ふくわらい (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.57
  • (146)
  • (289)
  • (291)
  • (74)
  • (20)
本棚登録 : 3817
感想 : 332
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022647900

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学小説】書籍編集者の鳴木戸定。彼女は幼い頃、紀行作家の父と行った旅先で特異な体験をする。不器用に生きる定はある日、自分を取り巻く世界の素晴らしさに気づき、溢れ出す熱い思いを止めることができなかった。第1回河合隼雄物語賞受賞作。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • いつもの、関西弁で感情が爆発しまくっている西さんの作品が高熱とするならば、この作品は、平熱、いや、低体温症くらいの温度感かもしれない。
    解説P298「受賞作の『ふくわらい』の主人公、定(さだ)は、編集者としては有能な女性だが、特殊な環境で育ったこともあり、『愛すること』や『気持ちが悪いこと』など、世間の人々が『当たり前』に感じている感情が『わからない』女性である」。
    小川洋子さん曰く、「冷ややかで、生々しい」作品。
    解説の上橋菜穂子さん評するに、「物語としてしか命を持ちえない作品」である。
    ラスト、物語のその体温は、しっかりとした温度感でもって、迫ってくる。

    読みたいと思って購入してからずっと、本棚でひっそりとしていた作品だ。
    大好きな西さんの作品であるにも関わらず、ここまで時間が経ってしまったのは、作中に出てくる「プロレス」がネックになっていたからだ。西さんがプロレス好きなのは知っていたけれど、わたし個人の中で、ボクシングやプロレスのような、人を殴るスポーツを、なかなかスポーツとして受け容れられない部分があって。映画でも、殺人系や医療系の血は全然平気なのに、ヤクザ映画やボクシング映画は観られない。「アウトレイジ」は挫折、「ファイトクラブ」はまだ観てない。「あゝ、荒野」も、きっと観ない。
    そんなだから、ちょっとこの作品を読むのに抵抗があった。だけど、作中に出てくる守口というレスラーは、わたしがイメージするレスラーとは異なり、なんとも人間らしく、弱かった。
    プロレスに詳しくないわたしは全く分からないのだけれど、みんな無理矢理キャラクターを作っているのだろうか。自分の中に矛盾を抱えながら不器用に生きる守口の姿は、弱々しくもあるけれど、人間らしくてなんだか勇気をもらえたのだ。

    また、作中に出てくる「目の前にいるあなたがすべて」という感覚は、平野啓一郎さん「私とは何か」に出てくる「分人」の概念と重なる部分もあった。
    「ありのままの自分」とは言うけれど、結局「その人の前での自分」がその人にも自分にも全てであって、一緒にいる中で、いろんなその人を発見して、「その人の全て」の領域が広がってゆく。
    誰かのことを受け入れる、誰かと一緒にいるって、こういうことだよなぁ、としみじみと思わされた。
    これまでの過去の積み重ねが今この瞬間の自分であって、それが自分の全てである。
    今この瞬間、目の前にいる人もそれは同じで、お互いに過去を背負った今を生きている。そして、今この瞬間を作ってきた道のりを、目の前の人が背負っているものを、関わりながらたくさんたくさん知ってゆく。

    ふくわらいでバラバラに存在する目・鼻・口。
    言葉と気持ちがバラバラな定。
    それがリンクする瞬間。
    どぼどぼと定の中から溢れてきた嘔吐は、気持ち悪いものをはっきりと気持ち悪いと認識した瞬間、気持ちと言葉が繋がった瞬間だった。
    そして、なりたい自分と今の自分との間で苦しんで自分を傷つける守口も、言葉と気持ち/なりたい自分と今の自分との間で苦しんだ結果、プロレスを続けながら一つの答えを見出した。
    「生きる」こと、「生きていく」ことの答え。
    ラスト、守口が客席に向けてかける言葉に、胸を打たれた。

    そして、西さんの作品にはいつも、死の気配がつきまとう。
    それは常に、生きていることの尊さを教えてくれる。
    死にたいと思う日々の中で。
    友人の訃報を受けた時に、強く、親友と交わした約束を思い出す。
    「私たち、人並みに長生きしようね」

    • naonaonao16gさん
      まおちゃん

      久しぶりー!コメントありがとう^^
      なのに怖がらせてごめん(笑)
      いやー、やっぱりね、一人暮らしだとね、いろいろ不安になるね…...
      まおちゃん

      久しぶりー!コメントありがとう^^
      なのに怖がらせてごめん(笑)
      いやー、やっぱりね、一人暮らしだとね、いろいろ不安になるね…

      ワクチン怖いよね…
      わたしもそう思ってウダウダしちゃってたんだけど、前よりコロナがずっと身近に感じられるようになって、こないだ予約したよ!

      他のレビューも見てくれてる!ありがとう!
      背筋凍るよね、ほんとに…
      個人的には金メダル交換はよかったと思ったけど、きっとあの場でもらった金メダルが、よかったと思うんだよなぁ…
      2021/08/23
    • naonaonao16gさん
      まおちゃん

      えっ
      最終的にIOCが出すことになったの知らなかったーー!
      人のものを噛むとか酷い話!

      とりあえず注射は嫌いじゃないので頑張...
      まおちゃん

      えっ
      最終的にIOCが出すことになったの知らなかったーー!
      人のものを噛むとか酷い話!

      とりあえず注射は嫌いじゃないので頑張ってくる!(笑)

      GODIVAのお酒も知らなかった!まおちゃん色んなこと知ってるね!また教えて\(^o^)/
      そのお酒興味あるから探してみる!
      また遊びに来てね!
      2021/08/23
  • H30.6.12 読了。

    ・定、テー、廃尊、しずくなど、みんな好きだ。定が廃尊のプロレスの試合を始めてみたシーンや廃尊の自宅でカルピスを飲みながら、お互いの心の内を話すシーンもとても良かった。

    ・「定にとって、人の顔の判断基準は、美醜ではない。『面白い』かそうでないか、それだけだ。」
    ・人間は、におうのだ。どうしようもなく。」
    ・「他の誰かに変わりたいんじゃない。ただ、この私、私そのものを、愛してくれる人がいて、そして、私も愛せたら、そんな素敵なことはない、って思うんです。」

  • はじめは定がなんだか不気味で怖かった。
    ただ定が周囲の人と関わり合う時、とにかくそのまま相手を受け入れる会話にはすごいなと思った。
    結果、定が担当した作家や同僚もそのままの定を受け入れることに。

    だんだん定が人らしい感情や表情が出てくる過程を追ってくると私も定が好きになった。

    私に見える周りの人は先っちょだけ。そう考えると人との関わり方も変えられるかもしれない。やってみたいと思う。

  • 西加奈子さんの力強くて激情的な文章が好きだ。
    ************************************************
    常に他人の顔で福笑いをする癖を持つ、鳴木戸定。
    幼い頃から冒険家の父に連れられ様々な国を放浪し多くの特異体験を経て、エキセントリックに育つ。
    編集者になった定は機械的に送る日常の中で、
    奇人変人、個性的な人達との出会いによって、
    自分への意識を、世界への見方を変化させてゆく。
    ************************************************
    偏屈な作家、奇天烈なプロレスラー兼作家、
    美人な同僚、定に猛アタックする盲目の男。
    特にレスラーの守口廃尊と定のやりとりは、
    豪快で痛快なのにどことなく繊細で胸を打つ。

    日本生まれ日本育ちの我々の物差しでは計れない、
    幼少期の定の体験は驚かされるしとても興味深い。
    大人になっても行われる他人の顔での福笑い癖は、
    自分と他人、世間とのズレや不明確、不安定さを
    表しているし、そんな不器用で純粋な定は可愛い。

    人との関わりの中で、少しずつ心が動いてゆく定。
    常に自問自答し続ける廃尊や、
    見えないからこそ見えてくるもの、信じるものを
    素直な視点で語る武智、初めての友達の小暮さん、
    母によって父によって乳母によって与えられた愛、
    少しずつ噛み砕いて受け入れてゆく定の愛らしさ。
    そんな定を受け入れ、肯定する世界の眩しさよ。

    武智次郎の真意と、武智に向き合った定の心境は
    今の私には全部はまだ捉えきれないが、
    今後読み返す中で少しずつ反芻出来ればなと思う。

    センシティブでグロテスクでかなり過激な描写や
    下品な表現も多いので万人受けはしないだろうが、
    読んでいて力が漲るような、毛穴が開くような、
    体内の血の巡りが良くなり飛び回りたいような、
    そんな力強さを感じられるこの作品が好きだ。
    何度も読み返したくなる不思議な魅力がある。
    -----------✂︎-----------✂︎-----------✂︎--------
    定は中学高校の思春期には、
    価値観が変わるような経験はなかったのかな。
    -----------✂︎-----------✂︎-----------✂︎--------

  • 変わり者、と言ってしまえばそれまでの編集者、定。

    ふくわらいをキッカケに、人の顔に飽くなき探求心を持ち、だが一方で人との関わり方を知らずにいる主人公である。
    私には分からない世界だけど、人の顔のパーツに執着する人の話を聞いたことがある。なので、意外と彼女の共感者は多いのではないかと思う。

    彼女が見つめる顔は、彼女自身が空想のなかで千変万化させ、操る術を持っている。
    つまり一方的なコミュニケーションしか成り立っていないのだと思う。だからこそ物語のはじめ、定の会話と地の文には隔たりがある。
    会話の内容と、彼女の視点が一致しない。

    けれど、定を魅了する顔の持ち主であるプロレスラーや、定に一目惚れしてしまう盲目の男性、更に一般的美女である同僚との関わりによって、定は変化していくのだった。

    特に、定が視覚に拘りを持つことと、盲目の男性が彼女に恋をすることの裏腹さは面白い。
    また、身体性と言葉を作品の中で、うまくテーマにしている。タトゥー、人肉、嘔吐、病。
    ラストになると、会話と地の文は一致を見せはじめる。物語ってこういうものだな、と、楽しませてもらった。

  • なんてことだ。
    またしても、臓器をえぐられたかのような衝撃。
    言葉だけで、心はこんなにもかき乱されてしまうのか。

    「先っちょだけ」という言葉を目にしたときは思わず吹き出してしまったが、終盤こんな素敵な話につながるなんてね。

    今回も様々な思いが蠢いてまとまらないけれど、とりあえず現時点での感想を。

    自分の愛するものを愛しながら生きることはとても難しい。
    なぜならその愛したものに愛されるという保証はないし、世間からどう思われるかも分からない。
    その過程で不器用な自分に嫌気がさしてしまったり、どうにも前に進めなくて路頭に迷ってしまうこともある。
    それでもその愛を貫くことが自分の人生を生きるということで、不器用だろうとなんだろうと、そうすることできっと、きっと、誰しもが幸せになれる。

    読めてよかった。

  • 久しぶりの西加奈子さんは、とても強烈でした。
    面白かったです。
    わたしの感性では感じきれない程の、生の眩しさを感じました。
    主人公の鳴木戸定は普通がわからない、というところに「コンビニ人間」を少し思ったりしましたが、定の生きてきたこれまでがグロテスクなまでに生と死に満ち満ちていて、それでも定が生きていることになんだかほっとします。
    小暮しずくも、守口廃尊も好きです。小暮しずくもが定の友達になったことも嬉しいし、守口がリングで話した、連載の最終回の言葉も良かったです。
    しかしプロレスを文章にしたらこうなるのですね。
    最後になるにつれ、定が世界に恋していくのが素敵でした。それを恋というのなら、こんなにも美しい感情はない。
    ラストの展開もわたしは好きです。
    キラキラした定が目に見えるようでした。

  • 読み始めてから、あ、これ読んだことあった、となった。
    小暮さんが正直でいい。このやろう!って私も言いたい。
    私たちは今、さきっちょで、すべてだ

  • 西さんらしい力強さを感じる。
    友情も恋愛も知らなかった定が20代後半にして気付いた愛の形は、本当に真っ直ぐで綺麗で輝きに満ちてると感じた。
    エネルギッシュな小説だった。

  • 身分による差別の激しかった古代インドにおいて、釈迦はこのような言葉を残したという。

    「私は人の心に見がたき『一本の矢』が刺さっているのを見た」

    「一本の矢」とは、差異へのこだわり。

    人間の中にある差別の心は、刺さった矢のように抜くことが難しい。

    それを克服しない限り、幸福も平和もないのだ、と。


    本作は、第1回河合隼雄物語賞受賞作。

    文学賞は、優れた作品に授けられるもの。

    「物語としてしか命を持ちえない作品」

    「世界をバラバラにぶっ飛ばす風のような力を持った、稀有な物語」

    との評価で、作品の方から、文学賞の性格や方向性を決定づけてしまった。



    主人公 鳴木戸定(なるきど・さだ)は、紀行作家の父と病弱な母のもとに生まれた。

    定を愛し抜いた母は若くしてなくなり、婆やの悦子が定の面倒を見た。

    父は、世界中の「秘境」の様な場所へ定を連れて歩く。

    その旅の途中、父は定の目の前でワニに食われて命を落としてしまう。

    その後の定の取った行動で社会的なバッシングを受けてしまう。

    そんな世間と隔絶するように友情や愛情を知らずに育った彼女は、編集者となった。

    担当する一癖も二癖もある作家たち。

    猪木に憧れて、闘魂三銃士と同期で、それでも地味ながらエッセイを書き続ける守口廃尊。

    「一目惚れです」と定に言い寄る盲目の青年 武智次郎。

    恋愛に失敗してばかりの後輩の美人編集者 小暮しずく。


    現実世界で出会ったのならば、「変わっている」とひとくくりにされてしまいそうな面々。

    だが、この作品では我が事のように共感しながら読み進めることが出来る。


    「変わっていない」人など、この世の中に存在しない。

    自分のことを大事にする。

    相手のことを思いやる。

    ほんの少しの強さと想像力。


    「人のこころを支えるような物語を作り出した優れた文芸作品」との評価も、心の底から共感できる。

全332件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1977年イラン・テヘラン生まれ。2004年『あおい』で、デビュー。07年『通天閣』で「織田作之助賞」、13年『ふくわらい』で「河合隼雄賞」を、15年『サラバ!』で「直木賞」を受賞した。その他著書に、『さくら』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』『まく子』『i』などがある。23年に刊行した初のノンフィクション『くもをさがす』が話題となった。

西加奈子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
又吉 直樹
三浦 しをん
朝井 リョウ
西 加奈子
西 加奈子
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×