政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す (朝日新書)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022950772

作品紹介・あらすじ

「政治部」は、聞くべきことを聞いているのか。斬り込む質問もなく、会見時間や質問数が制限されようと、オフレコ取材と称して政治家と「メシ」を共にする姿に多くの批判が集まる。記者は「共犯者」であってはならない。政治取材の現場を知る筆者が、旧態依然とした体質に警鐘を鳴らす。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    質問通告を提出するという行為はどこまで認められるのか?

    そもそも、人々が通告を好ましく思わないのは、その行為に質問者と答弁者による「やらせ」が含まれていると感じるからだろう。
    とはいっても通告を出さなければ、全ての質問にぶっつけ本番で答えることになる。虚をつく質問で本音を引き出す、となれば確かに理想的な記者会見だが、現実にはほとんどの質問に対して想定問答を読み上げるだけか、「後日回答します」という答弁で終わるだけだ。ああ言えばこう言うという後ろ向きな回答を切り崩すことは、現実問題として難しい。結局のところ、通告アリでもナシでも特に変わらず、記者会見の持ち時間をただ無意味に使うことになるだろう。
    であるならば、むしろ「質問」よりも「検証」のほうに重きを置くべきである。与党が述べたオピニオンは実効的と言えるのか、政権発足時に掲げた公約は果たされているのか。質問を言いっぱなしで終えることなく、「質問→答弁→検証→追及」のサイクルを回し、与党の動向をチェックし続けることこそが、記者と野党議員の仕事であると思う。


    【本書のまとめ】

    1 コロナによる質問制限
    コロナ感染拡大を受け、安倍首相が全国一斉休校に関する記者会見を開いたのは2020年2月29日。そこで行われた記者クラブの質問は、事前に官邸側に質問内容を通告してあり、回答が既に用意されていた。また、通告していない再質問に関しても、用意されていた想定問答を読み上げるだけである。台本ありきの完全な演劇であった。

    記者会見で優先されるのは記者クラブの人間だけであり、フリーランス、地方記者は冷遇されている。2012年末の第2次安倍政権発足以来、安倍首相は東日本大震災の被災地に計43回訪問しているが、質問は官邸記者クラブからの同行記者に限定し、地元記者の質問機会を設けていない。

    その後、記者会見のあり方を巡って断続的に官邸側と記者クラブ側のやりとりが続く。2020年4月8日、記者クラブは官房長官記者会見について以下の要請を受け入れることを決めた。

    ①ペン記者は各社1ペンのみ
    ②引き続き質問の要望がある場合でも、スケジュールが逼迫している以上、会見を終了することに協力してほしい

    新聞社からは、「一社一人とすると多様性が失われる」との反発が起こる。事実、民主党政権時代と比べて記者会見の回数と時間が大幅に減ることになった。

    コロナの感染防止から対面取材が難しくなっており、当局の発信情報が報道の流れを作ってしまっている。政府側から発表された情報のみを使用して誤報を招くケースが何件か見られている。


    2 安倍政権下における報道
    2009年の民主党政権時代には、記者会見のオープン化によって、フリーランスやネットメディアも参加が認められる。とはいっても、発端は政治家側が主導したものであり、記者クラブに所属していたメディアからは最後まで抵抗があった。

    第2次安倍政権において、これまでの取材の慣例が大きく変わる。
    2013年1月、歴代内閣が自粛していた「単独インタビュー」を積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝える。NHKと民放の在京キー局に、ローテーションに従って順番に出演し、その後新聞・通信社のグループインタビューに応じるといった流れである。日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失った上に、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていったといえる。

    菅官房長官との確執で有名なのは東京新聞の望月記者だ。
    菅官房長官は、望月記者の発言に対して「事実誤認」「問題行為」とレッテルを張り、事実上の言論統制を行っている。

    言論統制はその他記者にも及ぶ。例えば、安倍首相のぶら下がり取材で厳しい質問をぶつけた記者に対して、安倍首相の側近はその記者を無視した。それだけでなく、各社の夜回りに応じない対応も取った。新聞社の連帯責任を求めてきているのだ。
    こうした中で、新聞社同士が互いに相互監視をするような空気が形成されてしまった。記者クラブが部族社会化したことに、葛藤を覚える現場記者も多い。

    平成の30年余りをかけた政治・行政改革の末、安倍政権において官邸一極集中の政治が完成した。かつてのような大きな政局は起きない仕組みになっており、野党、記者ともに政治をパワーで押し切られる形になっている。


    3 ボーイズクラブ
    テレビ、新聞社などの報道機関における女性の少なさが問題になっており、女性社員であっても、性別による不当差別やハラスメント被害の報告が多い。
    賭け麻雀の問題と、セクハラの問題と、記者会見形骸化の問題は、全部地続きである。内輪の理屈、いわばメディア社交クラブを維持するための理屈を優先する体質の弊害である。


    4 表現の自由
    「宮本から君へ」への文化振興助成金の内定取り消し、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の展示中止及び文化庁の補助金不交付決定。後付けでの事後検閲と思わしき事例が、表現の自由と民主主義を脅かしている。

    テレビ局の内部においてもそれが現れた。2019年12月11日に、テレビ朝日「報道ステーション」のニュースの中で、自民党の世耕参院幹事長の発言が「誤解を招く編集」をされていると世耕氏側から批判があり、番組内で謝罪した。翌週から、「リニューアル」を理由に、番組を中核で支えてきた10人近い社外スタッフに派遣契約の終了が通知された。内部では、局への不信感と、政権を批判する発言を控える空気ができている。

    テレビ局への「牽制」が、与党からはっきりと強い形であらわれたのは、2016年2月8日の国会答弁であった。放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、「電波停止」を命じる可能性がありうる、と言及したのだ。公平性を欠く放送とは、国論を二分する政治課題で一方の政治的見解を取り上げず、ことさらに他の見解のみを取り上げてそれを支持する内容を相当時間にわたり繰り返す、などである。
    当然、全テレビ局の全番組が抗議すべきだが、多くのテレビ局の多くの番組が何も言わなかった。

    「現在の報道現場で『報道の自由』を阻害している要因として感じているもの」をアンケートした結果、「報道機関幹部の姿勢」と答えた人が82.7%にのぼった。政権をはじめ、政治家、ひいては局内で権力を持つ者に対する忖度の連鎖で、報道機関としての役割や信頼を自ら損なう振る舞いが常態化している。

    外国と比べて、日本のジャーナリストは声を挙げない。定年まで、あるいは長年同じ会社で勤務するため、会社へ忠誠心を向ける。労働組合は企業別でしかなく、業界を横断する組織は少ない。これは日本独自の形であり、報道機関を転々とするため、ジャーナリスト同士の強い結びつきを重視している外国のジャーナリスト集団ではありえない。政府からの圧力に耐えれるかどうかは、ジャーナリスト間で企業を越えた連帯を作れるかにかかわってくる。

  • 団結して対峙するためのはずの記者クラブであるが、メディア相互の対立を権力側に利用される。せっかく記者会見会場にいるのにパソコンにメモ打ちするだけ。後から映像を見返せるのに。子育てとの両立を不可にする夜討ち・朝駆けの根性論。セクハラ・パワハラが当たり前の文化。マスメディア、取り分け政治部の問題は根深い。「変われる可能性を信じている」と本編が閉じられる。マスゴミと切り捨てるのは大手メディアの没落を望むもの。だが、問題は大手メディア内部のものではない。知る権利は我々のもの。報道を正常化するの我々の課題だ。

  • ほんと期待できないメディアだけど
    9月から政治部に戻った南さんをはじめ東京新聞の望月さんなど期待している人もいる。
    なんとか団結してほしい。
    そして共犯者ではなくとにかく国民のほうをちゃんと見てほしい。

  • ★政治部に限らない★情報源と人々をつないでいたのは、かつてはマスメディアだけだった。ネットの広がりにより、個人でもソースを確認しSNSなどを通じて訴えることができるようになった。その流れにあるもので、政治部だけでなくマスメディア全般に不信が広がっている。
     これとは別に権力側も自前の発信ルートを持ち、独善を強めている。トヨタも自分の言いたいことだけ伝えるメディアに力を入れる。メディアの役割は権力の監視というが、これまでは情報の流通の独占という収益源があったからこそ多少なりともそんな立ち位置を取れた。お金がない人は理想論は語れなくなる。
     ファクトチェックなども増えているが、どうしても知りたいことしか耳にしない人が増えていくのは避けられない。AIでニュースを勧められると、関係のない情報が入ってこなくなる。

  • 安部政権、コロナ禍のなかで、政府とメディアの密接関係に警鐘を鳴らす書

  • 忖度や圧力、政権が悪いという結論ありきの一冊。メディアが内部で解決すべき問題を他に責任転嫁しているように思える。

    筆者の経歴と出版社から、ほぼ予想通りの展開の本。問題提起は良いが結局政権が悪いだけのアベガーの意見。

    東京新聞の女性記者が質問させてもらえないことも述べているが一社一記者なら社内で解決すべきだし、質問というより持論の押し付けなので仕方ないだろう。女性だからという被害妄想もある。

    記者クラブが問題なら朝日新聞自ら脱会するなど模範を示してほしいものだ。

  • 大手マスコミ政治部。政治家に張り付いて取材するやり方が権力との癒着を生むという問題が、安倍政権時代からいよいよ世間の批判を集めるようになった。この書籍を読んでいる最中に、共同通信元論説副委員長の柿崎明二氏が菅首相の補佐官に転職というニュースがあった。彼もまた、本書で指摘されるような、共同通信東京本社政治部出身の記者である。マスコミがマスゴミと呼ばれる所以であり、権力の監視はフリージャーナリストと一般国民の仕事になりつつある事が本書を読んで一層認識された。

  • 東2法経図・6F開架:070.21A/Mi37s//K

  • ページめくる毎に気持ちが滅入った。記者クラブは開放されるべきだし権力からも解放されるべき。阿部岳記者の「権力の妨害を押し返してこそ「真の放送の自由」と言える。」と、言う言葉が心に刺さった。権力の問題ではなくマスコミ自身の問題。反撃を期待。

  •  内容は、首相官邸周辺の取材や会見(この部分が書名の「政治部不信」)、女性記者の少なさ、補助金不交付など表現・報道の自由それぞれの問題。著者の体験からして、安倍政権での官房長官会見は福田・野田政権の頃と比べ自由度が下がっているという。
     基本的には著者などがこれまで主張してきたことや既存報道の再録だ。その中で、厳しい取材をすると官邸側から冷たく対応される、報道機関幹部の姿勢が問題、コロナ禍で取材ができず当局の発表頼り、という現場の記者の葛藤(前2者と後1者では性質が異なるが)は興味深かった。ただこれらもアンケート(記名か無記名かは不明)への回答。記者、それも政治部に入り込める立場の著者なのだから、さらなる掘り下げを期待したかった。
     韓国では、2017年以降に国民のメディア信頼度が世界最下位。朴槿恵政権下での言論弾圧の影響と著者は推察し、現政権後の日本を危惧する。ただ、言論弾圧のためというより、既存メディア不信が全世界的な傾向だからではないだろうか。

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