七夜物語(下) (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.76
  • (9)
  • (16)
  • (13)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 183
レビュー : 21
  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022647795

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学小説】小学4年生のさよは、母親と二人暮らし。ある日、図書館で出合った『七夜物語』というふしぎな本にみちびかれ、同級生の仄田くんと夜の世界へ迷いこんでゆく。七つの夜をくぐりぬける二人の冒険の行く先は? 解説・村田沙耶香。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • かつてナポレオンは言った。
    『チャンスをもたらせてくれるのは冒険である』と。


    僕の子供の頃はみな、
    映画『スタンド・バイ・ミー』に出てくる少年たちのように秘密基地を作っていた。

    山を探検して、
    エロ本を探して(笑)、
    釣りをしたり、
    川で泳いだり、
    自転車レースをしたり、
    アスレチックコースを作ったり、
    毎日が冒険の連続だった。

    小学、中学と4度転校を繰り返していた僕は
    本当は冒険したいのに普段は我慢しているお嬢様や、
    学校をドロップアウトした仲間たちを誘っては
    秘密基地を作り、
    お気に入りのおもちゃや漫画や本を持ち寄って
    コミュニティを築いていた。
    (子供と侮るなかれ。服が汚れると困るお嬢様のために、ちゃんと危なくない入口も作っていたのだ)


    子供たちにとって、『冒険』とは何を意味し、
    何をもたらすのだろう。


    時は1977年。
    離婚をし母と二人で幸団地に引っ越してきて4年。
    鳴海さよは、
    小学4年生になったばかりの
    おっとりして引っ込み思案な少女だ。

    おそろいの白い運動靴を履き、
    おそろいの白い帽子を被って
    さよと母の二人の朝の散歩のシーンは
    詩情さえ漂うお気にいりのシーン。

    おもらしして初めて自分で洗濯をしたことや
    魚の名前覚え競争でクラス一番になったことなど、
    ひんやりとした朝の空気を吸い込みながらする打ち明け話の描写に
    僕も秘密基地で交わした、
    学校では言えない好きな子の話や、
    秘密基地のメンバーにだけ言えた将来の夢の話など、
    フラッシュバックのように蒼い記憶がよみがえってきた。



    さよは感受性の強い少女だ。
    もしかしたら自分は
    みんなと少し違ってるのではないか…という不安。


    ある日、図書館で引き寄せられた
    何度読んでも中身を忘れてしまう
    『七夜物語』という本に魅せられたさよは、
    さよの上をいき、『図書館のぬし』と呼ばれるくらい本好きで理屈っぽい仄田(ほのだ)くんを誘い、
    欅野高校にこっそり忍び込む。

    そう、ここから二人の夜の冒険の旅が始まるのだ。


    真っ白なエプロン姿をして
    二本足で歩く大ねずみのグリクレル。

    はちみつ色のかたまりをしたミエル。

    三つの試験に合格しなければ家には帰れないという試練。


    二人が冒険する夜の世界は
    想像を超越した不思議な世界だ。

    あったはずの階段がなくなってしまっていたり、
    いるはずのない『喋るねずみ』が大手をふって生活していたり、
    物理室がねずみの台所になっていたり、
    眠くて仕方がなくなってしまう不思議な館に迷い込んだり、
    次の夜の世界でさよは時空を超え、
    父と結婚する前の24歳だった母親に会ったり、

    スポーツ音痴な仄田くんが
    その夜の世界では
    キャッチボールが上手くなってたり、
    何度も練習したがダメだった自転車を補助輪ナシで乗りこなせたり、
    鉛筆やスプーンやお皿ややかんにコンパスやほうきなど
    モノたちが歩き回り人間の言葉を話す世界に行ったり、
    さくらんぼのクラフティをみんなで作って食べたり、

    二人が冒険する夜の世界は、
    当たり前のことが、
    当たり前ではなくなる世界なのだ。


    母が連れてきた知らない男の人への嫌悪感。
    母親と離婚をし会えなくなった大好きだった父親への想い。

    自分でないものを、
    自分と同じくらい大事にすることなどできない人間の業。

    夜の冒険の中で少女は、
    蓋をして目を背け続けてきた自分の本当の思いを見せつけられ、
    過酷なこの世の現実を目の当たりにし、
    やがて苦悩していく。

    この川上さんが描く
    子供への容赦ないスタンスに違和感を覚える人もいるかもしれない。

    しかし、思い出して欲しい。
    大人が思うほど、子供は子供ではない。
    子供は子供なりにちゃんといろんなことを考えていて、
    簡単には諦めたりしないのだ。


    自分の母親にも母親がいて、
    そしてその母にもまた母がいて、
    そのまた母にも母がいるという、
    当たり前のことさえ不思議だったあの頃。

    さよは、母が子供の頃、
    学校で苛められていたり、勉強が嫌いだったり
    大人に反発していたという意外な事実を知り、
    心に変化が表れる。

    本当は、みんな子供だった頃があって、
    例外なく誰もが年老いていくという世界の理を
    冒険の中、さよは知らず知らずに学んでいくのである。


    父親のいないさよと母親のいない仄田くん。
    なんとなくよその家庭とは違うと
    お互いに感じとっていた二人。

    しかし、二人は
    境遇を呪うこともなく
    自ら行動する。

    二人の冒険は
    子供たちなりの
    運命に抗う、小さな反逆でもあるのだろう。

    力を合わせ、知恵を振り絞りながら、
    様々な試練に
    ありのままの自分たちの力だけで立ち向かっていく二人を
    僕は冒険者の先輩として、記憶に留め、応援し続けた。

    勇敢で聡明な少女と誠実で心優しき少年の冒険譚を
    寝る前に少しずつ少しずつ耽溺した日々は、
    僕が秘密基地で過ごした
    あの密やかな日々のように
    胸躍る至福の時間だった。



    記憶はいつか薄れ行く。
    冒険の記憶も人はみな忘れてしまう。

    けれどそれでいいのだ。


    誰にも頼れないということ。

    未来とは、
    自分たちが切り開いていくものだということ。

    記憶は薄れても、
    二人が勝ち取って
    手にしたこの思いは決して消えさることはなくて、
    体のどこかに眠っていて
    必要な時に呼び覚まされるし、
    揺らがない『核』となって
    二人を支える強さになるのだ。

    • アセロラさん
      お嬢様のためにちゃんと危なくない入口を作ってたなんて、ジェントルマンですね~(*^^*)
      その子にとっても、素敵な思い出になったでしょうね...
      お嬢様のためにちゃんと危なくない入口を作ってたなんて、ジェントルマンですね~(*^^*)
      その子にとっても、素敵な思い出になったでしょうね♪
      夜の学校…自主的な冒険ではないですが、
      小学校の時に宿泊訓練で学校に泊まりました。
      学校に泊まるというのが、もう非日常でワクワクしましたね。肝試しをしたりして。
      楽しかったです。
      夜は魔法の時間ですよね~。

      あ、明日の深夜(=木曜の深夜)のゴロウ・デラックスは、10年ぶりに改訂された広辞苑の特集なので、よろしければ、
      2018/02/08
    • アセロラさん
      途中で送信してしまいました(汗)
      よろしければ、ぜひ、ご覧になってみてください。
      なかなか貴重だと思います(*^^*)

      あと、an...
      途中で送信してしまいました(汗)
      よろしければ、ぜひ、ご覧になってみてください。
      なかなか貴重だと思います(*^^*)

      あと、ananの方に長いお返事を書いておきました(笑)
      2018/02/08
  • 小学4年生の女の子と男の子が、図書館で偶然見つけた本にいざなわれ、不思議な夜の世界を冒険するというお話です。児童文学の典型ともいえるストーリー仕立てですが、多くの児童文学がそうであるように、本書も人間の内面を抉るような味わい深さを持っています。
    私たちはどこから来たのか?私たちは何者か?私たちはどこへ行くのか?という、有史以来の大問題を孕みつつ、身近なことがらとして、生と死を繰り返すことで、世代が交代することの寂しさ、この世の儚さ、現実の危うさ、けっきょく誰もが真実を、あるいは愛を渇望していながら、一方でそんなものはどこにもないと気づいてしまっていることの虚しさ、侘しさ、哀しみ、・・・少女と少年の冒険を通して、そんなことが語られています。ふたりは幼いながらも、ちゃんと感じ、考えています。子供の頃に、そういったことを意識し、考えるということは、とても大事なことですネ。生涯天真爛漫に過ごせればそれに越したことはないでしょうが、あのピーター・パンでさえ、それなりにいろんな悩みを抱えていましたものネ。
    あらゆるものは生じて滅し、すべてのものの姿も本質も常に流れ、変わるものであって、一瞬といえども同じ状態を保つことはできません。苦しみは生滅から生ずるのではなく、生滅する存在であるにもかかわらず、それを常住なものであると勘違いするから苦しくなるんです。けれど、そんなことは理屈ではわかっていても、そう簡単に割り切れるものじゃありません。大人だってこの物語の主人公である少女や少年のように、夜の世界を手探りで生きているんだもんネッ。世界は概念的で、人生はままならないものですネェ。
    本書では川上さんらしいふわふわした艶っぽさは影をひそめていました。ちょっと残念な気がしないでもありませんが、読み始めたら止まらなくなる物語でしたぁ。


    べそかきアルルカンの詩的日常
    http://blog.goo.ne.jp/b-arlequin/
    べそかきアルルカンの“銀幕の向こうがわ”
    http://booklog.jp/users/besokaki-arlequin2

  • 第六章のタイトルは「終わりから二番目の夜」で、第七章が「終わりの夜」となる。

    うつくしいこども、と、そうでないこどもの件にはかなり惹かれるものがある。
    さよは、そうでないこどもに内なる輝きに愛しさを感じ、仄田くんはうつくしいこどもの持つ完全性を「どうしても」求めてしまうのだった。

    このときの二人の考え方が、後の二人の行く末に繋がったのかなあと思うと、面白い。

    七夜が明けて、目に見えるものはなくなったかのように見える。
    誰もがそんな特別な夜を過ごしたような錯覚に陥るラスト。私も、幼い頃、こんな不思議な体験をしたかもしれない……と思わせて物語は終わる。

    やわらかく、楽しい旅をした読後感。

  • いよいよ完結。
    さよ同様、もう冒険が出来なくなるのは淋しいけど、もう二人はあっちの世界へ行かなくても大丈夫。
    大切な物が何か、アイデンティティの確立など乗り越えることが出来たから。
    だけど、この七夜を忘れてしまうのはやるせない。
    皆、誰もがグリクレルに出会って試練を乗り越えて、そして忘れていったんだろう。

  • 久しぶりに「本を読んだ」という気分にさせられた。毎日本は読んでるし読んできた本は面白かったのだけど、毎日読んでるとどうしても本への感動は薄れがちになってしまう。
    子供の頃のような、全身をかけて入り込むように本を読む体験はなかなかできない。
    それがこの「七夜物語」では体験出来たのだ。現実と夜の世界を行き来きする子供たちに懐かしさと羨ましさを覚え一気に夢中になって読んでしまった。

  • 最後から二番目の夜は、とくに試練もなく、ちょっとした親睦パーティー風で楽しかったのだけれど、その分、最後の夜は壮絶でした。これまでの擬人化された文房具や教室のお道具たち、喋るネズミやマンタ・レイなどの童話チックなテイストから一転、意外にも血みどろの肉弾戦という・・・。ラストは想定内だったけど、読んでいるあいだはずっとわくわくどきどき、すごい勢いで読み切ってしまったから、そういう意味ではとても楽しい読書時間でした。

    異世界へ通じる扉、本、子供たちがふと迷い込んだ別世界での戦いの経験を通して現世に戻ってきたときに少し成長している、という、基本設定は典型的ジュヴナイルファンタジーでしたが、比較的善悪二元論で語られがちなこれらの物語の中で、この作品が少し毛色が違うとしたら、善悪混淆のグレーゾーンを善しとしているところでしょうか。誰かに対する感情ひとつとっても、100%の好き、100%の嫌いではなく、嫌いも好きも混ざっていて、トータルでそれを相手の魅力として存在を肯定する、当たり前なのにできそうでできていないことを子供たちは体得してゆきます。

    ただ贅沢をいうなら、あまりにも古今東西この手のファンタジー全般の既視感が強すぎて、新しい、川上弘美でなくては書けない、という新鮮味は感じられなかったかも。

  • 冒険の旅にでる。
    どんな風に?
    ある時には洋服ダンスの奥に広い世界が広がっているだろうし、柱時計が真夜中の時間を告げる瞬間だったりする。
    この物語では別な世界への冒険へ出かけていくには明確な方法が書かれてはいない。
    さよと仄田君の心のあり方がカギとなる。
    全部で七夜。冒険を続けていくうちに、大人になっていく二人。
    二人の冒険は二人の成長のあかしでもあるのだ。
    大人になることは、怖いことだけれど、決して怖れることでもないのだと思いながら本を閉じた。

  • 6日目の夜の世界。
    さよと仄田くんはグリクレルのお茶会に招待され、夜の世界の住人達と、さくらんぼのクラフティーを食べ、楽しいひと時を過ごした。

    だから私は思い込んでしまった。
    7日目の夜の世界は、happy end だろうと.....。

    7日目の夜の世界は、いままでで一番、過酷なものだった。
    さよと仄田くんの姿をした光と影は、残酷で、我儘で、そして強かった。

    児童文学書のくくりに入るのだろうが、どちらかというと大人向けの作品な気がする。
    大人が読んでも難しかったw

  • すてきな物語。

    あまりにも美しい子どもたちの、もう一つの姿。
    光と影との戦い。
    それが意味するものは、深い。
    でも、もし自分に10歳の子どもがいたら、ぜひ一緒に読みたい物語だ。

    人間とその世の中の曖昧さ、混沌とした部分をも、前向きに受け入れていこう、というメッセージを感じた。

    新聞に連載されていたころ、夫とせっせと読んだ小説だった。
    仄田くんが「地球物理学者」になったくだりに、二人して妙にうけたのを思い出した。

全21件中 1 - 10件を表示

プロフィール

1958年東京都生まれ。お茶の水女子大学理学部卒業。著書に『蛇を踏む』(芥川賞)、『センセイの鞄』(谷崎潤一郎賞)、『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞)、『水声』(読売文学賞)等。

川上弘美の作品

七夜物語(下) (朝日文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする