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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784022737359
作品紹介・あらすじ
【社会科学/社会】今の日本で繰り広げられているのは「下流に転落しないための競争」である。著者による『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)から約20年。アラフォーになったパラサイト・シングルの実情を通し、格差社会の過酷な現実を明らかにする。
みんなの感想まとめ
現代日本における「下流に転落しないための競争」をテーマに、アラフォーの中年パラサイト・シングルの実情を通じて、格差社会の厳しい現実が描かれています。著者は、彼らが直面する就業格差や家庭格差の固定化を指...
感想・レビュー・書評
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中年パラサイト・シングル。親同居・未婚・アラフォー。
この存在を中心に、そこに至る時代背景や過程、そして今後の見通しを整理している。彼ら彼女らが下へ流れて底辺に至るという状況説明がなされる。そのような人たちが増えているのが今日の日本社会だという。
彼らは一見豊かに見えるが、実は結婚せずに子育てをしないことで得ている豊かさでしかなく、少子高齢化につながり、経済が行き詰まるという見通しをベースに議論が展開される。就業格差と家庭格差が固定化しがちな社会環境において、それを自己責任だと非難してみても、100人の人間がいてそれが何十人という社会になると、自己責任論は的を得た議論にならないだろう。
低所得の中年パラサイト・シングルは、既にある一定の社会階層を成すグループとなった。社会的なコストだと非難してみても何も始まらない。
後半部分での著者の問いかけにあるように、現在の社会システムに適合しないのであれば、それにかわるものを作り出すしかない。あきらめ始める人たちが登場してきている。高齢者シェアハウス、他人と一緒に同じ場所で暮らしていく、こうした何か別の道が必要なのではないかという問いかけがあっていいだろう。
ところで、日本の社会問題を論ずるところで、「結婚」が持つ役割・機能の大きさには驚くべきものがある。幸せな結婚をしたいというような個人の感情を大きく超える、そんなものではとてもすまされないものが、この「結婚」に含まれていることを自分なりによく理解するようになった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2026.1.20 読了。
日本社会は確実に「階層分断社会」になっていく。
1980〜1989年生まれ遠アラサー世代と呼ぶ。
アラサー世代は、フリーターというのは、何も好き好んで好きなことを自由にやっている存在ではないということがわかった最初の世代なのだ。
1970〜1979年生まれであるアラフォー世代は、2040年には、61〜70歳になる。その時の高齢化率(65歳以上人口の割合)が30数パーセントと予測されている。 -
本書『底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路』は、社会学者の山田昌弘氏が現代日本の格差社会と、人々が「底辺」への転落を恐れて繰り広げる競争の実態を鋭く描き出した作品です 。
本書が提示する「底辺への競争」とは、かつてのような上昇志向の競争ではなく、中流生活を維持し、下流へと落ちないための、いわば後ろ向きの「逃げ切り競争」を指します 。グローバル化に伴う経済構造の変化、非正規雇用の増加、賃金の低迷などが格差を拡大・固定化させている現状を、著者は具体的なデータや事例を交えて分析しています 。
特に印象的なのは、著者がかつて提唱した「パラサイト・シングル」世代(1970年代生まれのアラフォー世代)の現在についての記述です 。彼らが若者だった頃は、親と同居することでリッチな生活を享受し、「親以上の生活を送れるはず」という「パラサイト・ドリーム」を抱いていました 。
しかし20年が経ち、非正規雇用や未婚、親の介護といった現実に直面し、多くが下流へと転落しつつあります 。親同居未婚のアラフォーは約300万人にのぼり、その3~4割が非正規雇用か失業状態にあるという現実は衝撃的です 。この世代は、まさに「底辺への競争」の最前線に立たされているのです 。
著者は、日本の社会保障制度や労働慣行が、男性正社員が家族を養う「標準家族」モデルを前提としているため、そこから外れると下流に転落しやすく、一度落ちると挽回が極めて困難な「一方通行」の社会であると指摘します 。
就職活動(就活)や婚活、保育活動(保活)が激化するのは、この標準的なライフコースから脱落しないための必死の抵抗の表れなのです 。
未婚化や少子化でさえも、中流生活からの転落リスクを回避するための行動であるという分析には、深く考えさせられました 。
結婚によって生活水準が下がることを恐れる女性、子どもの教育費負担によって自身の生活が苦しくなることを懸念する夫婦。
それは個人の選択というよりも、社会構造によって強いられている側面が大きいと感じます 。
本書は、格差の放置が少子化、消費低迷、社会の活力低下を招き、将来的に「親子共倒れ」や「孤独死」が増加する「格差社会の完成」に至る可能性に警鐘を鳴らしています 。
そして、個人や家族の努力だけでは限界があり、社会保障制度の改革や、家族以外との「新しい連帯」を支える仕組みづくり(三重のセーフティーネット)が必要不可欠だと提言します 。
現代日本社会に生きる多くの人々が抱える漠然とした不安や閉塞感の根源を、「底辺への競争」というキーワードで見事に解き明かした本書は、私たち自身の問題として、社会のあり方を深く問い直すきっかけを与えてくれる一冊でした 。
☆備考
団塊の世代は1960〜1970年代の高度経済成長期や1990年代のバブル崩壊前で資産を蓄積できた。しかし、その後、バブルは弾け、就職氷河期になり、2008年にはリーマンショックなどもあり、平成の30年間は「失われた30年」とも呼ばれる。
また、非正規雇用の割合も増えていて、年越し派遣村のような問題も話題になった。
そのため、団塊の世代の子どもたち、団塊ジュニアは、経済的な困窮に晒されることも多いだろうが、パラサイトシングルのような状態で、実家に住み、親の蓄えた資産や年金などを食いつぶしていた、というのが著者の見解らしい。
そう考えると、団塊ジュニア世代の子どもたちは、親の資産などを頼れるとは限らない。また、親の収入も頼りないとも考えられる。
実際、今の大学生は、2人に1人が奨学金を借りたり、親からの仕送りもないため、アルバイトなどをして学費を稼いでいる人もいる。
現在の若者世代がどんな世代になるのか、さらに経済的に困窮していくのか、それとも、景気が良くなり希望が見え始めるようになるのか?
しかし、2040年頃には団塊ジュニア世代も高齢者となり、医療費などの問題も予想されている。社会保障費が増大すれば、国民負担率はさらに高まると予想される。今でさえ、5割に達しようとしているのに、さらに増えるとしたら、可処分所得がますます減っていくことになる。
その上、昨今はコストプッシュ型の物価高騰などが起こり、電気代や食費などが増えたりしていた。
果たして、未来が明るいのかどうか、今のところ何とも言えない。今のところ、光はあまり見えない。今後も検討していきたい。 -
結婚したくない→結婚デキナイへの変遷を描いているが、昨今は結婚したくないに回帰している印象を受ける。それが、コスパ重視なのか、「デキナイ」を「したくない」と思い込まされているのかはわからないが。
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2024年でも(2017年発行)とりあえず現状把握に適した本。新書一冊で社会を把握し、解決策を授けるなんて事は無理な話で、自分自身の“今後”を考えるキッカケになればと思う程度に読んでみれば短絡的思考に向かわなくて済むのではないでしょうか
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初めてこういう本を読んだ。将来に対して漠然とした不安があったけれど、少し考えがまとまった気がする。
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【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/689567 -
現代社会を考えるいいきっかけになる本だと思う。リスクは至る所にあるのに、その存在を無視しているのか見えないのか、現状を変えようと動く人があまりに少ない気がする。
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雇用格差と家庭形成格差がレバレッジがかかるというが、男性は雇用状況がよければ(安定的に高収入が得られる期待が高ければ)結婚条件に恵まれるという因果関係がそれぞれあるだけで、レバレッジがかかってはいない(少なくとも本書の中で説明されていない)のではないかと思ったが(むしろ(男性の場合)単身のほうがコストが低減して将来の経済リスクが減るのでは)、女性の場合(特に著者の懸念する執筆当時アラフォー世代(女性は雇用状況と家庭形成状況に因果関係がなかった)においては)結婚≒正規雇用なので、社会全体ではそうなるのかな?
かつて著者が名付けた「パラサイト・シングル」が今や「中年パラサイト・シングル」となっているというのだが、前者は大半が正規雇用で、十分な収入を得ているにも関わらず独立しようとしない、いわばモラトリアムな独身貴族(これらの死語は本書では用いられていないが)だったのに、それがまるで経済状況も芳しくなくて親の年金に依存して結婚したくてもできないと語られる後者に移行したかのように論じられていて、どうしてそうなるのかわからなかった。正社員男性が結婚していないことにより非正規雇用や失業に追いやられるという理屈なりが書かれていればわかるが、そういうことはなし(そもそもそういう現象があるのかも疑問)。
また、親との同居/独立について、基本的に実家から学校なり勤務先なりに通えれば独立圧力がない、よって、地方から都会の大学等に進学するのを機に独立するケースが多いこととか、一方で地方では親と同居して非核家族(複数世代世帯)を形成することへの伝統的圧力が高いこととかは無視されていたり。
また、少子化による構造的人手不足により、雇用状況リスクは将来的に減る可能性をどう見るかも等閑視されている。
また、女性が活躍する社会では女性の間に格差ができるので、「女性の活躍度が高いからといって、決して社会状況がよいとはいえないのです。」とか書いているが(p.144)、このリクツで女性間に格差がないとは、女性がおしなべて下層にいるから格差がないわけで、そんな社会よりは明らかにマシだろうが(それとも著者のような男性には問題ではないということだろうか?!)。 -
底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路。山田昌弘先生の著書。格差放置社会ニッポンの末路が明るいはずがありません。格差放置を続ければ、いつか必ず格差社会の上層にいて胡坐をかいている人たちがしっぺ返しをされて復讐される、これは世界のいろいろな国の歴史を見れば明らかなこと。それでは不幸。格差放置をしないことが全ての人の幸せにつながると思う。
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20年前のパラサイトシングルは、いまや中年パラサイトシングルに。アラフォー世代の格差拡大と抜け出せない固定的な二極化が進行。こうした動向は、とどまることなくアラサー世代にも継承されているという。そして、親から引き継がれる世代を越えた貧困の陥っている子どもたち。あきらめ世代も生まれていると。
大学生の正社員になるための就職活動の熾烈さ。奨学金という名の学資ローン。一方、過去の標準家庭をモデルとした脆弱な社会保障制度。 -
東2法経図・6F指定 361.8A/Y19t/Ishii
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現代日本をえぐるレポート3冊目は、山田昌弘さんが「希望格差」からさらに進んだ、底辺へと転落しやすくなってしまった現代社会を描いています。
先の2冊とは違って克明に分析していますが、その冷徹さが救いのなさをあぶり出しているだけに深刻です。 -
底辺への競争 中流生活を維持できるかの競争
日本における下流 最低限の生活はできるけれども、生活を上昇させるような機会がない状態
50代は底辺への競争をしなくて済んだ最後の世代
中年パラサイト・シングルの3-4割が非正規雇用
40代未婚率3割
日本型リスク社会は挽回不可能型社会
多様性とリスクが大嫌いな現代日本人
アラフォー 38-47 1970-1979埋めれ 団塊ジュニア
3人に一人が配偶者無しで老後を迎える
親の老後資金が子どもの学費に消える
世界の先進国の中で、日本が大量の人が下降移動する最初の国に成るのではないか 多くの先進国はもともと階級社会
日本にも分断された階層が誕生する
就活、婚活をあきらめるという選択
今の20代の親世代 壊れている親が増えている
1970-79年生まれのアラフォー世才は、23年後の2040年に61-70歳代になる。そのときの高齢化率は30数%と予測されている。
日本における格差社会がほぼ完成する
親兄弟をのぞく家族がいない人の割合が40%以上
つまり5人に二人はシングルでかつ子どもがいない、家族のいない高齢者になる
2015年の61-70歳の未婚率は10%、女性5%ただしこの世代の高齢者は兄弟が3-4人いる。その御蔭で兄弟が元気だったり、おい、めいと親しい割合が高い。親戚という枠組みでいえば、家族的に孤立することは少ない
要するにいまのアラフォーが高齢者になる2040年には、だれも頼れる家族のいない高齢者が大幅に増えてくる
対策 家族の形をゆるめる ヨコの線、タテの線 -
如何にして中流社会が壊れて、下流に転がっていくか。望めば正社員になれる希望があった1990年代、バブル崩壊で正社員が狭い門になった2000年代。正規であることと非正規であることが格差の象徴の様に感じられました。
興味深かったのがパラサイトシングル。十分な年金を貰う親と同居することで目立つことのなかった貧困の問題。親が亡くなり、また介護の問題などで一気に生活が苦しくなる。そんな状況であれば、結婚して新しい家族を作ろうと言う気持ちにもなれないかもしれない。
昔、この国にはなんでもあった。希望だけを除いては。しかし、何かを手にするにも年々ハードルがあがっている様にも感じてならない。
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