街道をゆく 24 近江散歩、奈良散歩 (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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本棚登録 : 74
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (386ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022644770

作品紹介・あらすじ

「私はどうにも近江が好きである」-「湖西のみち」(第1巻)以来の「近江散歩」。江戸時代と変わらずたたずむもぐさ店や銃砲店に驚き、一方で景観や湖水を我が物顔に侵す乱開発を憤る。「奈良散歩」では春浅い東大寺に千年以上の伝統を持つ修二会(お水取り)の行事を訪ねる。「この世には移ろわぬものがあるという安堵感」を説くくだりは、「文明」と「文化」の違いを考えさせて、深い。

感想・レビュー・書評

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  • 奈良というまちの良さを理解するためには、
    歴史的な想像力が必要であると知った。


    とある機会に奈良を訪れることになり、
    ちょうど時間を持て余していたので少し観光していくことに。

    しかし、どこを見ても似たような寺や古墳だらけで、
    何が素晴らしいのかわからない。

    博物館に行くと幾つもの国宝や重要文化財が目の前に現れる。

    でも、それがどうして「宝」であり「文化財」なのかが理解できない。
    私はとても悔しかった。

    そんなとき、ふらっと書店によって手にしたのが本書。

    日本を代表する歴史小説家の目には、
    奈良のまちがどのように映っているのかが知りたかった。

    それから4日ほど奈良に滞在した。

    代表的な奈良の名所を訪れ、時にはなんでもない普通の道を歩いたりもした。

    しかし、そんなところですら、知らず歩いていると深い水堀に囲まれた巨大古墳に出くわすのである。


    著者の歴史的な「記憶」をたどり、今ある奈良を散歩する本書。


    「次は近江に行こうかな…」

    などと、帰路の電車に揺られながら思うわけである。

  • 近江はこれから行くのですが‥‥戦国時代にどうしても興味がもてないので流し読み。きっと風景の綺麗なところのようですが。
    近江人のたおやかな連帯感にも触れてみたい。

    奈良は~~~もう~~~最高でした。うん、好きな時代なんです。
    読んでいてはっとしたり、笑わせられたり。
    興福寺の五重塔が25圓で売られていたなんて驚き。私でも買うwでも、「末期の僧たちを侮辱しているのではない。私ども日本人には、大なり小なり、旧興福寺の僧たちの気質がある。」そうだよなあ‥‥と、本当に、廃仏毀釈で行われたことに関しては、いつも考えさせられます。
    奈良仏教について、叡山の諸道でもその違いを書かれていたが、続けて読むことで二つの違いや特徴についてよく理解できたと思う。シバサンですら「仏教徒とは、なにか。 と、ひとことで言えといわれれば、どういう 仏教学の碩学にとっても不可能である」と言っているくらいなので私なんかにはとってもわかり得るものではないけれど、大好きな奈良や叡山のお寺さんの成り立ちや教義を少しでも理解できるのはとても嬉しいことです
    インド出身の遷那をセンナとカタカナ表記にしたと思ったら、林邑出身の仏哲については「漢字では気分が出ないから、ここでは仮りにフッティと呼んでおく」とあからさまに書いててお茶目で笑いました。
    行基が人道的な社会事業家に描かれて、梅原武が書いてたのとは全然違う印象で、面白かった。
    華厳とは、雑貨の飾り。綺麗なような、むなしいような。

  • 「中高生から大人まで」と銘打つ、ワイドカラー版。紀行文に写真は付き物なので、その点読みやすかったが、常識レベルの用語(例えば家康など)にまで解説を付けるのはどうだろうか。

    特に琵琶湖に対する環境破壊への著者の憂慮は、自分の故郷の話だけに実感があり、その共感と、故郷のことを色々教えてくれる挿話などは、ローカルを見つめる本シリーズならではの醍醐味だとも感じた。

  • 奈良はナラ、ナラは国

  • 近江散歩;日本の国土は、じっくり腰を据えてみれば、すごく情緒にとんだ、美しい土地柄なのだと感じ入ります。ぜいたくな望みかもしれませんが、そういう情景に出会いたいですね。

    司馬作品では珍しく(と自分には映る)、現代政治にけっこう紙面を割いています。

    奈良散歩;
    兜率天=保守?
    天平時代から変わらないのは、保守だろうし、そういう土地柄なのかな。

  • 437

  • 2011年8月28日読み始め 2011年8月29日読了
    奈良に旅行に行くので読んでみました。
    近江の方は、今年の大河でも取り上げられた浅井家についてのエピソードや、戦国時代の話が多いです。姉川の戦いの姉川がどこにあるのか、自分はあまり考えたことがなかったです…。
    奈良の旅は、主に興福寺と東大寺について。興福寺は明治に入ってからの廃仏毀釈運動で、かなりダメージがあったんですね。仏像が持ち去られたり建物が壊されたりしたとか。今は阿修羅像で人気のあるお寺ですが、近代化に翻弄されたようです。

  • 東京上野の博物館で開催されていた『興福寺・阿修羅像展』
    期間中は94万人強の方がつめ掛けたそうです。
    んで阿修羅の萌えた女性たちは「アシュラー」と呼ばれるそうな。

    テレビのニュース見て出掛ける気を失ったので司馬遼太郎の
    『街道をゆく 近江・奈良散歩』を読んで代わりにすることにしました。
    本物にはかつて校外学習でお会いしたこともありますしね。

    さて、この『奈良散歩』。
    「街道をゆく」シリーズの中では今のところいちばんのヒットです。
    奈良を代表する二大名刹・興福寺と東大寺周辺を歩き回りながら
    毎度と同じように司馬さんが色んな思索に耽るんですが、

    興福寺にたどり着くと阿修羅像にまつわる文章が在ります。
    これがねぇ、いいんですよ。
    もしかして今回の阿修羅像展の解説でも引用されているかもしれないけれど
    (いやむしろ是非引用していただきたい)
    司馬さんの阿修羅像に対する憧憬が見事に表現されていて、そうそう!と膝を打つ思いです。

    この文章を読んで阿修羅像に会いに行っても絶対後悔しない筈。
    むしろ対面した時の気持ちをココまで言い当てられてしまったことに戸惑いってしまって、
    阿修羅像と同じような憂いがあなたの顔にも浮かぶかも。
    それくらい人々の思いを掬い取っている文章だと思います

    エッセイはその後「お水取り」に触れるのですがその文章がまた素晴らしい。
    天平の昔から連綿と続く「お水取り」は殆ど開始当時と変わらないスタイルを貫かれているそうなんです。
    一千年以上も近く変わらずにいるという意思の強さにの中に文化の重みを感じ入ります。
    その成り立ちから行事中のあれやこれやを読んでいるうちにいつの間にか空間がふわりと浮遊して

    「永遠」は一瞬にしか宿らない。
    けれどその一瞬を求めて連綿と続けることで行為は純化され、精錬され、永遠への足がかりを手に入れるのかもしれない。
    エッセイの最後を締めくくる一文に「希望」という言葉はこういうことかもしれないと納得しました。

    この流れが残ってくれていたこと。
    そしてこれからも続いてくれることが、希望という言葉を信じてみようと思わせてくれるのです。



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著者プロフィール

司馬遼太郎は、1923年、大阪市生まれの日本の歴史小説家・エッセイストである。故人。
本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名の由来は「司馬遷に遼(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。
特に歴史小説の大家として知られ、代表作は「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「翔ぶが如く」「燃えよ剣」「新撰組血風録」「菜の花の沖」「花神」「世に棲む日日」「梟の城」「関が原」「功名が辻」「国盗り物語」「街道をゆく」「十一番目の志士」「城をとる話」「風神の門」「二十一世紀に生きる君たちへ」他多数。その多くが大河ドラマ化、テレビドラマ化、映画化、コミック化などの形でマルチメディア展開されている。

司馬遼太郎は産経新聞社記者として在職中の1960年に、『梟の城』で直木賞を受賞。
1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。
戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。
1996年2月に72歳で逝去。
2001年には、東大阪市の自宅隣に司馬遼太郎記念館が開館。

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