しろいろの街の、その骨の体温の (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
4.08
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本棚登録 : 1704
レビュー : 177
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022647849

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学小説】2013年に三島由紀夫賞、14年に第1回フラウ文芸大賞受賞作、「王様のブランチ」で西加奈子さんも絶賛の作品。小4と中2時代の結佳を通して描く、女の子が少女に変化する時間を切り取り丹念に描いた、静かな衝撃作。解説・西 加奈子

感想・レビュー・書評

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  • この熱を、どうにもうまく消化できず、次に読む作品はどれにしようと本棚の前に来ても、ぶるぶると溢れてくるこの熱が、次の作品へといこうとするわたしのこころを、ひっぱる。
    2020年に読んだ作品の中で、一位二位レベルの作品かもしれない。

    これまで村田紗耶香さんの作品をそれなりに読んできたけれど、これほどまでに物語に呑まれ、苦しくなったことはなかった。いつも、彼女が作り上げた世界の中で、「確かにこういう世界だったらそんなこともありえるかも」と、少し客観的に見つめていた部分があったからだ。
    でも、この作品は、ずきずきと心と感情が疼いた。心を、ズタボロにかきむしられた。冷静に読んでいることなんてできなくて、久々に平日に夜更かしをして、仕事中も早く続きを読みたくて休憩時間が待ち遠しく、一気に引き込まれてあっという間に読了。

    思春期の一人の女の子が、成長することに対して恐れ、スクールカーストに脅え、その中で本当の自分の気持ちを見つけるまで、痛く、苦しい毎日を、気持ちをすり減らしながら必死に足掻いている。屈折して、最後は苦しみの中にその感覚が放射して、再度収束していくような。
    名付けようのない感情が沸きだしては、わたしの心の器ぎりぎりでゆたゆたとゆらめいている。物語のラスト、その感情は完全に溢水して、からだじゅうのそこここまで染みわたり、やがて熱となって、身体の中と外に、残る。

    あの頃の自分を思い出す。学校という戦場に、駆りだされる日々。教室の中に無条件に存在するヒエラルキー。下から数えた方が早いグループに所属していたわたしは、しかしなぜか、塾や部活では「上」の人たちと過ごしていた。「上」の人たちは、教室の中にいなければ、普通に話をしてくれた。いや、普通に話すことができた。この、呪縛から解放されたような感覚は、自分がそう感じているだけなのか、事実、彼女たちの態度が懐柔していたのか。
    いずれにしても、事実としてわたしの中学時代は死んだ方がマシってレベルでしんどかった。それに、わたしを苦しめた彼ら彼女らは、成人式で再会した時には、何もなかったかのように接してきたし、友人の葬儀で再会した時には、「変わらないね」と、安堵するような笑みすら浮かべていた。だったらなぜ、当時その笑みをくれなかったの。どうして昔は、その「変わらなさ」をなじったの。
    東京で生活している今、学歴なんてたいして価値がないと思いながら生きている。結婚していないこと、子どもを持っていないことにコンプレックスを感じつつも、自由でそれなりに楽しく生きている。しかし彼ら彼女らに映るわたしは、その学歴や職歴は華々しく、結婚していないことはかわいそう。唯一、わたしを守ってくれたのは、たいして価値がないと思っていた、学歴だけだった。
    そんなことを思い出した。

    解説は西加奈子さん。この作品を読み始めた当初わたしは「村田紗耶香らしくない」と思っていたけれど、そうじゃない。解説で西さんが「村田紗耶香の『村田紗耶香性』が綺麗に引き延ばされ、そしてその核が少しも薄まっていない」とおっしゃっているように、いわゆる彼女のクレイジーさが突出ではなく、ゆるやかに「引き延ばされて」いるのだ。それによって、「村田紗耶香の入門書としても、永久保存版としてもふさわしい」ものとなっているのだ。この表現は本当に的を得ていて、わたしは今後、彼女のおすすめの作品を問われたら、間違いなくこの作品を挙げるだろう。

    次は、そんな西さんの「さくら」を読もうと、本棚の前、熱の中で、決意する。

  • あえて断言したい
    この『しろいろの街の、その骨の体温の』は村田沙耶香の最高傑作
    であると。

    僕は、今まで本書を含め村田沙耶香の中長編小説10作品、『コンビニ人間』から始まって『消滅世界』、そして処女作の『授乳』『マウス』『ギンイロノウタ』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『変半身』(つまり現在のところ未読は『殺人出産』『地球星人』『生命式』の3作品)という順で村田沙耶香作品を読んできたが、本書のようにここまで小説として完成された村田沙耶香作品を読んだのは初めてと言っていいかもしれない。

    本書はまさに思春期の少年少女の心のひだの内側を描いた青春小説の最高峰の一つに数えられるべき作品である。

    村田沙耶香といえば『クレイジー沙耶香』と呼ばれるほど彼女が描く作品は常人が考えもつかないような狂気の世界が描かれることが多い。『消滅世界』『ギンイロノウタ』『タダイマトビラ』などはいわゆる彼女にとっての「狂気の世界」を描いた傑作だろう。

    しかしながら、本作品は思春期の少年少女の『初恋』という、まさに誰もが一度は経験する『狂気』をあまりにも純粋に描いた「クレイジー沙耶香」らしからぬと言っては語弊があるかもしれないが、いわゆる「どストレート」な青春小説なのである。

    本作のあらすじであるが、開発途中である『ニュータウン』が舞台だ。多くの土地が造成され毎日のように新しい家が作られ、学校には毎新学期ごとに転校生が二けた単位で転入してくる。そこに暮らす主人公の小学4年生・谷沢結佳はクラスでは目立たない大人しい少女である。しかし、彼女には同じ書道教室に通う同学年の男の子・伊吹雄太という特別な存在がいた。伊吹雄太は無邪気で明るく子供っぽかったが、結佳はそんな雄太を『彼女だけの特別なおもちゃ』にしたかった。書道教室が終わったある日、結佳は無理やり雄太にキスをする。その時から結佳と雄太のあまりにも奇妙な『恋』が始まっていくのだった。

    僕もまさにこの本『しろいろの街の、その骨の体温』に『恋』をしてしまったのだろう。この本を読みながら僕が感じていたのは、例えるならば「導火線に火がついたダイナマイトを胸に抱き抱えているような」あるいは「研ぎ澄まされた巨大なナイフの上を素足で1ミリずつ前に進んでいくような」気持ちである。

    自分でいうのもなんだが僕は本を読むのは人に比べて早いほうだと思う。しかし、この本を読んでいた時は、通常の本を読むスピードよりも2倍、いや3倍はかかった。むしろ早く読もうと思っても読めなかったといった方が正しいかもしれない。それほど、村田沙耶香の紡ぎだす文章に魅せられてしまう、というか一文字も読み飛ばすことができないほどこの本に取り込まれてしまったのだ。

    村田沙耶香の書く文章はさらっと読めてしまう。
    回りくどい言い回しはないし、意味不明なごたごたとした小難し単語も使われていない。ただ、その中にふと、注意深く読まなければ読み飛ばしてしまうような文章の『異物』が計算しつくされた形で織り込まれている。
    例えば、ふと以下のような文章が無造作にスルッと入ってくるのだ。

      『私は「嫌い」という言葉が好きなのかもしれなかった。
       この言葉を口にしていると、自分がどんどん鮮明になっていく気がする。』

    これは主人公の結佳が自分の性格を言い表そうとしている文章なのだが、文章、言葉の意味としては単純だが、その奥深くに秘められた真の意味に深くうなずかされる。『自分は特別である』と思いたい思春期特有の心理状態。巷では『中二病』という言葉でよく言い表される現象だ。
    さらには、

      『この街は、驚くほど従順に、夜に飲み込まれていく。
      街灯も住宅から漏れる光もまばらだ。
      田舎の夜と違って、動物や植物の強い息遣いがすることもない。
      清廉な暗闇が、街を覆う。』

    など、『街』を擬人化したような表現もまた独特だ。この美しくも意味深い文章に僕の心は引き込まれていく。

    そして、村田沙耶香が『人生でいちばん残酷な時代』と話している、思春期の中学生の視点描画がまたすさまじい。
      『女の子は同性の目に敏感なので、綺麗な子ほど調子に乗っていると思われないように振る舞う術を心得ている。
      それに、女の子は、どんなに可愛い子でも鏡を見て真剣に溜息をついているようなところがある気がする。
      上には上がいることも、これが永遠に続く栄光ではなくていずれ自分が老いることも、どこかで知っているのかもしれない。
      でも男の子は、この狭苦しい彼らの天国が永遠に続くと信じ切っているように見える。』

    僕にも中学生時代はあったが、まさにこんな感じだった。僕は男なので同級生の女の子が自分のことをこんな風に思っていたとは全く知らなかったが、女性的にはまさに的を射た表現なのだろう。
    そして、この文章にはこう続く。
      『そんな彼らを観察していると、微かな優越感が湧き上がってくる。
      この牢獄みたいな校舎のずっと上に本当の私がいて、彼らを観察しているんだ、という錯覚に陥ることができるからだ。
      安全な場所から誰かを観察するのは、私にとってはおまじないみたいなものだった。そうしていると、自分が誰よりも賢くて、正しい存在みたいに感じられてくる。
      本当は彼らよりずっと“上”にいるのではないかと錯覚できるのだ。』

    まさに思春期特有の『中二病的』思考だろう。
    こう独白する結佳はまさに『中学2年生』なので、彼女のことを『中二病』と呼ぶのはある意味において間違っているのかもしれないが、中学生を経験したことのある大人ならば首がもげる程うなずかされることだろう。

    そして、また『初恋』という病に侵されている少女の心理描写が秀逸だ。

      『私は学年の中で囁かれている小さな噂を、聞き逃さずにぜんぶ溜め込んでいた。
      そして他の女の子の宝物であるそうしたエピソードですら、私の宗教になっていく。
      伊吹だけが、何も知らず、グラウンドで呑気にサッカーをしながら笑っている。
      恋をしてどんどん不自然になっていく私たちを嘲笑うかのように、自然体のままで。
      女の子は妄想と現実を絡み合わせて、胸に巣食った発情を処理できずに、体の中に初恋という化け物を育てていくのに。』

    小学校高学年から中学3年生まで間、主人公・結佳の心と身体の成長とこのニュータウンとの成長を対比させながら、彼女にとってはただの『おもちゃ』であったはずの伊吹雄太の存在が結佳の心の中で次第に大きくなっていく。
    そしてここに、結佳が下から2番目のカーストに所属し、伊吹雄太はその明るく無邪気で可愛いらしい性格からクラスで最上位のカーストに存在しているという、いわゆる『スクールカースト』内の階級を超えた禁じられた恋物語を挟み込ませていく。

    そして、結佳の恋は彼女の理性を超えて暴走していくのだ・・・。

    この小説『しろいろの街の、その骨の体温』の完成度の高さは、『ギンイロノウタ』や『タダイマトビラ』『変半身』などの作品で使った手法である、村田沙耶香得意のいわゆる「大どんでん返し」というか「ちゃぶ台返し」でもなく、『コンビニ人間』や『消滅世界』のような「常人には計り知れない『狂気(クレイジーさ)』を突然持ち込んで読者の度肝を抜く」という例の手段も使わずに、かつて少年少女であった大人、そして「恋」を経験したことのある大人ならば、誰にでも心当たりのある心象風景を、あまりにも、あまりにもストレートな形で「クレイジー沙耶香」が描き切ったというところにある。
    もう本書は、思春期の少年少女の心理描写を描き切った純文学の傑作として国語の教科書に取り上げてもいいくらいの完成度と言って良いと思う(だが、そこはあの『クレイジー沙耶香』の作品だ。本書を読んだ人ならば、この本が絶対に国語の教科書には採用されないことは察しがつくだろう・・・。いや、もしかしたらこの時代ならあるかもしれないな・・・)。

    本書はこの本をそれだけで読むのも最高だが、さらに最高を極めるならば本書巻末の西加奈子先生の解説と、その西加奈子先生と村田沙耶香と対談を熟読することをおすすめする。

    この対談については、本の総合情報サイト『ブックバン』において無料で読むことができる。
    以下にアドレスを付けておくので本書読了後、引き続き村田沙耶香ワールドを堪能してほしい。

      『ブックバン対談~村田沙耶香は変わってる!? 西加奈子も「あれ? この人……」』(2015年7月15日付)
     
     https://www.bookbang.jp/review/article/517015

    と言う訳で、長文のレビューになってしまったが、僕が言いたいのは
      村田沙耶香が好きすぎる。むしろ好きすぎて辛い。
    ということに尽きる。
    もう僕はあちら側に行ってしまった人間なので彼女なしでは生きられない心と精神になってしまったのだ。

    • kazzu008さん
      まりもさん。こんにちは。

      コメントありがとうございます!
      ええ、もう僕はすでに「あちら側」に取り込まれてしまったようです…。
      いや...
      まりもさん。こんにちは。

      コメントありがとうございます!
      ええ、もう僕はすでに「あちら側」に取り込まれてしまったようです…。
      いや、本当に自分でも不思議ですね、なぜ、ここまで村田沙耶香作品に魅せられてしまうのか。
      村田沙耶香ファンってたぶん女性のほうが圧倒的に多いと思うのですが、僕のような男性のファンも結構増えているのではないかと思います。この中毒性は一度経験したら忘れられないものですからね(笑)。本気で『僕が村田沙耶香に取り込まれるまで』という本を書きたいです(笑)。もう一つ考えついたのは、この『しろいろの街の、その骨の体温の』を伊吹君の視点から描いたコピー小説とか(笑)。


      『対談』未読でしたか?
      それはお知らせできて良かったです。この『対談』自体も本書の巻末に載せてほしいと思うほど面白かったですものね。

      実は僕はもう未読作品があと3作しかないということに戦慄しているのです。村田沙耶香作品を全部読んでしまったら新作がでるまで僕のこの精神が我満することができるのか、それとも過去の作品をひたすら読み返すのか…。いずれにせよ、再読でもレビューを書きたいと思います(笑)。

      それでは次のまりもさんの村田沙耶香作品のレビュー、楽しみにしています!
      2020/01/26
    • naonaonao16gさん
      kazzu008さん
      こんにちは^^
      先日この作品読み終えたところでして、コメント失礼します。
      改めて読了後レビューを読ませていただきました...
      kazzu008さん
      こんにちは^^
      先日この作品読み終えたところでして、コメント失礼します。
      改めて読了後レビューを読ませていただきました!
      わたしもコンビニ人間よりこの作品の方が断然いいと感じましたねー。村田作品ナンバーワンです!かなり女性寄りの作品だなと思っていたので、男性視点の感想、改めてとても貴重に拝読させていただきました!
      思春期というだけでもこじらせているのに、それを村田紗耶香さんが描くとこうなるのか!という彼女のクレイジーさが顔を出しているのと、恋愛が宗教となっていく見方は少女漫画のような部分もあって、これまで読んできたクレイジーさが前面に出た作品とはちょっと作風が異なるなと思いました。そのクレイジーさとのバランスがとても秀逸で、うまく言えませんが、主人公のアンバランスさが物語のアンバランスさでもあって、でもそのアンバランスこそが思春期であり彼女の心情であり、この作品のバランスなのだと!
      …うまく伝わる自信がありませんが、このあやういシーソーを動かしている彼女の筆致は素晴らしく、わたしも普段の倍速以上で読み終えてしまいました…!

      対談知りませんでした!リンクありがとうございます^^
      読ませていただきます!
      2020/09/17
    • kazzu008さん
      naonaonao16gさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      ぼくもnaonaonao16gさんのレビューをいつも楽し...
      naonaonao16gさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      ぼくもnaonaonao16gさんのレビューをいつも楽しく拝読させていただいてます。

      本当に、村田沙耶香作品のなかでもこの本は別格ですよね。
      ストレートに「恋」を描いているのは、たぶん本書だけではないでしょか。
      他の本は、愛とか性とかそういうドロドロとした感じがあって・・・。
      その点、本書は、思春期の甘酸っぱい恋愛を描いていて好感がもてるのですよね。

      確かにこのバランスは秀逸ですよね。
      すばらしいです。

      今は、未読の村田沙耶香作品がないので、新作を首を長くして待っている状態です(笑)。
      2020/09/19
  • 村田沙耶香 著

    タイトルからして、独特の…村田沙耶香さんの本を読むのは「コンビニ人間」以来
    2冊目の作品…衝撃の作品だったコンビニ人間
    では、主人公は大人だったが、今回の
    「しろいろの街の…主人公は
    小学生から中学生時代の思春期の女の子(女性)を描いている。
    作品の時代や作風は違うものの…衝撃度は変わらないものがあった。どんなふうに、作品の事を表現したらいいのか分からないほど、鋭く、過激で、それでいて、猛烈に真摯な熱量に圧倒されてしまう。
    凄い作家さんだ!

    目を背けたくなる描写があっても、目が離せなくなって読み進めてしまう
    客観的な視点で、読みながらも、主観的な気持ちに浸透されてゆく。
    怖いけど、知りたい、知る必要がある気がする。 怖いもの見たさのような気持ちとは別物で、得体の知れない感情であるとか、そう感じる正体を自分の中で暴きたい思いで夢中になって作品の中に入り込んでしまう。

    作品の中の結佳の思春期体験とは、全く違った体験の思春期を生きていたような自分にも 形は違えど、自分のまわりにある位置付け、その頃の得体の知れないような感覚は同じかもしれない。
    どうしたらいいのか分かっているようで、分からないのだ!危うげな感情がこちらにも伝わってきた、、

    自分の好きな作家さんのひとりの本の中に
    ドストエフスキーのこんな引用文がある

    「どんな人の思い出のなかにも、だれかれな
     しには打ちあげられず、本当の親友にしか
     打ちあけられないようなことがあるもので
     ある。また、親友にも打ちあけることがで 
     きず、自分自身にだけ、それもこっそりと
     しか明かせないようなこともある。
     さらに、最後に、もうひとつ、自分にさえ
     打ちあけるのを恐れるようなこともあり、
     しかも、そういうことは、どんなきちんと 
     した人の心にも、かなりの量、積みたまっ
     ているものなのだ。『地下室の手記』」

    私はこのドストエフスキーの言葉を読んだ時、
    「そっかぁ…そうなんだ」って、胸を撫で下ろし、ホッとした気持ちになった。
    皆んな嫌な思い出や忘れたい思い出なんて、過去の記憶となって、
    すっかり忘れてしまえるのだろうか?
    忘れ去りたい過去の思い出の記憶が、もう今更…どうでもいいことなのに、時々、自分の頭の中に顔を出し甦る事がある
    それは自分にとって消し去りたい嫌な思い出なのに、何故か嫌な思い出って覚えている。
    本当に記憶喪失にでもなりたくなるくらい、記憶から抹消したいって真剣に思ったこともある 
    きっと、その記憶の中の自分の存在が許せないからだ!

    多分、小学生の頃から、女の子(女性)は特に、女性同士のグループのような、連む事が多いような気がする 群れたがるというか?
    そのくせ、誰かを捌け口にしたり、一人の人を槍玉にあげて非難したり、自分の憂さを晴らすように悪口を言ったり…とにかく、ややこしい集団女子がいる事も事実だと思う。
    ただ、この作品の主人公と違って、小学生の頃からグループを作って、その中にも階級があるような、女子集団に辟易していた小学生時代の私は、
    どうせ、小学生だったらヒロインになるのは、お金持ちで、そこそこの容姿を持つ女子しかなれないのに決まってるだろうから、早くから、ヒロイン役の立場争いからの離れ、鬱陶しい女子グループとは距離を置いていた
    親分みたいな女子がいても、間違ってることに従う子分にはなれなかったから…。
    たまに、
    村八分のようにクラスの女子から完全無視されるようなこともあった気もするが、それに対しても、こちらも無視する事が出来たし、自分なりの呼吸が出来てたと思う 
    だけど、作品の結佳の心情や立場は、痛いほど、理解出来た。
    私はヒロインは無理だから、勝手に孤高のヒーローになった(笑)あの頃は…(あの頃は、ですよ…( ; ; ))
    運動神経の良さを武器に、男子と運動で勝負しても、遊びでさえ負けなかったから、都合よくクラスの男子が完璧な味方になって(挙句、男子から男前〜って言われるほどチヤホヤされた)小学生の男子は女子ほど、ませた子供ではなかったから、清々しく仲良くなれたので、女子は気になる男子を取られた気分で無視する事を完全にやめた!
    快活で平和な、人に弱みを見せず、媚びたりなんて勿論しない、弱い者虐めなんて絶対にあり得ない、弱い者虐めする者には立ち向かってゆく勇ましい態度で我がモノ顔で生きていた(さして、伊吹の幸せさんと変わらないではないか…)

    しかし、高学年になると男子との体力差は顕著に現れて、こちらがちょっと押しても、びくともしない意地悪な男の子が、自分に向かって手をあげた、その力は女子のそれとは威力が全然違っており、相当なダメージをくらう、(痛い、泣きそう…)でも、泣いては駄目、負けてはいけない 何故ならまわりにいるクラスの皆んなが、な、なんと私にエールを送っているのだ
    「頑張れ!意地悪をするような奴に負けるな!」
    涙が溢れそう(相手のパンチが痛くて…)
    「ちょっと、たんま!」思わず、私はトイレに駆け込み、あまりに強い、パンチの痛みに涙を拭いた
    「お前、泣いてたんとちゃうかあ?」
    「まさか…私が」と笑った(ヒーローは辛い、これもやめ時か)なんて。
    栄光の小学生時代を送ってたわけではなく、本当はなにか見えない得体の知れないものに怯え、強がり、強いフリをすることに精一杯だった
    でも…誰にも弱い自分を見せる事が出来なかっただけ。  地味な本当は弱い自分だからこその防御。それでも、結局、この作品と同じように、中学生になると「小学生の時は良かったねぇ」なんて言うくらい、暗黒時代に入るのだ!
    小学生からたった一年上級しただけだなのに、学校も変われば、顔触れも、自分だけでなく…まわりも全てカラーが変わった
    中学校時代からは形は違っても、気持ちの部分では、結佳の置かれてる立場に共感した。
    快活だった自分は、なりを潜め地味に目立たぬように静かに それなりに、相手に合わせる振りをして生きてたような気がする
    皆んなに好かれようとは思わぬことだ
    実際、今となっては仲が良く相性があった少数の友達のことしか記憶にない
    孤高のヒーローは去り、全然自分らしくも生きられない時代だったから、思い出すら湧き上がってこない 嫌なことだらけだったのに、その記憶すら忘れてしまったようだ
    (封印したに違いないのだけど、自分を許せないような記憶もない。何もなかったのかもしれない)

    闘うことをやめた自分と結佳の影が重なる。

    しかしながら、この暗いとも不思議とも形容し難い、この作品にラストでは希望の光が見えた。
    しろいろの街の、その骨の体温が上がったようだ。

    ご自身の体験の如く赤裸々に真摯に描かれた村田沙耶香さんの作品に勇気をもらえた。

    そして…尚、この作品に対する
    解説の西加奈子さんの言葉は、
    あまりに素晴らしく胸を打たれた
    解説文を読んで、泣いてしまうことってある?って感じた。これほどまでに自分を許してくれた言葉ってあるんだろうか
    独りごちて長くなかったが、あまりに心に落ちた言葉なので、記しておく。

    私たちはもっと、自分を愛してあげることが出来るのではないか。
    自分の中に見つけたもの、それがたとえ醜さだったとしても、私たちはそれすら愛さなけばならない。なぜなら、それを含めて大切な大切な私だからだ。
    この作品は力の限り、全身で叫んでいる。
    あなたはあなただ、と。
    まぎれもなくあなたなのだと。

  • 村田沙耶香さん。
    『コンビニ人間』も読んだけど、やっぱりいいなぁ。人間の弱さと向き合って真っ正面から抱きしめているような感じ。

    中学校の中でのヒエラルキー
    自分が醜くて仕方がないと思う主人公
    自分より「下」の人間がいることにほっとする瞬間
    「上」に目をつけられないよう大人しくすること
    そんな世界で作り上げられた「地味で真面目な女の子」

    主人公が暮らすニュータウンは、常に工事が行われ生き物のように成長し続ける。ちょうど成長期を迎えた主人公の骨のように。しかし、貧相な上半身と対照的に太い下半身のまま成長期を終えた主人公は大人の体に慣れないことに苛立ちを覚え、街も死んだように開発が進まなくなってしまう。


    この小説を読みながら私自身も昔「地味で真面目な女の子」だったなぁと振り返り同族嫌悪と戦いながら主人公の行動を読み進めていきました。

    小学校の友達の若葉は「上」に行きたくて必死に人気のある女子について行こうとしている女の子ですが、読んでいたら私の昔の友達とそっくりだなぁと思いました。そのままで素敵なのに、取り繕って人気のある子に媚をうって、なんだかいつも必死にみえてしまいます。
    「上」の子と「中間」「下」など、喋っただけでどこに属するべきなのか分かるのは本当に不思議。学校って怖い。

    そんなことを思い出してしまうほど、この小説の登場人物はリアルで、私は全ての人物を昔のクラスメイトで想像しながら読んでいました。私の周りには全員いた。
    あのころ私が言いたくて言葉に出来なかったことの全てを村田沙耶香さんという作家さんが形にしてくれたみたいで、この小説は好きです。

  • 西加奈子さんや朝井リョウさんがおすすめしていたので気になっていたまま、文庫落ちと知ってすぐに買いに走った。
    「思春期の~」とか言ってたような気がする、くらいの知識しかなく、帯もあらすじも読まずに読み始めた。
    前半はどこまでも白く、骨のように伸びていくニュータウンに住む結佳という地味な小学生時代、後半はあれだけ工事の音がやまなかったのにまるで牢獄のように出口をなくして静寂となった街で中学生時代を迎えたという構成になっている。

    スクールカースト中心の話だと思っていなかったので、途中「読めるかな」と思いもしたのだが(昨今のスクールカーストもので食傷気味)、そんなことは杞憂ですぐに村田沙耶香の世界に引きずりこまれた。
    文体という文体がない、癖というものも感じられない。だがそこは確実に村田沙耶香の世界だった。
    スクールカーストものにありがちな、その教室内の歪さや気色悪さや、言動の苛烈さを強調するような書き方、浮かび上がらせ方はまるでない。
    ただひんやりとしていて、ときに溶けたアスファルトに手を突っ込まれたような絡みつく灼熱がからだに、喉に胸に頭に目に、そういう感覚器に入り込んでくる。
    こういう書き方の出来る作家を他に知らないので、もう感動と興奮で震えまくって読んだです。

    結佳の目から見える世界が手に取るように分かるからこそ、この平等で静かな描き方がかえって胸に迫るのである。
    その書き方は結佳もまた自分の胸に巣食う衝動、いや自分そのものがまだ分からないからこそ見える視点であり、うまれる情動なのだということが際立つ感じがした。

    先ほど、この物語は前半と後半、時代の違いで分かれていると書いたが、実際は違う。
    ラスト付近になって「沙耶香覚醒章」というのが生まれるのであって、これをもう涙と慄きなくして読めないのである!
    覚醒章を読みながら、心の隅には「結佳!言え!言いたいことを言ってその醜く幼い、未熟な青い殻を破ってくれ!」と自分の救いを求めてつい叫んでしまうんだが、そういう視点から言うと今現在思春期真っ只中のティーン達よりも思春期の歪みに一度でも居心地の悪さや引き裂かれた傷の記憶を持つおっさんおばさんに読んでほしいと思ってしまう。
    おばさんはね、スクールカースト上位の気持ち悪さや何の罪もない子に向けられた悪気のないふりをしたとても下劣なあの言葉にもあの言葉にも何も返せず、結佳と同じ顔をしてやりすごした時間がまざまざと蘇って生まれた、自分の本当の声や自分のうちにあった本当は美しかった感情に触れることができて、また明日を生きる力を得たよ。

    そして何より伊吹という男の子の素晴らしさ。
    こんなに心に残る思春期男子に出会ったのは初めてです。
    ありがとう村田先生!ありがとう沙耶香!(もう極まりすぎて呼び捨てです

    覚醒章はもうそれこそ星屑みたいに拾って集めて抱えていたい言葉に溢れすぎてて、私の文庫本はすでに線や蛍光ペンでぴかぴかです…!



    「村田沙耶香……!」
    そして読み終えた直後、叫んで倒れた。
    床に転がり、自分の体内でまだかたちにならない様々が蠢いて外に出ようとしたり失われそうになったりするのを押しとどめて早く完全な私の一部になってくれるようにと屍のようになっているしかなかった。

    だが私にとってそれから今「村田沙耶香」という言葉は幸福そのものであり、呟くだけで幸せにも絶望にも陶酔できるそんな存在となった。
    とにかく読み終えてから立ち上がる気力もなく、私も結佳と共に鬱屈し発狂し爆発し星屑にまみれて疲弊した。
    なんと幸福な疲弊か。
    本が好きで良かった!
    この本に出会えるまでなんとか無事に生きて来れて本当に良かった!
    そして巻末西さんの解説でまた泣く(笑

  • 「しろいろの街の、その骨の体温の」
    村田沙耶香(著)

    2019 9/20 朝日新聞出版

    2020 1/20 読了

    村田沙耶香強化月間の最後に選んだのが
    この本。

    そして最高に素晴らしい作品でした。

    逃げ場の無い環境の中で闘い
    のたうち回りながら成長していく女子の物語。

    ぼくら男子は、ぼさーっとただ生きていたのが申し訳ないくらい

    女子はいろんなモノを抱えて生きているんだねー…

    本作も村田沙耶香は
    血を流しながら成長する女子を全力で応援していました。

    こうして今回「村田沙耶香強化月間」と称して
    集中して読ませていただきましたが

    いろんな意味で大変、勉強になりました。

    第26回三島由紀夫賞、第1回フラウ文芸賞受賞作品。

    単行本が欲しくてAmazonを見ると定価より高いとか嬉しいような悔しいような思いで

    ポチり。

  • 小学校高学年から中学時代までのスクールカーストに巻き込まれながら、人を見る主人公の目線から見たストーリー。

    もう気持ちがわかりすぎる。
    すごくすごくわかる。
    好きだけれど嫌いで、自分を鏡で見るのがこれでもかというくらい嫌いだったあの頃。

    大嫌いだったスクールカースト。
    けど、大人になった今も社会はカースト制度に縛られ続けてる。
    読んでて苦しくて、息が辛くて、でもすごくすごくわかる。

    村田沙耶香さんの作品は本当暗いし、毒針みたいに身体に突き刺さる。
    その文章が全身に毒のように広がる感覚が、気持ち悪いようで気持ち良くて。
    すごくすごく不思議な感覚。

  • 視覚、とくに色彩と、触覚、しかも体内の感覚に
    秀でた文章がちりばめられた作品。
    旺盛にその範囲を広げるニュータウン建設と、
    成長期の少女との対比が見事。
    そしてある意味、この上なくエロティックである。

    ストーリーらしいストーリーは、あまり無い。
    言葉にできない恋という病、
    少年少女達の残酷な正義と政治、
    その中で揉まれながら、必死に自分の「居場所」を探る
    少女の心象を描き続けていく。

    好き嫌い、見た目の美醜、ヒエラルキーの上下。
    人は皆誰かと、何かと対比をすることでしか
    自分の座標を定めることができない。

    既存の価値観の枠から「外れよう」とすること自体が、
    既存の価値観に縛られているからこそ、という現実を、
    作者は容赦なく突きつけてくる。

    だが作者の視線は、冷徹な傍観者では無く、
    慈愛に満ちている、と感じられるのは何故だろう。
    作者が自らを慰撫するような、くすぐったい愛。
    最初から最後まで、そんなものが通底している気が。

    最後の展開は、果たしてハッピーエンドなのだろうか。
    いや、勝手にエンディングと思い込むのも失礼か。
    矢沢や伊吹の日常は、これからも続いていくのだから。

  •  教室の中という閉鎖的で、階級的な社会の縮図の中で、主人公の結佳はクラスメイトを観察対象にすることで傷つくことを避けていた。白色の色彩を欠いた街の中で自分の感情を殺し、透明になることで日々を過ごしてきたが、感情の出し方を見失ってしまう。ある事件をきっかけにこれまで縛られ続けてきた教室という社会の価値観から外されてしまう。自分の好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、周りの価値観では醜いものでも自分が美しいと思うものは美しい。結佳は自らの内側にある自分だけの価値観の尺度を見つける。
     この小説は思春期の心と体の成長、クラスメートとの付き合い、淡い初恋など普遍的な青春の物語と同じパーツで出来上がっている。しかしその結果できあがったこの小説の完成図はひと味もふた味も異なっている。まるで小説そのもの作中のがしろいろで、どこにでもある、清潔な家々からなる不気味な街のような印象を受けた。村田沙耶香作品は一見すると過激で読むのに苦しくなるような描写を多く含む作家のように思われる。しかし、その奥に潜む結末には必ず読む人の内側に小さなあたたかいものをそっと残していくような感覚を残していく。この作品も例外ではない。これは青春小説だが、青春を通り過ぎどこか自分の内面の声に無意識に生きている大人たちにこそ読んでもらいたい作品だ。

  • 村田沙耶香さんの作品を読むといつも自分の嫌な部分を晒されているような気分になる。その感覚がクセになり何とも魅力を感じる。

    本作も思春期の女の子の話でありながら、それに留まらず男性が読んでも共感できるドロドロした感情に満ち溢れていると思う。こうした拗らせ感は男性女性に関わらず存在するものなのか、自分自身が女性的なのか…

    またこういった内容を殊更に強調するような汚い言葉がよく出てくるが、綺麗な文章の中で語られるので何とも奇妙な品がある。

    ・この街は、驚くほど従順に、夜に飲み込まれていく。

    とかはとても詩的だし

    ・信子ちゃんの顔を見ていると、点数の悪い答案を見せ合いっこしているみたいで、なんだか落ち着いた。

    は言ってることは酷いが何だかユーモラス。
    こういった言葉選びのセンスが非常に心地良くこの人らしさを感じる。

    この作品に関しては最後はっちゃけることもなく、きっちりと締められていくことも良かった。伊吹くんというブレない清涼感の存在のおかげで主人公のズレ感をところどころで客観的に認識できる事が作品全体を読みやすいものにしているのかもしれない。

    村田沙耶香ワールドを堪能できる素敵な作品でした。

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著者プロフィール

1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、16年「コンビニ人間」で芥川龍之介賞受賞。その他の小説に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『地球星人』、エッセイに『となりの脳世界』『私が食べた本』などがある。

「2020年 『丸の内魔法少女ミラクリーナ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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