下着の社会心理学 洋服の下のファッション感覚 (朝日新書 266)

  • 朝日新聞出版 (2010年11月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (220ページ) / ISBN・EAN: 9784022733665

感想・レビュー・書評

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  • 全体としてちょっと硬すぎる感もあるのだけど、ミョーに説得力があったのが「下着まで見えてしまいそうなくらい短いスカートをはいている女子高生」について論じたくだり。

    駅の階段を上る際、スカートを押さえる彼女たちを見て、著者同様、「隠すなら、はじめからそんな格好はしなければよい」と思っていたんだが、「見せる露出は恥ずかしくないが、見える露出は恥ずかしい」、それがホンネなんだとか。

    下着の歴史と女性の価値観の変遷も俯瞰していて、“教養”として読んどくのはアリかも。

  • カテゴリ:教員著作物
    人間関係学科:菅原健介教授の著作物

  • 2010年刊。タイトルに添う部分は余り多くはなく、下着の成立過程(戦後に大衆化)、変遷(特にバブル前後)にも言及。下着が主に男性目線を意識したものでない点はよく言われる。ただ、羞恥心(下着姿や肌の露出)がいかな場合に成立するか?はなかなか面白い。それは、時代背景や環境、経験により差異を生むが、総じて、他者の目線・言動・環境から性的な匂い、雰囲気が醸し出された時に発生(時には、ある言動だけから生じる場合も)。また、体型に関する女性の意識変化、華奢か豊満かで下着に期待する意味が違う点等言及し辛い事項も検討。
    また、アンチエイジングに対する女性ごとの姿勢の違い、下着に対する期待の差異は、実に今風でなかなかお目にかからない事項である。著者は聖心女子大学文学部教授。

  • 新書文庫

  • うーん。。

  • 下着は、女性自身の気持ちを盛り上げるためにあるという考察。
    下着の変遷、女性の身体の変遷についてデータから追いかけてありおもしろい。アメリカンなスタイルからツイッギーのスリム路線への移行、はたまたアンチエイジングまで。戦前ほとんど普及していなかった下着がこれほどまでに広がったというのは、あまり注目されていないが、文化的にも興味深い論点だと思われる。
    個人的には、昭和40年代までは、結婚すると下着をつけなくなるというエピソードに隔世の感を感じた。

  • 「恥ずかしいもの」「隠すべきもの」で、あった下着のという実用品が、かようなまでに、ファッション性を帯び、「見せるもの」に変遷してきた経緯やその心理の背景など。
    下着メーカーとの共同調査結果などが多数開示されているが、その考察については、納得感がある一方で、目新しさも少ない。もう少し科学的な分析解説が欲しかった。
    見えると恥ずかしいが、見せると恥ずかしくない。そんな心理は理解できるが、こうした論理的には矛盾するような心理事象を、もう一段掘り下げて欲しかった。

  •  欠かせない日用品でありながら、女性にとってそれ以上の存在である「下着」 性的な意味合い以上に、自らに寄り添い安心や気合といった影響を与えることをアンケート調査や文献の精査を通じて解き明かした良書。

  • 女性にとっての下着とは、男性の期待に媚びるためのものでなく、自分たちの美を誇り、気持ちを鼓舞し、安心や充実感を得るためのアイテムなのだ。
    なるほど、見せパンやチラチラとブラやストラップを見ても、
    「非常識な!」と思ったり(おそらく中年女性以降)
    「やった!」と思ったり(おそらく男性)
    そんな風に一喜一憂してはいけない時代になってきたのだ。。。

  • 下着について真面目に考えられる、そんな本でした。

  • この本は、2002年に下着メーカーのワコールが社会科学の観点から女性文化の探求を始めたことがきっかけで2004年にうまれた女性心理を研究する同社内プロジェクト「cocoros(ココロス)」が、「まなざしの中の心理学」を研究テーマとする聖心女子大学の菅原健介教授との共同で2005年より行ってきた研究を、一般向けに紹介する目的で書かれたものである。当時、下着メーカーの研究者ですら、最近の女性下着の自己主張ぶりは目が眩むほどで、なぜここまで下着がファッション化したのか説明が出来なかったという。

    下着の歴史
    まずは女性下着の歴史から話は始まる。「洋装事始め」として1883年に完成した鹿鳴館での舞踏会の絵を教科書で見た記憶があるが、驚いた事に当時はコルセットはあったがブラジャーはまだなく、ブラジャーが生まれ広がったのは第一次大戦の欧米だという。第一次大戦終了5年後頃の回想として、モデルだった淡谷のり子が舶来品のブラジャーを買ってもらったことを語っており、その頃既に一部の日本人は手にいれていた。
    時は経ち、戦後復興でアメリカ文化が流入するなかで、ワコールの前身である和江商事が専属工場でブラジャーの生産を始めたのが1950年。そこから販売枚数は1975年に6000万枚でピークとなり、それ以降は数量的な需要は飽和して5000万枚台で定着する。一方、売り上げは下着の多様化とともに伸び続け、1998年をピークに減少の一途をたどっている。低価格路線や安い輸入下着の増加も背景にある。しかし、デザインの多様化はまだ進んでおり、低価格化によって機能性軽視の傾向すらあるという。いまや成熟を通り越し、「爛熟」とも言える状況だという。

    逆ストリップ劇場
    1952年、ワコールは百貨店のホールで日本初の下着ショーを行った。当時、下着メーカーが重視していたのは、洋装を着こなす為には下着の機能に対する理解が必要と考え、ショーのモデルに下着から順番に服を着せるという手法をとった。しかし、当時のマスコミは「逆ストリップ」と揶揄し、モデル嬢も「裸になるのは嫌」とそっぽを向かれ、デパート販売員や百貨店の向かいにあったキャバレーからホステスを口説き落とすなど、モデルを集めるのに苦労したらしい。結果的にこの下着ショーは女性に高い関心を持たれて大成功し、1954年は全盛期となる。ただし、これはあくまでも洋装を美しく着るために身体の形を補うという意味が強かった。

    男性目線からの脱却
    一方、新聞記者から女性下着デザイナーとなった鴨居羊子(1925ー1991)は、機能性よりもファッション性を志向する斬新で刺激的なデザインの下着を次々と発表。著書「下着ぶんか論」(凡凡社 1958年)の帯には「流行界の”超A級台風”」の文字が踊る。彼女は既成の品種にとらわれることなく、ココッティ、キャミター、パチコート、チャービネーション、スキャンティなどネーミングおいても斬新な作品を発表し続ける。注目すべきは、彼女においても、下着のアピール効果は異性に対したものであることを否定していないが、「今日の女性らしさは男の社会的な力に挑む活動的な魅惑」と評している点で、男の”オモチャ”としての女性らしさからの脱却だったように思われる。
    その後、1960年代になると、皮肉にもそうした多様な下着は男性にとってのお色気グッズとしても扱われることになり、ギフト商品として男もの売り場でも売られた。そうしたカラフルでファッション的な下着に対し、世論では「みんなを娼婦に仕立てようと考えているのか」という批判も多かった。一方、その頃の日本ではもっぱら銭湯通いが一般的で、銭湯の脱衣所で女性同志できれいな色のスリップを見せ合うことが、密かなおしゃれの楽しみとして浸透し、男性目線ではなくあくまで女性のためという独自の下着文化を下支えすることになる。

    肌見せ文化の奥底
    80年代後半から90年代に入ると下着や肌を見せるファッションが広がって行く。いわゆるバブルの頃のボディコンや98年がピークと言われるキャミソールブームだ。80年代後半の下着文化と言えば漫画「シティーハンター」の中で冴羽獠が下着に異常な執着を見せたり、下着ドロボウが世間を騒がせ、子供心に一体これはなんなんだと思ったものだ。98年と言えば私は18歳だったが、オケのヨーロッパツアーでプラハに行った時、ドボルザークホールの前の階段で、20歳のお姉さんがキャミソール一枚でタバコを吹かす姿を見て、これがキャミソールかと感心していた頃だ。
    キャミソールの文化は、下着メーカーではなくアウターメーカーがその火付け役となった。お株を取られた下着メーカーは後を追って開発を進めたらしい。そんな中で、97年から98年にかけてストラップレスブラの売り上げは通常の2、3倍のペースで伸び、他にも96年のチビTの流行、01〜02年のローライズパンツや見せるストラップなど、インナーのアウター化をアウターメーカーが作り出していくことになる。
    こうした肌見せ文化をどう評価するかは難しい。性の乱れだと批判する声は常にあるが、50年代から夏場には自宅前の路地でスリップ姿で夕涼みする女性の姿は一般的だったし、60年代後半はミニスカート最盛期、70年代はシースルーファッションが流行した。その後、石油ショックとともにスカート丈は一気に短くなったということも興味深い。マキシスカートという地面をするようなロングスカートもあった。一概に「最近の若者は」とは言えない。

    「着る」ということ
    被服学の中で被服の起源を羞恥心とする説があるが、羞恥心は生得的というよりも社会的に獲得したと考えるのが一般的のようだ。身体と羞恥心の専門家であるハンス・ペーター・デュルやデズモンド・モリスによれば、人は社会に強く依存して生きる動物であるため、協調協力体制を崩しかねない異性の取り合いを限定化するため、性的刺激を管理するという目的で衣服が導入され、集団に所属しながら裸体をさらした本人は、「自己イメージの危機を知らせる警報装置」として羞恥心が発動されるという。裸で過ごす部族では、成人した男性が若い女性をじろじろ見ると追放される掟があるという。徐々に服を着る習慣が導入されると、隠された部分から羞恥心を感じるようになる。つまり、身体への羞恥は衣服で覆うことによって生じる。
    かと言って、脱衣がすべからくはずかしいわけでもなく、周囲の他者の視線のあり方が圧倒的に重要な意味をもつ。産婦人科医の男性医師が「○○さんはスタイルがいい」と言ってしまった一言が、女性患者に羞恥心や屈辱感を湧き上がらせる。
    驚くことに、肌見せファッションに対する批判を90年代以降の雑誌記事のなかで検索すると、そのほとんどは男性週刊誌によるものだという。男性にとって、女性のファッションは男性目線を目的にしたものというイメージが強く、そうした短絡的議論が受け入れられるのだろう。実際に、肌見せファッションを行っている女性にアンケートをとると、肌見せファッションを性的魅力のアピールの道具という動機では行っていないことが明らかになっている。

    体型イメージの変化
    女性の求める体型も変化している。スリムさの追求は、1967年に来日したツイッギー(小枝という意味の愛称)がきっかけと言われており、胸が小さくないと似合わないファッションになり、曲線美信仰やS字型信仰が国際的にも崩れた。そして、70年代のスポーツブーム、80年代のシェイプアップブームに続いていく。
    体型自体も変化している。1947年、20台女性の平均身長はなんと149センチだった。2007年には158センチに伸びた。一方、平均体重は殆ど変化がない。体格を示す指数BMIは20歳台の女性は70年代から既に標準とされる22を割り込み、さらに減少している。2008年の女性の一日に摂取する平均カロリーは1652kcalだが、これは敗戦後の食糧事情が極度に悪化していた1945年の国民(男女)の平均摂取カロリー1793kcalを下回っている。一方、男性のBMIは軒並み増加している。1992年の調査では、男性が女性(妻・恋人)の体型に対して47%が満足(14%が不満)しているのに対し、女性は自身の体型に対して14%しか満足していない(36%が不満)。日本人女性は世界的にみても、自分の身体に不満が大きいらしく、パリでは57%が満足しているのに対して東京では10%と、ワコールが2002年に実施した国際調査で対象となった12都市で最低だった。

    女性の4つの分類
    女性にとって若く見られることは共通した欲求だが、20代で1歳半、30代で4歳、50~60代で8歳、70代で9歳程度若くみられたいという。年齢を当てなければならないときに大いに参考になる。年齢を重ねるにつれて、外面だけでなくせめて内面だけでも若くありたいという欲求が強くなるが、そうした傾向は個人差が大きく、外面・内面両方の若さを求める「両面派」から片方を重視する「外面派」「内面派」、そして「無関心派」の四つに分類される。
    「外面派」は、他人の評価に敏感で、目立ちたいという気持ちと、批判を恐れる気持ちも強い。一方、「内面派」は、無用な争いを避け、身の丈に合った暮らしを望む。「食の安全」「環境問題」に関心をもち、美術館や博物館、映画、観劇、絵画などの文化活動に興味をもち、仕事にもやりがいを求める。生活への充実感が最も高い。自分の外見に気を遣わない分、心のエネルギーは知的活動に向けられている、悠々自適タイプ。
    言うまでもなく、「両面派」は双方の性質を併せ持ち、「無関心派」は特に際立ったところがない。
    この分類を見るだけで、ありありと該当する人が思い浮かんで面白い。
    「両面派」にとって、下着はアピール、気合、安心感を生む魔法のアイテムだが、「無関心派」とっては単なる日用品となる。「外面派」の志向が強い女性にとっては、ボディラインを整えるためなら、多少の痛みやきつさを耐える覚悟を持っている。外面の若さに固執する、決して諦めない強さがある。ただし、関心領域は意外に狭い。それに対して「内面派」は「つけ心地」のよさを求める。やわらかくフィットした下着につつまれて、コンサートやレストランを楽しみ、仕事にも精をだす。無理をせず社会を楽しむ。「楽」をモットーとする。ウエストを絞らないシルエットのワンピースやチュニックを着る。

    賞賛の欲求
    下着に関する欲求は、社会的なものであるが、社会行動にとって重要な二つの動機「賞賛の欲求」と「拒否回避の欲求」のうち、下着に関係があるのは前者だけだという。対自的な「気合」「安心感」という効果も、社会に出て自己をアピールする時の心の支えとしての機能をもつという意味で、やはり賞賛の欲求と結びついている。

    下着文化が多様に開いたのは、アウターのように社会的プレッシャーから離れて、自由に自分の装いを楽しむことができたという側面があった。装いとは、見栄えをよくするだけの手段ではなく、自己のあり方を明確にさせ心の力を引き出すための方法でもある。
    女性と下着とファッションと
    私の周りの女性における、下着に対する強い関心と、彼女らが下着に求めるもの(デザイン、機能性、素材感、サイズなど)の奥深さには、これまで感心しきりだった。所詮男は女に翻弄されて生きていて、種の多様性を担保するためだけの付随物だと考えている私にとって、女性心理の変化は強い関心の対象であり、90年代後半ごろから常に女性誌もパラパラ眺めてきた。例えば、ピーチジョンという雑誌は一冊まるまる下着の女性で彩られているが、こんな雑誌は(普通)男性誌では考えられず驚かされたものだ。

    先日、ルミネのポスターのキャッチコピーで、
    「誰かのためは苦しかった。
    自分のためは淋しかった。
    それでもおしゃれしたいのはなんでだ。」
    というものがあった。このコピーは、女性にとってのファッション心理の変遷を端的に示している見事なコピーだなと感心したものだったが、これからの女性にとってのおしゃれとは、どこに向かっていくのだろうっか。
    私のイメージはとても単純で、経済的な情勢と、そこで求められる社会のあり方、その中における男女の役割によって、ファッションの意味合いが変わってくるのだと思う。そう考えると、ファッションも時代とともに、行ったり来たりしながら、人々の幸せをそれぞれに彩っていくことだろう。

  • (2011.8)

  • 参考文献は参考にさせていただきます。


    多変量解析はここまでなのかな?
    とつぶやいてみる。

  • 女性はなぜ、下着にこだわるのか。

    話が途中、ずれていく感じを受けましたが、

    下着は銭湯で、そのファッション性を高めていったこと。
    なぜ人間は裸体を恥じるのか。
    公共の場での授乳への賛否両論。

    など、とても興味深い内容でした。

  • なんか違う気がするのは私だけか?
    これが正しい社会分析なんだろうか?

  • うーん、期待していた割に、あんまり面白くない。もともと心理学の学者がワコールの依頼により、女性が下着を選択する心理について書かれた調査報告書。
    著者もあとがきで触れているが、「読み物としてはいささか退屈な部分もあるかと思うが」と述べている。新書として出版するのであれば、読み物として面白く仕立てて欲しかった。
    男性の著者にしてみれば、女性の下着に対する考え方には新しい発見があったかもしれないが、調査の結果を提示されても女性にしてみれば「そんなことわかってるんだから」(春樹風)という感覚でしかない。

  • ■心理学
    ①見せる露出は恥ずかしくないが、見える露出は恥ずかしい。
    ②身体への羞恥は衣服で覆うことによって生じる。
    ③下着は装いにおいて特殊な位置を占めている。通常、他者には見えない、しかし、その分だけ、自己をどう装うかについて自由度が得られる。
    ④装いとは見栄えを良くするだけの手段ではない。自己のあり方を明確化させ、心の力を引き出すための方法でもある。

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