吉田松陰――久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」 (朝日新書)

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  • 朝日新聞出版
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022736024

作品紹介・あらすじ

【歴史地理/日本歴史】松陰は、幕末、多くの志士を育てた人物として尊敬されている。だが、実はそれは虚構の松陰像。愛弟子で義弟の久坂玄瑞が松陰の死後、尊王攘夷の旗印として松陰を利用したからだ。山口在住の著者が資料をもとに、祭り上げていく過程をつづる。

感想・レビュー・書評

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  • 人口構成の変動から計算すれば、地中海は遠からず「イスラムの海」になるので、「ビンラディン神社?」が、ヨーロッパ中に設立されてもおかしくない。
    ・・・のが、「明治維新」なのでしょう
    だから、実際に、「松陰神社」がありますからね。
    成功したテロリスト。
    久坂玄瑞も偉いなあ。

    イスラム国(と言ってはいけないらしいのでISIL)の医学生が、ビンラディンの神格化を始めれば、
    まさしく、久坂玄瑞がやったそのまんまのこと。

    言うことになります
    東北大学のイスラム系の医学生が、今日、同じことを始めても原則的にはおかしくないことになりますね。
    それは、もちろん困ったことなのですが、地球の裏の話ではなく、日本で起こったことでもあるのです

    特攻隊は自爆テロとは違います
    鬼畜米英の大量破壊兵器、空母を、体当り攻撃で止めることで、お父さんお母さん、村のみんなを救おうと思って、日本の兵隊さんが、「自発的に」とった「軍事行動」であり、あくまで軍事目標しか狙っていないので、
    無差別に一般市民を殺傷する自爆テロとは異なる。
    と、言うことです。
    が、
    世界中のみなさんの理解は得られにくいとは思います
    残念ながら

    その根源の大元はどこか?
    やっぱり、吉田松陰のファナティックな情熱かもしれません
    それを、秀才医学生の久坂玄瑞が拡大して宣伝し、武市半平太を感動させ、龍馬を巻き込み、薩長同盟から明治維新は、大陸進出から満州国まで進むと、特攻隊まで行ってしまう

    日本はもともとテロ国家なのかもしれません

  • <目次>
    はじめに

    第一章 吉田松陰の実像
     俗人離れした異端者
     松陰誕生
     松陰の幼少期
     母は冗談好き
     わずか六歳で吉田家を継ぐ
     叔父によるスパルタ教育
     九州遊歴
     脱藩して東北へ
     ペリー来航
     アメリカ密航未遂事件

    第二章 久坂玄随の生い立ちと松陰との出会い
     玄瑞の兄の影響
     相次ぐ身内の死
     宮部鼎蔵との出会い
     松陰への接近
     玄瑞、打ちのめされる
     松陰の戦略
     松下村塾にはあまり通わなかった玄瑞
     久坂玄瑞と高杉晋作を競わせる

    第三章 松陰の妹・文と玄瑞の結婚
     豊かになった杉家
     玄瑞、文と結婚
     文に贈ったメッセージ
     玄瑞、杉家で生活を始める
     江戸遊学
     喧嘩の情報も送る
     開国の勅許出ず
     大老井伊直弼の登場
     再び京都
     松陰の暴走
     草莽崛起の人となる
     松陰、処刑される

    第四章 「松陰の死」を利用する玄瑞
     松陰の志を継ぐ
     早くも伝記編纂始まる
     墓前に刻まれた名
     再び江戸行き
     杉家がスポンサー
     松陰の遺墨を同志に配る
     武市半平太との出会い
     松陰の強い武士意識
     松陰改装を望む
     藩主が松陰の供養を続ける
     長井雅楽の登場
     「草莽崛起」を龍馬に説く
     坂下門外の変
     寺田屋騒動
     藩是は「奉勅攘夷」
     松陰の霊を祭り上げる
     シンボルが必要だった
     イギリス公使館焼打ち

    第五章 尊王攘夷運動の中で神格化される松陰
     松陰改葬
     松陰の著作が教科書に
     将軍家茂の上洛
     攘夷の先鋒
     ついに外国艦砲撃
     奇兵隊結成
     八月十八日の政変
     決死の覚悟
     薩摩の密貿易船を沈める
     死を演出する残忍な一面
     進発か、割拠か
     楠公祭で松陰を祭る
     妻との別れ
     禁門の変
     久坂玄瑞の最期
     二度の「長州征伐」
     出版される松陰の著作
     歪められていく松陰像
     玄瑞の墓と遺族

    おわりに

    *****
    純粋で俗人離れした異端者の松陰。義弟の立場をかさに着て松陰を徹底的に利用した政治家・玄瑞。玄瑞は、松陰のことを「尊敬はしているものの、付き合うには苦手なタイプ」と思っていた節がある。しかし、安政の大獄によって松陰が非業の死を遂げると、その死の利用価値に気づいたのもまた玄瑞だった。やがて玄瑞は、亡き松陰を尊王攘夷のシンボルとして祭り上げていく。
    (カバーより)

    *****
    「国賊」から「尊王攘夷のシンボル」へ
    大河ドラマでは描かれない本当の吉田松陰像、そして、明治維新を実現させた影の立役者・久坂玄瑞の野望とは―
    (表示帯より)

    久坂玄瑞は、いかにして尊王攘夷のシンボルとして、松陰を祭り上げていったか

    一、松陰の遺品を他藩の同志(土佐の武市半平太など)に配る
    一、罪人だった松陰の改葬許可を幕府に求める
    一、松陰の改葬を幕府が庇護した仏式ではなく神式で行う
    一、藩校・明倫館の教材に松陰の著作を採用する
    一、松陰の著作の出版事業に乗り出す
    (裏表紙帯より)

    ****

    高杉晋作研究で有名な、一坂太郎先生の著書です。

    ***
    本書では、単純な師弟とは言い切れない松陰と玄瑞の関係やその生涯、玄瑞が政治運動の中で、松陰をシンボルに祭り上げてゆく過程を追ってみたい。
    (まえがき p5)
    ***

    一坂先生の他の著書を読んでいるとこの著書の流れも分からなくはないのですが、初見の方はタイトルで内容をイメージしてしまうと、本書が何を目的に書いたもので結局なにが言いたかったのか、読んだあと「???」となると思います(笑)
    大河では描かれない吉田松陰と久坂玄瑞、くらいのタイトルで良かったんじゃないかと本当に思います。

    本書を読む前に、中公新書から出ている「長州奇兵隊 勝者のなかの敗者たち」という新書を読まれると、一坂先生の作風というか、この本の土壌が分かると思います。第五章の「死を演出する残忍な一面」の詳細がもっと詳しく書かれています。

    目次をみて分かる通り、本書は前半35%ほどが松陰、残り65%ほどを久坂の人生と長州藩を軸として展開していきます。
    幕末の長州の主な動きはこの二人を追うと大体カバーできるので、資料も参照していますし、幕末長州の入門本として読むことも可能だと感じました。(長井雅楽や椋梨藤太などは別の本で)

    以前は東行庵、現在は萩博物館特別学芸員など一次史料に携わっている方だけに、史料の引用をされているのが読んでいて面白いところですが、今回は分かりやすく書き過ぎていたかなぁ、と。せめて巻末に参考文献一覧か、引用文のあとに史料元とか手紙の年月日を書いてほしかったなーというのがちょっと残念だったところ。

    内容としては、幕末の長州が好きな方には目新しいことはないでしょう。だからこそ、「久坂玄瑞が祭り上げた」とか、松陰を「テロリスト」呼ばわりしている、という点に意識がいって、Amazon等の評価が真っ二つに割れるのだろうなーと。

    本書の感想とは少しそれますが、個人的な感触として、一坂先生は高杉晋作は大好きなことは間違いないですが(笑)、だからって久坂が嫌いなわけでもないと思います。
    確かに研究者としては学術論文執筆量はちょっと少ないので(CiNiとかで調べてもらうとすぐ分かります)、非常に丹念に史料を読み解き、また足を使った調査を行われている、「真面目な方だなー」というのが私の感想。
    (昔講演を聞きに行ったことがあるのですが、そのときは長岡の北越戦争関係の墓石を調べている、とのことでした。その後何冊かの著書で、その調査結果がちらほら出てきています)

    一坂先生は、(久坂はともかく)松陰先生のことを好意的に述べている著書もありますから、私情や推論で「テロリスト」という言葉を使っているわけではないでしょう。むしろ、史料を読み解くことで見えて来た、今までとは違う、別の視点を提示しているのだと思います。
    同じ視点では見つからない新しい真実が、そこから見つかってくる場合もあるでしょう。

    久坂大好きだった私としては、「長州奇兵隊 勝者のなかの敗者たち」を読んだ時はブルーになりすぎて一坂先生嫌いでしたが…(笑)、確かに「そんな見方もあるのだなぁ…」と目から鱗でもありました。

    そしてそして!!
    評価としては★3つなのですが、1個増やした理由は、187ページ目に掲載されている久坂秀次郎の写真です!
    久坂秀次郎氏は久坂玄瑞の実子と認められた唯一の方ですが、母親が誰かは分かっていません。ですが、彼をみた品川弥二郎や野村靖などの松下村塾生らが「久坂の生き写しだ!」と、実子であるとしか考えられないほど似ていたという。写真が残っていない久坂…その肖像画はこの秀次郎氏をモデルに描かれたもの。

    秀次郎氏の写真は昔山口の地方紙に載ったことがあるだけで、その写真は出回ることがなかったのですが…まさか新書で見れるとは!!!
    私ははじめてみましたが、もう、想像を超える肖像画まんま!そしてイケメン!!
    在りし日の久坂をみれたようで、感無量です。
    久坂好きはこの写真をみるためだけでも買っていいと思います。

  • 豊富な一次資料でしっかり組み立てられた『吉田松陰』とその高弟『久坂玄瑞』の実像が描かれている。
    タイトルは『吉田松陰』だが、実際、主に描かれるのはその高弟で松陰を英雄に祭り上げたとされる松下村塾第一の高弟『久坂玄瑞』の方だ。
    実は久坂はさほど熱心に塾に通ってはいなかったこと。
    松陰の妹、文とは形だけの夫婦だったこと。(大方の維新の『英雄』と同様、久坂には愛人有り)
    などは興味深いが、特に
    吉田松陰が英雄になったのは久坂玄瑞の策略によるという説は斬新で、かつ説得力がある。それも、師を英雄にしたのは師への敬意や善意ではなくて、攘夷達成の為に計算尽くの事だったという。
    著者の久坂への評価は冷めていて、目的のためには手段を選ばない冷徹なマキャベリストとされる。その一方で、馬鹿みたいに純粋で『至誠の実践者』吉田松陰がその信条のために自ら死を招いた思想家とされるのに対して、『自らは手を下さず、遠くから人を使う』政治家とされる。
    しかし、その最期は自ら参加した禁門の変で戦死してしまうことになるのは皮肉というべきか。
    私は久坂を薩摩の西鄕隆盛に近い人物のように感じた。西鄕が久坂の残忍な点を認めていたのではないかという著者の見解には大いに納得させられた。

    大河ドラマは不調なようである。確かにつまらない。
    しかし、こうした良書を読むと、あれこれ批判しながら視ることが出来るかもしれないと思った。

    ちなみに久坂は医師なので坊主頭だったそうで、藩から蓄髪が許されるのはずっと後年の事だそうだ。ドラマでは登場時から既に髪の毛ふさふさである。

  • 松蔭は、1830年に杉家の次男として生まれた。6歳の時、吉田家を継いでいた叔父が病没したため、後継者に指名されて家督を継いだ。吉田家は明倫館で藩士の教育を担ってきた家だったため、松陰は世間から隔離されて教育を受けるようになった。20歳の時、外の世界を学ぶために九州北部の旅をし、平戸でアヘン戦争や海防論、西洋砲術書などを読んだ。翌年は江戸に遊学したが、師を見つけることができず、ロシア船が津軽海峡を往来していることを知り、宮部鼎蔵とともに東北視察の旅に出た。23歳の時、ペリーの黒船が来航すると、師事した佐久間象山から西洋の芸術を吸収するための密航を勧められ、翌年下田に再来航した黒船に近づいたが断られたため、自首して投獄された。

    玄瑞は、1840年に久坂家の三男として生まれた。17歳で九州に遊歴し、熊本では宮部鼎蔵を訪ねて海防問題について話し合い、西洋列強に対する敵愾心を燃やした。萩に帰ると、宮部から勧められた松陰に手紙を出した。その頃、松陰は野山獄を出て杉家で謹慎中で、近郊の武士の子弟が集まって松下村塾を始めていた。翌年には高杉晋作が入門し、玄瑞と切磋琢磨していく。

  • タイトルは久坂玄瑞が吉田松陰をどのように尊王攘夷のシンボルに祭り上げたのか、ということについての著書のように読める。が、実際の内容はほとんどが松陰と玄瑞の事績についてで、肝心の「祭り上げたのか」についてはあまり描写がない。玄瑞の生涯について記すのは類書が少ないのでまだいいとしても、松陰の生涯に一書の半分を費やすのは本書のタイトルや帯からしていかがなものかと思う。あるいは久坂による松陰の利用を考えるときに、松陰の生涯を描くことは必要かもしれないが、その生涯の描写と「利用」の問題が必ずしもリンクしていない。過去の人物がのちの人物にいかに利用されるか、という問題設定じたいは非常に重要だと思うがゆえに、残念という思いが残った。田中彰『吉田松陰―変転する人物像』(中公新書、2001年)の空隙を埋める、あるいは批判的に乗り越えるような内容を期待してしまっただけに、よけいに。

  •  吉田松陰は、幕末のあの時、死罪になったから後世に名を遺した。
     松陰の純粋な理想主義、政治的な配慮のない一直線さなどは弟子に薫陶するにはいいが、時代を変える具体的な力に変換するには、幼すぎた。でも、幕末の動乱期に於いて彼は彼の果たすべき役割をしっかりと果たしていると思う。
     それにしても久坂玄瑞恐るべし。その政治力、実行力、統率力・・どれをとってみても卓越していた。利用できるものは徹底的に利用し、目的を完遂するためにはハッタリや政治的妥協そしてすれすれの”行為”を行った。
     天皇の存在を利用し、明治維新の大業を行った長州の考え方は、そのまま日中戦争から太平洋戦争の破滅へとつながったことは否めない。
     日本を中心として朝鮮半島を足場にアジアがタッグを組んで西洋列強諸国に対抗するという考え方は、松陰の考え方だったことが今回初めてわかった。
     あの時代、日本の選択肢は他にもなかったのだろうか。韓国併合、日露戦争、日中戦争、太平洋戦争の悲劇と向かった日本を考えてみると歴史が継続してつながっていることを深く思う。
     天皇の存在を考え直してみる機会にもなった。
     蛤御門の変で戦死した彼もまた天寿を全うした。続く桂小五郎、伊藤俊輔、井上馨、山縣有朋などの人材を育て、彼らが明治維新を遂行、完遂したのだから。

  • 過激なテロリストが歴史のなかで死後、祭り上げられていく。尊皇攘夷思想が日本の侵略の原点であったのが興味深い。

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著者プロフィール

1966年、兵庫県芦屋市生まれ。幕末維新史研究家。萩博物館特別学芸員、至誠館大学特任教授、防府天満宮歴史館顧問、春風文庫主宰。大正大学文学部史学科卒。著書に『長州奇兵隊 勝者のなかの敗者』『吉田松陰とその家族』『幕末歴史散歩 東京篇』『幕末歴史散歩 京阪神篇』『高杉晋作の「革命日記」』『高杉晋作を歩く』『坂本龍馬を歩く』『高杉晋作』『司馬遼太郎が描かなかった幕末』など。

「2017年 『明治維新とは何だったのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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