ふんどしニッポン 下着をめぐる魂の風俗史 (朝日新書864)

  • 朝日新聞出版 (2022年5月13日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (328ページ) / ISBN・EAN: 9784022951595

作品紹介・あらすじ

男の急所を包む大事な布の話──明治になって服装は西欧化したのにズボンの中は古きニッポンのまま。西洋文明を大和心で咀嚼する和魂洋才は見えないところで深みを増し三島由紀夫に至った。『パンツが見える。』に続き、近代男子下着を多くの図版で明るみに出し、論考する。

みんなの感想まとめ

男の下着、特に褌の歴史と文化を深く掘り下げた本作は、明治時代から現代に至るまでの男性の下着風俗を豊富な図版と共に考察しています。著者は、褌が日常生活の一部であり続けた理由や、洋装化が進む中での褌の役割...

感想・レビュー・書評

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  • 本作は、2022年5月に発行されました。

    著者の、井上章一さん、どのような方かというと、ウィキペディアには、次のように書かれています。

    ---引用開始

    井上 章一(いのうえ しょういち、1955年1月13日 - )は、日本の建築史家、風俗史研究者、国際日本文化研究センター所長・教授。

    ---引用終了


    で、本作の内容は、次のとおり。

    ---引用開始

    男の急所を包む大事な布の話──明治になって服装は西欧化したのにズボンの中は古きニッポンのまま。西洋文明を大和心で咀嚼する和魂洋才は見えないところで深みを増し三島由紀夫に至った。『パンツが見える。』に続き、近代男子下着を多くの図版で明るみに出し、論考する。

    ---引用終了

    p4に、次のように書かれています。

    ---引用開始

    私の場合、自分はパンツだが、褌の大人も残存する幼時をすごしてきた。褌からパンツへの移行が完了する前の時代を、かろうじて知っていたことになる。

    ---引用終了

    私の場合は、祖父(1906年生まれ)が褌をしめていました。
    亡くなったのが1990年代なので、その頃にも、褌をしめていたことになります。
    それが日常だったので、違和感はありませんでした。

    さすがに、私は褌をしめたことはありませんが。
    しかし、最近はブリーフをはくのがためらわれます。
    というか、下着売り場で買おうとしても、目立たない位置に置かれていますねえ。


    それから、p222に、褌をしめた、小林多喜二の遺体写真が載っています。
    小林多喜二は1903年生まれで1933年に亡くなっています。
    したがって、私の祖父とは3歳位しか違わないので、私の祖父が褌をしめていても、不思議ではないですね。

  • 和装と洋装の狭間で、褌は如何様に扱われたのか?
    明治期の近代化から現代へ、男性の下着風俗について、語る。
    1 女はあとまわし 2 男が洋服に着がえる時 3 たたかう洋服
    4 およぐ時は、またべつで 5 ジェンダーギャップの別局面
    6 ベルリンに褌はかがいて 7 華族の下半身
    8 女人退散のいでたちに 9 褌の黄昏 10 褌かサルマタか
    11 河をこえて 12 アメリカの影 13 戦争美術の可能性
    14 上着と下着 15 下着の転換期 16 見上げれば、屋根屋の褌
    17 神事では 18 国粋か造反か 19 女にも褌を
    20 海のむこうでは
    文明開化の始まりから、男性の洋装化は浸透していったが、
    「ふんどし」は昭和の時代、戦後まで着用され続けていた。
    それは何故なのか?多くの資料、写真、図版を駆使し、
    男性の下着風俗について、考察し、語る。

    和魂洋才。
    男性は洋装だが、水泳は褌。洋装の下着も褌。
    女性は和装だが、水泳はスイムウエア。
    だが男女交際において、男性の水着も普及するし、
    褌への羞恥心も芽生え始める。
    だが、子どもはパンツでも大人は褌の時代は長く続く。
    褌が日常であった時代。仕事の中の褌姿。
    褌は安い。貧富拘わらず、褌は民族の、和の伝統。
    禊には伝統的な褌を。神事に於いては褌が正装。
    「ふんどし」について、昭和の戦後まで身近だったことに
    ついての考察をあちこち寄り道しながらか語っている印象です。
    海女のふんどしや他民族のふんどしのような下着に関しても
    考察しているのは面白かったけど、全体的にもっと深く
    「ふんどし」について掘り下げて欲しかったなぁ。
    ともあれ、私が考える「ふんどし」は、
    男にとって大事な場所は、守って隠して裸一貫の潔さだと思う。

  • ずーっと気になることだが、人目を憚るあまりロクに調べることもできず、長らく謎であった褌の歴史。
    褌についてこれほど真面目に書かれた本は、おそらくほかにはない。著者だってそう言っているのだ、だからこそ私のように心の中で悶々としている人には手に取ってほしい。

    中身にはこの装束(?)にかかわる様々な写真や図絵が使われ、文章で追うだけでは足りない部分までカバーできるはずだ。そして、それがまだ当たり前だった時代の人々の、実に堂々たるその姿を見ることができるだろう。

    褌ときいて真っ先に思い出すのは、会ったことのない私の曽祖父である。「あの人はいつも褌だったな」とその子や孫の口から真っ先に語られるほど印象強く残るらしいその姿。そして、そこからもたらされる印象は常に褌一丁でいたのではないかという憶測。
    そもそも褌一丁とは、現代でいうところのパンツ一丁である。
    そんな姿を子々孫々に語られている曾祖父だが、この本を読むと「パンツ一丁」とは異なる、潔い召し物であると感じるに至った。

    また、戦争史的な側面から、なぜあの当時の男性下着はパンツではなく褌であったのか。女性は腰巻ではなくパンツ型下着であったのに対し、男性が褌であったのは外国由来のものに対する一種の抵抗のようなものであったのか否か、気になっていた。
    そこの事情も本書によって解決に至った。

    本書と出会えたのは、ご縁が繋がったからとしかいいようがない。
    目に留まった瞬間、タイトルのインパクトの強さに購入を即決してしまった一冊だった。

    (本書は始終真面目に褌と向き合う内容ながら、思わず吹き出してしまったフレーズを登録しておく。)

  •  『パンツが見える。』が刊行されたのは2002年、出てすぐ読んだが、「白木屋ズロース伝説」のことは割合印象に残っているものの、記憶ははるか彼方。

     今回著者が挑んだのは、男の下着、褌(ふんどし)について。
     明治以降の近代化路線の下、洋装は官庁や軍隊から普及していったが、男性の下着は褌がかなり後の時代まで続いた。対して女性は、和装が主で、洋装の普及は遅れたが、関東大震災等を機に下着はパンツが普及していった。

     本書では、男と女の上物・下着の反対の動きを、写真や絵を資料として、時代を追って辿っていく。
     特に、“褌を締めてかかる“といった言葉に表れているように、褌は、“和魂“に代表される精神的なもの、大和魂の象徴、禊などの大切な場面で着用すべきものとして位置付けられ、褌のシンボル性が浮き彫りになっていく。

     ただ、風俗史的には面白い内容なのだが、同じ話が何度もループするような印象で、少し飽きてきてしまった。
     最後に出てくる、日本は東アジア圏の文化的影響を大きく受けたのに、下着については南方ミクロネシア等との共通性がある、とのことが興味深く、そちらの方面の研究を期待したい。

  • ふんどしの近代史を風俗写真などから読み解いている。主に述べられているのは、近代になり男性の間では洋服を着るのがわりと一般的になっても、下着はふんどしという時代が1950年代くらいまでは続いていたこと。男性のふんどしは日本(男児)の魂を表すシンボリックな存在という位置づけだったのではないか。一方、女性のほうが和装から洋装に変化した時期は遅かったけど水着やズロースといった洋ものに移行した早かったようだといったこと。
    何か決定的なふんどしの歴史を明かしてくれるのかと思いきや風俗写真をネタに考えや想像をめぐらす止まりという感じ。まあ、ふんどしが単なる下着ではない神聖なる存在らしきことは理解した。

  • 下着や水着は女性が先に西洋化したが和服は男性が先に西洋化した。下着は長らく褌だったっていう事を写真や絵画を元に読み解いていったはなし。

  • 1878年に中央官庁の官員に洋服着用の指示が出て洋装が一般化し始めたが、女性と男性で取り込み方が非常に異なっていた事実を克明に描写しており、とても面白かった.褌の種類として畚(もっこ)、六尺、越中をあげているが、畚は今のビキニショーツそのものだ.1960年代に銭湯で褌姿を見た記憶があるが、今通ってジムでも褌の御仁が数人いる.水泳着として褌が20世紀中葉まで存在していたとの記述があったが、あまり記憶がない.褌姿が一般的でなくなったことは残念なことだが、このような論考が出ることで満足するべきかなと考えた.

  • S

  • 和服の下着として使い勝手がいい(こともある)ふんどしだけど愛用に対抗があるのも事実。ふんどし衰退の歴史にいろいろな「揺れ」があることがわかる。

  • 男性は、表は洋装になったが、下着は長く和装のままだった。
    女性の方が外は和装のまま、下着は洋装となる。
    水泳着も、女性の方が早く洋装になった。
    褌は、寧ろ、思想の表れであり「公的」なものですらあったようだ。
    そんな話。

  • 女はあとまわし/男が洋服に着がえる時/たたかう洋服/およぐ時は、またべつで/ジェンダーギャップの別局面/ベルリンに褌はかがやいて/華族の下半身/女人退散のいでたちに/褌の黄昏/褌かサルマタか/河をこえて/アメリカの影/戦争美術の可能性/上着と下着/下着の転換期/見上げれば、屋根屋の褌/神事では/国粋か造反か/女にも褌を/海のむこうでは

  • <目次>


    <内容>
    かつて書いた『パンツが見える』の続編。この本は女性の近代下着文化を書いたものだが、今回は男性の近代下着文化論。それが思い通りに資料が集まらなかったらしい。作家もマスコミも男にはあまり興味がもてなかったようだ。著者は報道写真や絵画まで手を広げている。結論は、女は20世紀になっても和装だったが、下着は洋装化した。男は表向き洋装に変化したにもかかわらず、褌を締め続けた。理由はわからない。戦後になって徐々にバンツを履くように変わっていき、もはや褌は絶滅危惧種人なった。こんなところだろうか。

  • 最初(ふんどしの話)と最後(外国の話)は悪くないのだが、その間がずっと同じ内容があるだけなので嵩増し感がものすごい。

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著者プロフィール

建築史家、風俗史研究者。国際日本文化研究センター所長。1955年、京都市生まれ。京都大学工学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了。『つくられた桂離宮神話』でサントリー学芸賞、『南蛮幻想』で芸術選奨文部大臣賞、『京都ぎらい』で新書大賞2016を受賞。著書に『霊柩車の誕生』『美人論』『日本人とキリスト教』『阪神タイガースの正体』『パンツが見える。』『日本の醜さについて』『大阪的』『プロレスまみれ』『ふんどしニッポン』など多数。

「2023年 『海の向こうでニッポンは』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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