街道をゆく 17 島原・天草の諸道 (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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本棚登録 : 49
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022644633

作品紹介・あらすじ

島原の乱(1637年)が大きなテーマになっている。島原半島を歩き、戦場の原城跡で思索を重ねる。親子二代で暴政を敷いた島原領主、松倉重政・勝家親子については「ごろつき」と容赦がない。一揆に強い同情を持ちつつ、無理やり参加させられた人々のことも忘れない。天草・本渡では延慶寺の樹齢500年の梅に魅せられる。夜の闇にうかぶ梅の花の描写が幻想的だ。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史は立地条件と為政者で変わるのだろう

  • 九州の西方、有明海を西から囲っているのが島原半島。そのすぐ下の群島が天草地方。ともに稲作に適さず、古来から貧しかった。島原の乱を筆頭に一揆の多発地帯。キリスト教にすがるも江戸幕府により禁教に。歴史的になにかとツラい地域です。

  •  久しぶりにこのシリーズを読みました。やっぱり街道をゆく、面白いなぁ。一気に読めました。
     島原と天草の細かい位置関係が分からないので、グーグルマップを参照しながら、読むとよくわかりました。天草って、よく見ると二つに分かれてたのね。知りませんでした。また、昔は本渡市って聞いたことあったんですが、今は市町村合併で天草市になってました。
     秀吉も、家康もじつは、キリスト教の布教がスペイン、ポルトガルの侵略の先兵である、とはこれっぽちも思ってなかった、という件が興味深かったです。
     秀吉は、来るなら来てみろ。返り討ちにしてルソンまで攻め返す、勢い。
     家康は、冷静に考えてスペインが多数の兵員を日本まで渡海させるのは不可能で、もし仮に来たとしても九州の2,3の大名で十分対処できる、との考え。そのため、九州には重量級の大名を配置している、と。
     なるほど、よくわかりました。

  • 島原・天草の諸道

  • 島原、天草といえば島原の乱が真っ先に思い浮かぶのは、さして突飛な発想ではないと思う。この旅ではその中核となる場所を静かに巡っていく。反面、司馬遼太郎の思索の旅は、乱の周辺をなめるようにゆくのみで、けっして中核への道をたどらない。読み手としては何かしらもどかしさを感じる旅である。

    司馬遼太郎は、選り好みはするが、好き嫌いといった昂につながる感情はあまり表に出さない作家だが、島原の乱や背景にいたっては珍しく嫌悪の情を隠そうとしない。

    逆にその姿勢が自分の、島原の乱に対する興味を深くさせるのだから、司馬遼太郎は恐ろしい。

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著者プロフィール

司馬遼太郎は、1923年、大阪市生まれの日本の歴史小説家・エッセイストである。故人。
本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名の由来は「司馬遷に遼(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。
特に歴史小説の大家として知られ、代表作は「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「翔ぶが如く」「燃えよ剣」「新撰組血風録」「菜の花の沖」「花神」「世に棲む日日」「梟の城」「関が原」「功名が辻」「国盗り物語」「街道をゆく」「十一番目の志士」「城をとる話」「風神の門」「二十一世紀に生きる君たちへ」他多数。その多くが大河ドラマ化、テレビドラマ化、映画化、コミック化などの形でマルチメディア展開されている。

司馬遼太郎は産経新聞社記者として在職中の1960年に、『梟の城』で直木賞を受賞。
1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。
戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。
1996年2月に72歳で逝去。
2001年には、東大阪市の自宅隣に司馬遼太郎記念館が開館。

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