街道をゆく 24 近江散歩、奈良散歩 (朝日文庫)

  • 朝日新聞出版 (2009年1月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (392ページ) / ISBN・EAN: 9784022644770

みんなの感想まとめ

歴史と文化を深く掘り下げた旅の記録が描かれています。滋賀県近江や奈良の風景を背景に、著者の独自の視点から歴史を紐解く様子が魅力的です。近江では、俳句旅行記や火縄銃の生産地としての国友村に触れ、琵琶湖の...

感想・レビュー・書評

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  • ▼近江です。滋賀県です。最近では個人的には「成瀬シリーズ」の滋賀県です。


    司馬遼太郎さんの作品が好きな方々には先刻ご承知、司馬さんは近江が大好きです。明るくて経済性があって合理的な感じですからね。


    ▼近江の旅は、芭蕉などの「俳句旅行記」と伴走。全然そういうの、読み手のこちらは無教養なんですが、大変楽しく読めます。


    ちなみに、司馬さんの旅の時期は1983年だそうで、2026年現在から見ると、40年以上前。40年以上前の旅行記が今でも楽しめるというのが司馬さんの凄みです。


    「寝物語の里」から俳諧旅行記。そして

    「なぜ種子島にやってきた火縄銃は、近江の国友村が生産のメッカになったのか??」


    ▼近江編の後半は、「琵琶湖」。信長の安土城への思いから、琵琶湖へと話が展開していくのはお見事。琵琶湖の開発、恐らくは1970年代から、日本列島改造論、田中角栄、ゼネコン狂騒の時代のおかげで、琵琶湖が破壊されていく。そのことへの、警鐘。
     このあたりは2026年現在はどうなんでしょうね。一般に東京都心などの河川含めて、80年代よりは今のほうがはるかに回復していると思いますが。


    ▼奈良編が実は狙いでこの巻を読みました。司馬さんの解説する「奈良時代」が読めるかなあ、と思って。


    奈良時代そのものには取り組んでいませんでしたが、奈良飛鳥時代の背骨とでもいうべき、「仏教伝来~奈良仏教とは」というお話で、大変に面白かったです。


    興福寺がそんなに巨大だったということも無学で知りませんでしたし、


    「奈良時代の仏教は、葬式はしなかった。もともと仏教にとって、葬式などの死と対峙する業務は、後付け。本来はそんなことしなかった」


    これまた無学無知で、目からウロコでした。


    「東大寺のお坊さんが亡くなると、東大寺でお葬式はしない(笑)。東大寺のお坊さんたちの葬儀を請け負う寺が別にある」


    へえええええ。

  • スペインポルトガルから帰ってきた司馬さんが次に向かったのは、連載スタートの地である近江。連載も2週目に入ったことを感じます。前回の近江は琵琶湖の西、今回は東と違いはあるのですが。
    後半の奈良は東大寺を中心に。二月堂のあたりに行くと私程度でも色々と思うところがありますので、景色に促されて思索が深まるという点はあるように思えます。あと修二会は去年NHKなどで撮影したのを見ているのもあり、情景を思い出しながら読むことが出来ました。

  • 近江散歩は滋賀東部を題材に国土開発の功罪を語り、奈良散歩は多武峰や興福寺周辺を題材に古代から連面と続く世界を語る。

    姉川の戦いの描写や、興福寺の修二会の世界などなど、魅せられる章がたくさんある。

    司馬遼太郎作品を初めて読んだけど、知識の豊富さ、創造力の豊富さ、交友の広さ、どれも突き抜けててたまげる。
    そういう視点で見たこと無かった、ということが多くて面白い。

    ざっと眺めたときの雑多な感じや、急に場面展開したり話が脇道にそれるのもご愛敬といったところだろうか。一冊の本にまとまった状態じゃなくて、連載当時に読みたかったかも。

  • 奈良というまちの良さを理解するためには、
    歴史的な想像力が必要であると知った。


    とある機会に奈良を訪れることになり、
    ちょうど時間を持て余していたので少し観光していくことに。

    しかし、どこを見ても似たような寺や古墳だらけで、
    何が素晴らしいのかわからない。

    博物館に行くと幾つもの国宝や重要文化財が目の前に現れる。

    でも、それがどうして「宝」であり「文化財」なのかが理解できない。
    私はとても悔しかった。

    そんなとき、ふらっと書店によって手にしたのが本書。

    日本を代表する歴史小説家の目には、
    奈良のまちがどのように映っているのかが知りたかった。

    それから4日ほど奈良に滞在した。

    代表的な奈良の名所を訪れ、時にはなんでもない普通の道を歩いたりもした。

    しかし、そんなところですら、知らず歩いていると深い水堀に囲まれた巨大古墳に出くわすのである。


    著者の歴史的な「記憶」をたどり、今ある奈良を散歩する本書。


    「次は近江に行こうかな…」

    などと、帰路の電車に揺られながら思うわけである。

  • 東京上野の博物館で開催されていた『興福寺・阿修羅像展』
    期間中は94万人強の方がつめ掛けたそうです。
    んで阿修羅の萌えた女性たちは「アシュラー」と呼ばれるそうな。

    テレビのニュース見て出掛ける気を失ったので司馬遼太郎の
    『街道をゆく 近江・奈良散歩』を読んで代わりにすることにしました。
    本物にはかつて校外学習でお会いしたこともありますしね。

    さて、この『奈良散歩』。
    「街道をゆく」シリーズの中では今のところいちばんのヒットです。
    奈良を代表する二大名刹・興福寺と東大寺周辺を歩き回りながら
    毎度と同じように司馬さんが色んな思索に耽るんですが、

    興福寺にたどり着くと阿修羅像にまつわる文章が在ります。
    これがねぇ、いいんですよ。
    もしかして今回の阿修羅像展の解説でも引用されているかもしれないけれど
    (いやむしろ是非引用していただきたい)
    司馬さんの阿修羅像に対する憧憬が見事に表現されていて、そうそう!と膝を打つ思いです。

    この文章を読んで阿修羅像に会いに行っても絶対後悔しない筈。
    むしろ対面した時の気持ちをココまで言い当てられてしまったことに戸惑いってしまって、
    阿修羅像と同じような憂いがあなたの顔にも浮かぶかも。
    それくらい人々の思いを掬い取っている文章だと思います

    エッセイはその後「お水取り」に触れるのですがその文章がまた素晴らしい。
    天平の昔から連綿と続く「お水取り」は殆ど開始当時と変わらないスタイルを貫かれているそうなんです。
    一千年以上も近く変わらずにいるという意思の強さにの中に文化の重みを感じ入ります。
    その成り立ちから行事中のあれやこれやを読んでいるうちにいつの間にか空間がふわりと浮遊して

    「永遠」は一瞬にしか宿らない。
    けれどその一瞬を求めて連綿と続けることで行為は純化され、精錬され、永遠への足がかりを手に入れるのかもしれない。
    エッセイの最後を締めくくる一文に「希望」という言葉はこういうことかもしれないと納得しました。

    この流れが残ってくれていたこと。
    そしてこれからも続いてくれることが、希望という言葉を信じてみようと思わせてくれるのです。



  • 著者の地元ということもあり自分の興味の赴くままに旅をしたことを強く感じます。

    僕も安土城の天守まで歩いたことがあるんだけどまったく同じ感想を持ったことを思い出します。

  • ここまではどだい無理としても、土地に対する感性があると旅はより楽しくなること必至。
    まだまだ学ぶことは多し、とりあえず古都を堪能しますか。

  • 種子島鉄砲は鋳鉄でなく鍛鉄だから実用品ができた
    葦(あし)と よし は琵琶湖の専門家に言わせると違う
    寺の原義は建物としての役所 鴻臚寺 外国人宿泊所

  • 筆者が「近江散歩」した昭和59年は、国土開発が猛威を振るっていたようで、琵琶湖の干拓などで国土が変わっていく様子を嘆いている。
    当時滋賀県知事だったの武村正義氏の下で、合成洗剤に含まれるリンによる琵琶湖富栄養化の影響を取り除くために、洗剤に含まれるリンの使用を禁止した条例している。「肥料争奪戦の時代」で書かれてのと同じことが、かつての日本で起きていた。

  • 近江散歩と奈良散歩の二つが収められている。
    私自身は奈良にあまり行っていないので、奈良散歩に心惹かれた。奈良はまるで唐の都・長安が残っているかのようだということが説得力のある文章で伝わってくる。
    そして、どなたかも書いていたが、心に残ったのは次の一節。
    死者に戒名をつけるなどどいう奇習がはじまったのはほんの近世になってからである。インド仏教にも中国仏教にもそんな形式も思想もない。江戸期になって一般化したが、おそらく寺院経営のためのもので、仏教とは無縁のものといっていい。
    (文庫の旧版の、P 318)
    よくぞ言ってくれたといった感じで、小気味いい。
    別の巻では、茶道の家元制度についても手厳しく批判していた。
    司馬遼太郎の健全な批判精神は、もっと評価されても良いように思う。今、ここまで断言する評論家、作家がいるだろうか。

  • 「死者に戒名をつけるなどという奇習ががはじまったのはほんの近世になってからである。インド仏教にも中国仏教にもそんな形式も思想もない。江戸期になって一般化したが、おそらく寺院経営のためのもので、仏教とは無縁のものといっていい。戒名がさほどの歴史性もなく、仏教の教義にも関係がないというのは、わが国最古の過去帳をもつ修二会がそれを証明している。(『街道を行く 24〈新装版〉近江散歩、奈良散歩』p.357)

  • 近江散歩は楽しかったけど、奈良散歩は眠かった。というか、興味があまりなかったな

  • 今度、この本を持って滋賀、奈良に行こう!

    BSプレミアムで、『新街道をゆく』が始まりました。1回目は第1巻『湖西のみち』第24巻『近江散歩』です。

  • 近江はこれから行くのですが‥‥戦国時代にどうしても興味がもてないので流し読み。きっと風景の綺麗なところのようですが。
    近江人のたおやかな連帯感にも触れてみたい。

    奈良は~~~もう~~~最高でした。うん、好きな時代なんです。
    読んでいてはっとしたり、笑わせられたり。
    興福寺の五重塔が25圓で売られていたなんて驚き。私でも買うwでも、「末期の僧たちを侮辱しているのではない。私ども日本人には、大なり小なり、旧興福寺の僧たちの気質がある。」そうだよなあ‥‥と、本当に、廃仏毀釈で行われたことに関しては、いつも考えさせられます。
    奈良仏教について、叡山の諸道でもその違いを書かれていたが、続けて読むことで二つの違いや特徴についてよく理解できたと思う。シバサンですら「仏教徒とは、なにか。 と、ひとことで言えといわれれば、どういう 仏教学の碩学にとっても不可能である」と言っているくらいなので私なんかにはとってもわかり得るものではないけれど、大好きな奈良や叡山のお寺さんの成り立ちや教義を少しでも理解できるのはとても嬉しいことです
    インド出身の遷那をセンナとカタカナ表記にしたと思ったら、林邑出身の仏哲については「漢字では気分が出ないから、ここでは仮りにフッティと呼んでおく」とあからさまに書いててお茶目で笑いました。
    行基が人道的な社会事業家に描かれて、梅原武が書いてたのとは全然違う印象で、面白かった。
    華厳とは、雑貨の飾り。綺麗なような、むなしいような。

  • 「中高生から大人まで」と銘打つ、ワイドカラー版。紀行文に写真は付き物なので、その点読みやすかったが、常識レベルの用語(例えば家康など)にまで解説を付けるのはどうだろうか。

    特に琵琶湖に対する環境破壊への著者の憂慮は、自分の故郷の話だけに実感があり、その共感と、故郷のことを色々教えてくれる挿話などは、ローカルを見つめる本シリーズならではの醍醐味だとも感じた。

  • 滋賀県の記述は、司馬の小説群ですでによく知るところが多い。しかし、当時の武村知事が、田中角栄流の国土開発の流れに反し、琵琶湖保全を進めていることに司馬が共感するなど、はっとする点があった。中湖群の干拓を進めたのは滋賀の政治であったが、1970年代以降は環境保護の考え方が地歩を進めてきたのがわかる。霞ヶ浦や印旛沼の惨状を考えれば琵琶湖はまだ恵まれていた。

  • 奈良はナラ、ナラは国

  • 近江散歩;日本の国土は、じっくり腰を据えてみれば、すごく情緒にとんだ、美しい土地柄なのだと感じ入ります。ぜいたくな望みかもしれませんが、そういう情景に出会いたいですね。

    司馬作品では珍しく(と自分には映る)、現代政治にけっこう紙面を割いています。

    奈良散歩;
    兜率天=保守?
    天平時代から変わらないのは、保守だろうし、そういう土地柄なのかな。

  • 2011年8月28日読み始め 2011年8月29日読了
    奈良に旅行に行くので読んでみました。
    近江の方は、今年の大河でも取り上げられた浅井家についてのエピソードや、戦国時代の話が多いです。姉川の戦いの姉川がどこにあるのか、自分はあまり考えたことがなかったです…。
    奈良の旅は、主に興福寺と東大寺について。興福寺は明治に入ってからの廃仏毀釈運動で、かなりダメージがあったんですね。仏像が持ち去られたり建物が壊されたりしたとか。今は阿修羅像で人気のあるお寺ですが、近代化に翻弄されたようです。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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