文豪と感染症 100年前のスペイン風邪はどう書かれたのか (朝日文庫)

制作 : 永江朗  岩田健太郎 
  • 朝日新聞出版
3.50
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本棚登録 : 99
感想 : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022650009

作品紹介・あらすじ

100年前に日本を襲ったスペイン風邪は感染者数2千万人以上、死者は45万人とも言われる。芥川・与謝野晶子・荷風・志賀直哉・谷崎…新型コロナの出口が見えない今、あらためて文豪たちが描いた現実から学ぶものがあるのではないか。文庫オリジナル・文学アンソロジー。(解説・岩田健太郎)

感想・レビュー・書評

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  • 永江朗・編『文豪と感染症 100年前のスペイン風邪はどう書かれたのか』朝日文庫。

    100年前の1918年3月にアメリカで最初の患者が現れたスペイン風邪は、世界で4,000万人が亡くなり、日本国内でも38万人から45万人の命を奪ったという。しかし、スペイン風邪は2年ほどで終息する。新型コロナウイルス感染症で世界が苦しむ現在と状況が類似する100年前のスペイン風邪の状況を日本の文豪たちが描いた文章で綴る文庫オリジナルのアンソロジー。

    全く古さは感じず、現在まさに我々が直面している状況を既に100年前の文豪たちが経験していたことに驚きすら感じる。

    千年に一度と言われた東日本大震災を乗り越え、一息ついたところにやって来た百年に一度の感染症によるパンデミック。新型コロナウイルス感染禍を災害レベルまで悪化させる政府や行政は最早人災と言っても過言ではない。人間はどうして過去の天災で得た教訓から学ばずに同じ過ちを繰り返すのだろうか。

    芥川龍之介『書簡』。二度もスペイン風邪に感染した芥川龍之介。病の床にありながら小説を書かねばならぬと、友人知人に宛てた書簡集。

    秋田雨雀『「秋田雨雀日記」より』。秋田雨雀が日記で、自らもスペイン風邪に苦しむ中で、師の島村抱月のスペイン風邪感染死と松井須磨子の後追い自殺の顛末を記録する。

    与謝野晶子『感冒の床から』。まるで新型コロナウイルス感染症に苦しむ現在の日本と同じような状況が描かれていて驚く。「一人の子供が小学から伝染して来ると、家内全体が順々に伝染……」、「漸く相談会などを開いて幾日かの休校……」、「政府はなぜ逸早くこの危険を防止する為に、大子呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の休業を命じなかったのでしょうか。」などなど。与謝野晶子の強い怒りが伝わって来るようだ。まさに与謝野晶子が怒る通りで、こんな状況下で東京オリンピックを開催し、パラリンピックまで開催し、健康被害の責任を取らずに児童や生徒に観戦させるなどというのは全く狂っている。さらには新潟県でのフジロック開催や既に2校が感染で辞退した高校野球大会の開催、飲食店だけに自粛を強いて、デパートには営業自粛を要請しないという矛盾、消極的なリモートワークの推進など、100年前の教訓が活かされていない。

    与謝野晶子『死の恐怖』。いよいよ流行感冒による暗殺的の死を強制されようとする中、死を恐れ、「如何に生くべきか」を考える与謝野晶子の覚悟。我々もそろそろ覚悟を決める時かも知れない。

    斎藤茂吉『「つゆじも」より』。精神科医にして歌人の斎藤茂吉の歌集からの抜粋。

    永井荷風『「断腸亭日乗」より』。スペイン風邪で病の床に伏した永井荷風の日記。

    志賀直哉『十一月三日午後の事』。主人公が鴨を求めて田舎に行くと、行軍を続ける兵士たちが次々に倒れていくという恐ろしい光景を目撃する。倒れた兵士たちは路傍に横たわるだけ。

    志賀直哉『流行感冒』。子供が病で死ぬことに人一倍恐れる主人公の暮らす我孫子にもついに流行性の感冒がやって来る。そんな状況で、あろうことか女中の一人が芝居を見に行き、主人公は怒り心頭、女中に暇を出そうとする。

    谷崎潤一郎『途上』。ミステリー短編。会社員の湯河勝太郎は突然、私立探偵を名乗る安藤一郎という男に声を掛けられる。これがどうスペイン風邪と関係するのかは読んでみてのお楽しみ。

    菊池寛『神の如く弱し』。二年越の恋愛事件に悩む河野は流行性感冒に罹り、困窮する。

    菊池寛『マスク』。流行性感冒の感染対策としてのマスクの話。主人公は感染に怯え、極力外出を止め、妻や女中にも外出させないようにし、やむ無く外出する場合にはガーゼを沢山詰めたマスクで完全防備していたが……

    宮本百合子『伸子』。長編小説『伸子』からの一部抜粋。主人公の伸子の父親がスペイン風邪から快復すると、今度は伸子が感染する。

    佐々木邦『嚔「女婿」より』。こちらも短編小説『女婿』からの一部抜粋。西班牙インフルエンザが流行る中、結婚式の当日に花嫁がくしゃみをするや、吉兆と大喜びする父親。

    岸田國士『風邪一束』。スペイン風邪に罹患した経験を描いたエッセイ。

    本体価格680円
    ★★★★★

  • 永江朗・編の文庫オリジナル。
    1作家1作品では決してなく、作家ごとに編者の解説が手短に行われ、ゴシック体で判りやすい。
    また取り上げられている文章の種類の多彩さ。手紙、日記、新聞への寄稿、歌集、小説、身辺雑記、
    単純な感想だが、未知のものへの底知れぬ恐れ、狼狽、あたふた、分断、同調圧力、100年前も同じだったんだなー、と。

     ◇永江朗 はじめに ……WWⅠは1914-1918、関東大震災は1923、そのインパクトに、スペイン風邪の流行(1918-)は隠れがち。
     ■芥川龍之介『書簡』 ……「胸中の凩(こがらし)咳となりにけり」「凩や大葬ひの町を練る」。病んでも句をひねることで昇華する姿勢。
     ■秋田雨雀『「秋田雨雀日記」より』 ……島村抱月の急死、松井須磨子の後追い自殺。
     ■与謝野晶子『感冒の床から』 
     ■与謝野晶子『死の恐怖』 ……ともに新聞への寄稿。口調から、意志の強い顔が浮かぶ。
     ■斎藤茂吉『「つゆじも」より』 ……歌集から抜粋。
     ■永井荷風『「断腸亭日乗」より』 ……筆まめだ。
     ■志賀直哉『十一月三日午後の事』 ……小説。弱った鴨と倒れた兵士が重ね合わされる。嫌な感じ。
     ■志賀直哉『流行感冒』 ……私が感冒対策で禁じた芝居へ嘘をついて行った下女の石を馘にするかどうか。まだ理屈が通じない2~3歳の娘を抱えた夫婦の状況。
     ■谷崎潤一郎『途上』 ……既読。江戸川乱歩が「プロバビリティーの犯罪」に先鞭をつけたという作品。先日読んだ藤子・F・不二雄「コロリころげた木の根っ子」も、また。
     ■菊池寛『神の如く弱し』 ……私小説的。読むであろう友人にたいして徹頭徹尾エグくて、その筆致に笑ってしまった。たとえば、ドストエフスキーが度々言及しているユロージヴィイ(聖痴愚とか佯狂者とか)みたいなものだね、と自分が云われた時の辟易を想像したりもした。
     ■菊池寛『マスク』 ……身辺雑記。マスクを巡ってはもううんざりしているので、わかる。自分が小物になった感覚。
     ■宮本百合子『伸子』 ……小説。看病されて息も絶え絶えな中ロマンチックな接吻をされて。ってヲイヲイ! 「若草物語」を見ていても、猩紅熱治ってすぐ抱き合ったりしてヤバくね、という冷静なツッコミをしてしまったのを思い出す。
     ■佐々木邦『嚔「女婿」より』 ……小説。結婚披露以降をコミカルに。
     ■岸田國士『風邪一束』 ……回想。
     ◇永江朗 おわりに ……ネーミングの問題。coldとfluの違い。
     ◇岩田健太郎 解説「感染症屋」より、疫病学的見地から ……

  • 百年程前にスペイン風邪と言われたインフルエンザのフィクションとノンフィクション。志賀直哉や谷崎潤一郎、菊池寛の小説が読めて面白かった。しかし、昔のことを見習ってコロナ禍が早く終息するかは今のところわからない。

  • 100年前に流行ったスペイン風邪、コロナのように世界的な感染だった。その頃の作家たちは、自らが罹患し日記に書いたり、小説の題材にしたりしていた。抜粋のものもあるが、興味深かった。

  • 100年前のスペイン風邪の時の様子を、文豪たちが作品を通して描いた部分がまとまっている。そもそもスペイン風邪の際は、どのような状況だったのかさほど分かっていなかったが、感染状況や世間の反応などを知って、コロナとしばしば対比される理由がよく分かった。当時は2000万人以上(人口比:約43%)が感染し、2年ほどで収束したという。結構感染者多い割には意外と早く収束したんだなあというのが率直な感想。果たしてコロナは2年で収束するかは疑問だが、、

    これだけ大流行してしまったからか、当時の多くの文豪たちが、作品のシーンや題材にスペイン風邪をあげるなどしており、本書ではその数々の原作を抜粋し、現代的文脈を加えながら考察されている。この時代からワクチン(予防接種)とかマスクあったのか、という個人的に意外だった発見がありつつも、人々のパンデミックによる苦悩はかなり今と似通った状況だった。マスクに対する憎悪や、感染対策への批判、感染者数の上下に一喜一憂したりなど、パンデミックが要因で新たに発生した社会問題は100年後の今でも起きてしまうことを踏まえると、「歴史は繰り返す」ってこういうことかと思ってしまう。とはいえこういった批判は結果論的になってしまうから正しいのかどうかもよく分からないが。

    純粋に作品自体も面白かったので結構おすすめ。志賀直哉、谷崎潤一郎あたりは普通に読んでみようと思った。

  • 2021年コロナ禍の日本において、その100年前のスペイン風邪に関する著作を集めたアンソロジー。
    スペイン風邪の猛威は歴史的知識としては知っていても、実際一人一人に何があったかはイメージしにくい。「おわりに」で編者が述べるとおり(p243)、直後の関東大震災発生、震災に比べた視覚的の薄さ等が影響しているのだろう。小説や日記の、関連する部分だけ集めて読むことによって、当時の人の視点が少しだけ疑似体験できる。

    たとえば、島村抱月の死に続く松井須磨子の自死。話だけは別の本でも読んだことがある。しかし本書所収の「秋田雨雀日記」では、同時代人ならではの生々しさで知ることができる。10月には島村・松井ともスペイン風邪で伏しているが、11月5日に島村が没する。「(小林氏も)まさか死ぬとは思わなかったらしい(p24)」と日記ではコメントしている。翌日の明治座で「須磨子の狂女は真に迫って、声涙ならび下るというような感じをあたえた(p25)」という。結局松井は、その翌年の1月に自死した訳だ。
    あるいは菊池寛「マスク」や志賀直哉「流行性感冒」では、感染対策をめぐる意識の違いからもたらされる心理のきしみが克明に描かれる。与謝野晶子は「政府はなぜ逸早くこの危険を防止する為に、大呉服店、学校、(中略)大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでしょうか(p36)」と政府の対応に怒っている。医学的知識は当時より格段に進んでも、こういった心の動きは現代と変わらない。

  • スペイン風邪を扱ったアンソロジー。
    採り上げられた小説、日記、手紙等々を通して当時の作家の方々がこの病をどう捉えていたかが分かります。
    それぞれの感じ方、受け止め方の違いに個性が出ていました。
    しかし100年前も現在も人々の感染症への対応や狼狽えと言ったものが殆ど変わらないことには何とも言えない気持ちになります…。

  • [p. 172 以降]

    読了。

    宮本百合子「伸子」。先に読んだ同系の本では掲載はなかったのだけれども、その筆致の素晴らしさがべた褒めしてあった作品。気になっていたのだけど、こんな形で結局読めることになるとは思わなかった。触れてあったとおりの名文だった。病状が悪化していくところとか、熱で夢現になっている場面とか、ちょっと手に汗握ってしまった。本作は一部抜粋。解説で、青空文庫に掲載されていることが触れてあったので、早速 Amazon でダウンロードした。本書の編者による解説では、青空文庫で読めるものに関しては、適宜その旨が記してあって、とてもありがたかった。一部抜粋された作品を読んで、興味を覚えたものについては、全文を読むために即座に青空文庫を繙くことができる。本当に良い時代になったものだなぁ。

    --

    [pp. 113-171]

    菊池寛「神の如く弱し」。語り手のおそろしいまでの性格の悪さよ。もしや当時は本当にこういう人物が「男らしく」「普通」で「強い」とみなされていたりしたのかね。だとしたら、たまらない。いや、もう、なんでこんな隅から隅まで偉そうで他者の行動から悪意ばかりを読みとろうとしているのか。

    --

    [pp. 56-112]

    志賀直哉「十一月三日午後の事」。先の本に続いて再読。先の本では冒頭に置いてある話だったから、あまり深く考えずに、こういう話が集めてあるのだろうと思いながらさらりと読んでしまったのだけど、あらためて読むと、解説のとおり、かなりホラーな話だった。ばたばたと倒れていく歩兵たちは、スペイン風邪の犠牲者ということのようなのだけど、描かれている服装や状況を考えると、もっとシンプルに熱中症の被害者もかなり交じっていたのではないかと思えた、ほんの数滴の水で回復するわけもなく、こんなことが日中の路上で平気で起こっていたのだとしたら、どうしようもなくいたましい。そして、それを反映するかのような鴨のエピソードである。無理やり枠にはめて引きずり回すと、生きていたはずのものがそうではなくなるのだ。結局はとっととしめてもらい、けれども自身では食べる気にならなくてよそにやってしまう辺り、実際にしめるところを見ることがなければ食べることもあるのだろうとも思えて、勝手なものだなと思う。命の重さをどうとらえるかについて、人はずっとただもう勝手なのだろうと感じた。

    --

    [p. 55 まで]

     先に読んだ本と企画が似ている。流行っているのか。重なる作品等もかなりあるのだけど、先の本には掲載されていなかったものもかなりあったので(半分ぐらいかな)、勢いでこちらも読むことにした。

     ひとつひとつに編者の永江さんによる解説が後置される形式で、むしろ解説を読むために課題文をひとつひとつ読み込んでいっているような気になる。芥川龍之介「書簡」の解説に、芥川がスペイン風邪を乗り越えてからかなり経ったのちの自死に触れてあって、わざわざこんなことを記さなくてもと、少し眉を顰めたのだけど、続く「『秋田雨雀日記』より」の、島村抱月のスペイン風邪による死と、松井須磨子の後追い自死の流れを読んで、なんとなく納得してしまった。この日記は身近で死を経験した方の手によるものなので、自分には余計に臨場感があった。続く、与謝野晶子「感冒の床から」は既読だったのだけど、その冒頭に記されている島村抱月の死が、この順で読むと、途轍もなく重いものに感じられた。続く晶子の「死の恐怖」も、以前に読んだときよりもずっと重く感じる。文字どおり、この時代の人たちは死と隣り合わせの生活を送っていたのだとつくづく。今現在のわたしたちも確かにそうなのだけど、晶子の場合は子どもが本当にたくさんいたから、それこそ気が気でなかったことだろうと思った。「感冒の床から」では、第一次大戦終了にあたり、軍部による力の行く先の怖さも綴られており、けれどもその後、晶子の懸念を体現するかのように、日本は第二次大戦参加に突き進んでしまうわけで。現在の世界的な一触即発状況を思うと、背筋が凍る思いもする。わたしたちには理性があるはずだと、それだけのものを自分たちは遺してきたのだからそれに学べと、晶子に背中を押されている気がした。

  • 感染症をテーマにした短篇集は既に他の出版社からも何冊か出ており、志賀直哉「流行感冒」や谷崎潤一郎「途上」、菊池寛「マスク」辺りが必ず収録されてるイメージです。
    本書にももちろん収録されてますが、一編ごとに初心者に分かりやすい解題解説的なものがついてるのが印象的。
    また、小説や随筆だけに制限せず、日記の抜粋や手紙などを扱った文豪もあり、芥川の「友人達に宛てた書簡」、茂吉の「和歌」、秋田雨雀の「日記からの抜粋」など、スペイン風邪の時期をリアルに生きていた彼らの生の声みたいなものが感じられるものもあり、面白かった。
    特に雨雀の日記は、島村抱月の弟子だけあって、そのままそれが抱月と須磨子の最後や葬儀の辺りの経緯のドキュメンタリーのようで興味深かった。

  • 1918年から20年にかけて流行したスペイン風邪に関する当時の文士達のアンソロジー。

    その中から幾つか。

    与謝野晶子「感冒の床から」「死の恐怖」
     スペイン風邪第一波と第二波の中で現在の神奈川新聞の前身への寄稿文。今のコロナ禍にそのまま当てはめられる様な、人間の進歩の無さと同時に晶子の不変の達観力。この本の出色。

    志賀直哉「流行感冒」
     白樺に掲載された私小説。感染禍の中で揺れ動く志賀の心境に共感するも良し、反面教師とするも良し。

    谷崎潤一郎「途上」
     ある女性の死に関するミステリー。改めて谷崎は日本ミステリーの先駆者だったと感じる。

    菊池寛「マスク」
     今のマスクあるあるに通じる小品随筆。菊池寛に親近感を感じる。

    宮本百合子「伸子」
     私小説に書かれる登場人物のモデルはやってられんな、と思う。よく当時は曲がりなりにも許されていたものだ。

    喜久屋書店阿倍野店にて購入。

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著者プロフィール

1958年生まれ。ライター。書籍輸入販売会社のニューアート西武(アールヴィヴァン)を経て、フリーの編集者兼ライターに。90~93年、「宝島」「別冊宝島」編集部に在籍。その後はライター専業。「アサヒ芸能」「週刊朝日」「週刊エコノミスト」などで連載をもつ。ラジオ「ナルミッツ!!! 永江朗ニューブックワールド」(HBC)、「ラジオ深夜便 やっぱり本が好き」(NHK第一)に出演。
おもな著書に『インタビュー術!』(講談社現代新書)、『本を読むということ』(河出文庫)、『筑摩書房 それからの40年』(筑摩選書)、『「本が売れない」というけれど』(ポプラ新書)、『小さな出版社のつくり方』(猿江商会)など。

「2019年 『私は本屋が好きでした』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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