西洋近代の罪 自由・平等・民主主義はこのまま敗北するの (朝日新書1000)
- 朝日新聞出版 (2025年4月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784022953131
作品紹介・あらすじ
終わりが見えないウクライナ戦争にガザ戦争。トランプ大統領の再選で、自由・平等を基盤とする民主主義がゆらいでいる。ヨーロッパにおける右派勢力の躍進から、選挙のたびに民主主義に亀裂が入っているように見える。社会の現状を的確に分析し、普遍的な価値の意義と日本の取るべき道を問い直す、実践社会学講義。
みんなの感想まとめ
現代社会の複雑な問題を深く掘り下げ、資本主義と民主主義の関係についての問いかけを通じて、読者に考察を促す内容が魅力的です。ウクライナやガザの戦争、トランプ政権の影響を受けた社会の現状が描かれ、特に植民...
感想・レビュー・書評
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「民主主義」と「権威主義」を対立軸として、そのどちらかと「資本主義」が夫婦になるという考え方は面白い。その上で、今まで良好な夫婦関係であった「民主主義」と「資本主義」が離婚の危機?にあるのだという。
そもそも民主主義は、われわれが思うほど、正しくて公平で納得感のある価値観ではないのだと思う。集団が束になり肥大化していく過程で生じる権威主義(世襲的正統化)に対し、選挙という形で門戸を開いたという程度だろう。結局、未だに世襲は多いのだ。勿論、誰しもがチャレンジできる社会を謳う理想は素晴らしい。一方で極めて単純化すれば、これは“多数決“である。
人事採用に「アルムナイ」という言葉、制度があるが、企業が一度退職した元社員(アルムナイ)を再雇用するもの。例えば、ある国がアルムナイを前提に自国民に対し転籍を促したとしよう。選挙権を手に入れて侵入したい国を混乱、転覆させ、また自国籍を復活させるような侵略方法だ。白人以外が欧米の選挙で当選していくように、日本でも日本国籍を得た外国人が当選していく日は近い。これへの忌避感として、民主主義はその崩壊の過程に排外主義を経由する。
国家が国籍を「アルムナイ」化し、影響力の投射を目的として国外に潜在的な工作員として送り込む可能性を想定するとき、民主主義はあまりに無防備である。移民受け入れ、多様性の尊重、政治参加の自由。これらは確かに美しい理念だが、外部からの制度的攪乱のリスクを前提にしたとき、民主制度はどこまで持ちこたえられるのか。
さらに「少数派保護」という詭弁を権威主義や民主主義がどう扱い得るか。非差別や生活保護などの枠組みは確かに存在するが、それはあくまで“最低限”の保障に過ぎない。結果的に社会は、少数派を「保護された存在」として囲い込み、むしろ隔離と身分固定を生み出しているのではないか。保護を名目にした隔離。平等を名目にした不平等。こうした構造的矛盾が放置されたまま、理念だけが善として称揚されるとき、民主主義は自らの内部から脆弱化していく。
結果として、弱者や外国人に対して「排外主義」を掲げる政党が台頭する。この現象そのものが、実は民主主義内部に潜む“構造的必然”ではないか。なぜなら、民主主義は多数決を基本原理としながら、同時に基本的人権を掲げる。ここにすでに論理的矛盾があり、社会的ストレスが増すほど、多数派は「自分たちの利益」が奪われていると感じ、少数派への保護が“過剰”に映る。こうして、多様性や寛容を掲げる民主主義の内部から、価値観的にそれを否定する勢力が合法的に生まれる。民主主義への信頼は、この逆説を十分に扱いきれていない。
ー このおよそ10年に関して言うならば、グローバルなレベルで民主化が進捗しているどころか、権威主義的な体制の方が増加する傾向にある。スウェーデンのヨーテボリ大学の研究所は、民主主義的であることの条件を、「公正な選挙があるか」「人権が尊重されているか」「言論の自由があるか」「法の支配が貫徹しているか」等の要素に分け、それらを指標化し、総合した上で、世界各地の民主主義の度合いを計測している。それによると、2021年、全体として民主的と見なしうる国と地域が89であるのに対して、非民主的な国と地域は90である。つまり、非民主的な体制の方が民主的な体制よりやや多く、しかも地球の人口の70%が非民主的な体制のもとにいる。
ー ユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス』で的確なことを述べている。人々が、民主的な選挙結果に縛られなくてはならないと感じるのは、彼らそれぞれが、他の投票者たちとの間に基本的なつながりがあるのを実感できているとき、そのときに限られる。もし他の投票者たちの感覚が私とはまったく異なっており、彼らが私の思いを理解しておらず、私の死活的に重要な利害に対していかなる配慮ももっていないと私が感じていたならば、私はたとえ百対一で選挙に負けたとしても、その結果に従う必要はない、と感じるだろう。ウクライナ戦争やパレスチナ紛争を、利害関係者の間の選挙によって解決することができない理由も、ここにある。民主的な選挙が成り立つためには、投票者たちの間に、互いの基本的なつながりを実感させるような暗黙の合意、自分と敵対する者も「私のことをも配慮した上で私とは異なる意見をもっているのだ」と実感できるような基本的な合意がなくてはならない。たとえば、基本的な信念や価値観を共有している者の間でのみ、民主的な選挙は機能する。
資本主義は世界レベルで成立し得るが、民主主義は決して国境を越えはしない。本書の感想からは逸れているが、恐らく民主主義の危うさという目線は一緒だろう。民主主義と資本主義の“夫婦仲”が揺らぐ今、改めて立ち止まって考えるための一冊である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
資本主義と民主主義は離婚間近らしい(笑)。
世界は明らかに新しい時代に舵を切ろうとしている。そのような中で、日本はどうあるべきか。
宮崎アニメと戦後日本の考察が興味深い。 -
並行して読んでいたハラリの本とテーマがどこかしら被る。
時代背景としてやむを得ないか。
コラム集の形をとっているため、いくつかの塊に分かれる。
1部は民主主義と資本主義が離婚思想、、、全体主義のせい
2部はおたくがテーマ。そこからなぜかジブリ映画「君たちはどう生きるか」の話に。
映画館で観る気はせず、でも日テレの放送は録画して、そのうち観ようと思ってた。
上映中はネタばれ絶対禁止だったし、その後もそうだと思っていたが、
この本で思い切りネタバレしてる。核心まで。観る気が半分失せた、、、
3部はガザ進行。ジェノサイドと言い切る。私もそう思う。
しかしアメリカはそう思わない。日本もそれにつきあう。。
4部はトランプ旋風そのものが主題。なんだかなあ、だ。1部とつながっている。
とらえどころのない新書ではあった。
第1部 離婚の危機を迎えている民主主義と資本主義
(1) 民主主義の幸せな結婚
民主主義の劣勢?/民主主義の二つの定義/近代民主主義のための「超越論的な条件」 /すばらしい結婚――民主主義と資本主義
(2) 離婚しようとする資本主義
離婚がささやかれる/商品物神・貨幣物神/ローダーデールのパラドクス/資本主義 の下での伝統の「強化」/資本主義の二人目の配偶者/離婚の恐れ
(3) 自由――資本主義の魅力の中心
資本主義の優位の源泉/自由の劣化――西側の資本主義における/功利主義の中国 /説明責任の二つの方向/二つの監視社会/中国人だけが……
(4) 離婚の決心がつかない民主主義の運命
民主主義的な決定は必ずしも正義ではない/離婚を受け入れられないと……/グロー バルな民主主義は可能か/結論は離婚
第2部 西洋近代の罪と向き合うとき
Ⅰ 市民的抵抗が極端に少ない例外的な国
1 21世紀、世界では「非暴力抵抗」が非常な勢いで増加している
「ママ.クリーニング小野寺よ」/オタクたちの超能力/非暴力抵抗の有効性/日本 社会の極端な例外性/トータルな破局への予感
2 〈世界〉ではなく、セカイで
「フリーライダー」狙い/セカイ系/なぜ非現実になるのか/脱線――『党生活者』の 夫婦とセカイ系のカップル/「認知地図」の歪み
3 「オタク」から「クイズ」へ……しかし……
オタク――〈世界〉ではなく「世界」/この縮減はなぜ生ずるのか/クイズ――「オタクのオタ ク」/それは私への問いかけだった――君のクイズ
Ⅱ どうすれば日本は「戦後」を清算できるのか
1 選ばれるのを拒否した主人公
スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』/眞人は拒絶した/鬼殺隊に入るのを拒絶 した炭治郎……ではないとしたら/漫画版『ナウシカ』の結末/「現実」と「虚構」/ 選ぶこと=選ばれること
2 「悪」に汚染された者として出発する
類似の先行作品から/拒否の理由/死者との二律背反的関係/「虚構=現実」への逃避 /問題は「その後」である
Ⅲ ガザ戦争と普遍的な価値
1 ガザ戦争とは何か
これはジェノサイドである/ハマースがロシアで、イスラエルがウクライナなのか?/ガザ戦争の歴史的背景西洋近代の罪悪
2 「交響圏とルール圏」の一形態としての二国家解決
二国家解決の挫折/交響圏とルール圏/ゲマインシャフト・間・ゲゼルシャフト/「カ エサルのものはカエサルに、神のものは神に」なのか?
3 内的な敵対関係
司法改革への反対運動――イスラエルにおける/共通の敵による団結/内的な敵対関 係──ユダヤ人の側/内的な敵対関係──パレスチナ人の側
4 交響性はどこにあるのか?
希望はある/交響性の所在/片目のダヤン
5 仲介者はどこにいる
二つの学生運動――「反ガザ戦争」と「反ベトナム戦争」/哲学のアクチュアリティ/ アメリカは仲介者たりうるか?/ほかにも仲介者がいる、だが……
6 日本は何をなすべきか――ガザ戦争に対して
敗戦のトラウマ/日本の過ち――植民地主義と人種主義/「善意の犠牲者」だった?/ 西洋の自己批判能力/西洋の偽善/普遍性を律儀に受け取ること/「絶望」から「希 望」へ
Ⅳ 西洋近代の自己否定?
1 世界的な大事件は二度起きる――ただし二度目は……
大事件は二度起きる/トランプが勝った、というよりも……/不可能な極端vs可能な 中庸/最も「大胆な主張」――日本の総選挙まで
2 ふしぎなトランプ支持
反体制運動のノリで/トランプ支持の二つのタイプ
3 ヨーロッパの(自己)否定としてのトランプ
「我々」労働者は包摂されているのか?/既成支配層の欺瞞/寛容な社会の二つの極 限/最も不品行な男が道徳の保守者になる仕組み/マスコミはマスコミゆえに拒絶さ れた/なぜ小児性愛なのか?/ヨーロッパの否定/ならばどうすべきか? -
なかなか読み応えのある本だった。
本書は朝日出版社の『一冊の本』という月刊誌に連載されたものを集めたものである。
そのため、第1部で民主主義と資本主義のことを論じたかと思えば、第2部では日本のオタク文化や宮崎駿の作品などが出てくるなど、随分と話しの展開が変わることに驚いた(とはいえ、内容的にはいずれも本書のタイトルである『西洋近代の罪』に通じるものであるが・・・)。
それはさておき、本書の内容であるが、
第1章は前述の通り、「民主主義と資本主義」について、この両者を擬人化して、「離婚の危機を迎えている民主主義と資本主義」と指摘する。
これはどういうことかというと、冷戦を経て20世紀末に勝利した民主主義は、現在世界では劣勢となっており(地球の人口の70%が非民主的な体制のもとにいる)、アメリカ合衆国のトランプ大統領の登場が象徴的である。
ではなぜ両者が離婚の危機なのか?
我々日本人からみると、民主主義と資本主義は相性がいいように見える。
しかし、資本主義は貨幣の恐るべき力のお陰で、民主主義といった政治システムよりもはるか容易に、それぞれのローカルな文化や生活様式や宗教や価値簡に適応できる。
これは、共産党の一党独裁という権威主義的な政治体制である中国が資本主義をうまく取り入れ、先進国となったことからも明らかである。
これらを踏まえて著者は、もし仮に資本主義が民主主義以上に中国のような権威主義と相性がよいものであったら、資本主義は民主主義と離婚し、権威主義と結婚しようとするかもしれない、という。
第2部では、「西洋近代の罪と向き合うとき」とし、第1章と第2章では視点を日本に移し、第3章では今(2025年9月28日)も戦禍にあるガザ戦争、最終章ではヨーロッパの自己否定としてのトランプと続く。
第1章では、日本は市民抵抗が極端に少ない例外的な国であるという。
日本以外の国々では、21世紀に入ってから、市民的抵抗の頻度が5倍に増えているのに対し、日本社会ではそのような状況になっていない。
その理由は、日本が特別他の国と比較して豊かであるからではなく、アニメのセカイ系やオタクに象徴されるように、現実の世界とは切り離されたセカイやオタクの世界で満足しているからではないかというが、この説明はよく分からない。
第2章も引き続き日本の話し。
ここでは宮崎駿の一連のアニメを題材に、日本の戦前と戦後を考える内容となっている。
色々な作品が出てくるが、ここでは『君たちはどういきるか』を紹介する。
このアニメは太平洋戦争末期が舞台となっており、主人公の眞人(まひと)が大伯父の仕事を引き継いでほしいという要請を断る場面を紹介する。
これは、戦前の思想など(大伯父の仕事)を戦後に引き継ぐわけにはいかないという思想のメタファーである。
しかし、多くの日本人は、自分たちを善意の犠牲者であると見なした。
すなわち、「われわれは最初から正しかったのだ」「われわれはもともと善人だった」と考えた。
これに対し著者は、敗戦後に日本人がまずとるべきだったのは、「私は誤っていたし、今もまだ誤っている者と同じ水準にいる」という立場であるとし、徹底的な反省を求めている。
今日でも、先の大戦をめぐり右派、左派などの争いがあるが、その出発点がまさにこれなのではないかと感じた。
そして第3章はガザがテーマ。
今日のハマスとイスラエルの戦争、いわゆるパレスチナ問題について、その歴史から掘り下げており、また本書のタイトルである「西洋近代の罪」に直接的に関わる部分でもあることから、最も読み応えのあるところであった。
パレスチナ問題は、もともとイスラム教徒のアラブ人が住んでいたパレスチナにユダヤ人が入植しイスラエルを建国した(1948年)ことに端を発する。
では、なぜユダヤ人がイスラエルを建国できたのか?
それは、第二次世界大戦において、ユダヤ人はナチスドイツにより史上最悪の人種主義的な差別・迫害を受けていた。
その補償として、欧州はユダヤ人にイスラエルを与えたのだ。
その背景には、ユダヤ人をかくも激しく排除し殺害した人種主義(ナチズム)を自分たちの中に生み出したことに、ヨーロッパ人は大きな罪の意識を覚えたことがある。
また、このように欧州がユダヤ人にイスラエルを与えた行為は、先進国(欧州)が国境外の先住民がいる土地を植民地として獲得し、そこを支配してきた植民地主義にほかならない。
つまり、著者のいう「欧州近代の罪」とは、この植民地主義と人種主義を指す。
そして、この一連の流れを受けて著者は、ガザ戦争をその淵源にまで遡るのであれば、ヨーロッパの犯した大きな罪があると言わざるを得ないと喝破する。
それは過剰な人種主義である。ユダヤ人はその犠牲者だ。
ヨーロッパはしかし、その罪を償う上で、もう一度、過ちを犯した。
すでに多くの住民が住んでいる場所を、あたかも自分たちが自由に処分できる土地であるかのように、ユダヤ人に与えたのだ。
このやり方を支持し、正当化していたのが、ヨーロッパの伝統でもある植民地主義である。
パレスチナのアラブ人は、この植民地主義の犠牲者である。
そして最終章はアメリカ大統領トランプである。
あれだけスキャンダルまみれでうそ八百を並べて平然としている人物が、アメリカという大国の大統領を務めていることに、私はかねてから疑問を感じずにはいられなかったが、著者も私と全く同じ疑問を持っているようである。
それでもなお、トランプを支持している人は、白人中産階級の比較的所得の低い層である。
彼らは、前大統領のバイデンが所属する民主党が多様性や包摂を謳いながら、そこから除外されている、バカにされていると思い、トランプ支持に回った。
ここまでは報道で明らかだが、これと、先の斉藤知事のパワハラ疑惑に端を発した兵庫県知事選挙をパラレルに考えているところは面白い。
本書は、ヨーロッパ近代史から現在の世界の政治経済につながる視点をもつことができる内容となっており、非常に有益だった。 -
民主主義と資本主義が離反してきているのではないかという問いかけをスタートに、様々な論点から現代社会を考察している.植民地主義と人種主義がガザ戦争に深く関与しているという考察、社会構想論をベースとした交響圏とルール圏の議論など表面的な理解しかできなかったが、興味ある分野でもあり楽しめた.イスラエルとパレスチナの戦争について仲介役を日本が行ったらどうかという提案.面白いと思った.政府と民間レベルでのアプローチを例示している.政府はパレスチナを正式国家として承認し、民間は双方の側の批判的な抵抗勢力をさまざまな方法で結び付ける.実現出来たら素晴らしいことになるだろう.トランプの登場を冷静に考察している部分も楽しめた.
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現状分析や歴史的な部分の分析はさすが。ただ、「べき」論になり未来について語り始めると荒唐無稽の感が否めない。
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■感想
TOPPOINTで読了。 -
非常にスリリングで読み応えあり。面白かった。
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私的な富は、他者との関係において意味を持つため、希少なものとして存在しており、交換価値を持つ。たくさんあったものが少ないものへと転換すると、私的な富は増えるが、公的な富が縮小したことを意味する。公的な富と私的な富は、負の相関関係にある(ローダーデールのパラドクス)。
新しいアイデアや発明は既存の支配機構を脅かしたり破壊したりする可能性があるため、支配者が嫌う傾向にある。そのため、包摂性が乏しく収奪的な政治制度は、十分な経済成長をもたらさない。
資本主義の競争の中で後発的なグループにある国民国家は、経済的な豊かさを確保しようとすると右派ポピュリズムに基づく権威主義的な体制に近接していく。例として、2010年以降オルバン首相が独裁的なリーダーシップをとるハンガリーがあげられる。
資本主義は、不均質性を必要としており、時には政治的な権力や軍事力を用いてそれを維持したり、創出されることがある。したがって、グローバルな市場は、周辺化されたり抑圧されたりしている人々を生み出すことになる。彼らは、その境遇を特徴づけるナショナルやエスニックや文化的な特殊性に同一化して、特殊な属性に自らのアイデンティティの拠り所を見出すことになり、結果として分断をもたらす。
暴力的な政治運動よりも、非暴力の運動の方が、成功率は約2倍高い(チェノウス)。人口の3.5%以上が動員された運動で失敗したものはひとつもない。
トランプ支持者は、トランプの欠点や否定的な性質にこそ同一化し、愛着している。そのため、トランプを貶めようとするリベラルなコメンテーターの発言はかえって反発を呼び、トランプへの支持を高めることになる。また、トランプのリベラルな人に対する顰蹙を買うようなふるまいや、不適切な言葉を使った発言は、支持者に対して自分たちの仲間であることを示す強いメッセージとして機能した。
1990年頃までの資本主義と異なり、サプライチェーン型のグローバリゼーションに基づく資本主義は、先進国の中産階級だけが所属が伸びない仕組みになっている(ミラノヴィッチ)。そのため、格差が急激に拡大する。
寛容な社会、許容的な社会という理念の極限には、一切の道徳の効力が停止する状態、すべての道徳から解放された状態が待ち構えている。したがって、リベラルの多様性・公平性・包摂といった理念は、道徳の不在の不安という疑念を生む。こうした不安を抱くものは、寛容や許容の中で消滅しかけている保守的な価値観、古き良きコモンセンスを称揚し、リベラルの理念に対置する。その道徳や規範が時代遅れのものと感じる保守派は、リベラルが成しとげようとしていることをただ否定することになる。 -
「動物化するポストモダン」を思い起こさせるアニメ・映画を題材とした論評含め、各論は面白い。ただ、月刊誌連載した論評をまとめたものなので、全体としてのトピックのまとまりには欠ける。勿論、重要な関連性もあるのだが、個人的にはもう少し主題が絞られていた方が◯
・グローバルな資本主義のもとで同時発生するナショナリスティックな権威主義。
・ガザの問題は植民地主義と民族主義という西洋の二つの罪悪を鏡映しにする。
・敗戦後日本の民主主義はGHQによって作られたものであるために、反植民地主義や反民族主義を真に内面化しトラウマを克服することなく、戦後を引きずっている。
・虚構の「セカイ」を描く日本人は、世界に対する直接的なコミットメントを持たない。「事実」とは区別される「真実」性とは、コミットメントによりもたらされる。一方で、現実に意味を与えるのも主観的な虚構でありナラティブという、ポストトゥルース的状況。
・啓蒙主義に基づく西洋近代思想の本質は自己批判性を備えること。しかし、封建制の歴史のあるヨーロッパと比べても西洋の「純化」とみなせるアメリカが、西洋の普遍的価値を否定している。
・もともとリベラルだったはずの層がテック右派やオルタナ右翼として共和党支持層へ鞍替えしているが、そこにはリベラルが推進する「寛容な社会」の先に予感される道徳の真空地帯への恐怖がある。許容性の拡大は、伝統的な道徳から離脱していくプロセスでもあり、その結果、排外主義や不寛容へと転じている。トランプ大統領はむしろリベラルの指向する姿の極限。
・こうして、資本主義経済下での中間層の没落を経験したアメリカは、基盤となるはずの自由や道徳資本の喪失、理念の揺らぎを経験している。
上記が特に重要/鋭い洞察と思ったポイント。一方で、他のレビューでも書かれていたが、「日本はかくあるべし」という論にはあまりにも現実感が感じられない。なぜなのか。 -
【本学OPACへのリンク☟】
https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/735488 -
現在社会で、世界で起こっていることに対して、明瞭で確固とした視座を与えてくれる1冊。
特にアメリカ大統領にトランプが再選された背景の分析が分かりやすかった。
「このままでは、民主党は今後、永遠に勝てないだろう(中略)今後、民主党の大統領が生まれる見込みはない」(p341)との言は恐ろしいが、そうかもしれないと思わされる。
トランプは西洋を内部から、プーチンは西洋を外部から否定しようとしている(pp340-341)という見立てにも納得させられた。
また、アメリカ大統領選に関連して、兵庫県知事選への言及があるのも、興味深い。
斎藤元彦(+立花孝志) vs 稲村和美は
トランプ vs カマラ・ハリスと同じ関係(p328)だと言うのである。
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分厚い新書だが、雑誌連載のまとめということである程度の連続性を持ちながらも読み進めるにそこまで苦労しない。サブカルだったり、気になるが著者著作が引き合いに出されたりしながら、時事的な話題に振れつつ思索を進めるという形で、時間を経て読み返すにもよさそう。
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トランプ現象が象徴する西洋の危機、具体的には資本主義と民主主義、そしてそれらを思想的に立脚させる啓蒙主義・リベラリズムが直面している限界をクリアに説明する。啓蒙の行き着く先、無道徳の化身がトランプとは確かに。近代〜現代の人類社会を支えてきた価値観は耐用年数を過ぎてしまったのか。テクノリバタリアン達に富を吸い尽くされ、あがらう術もなく我々は二極化の淵に堕ちていくだけなのか。茫漠とした不安ばかりが募るのは、まだまだ勉強が足りないからだ。
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