東大の大罪 (朝日新書)

著者 : 和田秀樹
  • 朝日新聞出版 (2013年2月13日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022734884

作品紹介

シロアリ官僚、原子力ムラ、御用学者…東大が日本をダメにした。医学部OBの著者が覚悟の告発。虚妄の最高学府を撃つ、渾身の憂国論。

東大の大罪 (朝日新書)の感想・レビュー・書評

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  • 自身が東大出身者である和田秀樹氏による、エリート及びエリート育成論。自説に導く具体例はなるほどと思えるものもあるが、はてなと思われる論理展開もあちこちに見られるような・・・。

  • 東大の権威主義が真のエリートの育成を果たしていないことを批判する本です。

    私自身は、社会において大学教育が果たすべき役割について、著者とは別の考えを持っているので、あまり賛同できるところは多くなかったのですが、そのことはさておいて、本書で展開されているアカデミズムの権威主義に対する批判についても、著者の考えるようにすっきりいかない問題があるのではないかという気がしています。

    確かに、徒弟制度のようなアカデミズムの世界では、教授の業績を否定することは難しく、いわゆる「タコツボ化」に陥ったり、あるいは学問上の大きな方向転換がおこないにくいといった弊害があるのは事実だろうと思います。ただその一方で、アカデミズムの伝統が果たしているスクリーニングの役割も、けっして軽視できないように思います。とくに文系の学問では、非専門家による目新しい理論が世間的な注目を浴びることがありますが、先行研究を踏まえておらず、アカデミズムではトンデモ扱いされているようなものも少なくありません。もちろん現在のアカデミズムに問題があることも事実なのでしょうが、伝統的な研究スタイルを墨守するアカデミズムに業績主義を持ち込むという場合に、どのような形で評価がおこなわれることになるのかというのは、存外に難しいと思わざるをえません。

  • タイトルに?。本書の批判対象は、一部を除き、小泉政権以降の政策・政権運営。その中での東大批判は、政権政策の御用学者化の点、リーダー等を生み出す教育効果を持たない点が主。これら批判は全体として良だが、解決策、つまり東大以上の大学設立や旧制高校復活等の策の有効性は?。まぁ著者経歴からくる限界だが、東大頂点のピラミッド型大学序列を信奉しすぎで、この復活まで目論む点は時代錯誤の感。本書にないが、京大、一橋、阪大、東工大卒、あるいは高等教育全体をどう見ているのかは知りたい。入試問題の質は京大の方が難しいらしいし…。

  • なるほど~!と、思うことがたくさんあった。

  • 知に対する敬意は経済力と無関係に払われるべき

  • エリートの必要性を説き、東大の果たすべき役割りを訴える。そのために東大を変革することが必要だとも。
    エリートの必要性には同意。でも東大の役割についてはどうかな?
    笑っちゃったのは「新制大学になってから、東大法学部は一人も首相を輩出していない」って。
    これっていろんな解釈が可能な事実ですよね。

  • この人はよほど自分が東大出ていることに拘りたいのだろう。
    和田さんってのは案外、馬鹿なのかもしれないな。
    もう東大って時代じゃないだろ。。この人、昭和時代の化石だな。ある意味、憐れさしか感じない。

  • まるで論理的でなかった。
    満足度3

  •  個々のパートをばらばらに読んでいる限りは、その趣旨に賛同するかどうかは別として、特に違和感を持つ議論が展開されているわけではありません。しかしながら、全体を通して読むと、著者の議論が非常に混乱したものであることがよくわかります。
     錯綜した議論の中で、私の理解したところでは、著者の明確な視点としてうちだされているのは、(1)evidenced-based medicine (EBM)を強調していることに現れているように、個人レベルでの経験ではなく、統計的・疫学的根拠を重視することと、(2)安富氏の「東大話法」論に対する賛意の表明に見られるように、学者や政策担当者は当事者として自身の発言に明確に責任を負うべきであり、事後的に第三者的立場を装った発言は強く戒められるべきだということ、の二点といえるでしょう。これはまことに正当なものであり、大いに賛意を表したいところです。
     さて、ここで、本書における著者自身の議論を二点取り上げて見ていきたいと思います。第一は、本書の主要テーマである日本の大学システムの在り方についてです。著者が望ましいと考える大学システムは、トップに一つの大学が存在し、その下に下位の大学がピラミッド型に存在するというhierarchicalな構造を持つシステムです。この場合、一つのピラミッド内での階層間での競争(より上位の階層への移動を目指す競争)というのが、より優れた研究・教育活動へのインセンティブになると考えられます。ここで、容易に思い浮かぶように、これに対置することができるシステムとして、頂点が複数存在し、それらの間で競争を行うとというものがあります(他にもあり得るでしょう)、著者が前者のシステムが優れているとするのは、本書を読む限りは、著者自身の経験と印象のみによるものであり、後者のシステムとの真面目な比較に基づくものでもありません。さらに重要なことは、統計的な根拠は皆無であるということです。現在の日本の老人医療の在り方を批判する際には、統計的根拠がなければ無意味であるという趣旨の議論を展開しながら、自らの主張には統計的根拠を示さないというのは筋が通ったものとは私には思えません。さらに、著者は、原発事故などで、東大が駄目なことは既に露わになっており、東大の上に位置する大学を作るべきだと主張しています。著者がこれまでに、東大進学を促す発言や活動を勢力的に展開してきたことを考えれば、どうしてこのような第三者的発言ができるのか、非常に理解に苦しむところです。本書におけるゆとり教育の理論的支柱と目される人への批判を読む限りは「私はヒエラルキーの頂点を目指すということのみを強調してきたのであって、新たな頂点を作るということとは全く矛盾していない」などといった反論は到底できないはすなのですが、著者のみは「東大話法」を使ってもよいということでしょうか。
     第二は、経済政策など著者の専門とは乖離した分野での発言についてです。例えば、「相続税率を100%にすれば富裕層の消費が刺激され、景気拡大につながる」という著者の主張を提示したところ、経済学者から、それは「誰か(欧米)の著名な学者の議論かどうか」を確認され、著者自身の議論だということが判ると相手にされなかったという経験が示され、だから日本の経済学者は無能なのだという主張が展開されています。私自身も著名な学者の議論に基づいているかどうか自体はどうでもよいことだと思います。それよりも重要なのは、その議論が統計的証拠・実証的裏付けを持っているかどうかということに尽きます。ここで、統計的根拠がある、というのは、単に統計数字の増減を見ているということではなく、EBMに見られるように様々な要因をコントロールした上で、統計的に明確な因果関係が見出されているということです。したがって、おそらく著者が聞かれた質問の本来の趣旨は、「その議論は、信頼できる研究者によって既に統計的な根拠が示されているのか」というものだったのではないかと推測します。いずれにせよ、著者は、自分自身の頭の中でだけでの演繹に基づいた提言をおこなっているわけであり、日本の老人医療関係者に向けた批判の矛先はそのまま自分に向かっているわけです。なお、自分の経済関係の議論を補強するために、ノーベル経済学賞受賞者の議論を挙げているのも、著者自身の立論からすれば奇妙なことだと思います。

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