13日間で「名文」を書けるようになる方法 (朝日文庫)
- 朝日新聞出版 (2012年4月6日発売)
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感想 : 23件
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Amazon.co.jp ・本 (424ページ) / ISBN・EAN: 9784022646613
みんなの感想まとめ
言葉との向き合い方や、文章を書くことの本質を探求する内容が魅力の一冊です。著者が大学で行った講義を基に、文章作成の技術や文法に焦点を当てるのではなく、書くことの前提にある思考や感情に重きを置いています...
感想・レビュー・書評
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「ことば」とはなんと不思議なものだろうか。すぐ隣にいるかと思えば、天上の神へ向かって飛んで行ったりする。他人に向けたものが、自分にまた向けられたりもする。日常の世界を表すこともできれば、まったく違う世界に連れて行ってもくれる。親しみあふれる顔をしているかと思えば、理解できずに恐怖を感じることもある。
人から出てきた「ことば」というものは、いったい何なのか。その人のものである限りではない。放たれた人から離れて、自立して生きていく。であるなら、ことばを、自分から出てくるままに、できるだけ、歪めずに、出してあげたいと思う。
ヘッセのデミアンの冒頭の文章を思い出した。「私は、自分の中からひとりでに出てこようとするものだけを生きてみようと望んだだけだった。なぜそれがこんなにも困難だったのだろうか。」
人から出てきていない、LLMでつくられたことばは、綺麗な死体なのか。死体と生物の違いが判らなくなったら、もう文明は滅びてほしい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
著者が大学で行った講義をまとめた1冊。文章の書き方というより、言葉との向き合い方。書く行為の手前で何を見て考えるか。自分の仕事は文を直すことに近いのでどこか職人的、技術的。でも「文を書く」ハードルはグッと低くて、誰でもできる。どうすれば言語生活が豊かになるのかを考えさせられる。その「考える」が大事らしい。
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「著者が大学で行った講義をまとめた1冊。」
生で聴いてみたかったです!
名文は書けなくても良いですが、名文を味わえるだけの感性は備えたいです...「著者が大学で行った講義をまとめた1冊。」
生で聴いてみたかったです!
名文は書けなくても良いですが、名文を味わえるだけの感性は備えたいですね。。。2013/03/05
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高橋源一郎が実際に大学で行った講義の内容をまとめた一冊。
ただし、この本(講義)の中で、具体的に文法やテクニックが語られることはない(指摘することはできるが、この講義ではしない、という例として語られる箇所はあるが)。
教材として提示される文章、学生たちが提出した課題を読み、対話することで講義は進み、文章とは、自分の(私らしい)文章を書くとは、そもそも、わたしとは、書くとは読むとは、、様々なことを考えさせられ、気づかされる(しかしながら、自分については考えすぎてはいけないことも学ぶ)。
1日(数時間)で読了してしまったが、学生たちと同じように時間をかけて、課題に取り組んでみたいと思った。
また、教材となった文章の数々も、折に触れ読み返したいものばかりだ。
(取り急ぎ、日本国憲法前文は書き写してしまった)
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2005年から高橋源一郎が明治学院大学で受け持った「言語表現法講義」の授業を元にした1冊。講義に使われるテキストのジャンルはさまざまで、スーザン・ソンタグにはじまり、おなじみ谷川俊太郎、斎藤茂吉の、なぜか短歌だけでなく不倫日記(?)だったり、アーシュラ・K・ル・グィンは小説ではなく大学の卒業生たちに贈った言葉、「日本国憲法前文」とカフカの「変身」を同時に考察したり、最終的には書かれた言葉ではなくオバマやハーヴェイ・ミルクの「演説」にまで及ぶ。
個人的にはヘンリー・ダーガーの『非現実の王国で』を使った回は興味深かった。『非現実の王国で』は、ずいぶん昔にラフォーレで美術展があったときに見に行ったけれど、そういえば、画集は出版されているけれど本編である小説のほうは出版されてないんですよね。1万5千頁にも及ぶ小説、と言葉にしても「なんかすごい膨大」というだけで実感としてピンとこないけれど、高橋源一郎の計算によると、本にしたら単純計算で75冊分くらいの大長編になるらしく、もはやグインサーガくらいしか比較対象を思いつかない。
といってもこの講義で焦点になるのはその長さでも内容でもなく、それが「誰」にむけて書かれたものだったかという点。こうして今私が書いている感想もきわめて個人的なものであるとはいえ、ブクログにアップすれば何人かの目には入るし、他人の目を全く意識せずに書いているといえば嘘になるけれど、ヘンリー・ダーガーは、本当に、誰に読ませるあてもなく、その小説をお金にして身を立てるつもりもなく、ただただ、自分が書きたいから、自分のためだけに書いていた、これは結構稀有な例だと思う。
高橋源一郎が生徒たちに出す課題は「自己紹介」に始まり、「ラブレター」、架空の「日本国憲法」など、シンプルだったり突拍子もなかったりするけれど、つまり基本的には「誰から」「誰にむけて」書かれたものであるか、をきちんと意識して書くことの意味がとてもわかりやすく伝わってくる。ストリップ劇場に行ったこと、一度だけ休講した理由(幼い息子の急病)など、私生活も赤裸々に語りつつ、フェミニズムやLGBTについても権利を声高に叫ぶのではなく、左利きの人の横にそっと寄り添うという表現を使う。タメ口の若い子たちへの高橋源一郎の語りかけはものすごく真摯で誠実だ。
これを読んだだけで「名文」を書けるようにはならないと思うけれど、少なくとも文章、言葉を使って何かを誰かに伝えることの心構えみたいなものはしっかり身に付くと思う。良い本だった。 -
題名からは想像もつかない、マジ名著!高橋源一郎が明治学院大学で行った文章講座、全13回(うち1回は休講)の記録を元にしています。
授業で購読するテキストは、スーザン・ソンタグ、高橋悠治、谷川俊太郎、カフカ、アーシュラ・K・ル・グィンと、まさに名文ばかり。かと思いきや、AV女優の履歴書やら、ヘンリー・ダーガーの妄想小説、日本国憲法、オバマやハーヴェイ・ミルクの演説まで、世界にあふれる雑多で多様なテキストを読んで考えながら、学生たちは「自己紹介」「ラブレター」「憲法」「演説」といった課題で文章を書いてくることを求められます。そのうえタカハシ先生自身もストリップショーとバレエを観に行っていろんなことを考えたり、休講の間に重大な体験をしていたり。
このなんともスリリングな授業を通して見えてくるのは、文章の書き方読み方という以上に、「私」という存在が世界と関わり理解する、その媒介としての言語とテキストという、根本的哲学的な問題です。私たちが日々無意識のままに実践している異なる種類のコミュニケーションを、違和化し再身体化する、その技法が「自己紹介」「ラブレター」そして「憲法」「演説」というテキストを書いてみることなんですね。そうして生まれた学生さんたちの言葉がまた、素晴らしいんだな。つまり誰もが、考える機会さえ自分のものにすれば、こんなものを生み出すポテンシャルをもっているってこと。
私も学生の時にこんな授業が受けてみたかった、とはもちろん思うけれど、彼らよりはるかに長い間言葉を使っている私もまた、この本を通してタカハシ先生が投げかけてくる問いかけを新鮮に受け止めてみることを通して、あまりに使いなれてしまった言葉を、また異化し、学びなおしてみる。
そんなふうに何度も立ち帰ることのできる、これぞ名著だと心から感心しているのです。 -
この本を読んで、13日間で「名文」を書けるようになるとは思わない。
作家の文章読本ってやつも、どうも苦手だ。
でも、この本には、「言葉の力」というものに改めて驚かされ、感動させられた。
ソンタグの「若い読者へのアドバイス」、ル=グィンの「左利きの卒業式祝辞」、オバマやミルクのスピーチ。
これらのものに出会えただけで、満足できる。
この講義を受講した学生さんたちの「名文」も。
そして、タカハシ先生の、脳症になった息子さんとのエピソードも。
読んでよかった一冊。 -
タイトルに偽りあり。「『名文』を書けるようになる」方法どころか「人生がとても豊かになる」くらい言うべき。
名文を書くために、名文を読む。
名文を書くために、名文がなぜ名文なのか考えてみる。
名文を書くために、書くことの意味を考える。
名文を書くために、書いたことが読まれることの意味を考える。
名文を書くための、添削や批判は一切しない。
そうやって授業がすすむうちに、テクニックを教えてもらうつもりだった学生も気がつく。
名文を書くことが大切なのではない。名文を書こうとする過程で学ぶ「伝えたい/つながりたい気持ち」や「深く読む能力や読み取る幅の広がり」こそが大切なのだと。
タカハシセンセイ、ありがとうございました‼ -
いかにもハウツー本っぽいタイトルにつられて手に取った読者は肩透かしをくらうだろう。
この本の中では具体的に良い文章を書く方法は書かれていないから。
けれどより良い文章を書きたい、読みたいという欲求を亢進させてくれる一冊。
「右きき」のための文章、「左きき」のための文章という表現が印象的。 -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/57827 -
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しばらく前に読了。 書くというのは何かというところを内包しながらぐるぐると講義が進み、 読みてのこちらもぐるぐると思いを巡らしながら最後まで読み進んだ。 時間を置いてまた読みたい。
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大学の講義をまとめたもの。
読み終わると清々しい気持ちになる。
さまざま紹介された著書の好きな文章。
特に記憶が残ったのはソンダク、荒川洋治、グウィン、オバマの言葉。
私的なことば、個人的なことばこそがもっとも遠くへ届くことば=公的なことばになりうる。
全くその通りだ。
実はこの人の小説を読んだことがまだない。早く読もう。 -
高橋源一郎さんは、実は明治学院大学の教授といふ肩書もありまして、本書は同大学での講義を纏めたものであります。
講義のタイトルは「言語表現法講義」。書籍化の際もこの表題で良かつたのに、何だか安直なハウツーものみたいな書名になつてしまひました。しかも看板に偽りあり。著者は学生たちに、決して「名文」を書かせやうとはしてゐません。
今さらですが、そもそも「名文」とは何か。高橋教授は、自分にも分からないと白状します。誰でもが認める「名文オブ名文」みたいなものは、存在しないのぢやないかと。Aが名文だと感じる文章を、Bは箸にも棒にも掛からぬ駄文だと斬り捨てることもあり得る。
と同時に、誰か一人でも「すげえ!」と感じるなら、それは名文ではないかとも。
とにかく破天荒な先生であります。初日の講義はプロローグみたいなものですが、そのタイトルは以下の通り。
「「名文」を書けるようになるための準備、それから
「卑劣な男は叱りつけてやりなさい」というような素敵な文章を
読んだ後は、とりあえず窓の外を眺めてみる、ということ」
何のことかは、まあ読んでみてくだされ。
そして高橋先生は、毎回作文の宿題を出します。そのお題は「自己紹介」「ラヴレター」「憲法」「自分以外の誰かになって文章を書く」「演説」「詩」......制約は一切なし。自由に書かせます。その成果は、次回の講義時に発表し、参加者の意見を求める。
提出された作文に対しては、全く手を加へません。添削先生ではないのであります。他の学生が頓珍漢な感想を述べても、否定的な言辞を弄さず、全てを肯定する授業。
一口に文章を書くと言つても、その行為の背景には、自分と他者(社会)との関係が否応なしに浮び上ります。言ふなれば、高橋先生はその関係について学生たちと一緒に考へやう、といふ姿勢に見えます。
この講義を受けたからと言つて、学生たちの文章力が忽ち上達するといふことはないかもしれません。しかし今後何かしらの文章を書く時に、「自分の文章」をきつと意識して書くやうになるでせうね。音読することで自分の文章を突き放して客観的に感じることが出来、常に読者(誰に読んで貰ふのか)を意識する。それだけでも十分に意義のあることではありますまいか。何より高橋先生の名調子に身を委ねるだけで、心地良く夜も寝られさうですよ。
といふことで、わたくしの雑で手前勝手な文章を終ります。では。
http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-554.html -
13日で名文は書けるようにはならない。でも、それ以上のことを得ることができる本。「文を書くこと」「表現すること」「ことばを持つこと」についてじっくり考えることができる良書。
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面白かった。きっとこれを読んで文章がうまくなるわけでもないし、これを読んで文章について考えるようになるというわけでもないけれど、文章を楽しむ姿を目の前で見せられているようで、そこがとてもよかった。
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筆者が実際に大学で行った、「文章の書き方」的な授業を書籍にしたもの。題名から想像されるような、単純なノウハウ本ではない。
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著者が大学の授業を行い、それを文章化したもの。
どういうものが名文なのか、
どうやったら名文を書けるのかを
大学生と共に考えていくというスタンス。
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高橋源一郎の作品
