福島原発の闇 原発下請け労働者の現実

著者 :
制作 : 水木 しげる 
  • 朝日新聞出版
3.98
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本棚登録 : 128
レビュー : 23
  • Amazon.co.jp ・本 (96ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784023309807

作品紹介・あらすじ

『原発ジプシー』の堀江邦夫、『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるが、一九七九年、福島原発の"闇"を描いていた!過酷な労働、ずさんな管理…。三・一一以降のすべては、当時から始まっていたことがわかる。"幻のルポ&イラスト"が、新たに単行本として圧倒的迫力でよみがえる。

感想・レビュー・書評

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  • 原発の定期点検の仕事や清掃はやはり人の手でしか出来ない作業が多く、専門職でないとつとまらない仕事かと思っていましたが、下働きの日雇い労働者によってまかなわれていました。防護服は作業向きではなく、動きづらい上に、汚染に対して完璧ではなく、見えない放射性物質による汚染におびえながら、平常ではない精神状態で仕事をしていることが良くわかりました。

  • 水木しげる先生の絵が闇を表しドキッとする。でももっと詳しく読みたかった。予想以上に文章が少なく少々残念。

  • 絵がよい

  • 渾身のルポ、それに添える水木しげるの迫真の絵

  • 原発下請け労働者は戦場における兵士と大差ないと思えました。もうこれは人間の使い捨てであり、原発内での出来事は一切外部に漏らしてはならないという目に見えぬ圧力によって、事故や不祥事は闇から闇に葬られ、そのことで組織や体制は維持されて来たのでしょう。そして3・11でいままでの負の部分が一挙に噴き出たのでしょう。放射能汚染除去の作業員は「原発ジプシー」と呼ばれる人や日雇い労働者や地元の兼業農漁民といった人々であるという事実が、貧困層の受け皿になっているアメリカの軍隊を思い起こさせました。

  • 水木しげるさんは原発の中に太平洋戦争の時の戦場をみておられました…
    人間の愚かさはそうやすやすとは変わらないのかな?わずか70年。進化には何万年もかかるのだろう。

  • 1979年時点での原発作業員の過酷な労働実態を、実際に働いた著者がルポしたもの。放射能の恐怖に苦しめられる描写は、ルポというよりはホラー小説的であり、恐ろしい実態がありありと感じられた。
    水木しげるの絵はどうでもいいです。

  • 本当に 原発の闇の世界が、描かれていると思う。
    きれいなところしか 見せないで
    目に見えない恐怖。

  • 1979年の「アサヒグラフ」誌10月26日号、11月2日号に掲載されたルポ「パイプの森の放浪者」がみつかり、昨年、単行本として編集し直されて出た本。

    文章を書いている堀江邦夫さんは、1年近く下請け労働者となって3箇所の原発で働き、その実態を『原発ジプシー』(昨年、増補改訂版の単行本と、加筆修正の文庫『原発労働記 』が出ている)というルポとして書いた人である。

    その堀江さんから「パイプの森」というような原発内の様子や、そこで下請けとして働く実態について、手振り身振りを交えて聞いた話と幾枚かのイメージ画像をもとに、水木しげるが描きあげたのが、堀江さんをして「原発内のあの闇が、あの恐怖が、どの絵からも浮かび上がってくる。マスクをかぶったときの息苦しさ、不快な匂い、頭痛、吐き気までもが甦ってくる」(p.90)と言わしめたイラストだった。

    原発で働くにあたって思想と身体のチェックを受けた下請け労働者たちは、「防護とは名ばかりの防護服」に身をつつみ、パイプのジャングルのなかで、アラームメーターが鳴るまでの限られた時間で作業をする。

    ▼肉体を確実にむしばむ放射線、それをたっぷりと浴びてしまったことを告げるアラームメーターの音は、いやがうえにも不安を増幅させ、苛立ちをかきたてる。
     …汗が目の中に流れ込んでくる。しみる。放射線が絶え間なく肉体に突き刺さっているはずだ。が、それを五感で感じることはできない。それだけに、いっそう不安がつのってくる。(pp.40-44)

    ▼この日の作業目標は、たったバルブ1台の据えつけだった。普通なら2人がかりで30分もあれば十分な作業だ。
     が、それを6人もの労働者が疲労の極限にまで追い込まれながら、それも3時間余りを費やしてもまだ終えることができない。
     これが原発内の「高線量エリア」における、ごく日常的な作業風景なのだった。(pp.47-48)

    福島第一原発事故の処理作業では、命綱ともいえる線量計を鉛のケースで遮蔽して"ノルマ"の放射線量をごまかしていたらしいことが報道されている。そうでなくとも、原発作業員の被曝限度は「5年間で100ミリシーベルトかつ年間で50ミリシーベルト」(これも相当高い、一般人の年間許容量は年に1ミリシーベルト)だったものが、昨年の事故後は"作業時間を確保するため"の特例として「年間250ミリシーベルト」に引き上げられていたのだ(昨年12月から、通常基準に戻されている)。

    この堀江さんの文章と水木さんのイラストを見ていると、"作業時間を確保するため"に被曝限度が引き上げられたのは、そこまで引き上げなければ作業時間を確保できないくらい福島第一原発内はものすごい高濃度の汚染エリアになっているのだ、ということがわかる。

    "通常の"定期点検のときこそが、パイプの森に分け入る原発労働者にとっては大量被曝の時間なのだということは、浜岡原発の被曝労働で亡くなった嶋橋さんの例からもわかることだが、"非常時の"事故収束作業のさなかで、そこで懸命に作業をしている人たちは、いったいどれほどの被曝をしたのかと、想像を絶する。

    「あとがき」に、堀江さんが書いている。

    ▼…1970~80年代はいまでは想像もできないような厳しい時代のなかにあったのです。
     原発推進は国策である、との錦の御旗のもと、原発賛美の広告が華々しく新聞・雑誌のページを飾るなか、原発=電力会社にとって都合の良い記事だけが続々と掲載されるようになり、たとえば朝日新聞社の場合は科学部記者が「原発礼賛」記事を長期連載し、それを同社から単行本として発売する、などといったことが行われていました。その一方で、原発の危険性や問題点を扱った記事については大手メディアでは"タブー扱い"、急速に姿を消していった。(p.87)

    この朝日の科学部記者が書いた礼賛記事をまとめた本というのは、大熊由紀子の『核燃料―探査から廃棄物処理まで』(朝日新聞社、1977年)なのだろう。去年から気になっていた本だが、ちょうど近所の図書館にあるようなので、この本を読んだ機に、読んでみようと思う。大熊の『女性科学ジャーナリストの眼』にも、原発や臓器移植の話が書かれているようなので(版元の勁草書房の目次情報 http://www.keisoshobo.co.jp/book/b26270.html)、1970~80年代がどんな状況やったのかという意味でも、読んでみたい。

    (7/21了)

  • ジャーナリストが労働者に紛れ込み、1年間原発を渡り歩いて書いた手記。そういう実態があることはわかるけど、なんだか問題の切り口が単純すぎるきらいがある。

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