地方にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会 (朝日新書)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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レビュー : 75
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022735065

作品紹介・あらすじ

【社会科学/社会】若者はいつから東京を目指さなくなったのか? 田舎と東京の間に出現した地方都市の魅力とは? 若者が現在に感じている満足と将来への不安とは? 気鋭の社会学者が岡山での社会調査などをもとに、地方から若者と社会を捉え直した新しい日本論。

感想・レビュー・書評

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  • 若者の職業意識について知る
    仕事と余暇
    日常プラスアルファが 快適に過ごしやすい
    マイナスリスクを避けたい
    ショッピングモールが地方にも出来若者をターゲットにしている
    十分満足しているようだ
    音楽(ロック)に見る 今に至るまでの背景の検証

    まとめ方は上手である本文で2回

  • 若者が昔のように都会への憧れをもたなくなった背景について。
    三浦展のファスト風土論などを引き合いに出した地方の話、若者論かと思いきや、途中は、J-POPの歌詞の分析による若者在り方論、最後の方は、以前より多様になった人間関係の中で対話を通して合意形成をはかろうとする若者のコミュニケーション論や組織論的な内容。論じ方は多様ですが、全体としてはまとまりのある印象でした。すららと読むことができました。
    次は、『居場所の社会学』も読んでみよう。(つちなが)

  • 若者による"地方観"の変遷を、若者にウケているJ-POPの変遷から見ていくという着想自体はたいへん面白い。
    だが、BOØWY('80s)→B'z('90s前半)→Mr.Children('90s後半)といった、それぞれの時代を彩ったロックバンドの歌詞を分析していったのちに、00年代を紐解く題材にヒップホップグループであるKICK THE CAN CREWが登場する唐突なチョイス(この時代にヒップホップが一世を風靡していれば話は別だが)には、やや疑問を呈さざるをえない。
    また、10年代の分析として『おしゃかしゃま』が挙げられているRADWIMPSについても、「試行錯誤する自分らしさ」というよりは、90年代後半のミスチル的な「関係性によって作られる自分らしさ」を標榜した曲が多いイメージがあるのだが…。
    このように、J-POPの歌詞分析にあたっては、多少の作為的な意図が透いて見える点は否めない。

    とはいえ、岡山県でのフィールドワーク調査からの丁寧な分析は見事であり、地方都市の"ほどほど"さに魅力を感じている若者像を的確に捉えている。岡山市出身である私にとっても頷ける内容の多い、圧巻の鮮やかさであった。
    過剰にも見えるイオンモールの位置づけだが、岡山県のイオンモール依存は本当に根深く、大型ショッピングモールという"ほどほどパラダイス"は、モーターライゼーションの進んだ地方にこもる人々にとっては、絶好の「樹液のなる幹」なのである。

    各章で新鮮な知見の提供が為されている一方で、その繋がりをやや薄く感じてしまわざるを得ない点が、やや残念に思う部分。
    しかしながら、各章の内容を繋ぐ明瞭な共通項を見出すことができれば、より興味深さを増した、ポップで新鮮な若者論となるであろうことは間違いない。
    筆者には、引き続きの細やかな分析を期待したい。

  • ファスト風土化する社会

    イオンモールが既にノスタルジーになっている


    イオンモールから離れたところに住んでいる若者にとって、イオンモールに行くことは「遠足」のようなものである。(中略)彼らにとって、それは、楽しむ場所のない家のまわりを離れ、1日かけてドライブを楽しみ、ショッピングを楽しみ、映画を楽しみ、食事を楽しむことのできる、極めてよくできたパッケージであり、まさしく「遠足」と呼ぶにふさわしい余暇の過ごし方なのである。


    新しい公共

    同質性がなくなって、島宇宙的になった社会で、

    多様な他者たちの中でうまくやっていくやり方を

    今の若者たちは身につけているのかもしれない!

    新しい公共って必要なの?

    商店街とかオヤジのノスタルジーじゃないの?

    仲間内だけで楽しく助けあってやっていけばいいんじゃないの?

    子供できるまでの若者が自分のことしか考えてないとか昔からそうでは?

    昔は結婚規範が強かったから同質化させられていった

    今は結婚が弱まってるからバラバラになってる?

    地縁、ムラ社会から、

    NPOとかボランティアの社会になってる、というのはそうかもね

  • 年齢的に共感する部分が多い。4、50代は本気で都会に行きたがって仕事頑張りたがってた。考えられない。本当に違う価値観なんだ、と認識できてよかった。

    「地元(友人や家族)は好き。地域の人のことはよく分からない」「都会には住みたくない。田舎は住みにくい」「仕事よりも家族を大事にしたい」

    JPOPから当時の若者を考えるのは面白い。
    (管理教育)→大人、社会への反発→(規制緩和、敵の消失)→努力→(疲弊)→2人だけの世界→(モータライゼーション)→仲間との世界

    昔は空気を読むという概念がない。
    昔は同じ人ばかりなのでそもそも空気が一定。今は多様化し決まった空気がない。

    今後は聞く力が大切。

  • 社会学者の著者が、岡山での社会調査をもとに、リアルな地方社会における若者の姿を描き出す。
    現在篇では、1990年代以降のモータライゼ―ションが、現在の地方の若者の生活と満足度に大きな影響を与えていると指摘。1つは、余暇面で、大型ショッピングモールが立ち並ぶ郊外が、地方の若者にとって「ほどほどの楽しみ」を与えているという点。もう1つは、人間関係の面で、家族と同世代の仲間だけで構成される、地域社会における煩わしい人間関係を排除したノイズレスな人間関係が、若者にとっての地方都市の魅力を高めているという点である。一方、地方の若者たちの仕事に対する満足度は著しく低く、若者の多くが仕事に対する満足度の低さを仕事のやりがい(精神面)と親との同居(金銭面)によってカバーしていることを指摘している。
    過去篇・未来篇では、1980年代~2010年代を代表する(と著者が考える)Jポップアーティストの楽曲を分析することで、若者の自分らしさを巡る心性の変化を分析している。1980年代、若者の自分らしさは、社会への「反発」により担保されており、若者にとって地元とは、退屈な日常を象徴するもので、魅力的なものではなかった。1990年代、「大人の世界」の安定性が崩れ、若者の自分らしさは、夢を叶えようと努力することにより獲得されるものとなったが、努力の称揚は競争による「勝ち組」と「負け組」を生み出し、若者たちは「人と人との関係性」によって自分のアイデンティティを確保する方向へと向かった。2000年代、モータライゼーションの完遂は「世界から自分たちを守ってくれる楽しい地元」を出現させた。
    2010年代、「ポスト地元の時代」のアーティストは、「他人のことは分からない」という前提を持ちながらも、「他人とぶつかり合いながら自分たちを高めていく」という新しい世界観を提示し、「他者との出会いのなかで試行錯誤する自分らしさ」という自分らしさの新しいモードを生み出した。社会の安定性の崩壊は、画一的な生き方の押しつけから若者を解放したが、同時に、必要不可欠な公共性さえをも喪失させてしまった。この状況を打破するための「新しい公共」の構築には、「ポスト地元の時代」のアーティストに見られる姿勢が求められていると指摘。また、「新しい公共」の構築への鍵として、「ギャル的マネジメント」(身近な人間関係の多様性に意識的で、同質的な仲間集団に対する愛着心は強いながらも異質な他者とのコミュニケーションを厭わず、謙虚に集団をまとめあげていくような仕切り方)を挙げている。そして、現在「こもっている」若者は、「分離」の段階にあり、既に「統合」に向けた準備ができているのではないかと指摘し、「こもってないで外に出ろ」と声高に叫ぶような、社会の他旺盛に鈍感で未だ「同化」の段階にある大人たちより若者のほうが「新しい公共」に近い場所にいると言えるだろうと述べている。
    いかにも社会学という感じの本。インタビュー調査に基づく現在篇は、自分と同世代でありながらも、自分自身はあまりその文化になじんでいない「地方の若者」のリアルな姿を知るのに有益であった。一方、過去篇・未来篇は、もっともらしいことを書いているが、著者の恣意的な分析・主張になっており、客観性に乏しいのではないかという印象を抱かざるを得なかった。取り上げられているJポップアーティストが、それぞれの時代を代表するものといえるのかというところから疑問がある。

  • 社会

  • ちょっとJポップ批評に関してはこじつけてるような気が否めない

  • 2013.6刊行で読了が2014.1。「最近の若者は内にこもりがちで外に出ようとしないらしい・・若者よ、地元を出よ、日本を出よ」と思う人たちにこの本を読んでほしい、と説く。

    著者は1976年岐阜県生まれ東大卒で、現甲南大学准教授(出版時点)なので地方から東京へ出た人だ。岡山県倉敷市近郊の社会調査や80年代からのJポップの歌詞の考察などを通し若者の行動、流動を考察。

    そこから導きだされたのは、「地方にこもる若者たち」はすでに、これまでとは違うかたちで外に開かれはじめている。若者は現在の地元で、これまでとは違う形で外に開かれはじめている。そして「昔は~」と思う昔の人こそ、実は今の若者より開かれていないのかもしれない、と説く。

    2011年に岡山県倉敷市を中心に、地方に生きる若者の実態を、余暇、人間関係、雇用の三つを中心に調査しているが、そこはまさに「ファストフード化」した地方都市だ。倉敷市には大規模ショッピングモールが90年代後半にできそこで映画、ファッション、食べ物などひととおりそろう。鳥取県境の町に住んでても車で1,2時間かけ休日に倉敷に集う。ここらへんの実態は自分の今の休
    日の過ごし方と同じだ。

    「今の若者は」と言う前に、70年代、何が何でも東京に行きたい、と強く思った自分たち年寄りは今の地方の変化に気づかなかった、ということか。インターネットもあり、ショッピングモールもあり、ほどほどに地方で事足りるのだ。東京も高度化された一つの地方、という見方もできる。

    地方を「ファストフード化」以前、以後、と分けて考えた方がいいのでは?と思った。

  • あちこちで書き散らされたイオン話。
    こちらが本家なのか?
    データがついているので本になったけど、
    読むところが少ない。

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著者プロフィール

阿部 真大(甲南大学准教授)

「2016年 『質的調査の方法〔第2版〕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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