賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛 (朝日新書 963)

  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022952745

作品紹介・あらすじ

なぜ日本の賃金は上がらないのか──。日本型制度の「決め方」「上げ方」「支え方」の仕組みを、歴史の変遷から丁寧に紐解いて分析し、徹底検証。近年の大きな政策課題となっている問題について、今後の議論のための基礎知識を詰め込んだ必携の書。

感想・レビュー・書評

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  • 日本の賃金制度の変遷を整理したもの。その記述は簡便なものであるが、明治期や大正期の賃金制度から始まっており、通史的に知ることが出来る。

    ただ、自分の興味の対象は、主としてバブル崩壊期以降のもの、せいぜい広く考えても、第二次大戦後のもの。
    大戦後の流れを簡単に整理すると、①電産型生活給的賃金②経営側による職務給の提唱(実現せず)③職能資格制度をベースとした職能給体系(少なくとも大企業の多くはこの方に落ち着いたはず)、ここまでが高度成長期~安定成長期④オイルショック後、労使の関心が「賃金」よりも「雇用維持」に移行⑤うたかたのバブル期⑥バブル崩壊~経済低迷期での労務費抑制施策、ということだと理解している。
    特に⑥の時代について言えば、相当の長い期間、ベアがほとんどの企業でない、あるいは、あっても低率・低額のものという時代が長く続き、また、非正規雇用の比率を上げることにより給与や社会保険負担や教育訓練費を節約し、バブル崩壊後の景気低迷期を、企業側が何とか乗り切ろうとした時代が長く続いた。この間、定昇(定期昇給)は維持されたため、その恩恵にあずかる大企業・中堅企業の社員は、それなりに給与は上がっていったが、定昇は理論的にはコストニュートラルなので、大企業・中堅企業でも平均的な労務費は上がらず、その恩恵にあずからない中小企業労働者なども含めると、日本全体平均的な賃金が上がっていない構造をつくってしまったことになる。
    教育訓練費用を基本的にかけない非正規雇用の割合を増やし、また、実際に正社員の教育訓練費用も削減し、その分のコストは削減できたけれども、人的資本の充実が実現しなかったことも一因となり、日本の生産性は向上せず、賃上げ原資が確保できずに、コスト削減による利益確保という企業経営がずっと続いた。
    それらの結果が、生産性の低迷・消費者支出の低迷(賃金上がらず、税金や社会保険は上がる)による日本企業の低迷であったと言えるのではないかと思う。ある意味で、自業自得的なことを日本社会全体で行ってきたということなのではないかとも思う。

    ここからどうやって抜け出すか、である。
    アベノミクスでは、異次元の金融緩和策をとり、金を余らせることにより、インフレを起こし、そこを起点に景気を回復させようとしたが、それは、あまりうまくはいかなかった。物価は上がったが、給与所得者の可処分所得は上がらず、生活が苦しくなっただけという状態が生れた(株高などが起こったので、資産保有者は豊かになったが)。実体のない錬金術的な政策は、やっぱりうまくいかないということだと思う。
    システムを好転させる出発点は、生産性の向上だと思う。これがない限り、給料は上がらない(官製春闘で一時的に高ベア率を実現しても、生産性が見合って上がらなければ意味がない)。では、生産性はどうやって上げるのか、ということで言えば、地道に人的資本に投資すること、人々の教育水準を上げ、企業内での教育訓練を充実させること、これを、これまでやって来なかった分をカバーするために、少なくとも数十年間続けること、くらいしかないのではないだろうか。
    人びとが知識を得て、スキルを身につける、そうやって、仕事の生産性を上げて行くという単純な話ではあるが。

  • 賃金の歴史について勉強。日本の年功序列や長期雇用は、明治以降の重工業発展に伴う熟練工の育成や転職抑止から形成された雇用文化だと知って納得。ベースアップの仕組みは朝鮮特需から産まれたりと、今では合理的ではない賃金の仕組みも当時は有効だったことが窺える。

    一方、現代の企業は生産性が重視される傾向にあるも、職能基準の給与体系はまだまだ普及していないのが現実。だが、世界の変化に追随するためには、日本の雇用もドラスティックに変えていく必要があると思う。

  • 日本で長年に渡り賃金が上がらない理由を明治から戦前、戦後の歴史と合わせて解説。
    定期昇給があっても日本の賃金が上がらない理由として、賃金総額ありきで制度を適用しているからとあります。定期昇給で年々賃金は個々で、賃金は増えていくが、高い賃金を得ていた高齢の労働者が定年などで抜け、新たに新卒などの賃金の低い労働者が加わることで、賃金総額は変わらないためという。
    また、日本は欧米のような個々のジョブ型雇用社会ではなく、企業ごとのメンバーシップ型雇用社会のため、個人と業務を結びつける職能級よりも職務級が適用されている部分も大きい。
    日本は欧米の様な契約社会とは違うので(何となくその場の空気に流されている部分もありますが)、一概にどちらの制度が正しいかは、分かりませんが、かっての一度入社した会社で勤め上げるという時代でもなし、日本も世界の枠組みの中に組み込まれていることを考えると、ジョブ型雇用社会になっていくのは必然の流れかと思いました。
    であれば、生涯にわたって、技術の習得ができる教育制度に誰もがアクセスできる環境もまた、必要かと感じました。

  • さすが濱口先生。巷にはびこるジョブ型雇用・メンバーシップ型雇用を誤解をばっさり解き明かしたうえで、何故日本の賃金が上がらないかを明確に説明している。

    そもそも、メンバーシップ型雇用では労働者は、会社単位の利益から労働者への分け前をどれだけ上げるかしか交渉できない。だから、長期不況になれば賃金が上がるわけがなく、結果的にデフレ志向(経済の縮小均衡)になるよね。

  • 新聞で「ベア、定期昇給」が用語解説に載るほど、賃上げにはとんとご無沙汰だった日本。
    先進各国の賃金伸び率を比較すると日本の賃金は全く上がっていないが、個人ベースでは上がっている。だから「上がるから上がらない」。
    欧米では賃金表を改訂しない限り同じ仕事をしていれば賃金は上がらないので、ストでもなんでもやって賃金を上げる。「上がらないから上げる」。
    言葉遊びの巧みさもあって、賃金のからくりがよく分かる。
    また本書では、職務給や職能給などの議論の変遷が興味を惹いた。働き方や賃金体系なんで理屈で説明しても現実の力が圧倒的に強くて、いつの間にか雲散霧消したり、後付けでの理屈になったりの連続だったんだ。
    ジョブ型など○○型は言わずもがなだが、分かりやすい賃金論にはこれからも眉に唾して聞かないと。

  • 賃金問題を深く考えたことは今までなかった
    定期昇給は 人件費を一定に保つため制定されたとは思わなかった

    現状のメンバーシップ型雇用を
    ジョブ型に変更することは並大抵の努力では
    なしえないと理解できた

  • 配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
    https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=10280048

  •  賃金の決め方や上げ方がどのように議論されてきたか,実際に決められてきたかの歴史的経緯を記した本。知らないことが多かった。特に,ベースアップが総賃金抑制の議論から出てきたこと,日本の船員がジョブ型の賃金の決め方であること等々。派遣労働者の労使協定方式における平均賃金の詳細も知らなかった。

     団体交渉で賃上げを主張するけど,支払い能力のことを気にしてしまって,どうしたものかと思っているときにこの本を読んだ。「産業横断的な連帯どころか,企業を超えた産業別の連帯すら極めて希薄な」(302ページ)中で,本書で書かれている歴史的な経緯を踏まえてどうしていくか考えていけたら…。

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著者プロフィール

1958年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業、労働省入省、欧州連合日本政府代表部一等書記官、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、現在は労働政策研究・研修機構労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員。主な著書・訳書に、『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)、『新しい労働社会――雇用システムの再構築へ』(岩波新書、2009年)、『労働法政策』(ミネルヴァ書房、2004年)、『EU労働法形成過程の分析』(1)(2)(東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター、2005年)、『ヨーロッパ労働法』(監訳、ロジェ・ブランパン著、信山社、2003年)、『日本の労働市場改革――OECDアクティベーション政策レビュー:日本』(翻訳、OECD編著、明石書店、2011年)、『日本の若者と雇用――OECD若年者雇用レビュー:日本』(監訳、OECD編著、明石書店、2010年)、『世界の高齢化と雇用政策――エイジ・フレンドリーな政策による就業機会の拡大に向けて』(翻訳、OECD編著、明石書店、2006年)ほか。

「2011年 『世界の若者と雇用』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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