    かつては海、または沼沢地のような場所であったと思われる越後平野の、現在では新潟市や新発田市と言われる地域がこの章の舞台。
    元々は稲作なんて出来る場所ではなかった越後平野が日本最大の穀倉地帯となった背景には、何世代にも渡る人々の血のにじむような艱難辛苦があったのだということを、本章を読んでいると痛感する。
    そんな長年の苦労の結晶体のような水田地帯が、筆者が取材のために訪れた頃(1975年)には、土地投機対象として不動産屋に切り売りされる事態に陥っていたという。
    いかにも昭和らしく、生々しい話だ。


    しばらく読み進めると、本章が表と裏、二つのテーマを持ったエッセイであることが明らかになる。
    表のテーマは古代から続く人々の営みに対する憧憬じみたものであり、裏のテーマは当時の日本社会の異様な様子に対する筆者の反感のようなもの。
    例えば、上述したような土地投機ブームに関する筆者の言をそのまま引用すると、
    "文明国と称せられる国の中で、地面を物のように売ったり買ったり、あるいは地価操作をしたり、ころがして利鞘をかせいだり、要するに投機の対象にするような国は日本しかない"
    という具合。

    裏のテーマについてもう少し述べるなら、明治期に西洋から日本に持ち込まれ、戦後の高度経済成長期の後に花開いた筈の資本主義社会について、
    "地価過熱によって諸式が高騰して国民経済が破壊寸前の滑稽な姿になっているような社会は、資本主義とさえ呼べない"、とまで言っている。
    このしばらく後には、荒涼とした空地にゴミが散在する様や、新潟市域の大切な湖である筈の鳥屋野潟付近に並び立つラブホテルに閉口する記述があり、"土地に関する私権が無制限にちかい社会だから致し方ないが、はるばるとこの潟を目指してきただけに気が滅入った"、"異常な国土"、と嘆いている。

    資本主義が西洋ではほぼ自然発生的に誕生したのに対して、日本の場合、資本主義は明治政府上層部のトップダウンによって輸入されたものだ。導入されてわずか150年程度の間の途中には戦争による中断もあり、本当に熟成されたものになっているかどうかはわからない。
    筆者が当時嘆いたような光景は、資本主義社会の土台となるような国民性を培うよりも先に産業革命してしまった国ならではの、特異な姿なのだという見方も出来るのかもしれない。

    何であるにしろ、この人が戦争関連以外でここまで感情的な文章を書くことはとても珍しく、当時の列島改造や土地投機ブームに対して余程思うところがあったのだろう。
    そういう部分も含めて、この章はとても内容の濃いものに仕上がっていると思う。

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  • 新潟県人の粘り強さの理由が分った気がする。

  • やっと9になりました。

    新潟の潟について。

    信州について。

    おもしろかった

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著者プロフィール

司馬遼太郎は、1923年、大阪市生まれの日本の歴史小説家・エッセイストである。故人。
本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名の由来は「司馬遷に遼(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。
特に歴史小説の大家として知られ、代表作は「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「翔ぶが如く」「燃えよ剣」「新撰組血風録」「菜の花の沖」「花神」「世に棲む日日」「梟の城」「関が原」「功名が辻」「国盗り物語」「街道をゆく」「十一番目の志士」「城をとる話」「風神の門」「二十一世紀に生きる君たちへ」他多数。その多くが大河ドラマ化、テレビドラマ化、映画化、コミック化などの形でマルチメディア展開されている。

司馬遼太郎は産経新聞社記者として在職中の1960年に、『梟の城』で直木賞を受賞。
1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。
戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。
1996年2月に72歳で逝去。
2001年には、東大阪市の自宅隣に司馬遼太郎記念館が開館。

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