部落差別をこえて (朝日新書)

著者 : 臼井敏男
  • 朝日新聞出版 (2010年9月10日発売)
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  • レビュー :7
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022733559

部落差別をこえて (朝日新書)の感想・レビュー・書評

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  • 記述が薄いような。ただ必要な人脈は網羅されているような。ところどころ、取材を受ける人の言葉が光っていた。

    ・職人は持っている言語が肉体言語なんです。・・・腹が立つのは「動物を殺すのはかわいそうだけど、人間が生きるためには仕方がない」という言い方。
    ・アイヌの文化はいいね、というだけでは危うい。アイヌ差別をなくすには、和人がアイヌを侵略、抑圧した歴史をきちんと認識することから始めないといけない。
    ・関西では人間関係が濃厚になるところで差別が表れる。東京では人間関係の希薄さが差別の温床になっている。世の中に流れている偏見にもとづいて、簡単に行動を起こす。差別される痛みやつらさを知らないから、容赦のない差別になる。

  • 今年の一月下旬、朝日の夕刊(夕刊がない地域ではどこやったんかな…)で連載された「ニッポン人脈記 差別を越えて」が加筆されてまとめられた本。私は図書館の新聞で連載を読んだが、本を読むとかなり加筆されていることがわかる。

    「はじめに」で、学校での部落問題の教え方が昔とはかなり違っていると書いてある。1949年うまれの臼井さんは、「徳川幕府が農民や職人、商人の不満をまぎらわせるために士農工商の下に被差別身分をつくり、それが被差別部落の始まり、と教わった記憶がある」(p.5)という。

    臼井さんと20年違う私も、記憶は似ている。私の強い記憶は、小6のときの社会の授業で、担任のA先生が黒板に
     沈め石
    と書いたことだ。被差別身分の人たちは、社会の沈め石だったのだ、という意味のことを、私はA先生のプリントで教わった。A先生は授業をずっとプリントですすめていて、その社会のプリントは「にんげんの歴史」というのだった。ファイルに綴じたこのプリントは、今もうちの段ボールのどこかにある(はず)。ほかにおぼえいるのは、渋染一揆(私の記憶は、国語の教科書にあった「ベロ出しチョンマ」とごっちゃになっているが…)。
    私は今の学校で使われている教科書をほとんど知らないが、臼井さんの住む街の中学校で使われている「教育出版」の教科書には、江戸時代は細かく身分が分けられ、隅から隅まで差別社会だった、その社会のなかに被差別身分の人たちがいたが、その人たちは差別されるだけではなく、さまざまな仕事にたずさわり、社会を支えてきた、という内容が書いてあるそうだ。

    部落史の研究もすすみ、教科書の記述も、これまでの被差別身分の成り立ちについての説も、変わってきているらしい。

    角岡伸彦さんの「被差別部落の『被』が『非』に変わるようになったらいいと思うんです」という話がおもしろかった。
    ▼非差別部落?
    「そうです。差別されることも差別することもない。『ここはおもしろい地区やな、なんでや』と尋ねられ、『ここは部落やったんや』と言えるようにならないかな、と考えています」(p.56)

    竹田の子守歌も、「どしたい こりゃ 聞こえたか」の元歌バージョンは、『竹田の子守歌―名曲に隠された真実』についていたCDで聞いたことがある。あれをまた聞きたいなーと思った。

  • 自分用キーワード
    竹田の子守唄 映画『阿賀に生きる』 あぶらかす・さいぼし 阿波木偶箱廻し ひっかり雑炊 芝浦と場 お肉の情報館 ケガレ観 「一番嫌だったのは『屠場で働いていても優しいんですね』とか『そんな仕事をしているようには見えませんね』と言われることでした。それは善意の差別ということなんでしょうね。」 (動物を殺すのはかわいそうだけど、人間が生きるためには仕方がないという言い方について)「この場合、私たちはかわいそうな事をしている人というレッテルを貼られたままなんです。その見方は1mmも揺れていない。こういう言い方をする人は食べる側にいるだけで作る側には絶対に立たない。」 大阪市中央卸売市場南港市場 婚外子差別 DVに部落差別が重なる(110p) 関西は人間関係の濃厚さが差別の舞台、東京では人間関係の希薄さが差別の温床になっている 部落地名総監 「握り飯でなく、膳で」 一把稲

  • 小学校の道徳の授業の時。クラスの、ある一人の男子が、おそらく気の利いた質問をするつもりだったのだろう、「部落ってそこにあるんですか?」と、無邪気に質問していた。それを聞いた先生は、普段とは違う凄い剣幕で、「それを聞いてどうする」と強い口調で言っていたのをおぼえている。

    その以降、中学でも高校でも「同和問題」や「部落差別」の歴史について学んだが、小学校の時のような強い印象は残っていない。そこで理解したのは、部落問題とは、もともと本質的な差異が存在しない人間同士のあいだに差別を作り出し、それが近代以降も根強く続いているのだということだった。

    大学に入って、専門ではなかったが、近代文学のゼミに度々出入りするようになり、島崎藤村「破戒」の輪読を行った。過去の研究文献を網羅的に調べたが、それらは、文学そのものを読み取るというより、「破戒」が解放運動にとって有用なのか無用なのか、「破戒」は同和問題の深刻さを正しく伝えるものなのかそうでないのか、そういう問題に終始していたなという記憶がある。そうした研究自体も古いものだったから、なんだか遠い世界の話だなと思い、この問題を考えることに蓋をした。

    このように、わたしにとっての同和問題は、完全に過去のものという印象であり、身近にそうした状況がなかったため、この手の問題を扱った本は読んでこなかったし、自分の考える問題じゃないなと遠ざけてきた。

    この本を書店でたまたま手に取り、ぱらぱらとめくると、なるほどこれはほっとけないな、と思った。実際に解放運動に関わるつもりはないし、もちろん差別にも加わるつもりは毛頭ないが、ネット上で根も葉もない差別発言が行われたり、結婚差別が行われたりと、現在でもこの問題は根強く残っていることをしっかりと心にとめておきたい。

    著者は新聞記者出身でシニアライター。33人の人々を取材し、現在の同和問題を描き出す一冊。

  • ジャーナリストとして部落問題にかかわるいろんな人びとをていねいに取材をし、着色を施さずにありのまま収録している1冊。

  • 部落差別について、ジャーナリストの方が様々な人に取材したのをまとめた本。
    部落差別について話をすると、多くの人が口ごもる。この話題はタブー視されているという。部落差別は、する側もされる側も、差別の理由は分からない。
    人は自分より下の存在を作ることで、自らの精神の安定を保っているのだろうか。自分自身に自信がないからこそ他人を貶めてしまう。

  • 部落差別に限らず、差別というのは集団をひとつにくくるところから生まれると思います。在日の人たちや黒人に対する差別も同じです。それは個人を見ていない。私とあなた、個人個人と考えていけばバリアを超えていける。
    部落出身を明かすことは一種のギャンブル。差別はふと出てくるんです。人間って怖いなって思う。
    と場で働いているからって、差別されるなんておかしい。
    みんな、お肉大好きでしょう。
    差別なんて差別された人にしか理解できない。

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